賑やかな声が教室に飛び交う。
お昼休み。勉強から解放されてホッとできる時間。私はいつものメンバーと窓際の席に集まって、机をくっつけてお弁当箱を広げた。
一緒にお弁当を食べているのは同じクラスの相田萌、北野梨乃、森川愛海。
萌は大きな狸目と毛先を緩く巻いてモカ色の長い髪が可愛い美少女。
梨乃は垂れ目が色っぽくて前下がりの黒髪ボブが清楚な神秘的な妖精さん。
愛海は切れ長の目にセミロングのストレートの茶髪のクールビューティ。
三人とも私と違って、花が咲いたように華やかだ。
中学の時ほど露骨じゃないけど、高校にもやっぱりなんとなくクラスカーストは存在している。私が所属しているこの美少女グループ(私以外)は、当然、上中下に分けられたカーストピラミッドの上の段に位置している。
入学して三日も経つと、それぞれ自分と似たタイプのクラスメイトをゲットして、そこかしこで仲良しグループができあがっていった。
誰に声を掛けようか決めかねていた私に声を掛けてくれたのは梨乃だ。彼女は入学したばかりで出席番号順の席の時に私の前の席で、何度か話をしたことがあった。
「深草さん、よかったらわたしたちのグループに入らない?」
梨乃がそう言ってくれたおかげで、私はこのグループに入ることができた。
梨乃は温厚で人懐っこい性格だから話しやすいけど、萌と愛海はそんなに得意ではないタイプの人種だ。むこうもそうだと思う。
どうして私がこんな華やかなグループに入れてもらえたのか。その理由はなんとなく透けて見えている。
平凡な草は花を引き立てるから、毒にも薬にもならない存在は安心できるから。
たぶん、こんなところだろう。
理由はともあれ、仲良くしてくれる子がいるのはありがたい。孤立無援で学校生活をこなせるほど、私は強くないから。
恋愛トークで盛り上がる三人の会話に耳を傾けつつ、私は教室のあっちこっちに視線を向ける。
教室の片隅の席で、和田さんが単語帳片手にお弁当を食べているのが目に入った。和田さんはがり勉の地味女と分類されている子だ。進学校の公立高校ともなると、彼女みたいに勉強だけに没頭する子もそれなりにいる。
母は私にそれを望んでいる。でも、私はそんな味気ない高校生活を送るのは嫌だ。
母の言いつけを守って、勉強時間を大幅にとられるから部活は入らなかったし、塾も行っている。
だからせめて、休み時間くらいは勉強から解放されたい。入っていけない恋愛トークでも、聞いているだけで楽しいから。
不意に、萌が私を見た。
萌が首を傾げて長い髪を揺らし、無邪気な笑みを浮かべる。
「美守はさぁ、恋愛とかぜんぜん縁なさそうだよねぇ」
仕草とは真逆のどぎつい言葉。
そのとおりだけど、他人から小馬鹿にするように言われて嬉しい言葉じゃない。
だけど、ここで苛立ちを見せたら敵認定されるかもしれない。
正解の行動はちゃんとわかっている。
いつでも自分に正直で、言いたいことを言いたい放題に言える人間は少ない。もちろん、私は言える側の人間ではない。
「そうなの、縁がなくって」
ちょっとだけ困ったような顔で笑うと、萌は嬉しそうに「だよねぇ」と頷いた。
梨乃が軽く眉を顰める。
「萌ったら、美守に失礼だよ」
「だって本当のことだもん。あたし、すごく正直なのぉ」
「決めつけるのはよくないよ、萌」
「ちょっと梨乃、いい子ちゃんぶらないでよぉ。梨乃だってそう思ってるでしょ」
「わたしはそんなこと……」
梨乃と萌の間に漂う空気がちょっと怪しくなりはじめた。学校での人間関係は山の天気のように変わりやすい。
場をとりなそうと、私はにこやかに笑って萌をフォローする。
本当は庇ってくれた梨乃の味方をしたいけど、私がここで梨乃についたら戦争になりかねないから。
「いいの、いいの。萌の言ってること、間違ってないから」
「美守ってなんか地味なのよ。よく見ると、ちょっとカワイイのにさー」
なんか地味は、ちょっとカワイイじゃ相殺されないよ、愛海。
つっこみたいのを堪えて、笑って受け流す。
「かわいいいと言えばさぁ、サッカー部の小宮くんってジャニーズ系でかわいいよねぇ」
「あー、カワイイよねー。でも、ワタシは好みじゃないわ」
ばっさり切り捨てた愛海に梨乃が目を丸くする。
「そうなの? わたしはけっこう好きだよ」
「えぇ意外。梨乃はもっと大人っぽい系が好みだと思ってたのに。あたしは小宮くんはなしかなぁ」
「じゃあ萌はどんな人が好みなの? 好きな人、いるんでしょ?」
「それはねぇ……」
萌が手招きをする。私たちは萌に顔を寄せた。
「あたしが好きなのはねぇ、同じクラスの瀬名文也くんなの」
瀬名文也。
その名前を聞いて、心臓がどきんとひときわ高く跳ねた。
私は思わず胸を押さえる。
幸いにも私の不審な行動に三人は気付くことなく、会話を続けている。
「マジ、萌。めっちゃハードル高いじゃんっ」
「言わないでよぉ、わかってるもん」
「わかるよ。瀬名くん、かっこいいよね」
梨乃の同意に萌の顔がぴくりと引き攣る。
「もしかして、梨乃も狙ってる?」
じとりとした目で萌に見られて、梨乃が肩を小さく跳ねさせた。
愛海がほんのちょっとだけ切れ長の目を輝かせて、二人の動向を見ている。
ああ、こういう雰囲気って嫌だな。
薄っすらと緊張感の滲む空気をどうにかできないだろうか。
思考を巡らせるけど、私みたいな地味で冴えないグループのおまけが何をしても、火に油を注ぐだけだろう。余計なことを言って、萌の敵意がこっちに向いても困るし。ああ、でも梨乃が困っている。どうしよう。
「大丈夫だよ、萌。瀬名くんはかっこいいけど、恋愛対象じゃないから」
私が助け舟を出すまでも無く、梨乃は自分で困難を切り抜けた。
「それほんと?」
聞き返す萌の目には、もう敵意は滲んでいない。
「本当だよ」
「ならいいんだけどぉ。じゃあさぁ、梨乃はだれが好き?」
「今はまだ好きな人はいないかな」
「そっかぁ。じゃあ、愛海は?」
「ワタシは同じ吹奏楽部の三年の伊達センパイよ。眼鏡が理知的で、マジ大人っぽくて美形だし」
いつもは吊った目と眉を下げて身を捩る愛海は乙女っぽくて可愛かった。クールビューティな見た目に反してはすっぱな言葉づかいですら、好きな人について語っている時はどこか甘く可愛く響く。
三人とも楽しそうに好きな人談義に花を咲かせている。こういう時、恋愛に縁のない私は完全に置いてきぼりだ。
ちょっとだけ寂しい。でも、好きな人が誰か聞かれても困るから、やっぱり会話に入っていけなくていいや。
「美守は好きな人いるの?」
梨乃の不意打ちの質問に私は固まる。
梨乃の気配りのできるところは大好きだ。私のことを人数あわせ兼いじり要員として扱っている萌や愛海と違って、梨乃はたぶん私を心から友達として見てくれている。だから私が入っていけないと、こうやって水を向けてくれる。
嬉しい。でも、どうしよう。
私が好きなのも、瀬名君なんだ。
言ってしまいたい。でも、言えない。私なんかが学校の王子様を好きだと言えば、敵視されるか、鼻で嗤われるかだ。
おっとりして優しい梨乃でさえも、噴飯ものの身分違いの恋。
「私も好きな人は、いないかな」
変な間があいたし、つっかえたけど、何とか私は正しい回答を口にした。
「やっぱりぃ。だって、美守。そういうの縁なさそうだもんねぇ」
「たしかに、言えてるー」
萌と愛海がどこか嬉しそうに笑いあう。
馬鹿にされているな。そう思うけど、そんなに傷付かない。私自身でさえ、そう思うのだから。
梨乃が少しだけ困ったような、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
気まずい思いをさせてごめんね、梨乃。
心の中だけで、密かに梨乃に謝った。
お昼休み。勉強から解放されてホッとできる時間。私はいつものメンバーと窓際の席に集まって、机をくっつけてお弁当箱を広げた。
一緒にお弁当を食べているのは同じクラスの相田萌、北野梨乃、森川愛海。
萌は大きな狸目と毛先を緩く巻いてモカ色の長い髪が可愛い美少女。
梨乃は垂れ目が色っぽくて前下がりの黒髪ボブが清楚な神秘的な妖精さん。
愛海は切れ長の目にセミロングのストレートの茶髪のクールビューティ。
三人とも私と違って、花が咲いたように華やかだ。
中学の時ほど露骨じゃないけど、高校にもやっぱりなんとなくクラスカーストは存在している。私が所属しているこの美少女グループ(私以外)は、当然、上中下に分けられたカーストピラミッドの上の段に位置している。
入学して三日も経つと、それぞれ自分と似たタイプのクラスメイトをゲットして、そこかしこで仲良しグループができあがっていった。
誰に声を掛けようか決めかねていた私に声を掛けてくれたのは梨乃だ。彼女は入学したばかりで出席番号順の席の時に私の前の席で、何度か話をしたことがあった。
「深草さん、よかったらわたしたちのグループに入らない?」
梨乃がそう言ってくれたおかげで、私はこのグループに入ることができた。
梨乃は温厚で人懐っこい性格だから話しやすいけど、萌と愛海はそんなに得意ではないタイプの人種だ。むこうもそうだと思う。
どうして私がこんな華やかなグループに入れてもらえたのか。その理由はなんとなく透けて見えている。
平凡な草は花を引き立てるから、毒にも薬にもならない存在は安心できるから。
たぶん、こんなところだろう。
理由はともあれ、仲良くしてくれる子がいるのはありがたい。孤立無援で学校生活をこなせるほど、私は強くないから。
恋愛トークで盛り上がる三人の会話に耳を傾けつつ、私は教室のあっちこっちに視線を向ける。
教室の片隅の席で、和田さんが単語帳片手にお弁当を食べているのが目に入った。和田さんはがり勉の地味女と分類されている子だ。進学校の公立高校ともなると、彼女みたいに勉強だけに没頭する子もそれなりにいる。
母は私にそれを望んでいる。でも、私はそんな味気ない高校生活を送るのは嫌だ。
母の言いつけを守って、勉強時間を大幅にとられるから部活は入らなかったし、塾も行っている。
だからせめて、休み時間くらいは勉強から解放されたい。入っていけない恋愛トークでも、聞いているだけで楽しいから。
不意に、萌が私を見た。
萌が首を傾げて長い髪を揺らし、無邪気な笑みを浮かべる。
「美守はさぁ、恋愛とかぜんぜん縁なさそうだよねぇ」
仕草とは真逆のどぎつい言葉。
そのとおりだけど、他人から小馬鹿にするように言われて嬉しい言葉じゃない。
だけど、ここで苛立ちを見せたら敵認定されるかもしれない。
正解の行動はちゃんとわかっている。
いつでも自分に正直で、言いたいことを言いたい放題に言える人間は少ない。もちろん、私は言える側の人間ではない。
「そうなの、縁がなくって」
ちょっとだけ困ったような顔で笑うと、萌は嬉しそうに「だよねぇ」と頷いた。
梨乃が軽く眉を顰める。
「萌ったら、美守に失礼だよ」
「だって本当のことだもん。あたし、すごく正直なのぉ」
「決めつけるのはよくないよ、萌」
「ちょっと梨乃、いい子ちゃんぶらないでよぉ。梨乃だってそう思ってるでしょ」
「わたしはそんなこと……」
梨乃と萌の間に漂う空気がちょっと怪しくなりはじめた。学校での人間関係は山の天気のように変わりやすい。
場をとりなそうと、私はにこやかに笑って萌をフォローする。
本当は庇ってくれた梨乃の味方をしたいけど、私がここで梨乃についたら戦争になりかねないから。
「いいの、いいの。萌の言ってること、間違ってないから」
「美守ってなんか地味なのよ。よく見ると、ちょっとカワイイのにさー」
なんか地味は、ちょっとカワイイじゃ相殺されないよ、愛海。
つっこみたいのを堪えて、笑って受け流す。
「かわいいいと言えばさぁ、サッカー部の小宮くんってジャニーズ系でかわいいよねぇ」
「あー、カワイイよねー。でも、ワタシは好みじゃないわ」
ばっさり切り捨てた愛海に梨乃が目を丸くする。
「そうなの? わたしはけっこう好きだよ」
「えぇ意外。梨乃はもっと大人っぽい系が好みだと思ってたのに。あたしは小宮くんはなしかなぁ」
「じゃあ萌はどんな人が好みなの? 好きな人、いるんでしょ?」
「それはねぇ……」
萌が手招きをする。私たちは萌に顔を寄せた。
「あたしが好きなのはねぇ、同じクラスの瀬名文也くんなの」
瀬名文也。
その名前を聞いて、心臓がどきんとひときわ高く跳ねた。
私は思わず胸を押さえる。
幸いにも私の不審な行動に三人は気付くことなく、会話を続けている。
「マジ、萌。めっちゃハードル高いじゃんっ」
「言わないでよぉ、わかってるもん」
「わかるよ。瀬名くん、かっこいいよね」
梨乃の同意に萌の顔がぴくりと引き攣る。
「もしかして、梨乃も狙ってる?」
じとりとした目で萌に見られて、梨乃が肩を小さく跳ねさせた。
愛海がほんのちょっとだけ切れ長の目を輝かせて、二人の動向を見ている。
ああ、こういう雰囲気って嫌だな。
薄っすらと緊張感の滲む空気をどうにかできないだろうか。
思考を巡らせるけど、私みたいな地味で冴えないグループのおまけが何をしても、火に油を注ぐだけだろう。余計なことを言って、萌の敵意がこっちに向いても困るし。ああ、でも梨乃が困っている。どうしよう。
「大丈夫だよ、萌。瀬名くんはかっこいいけど、恋愛対象じゃないから」
私が助け舟を出すまでも無く、梨乃は自分で困難を切り抜けた。
「それほんと?」
聞き返す萌の目には、もう敵意は滲んでいない。
「本当だよ」
「ならいいんだけどぉ。じゃあさぁ、梨乃はだれが好き?」
「今はまだ好きな人はいないかな」
「そっかぁ。じゃあ、愛海は?」
「ワタシは同じ吹奏楽部の三年の伊達センパイよ。眼鏡が理知的で、マジ大人っぽくて美形だし」
いつもは吊った目と眉を下げて身を捩る愛海は乙女っぽくて可愛かった。クールビューティな見た目に反してはすっぱな言葉づかいですら、好きな人について語っている時はどこか甘く可愛く響く。
三人とも楽しそうに好きな人談義に花を咲かせている。こういう時、恋愛に縁のない私は完全に置いてきぼりだ。
ちょっとだけ寂しい。でも、好きな人が誰か聞かれても困るから、やっぱり会話に入っていけなくていいや。
「美守は好きな人いるの?」
梨乃の不意打ちの質問に私は固まる。
梨乃の気配りのできるところは大好きだ。私のことを人数あわせ兼いじり要員として扱っている萌や愛海と違って、梨乃はたぶん私を心から友達として見てくれている。だから私が入っていけないと、こうやって水を向けてくれる。
嬉しい。でも、どうしよう。
私が好きなのも、瀬名君なんだ。
言ってしまいたい。でも、言えない。私なんかが学校の王子様を好きだと言えば、敵視されるか、鼻で嗤われるかだ。
おっとりして優しい梨乃でさえも、噴飯ものの身分違いの恋。
「私も好きな人は、いないかな」
変な間があいたし、つっかえたけど、何とか私は正しい回答を口にした。
「やっぱりぃ。だって、美守。そういうの縁なさそうだもんねぇ」
「たしかに、言えてるー」
萌と愛海がどこか嬉しそうに笑いあう。
馬鹿にされているな。そう思うけど、そんなに傷付かない。私自身でさえ、そう思うのだから。
梨乃が少しだけ困ったような、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
気まずい思いをさせてごめんね、梨乃。
心の中だけで、密かに梨乃に謝った。



