狐の恩返し

 冬休み明け、私たち四人グループは予想通り崩壊した。

 愛海と萌はクリスマス以来、口を一切聞いていない。でも、私と梨乃は彼女たちの関係の崩壊を目にしたおかげで、互いに秘密を打ち明けることができた。おかげで以前よりも深い絆で結ばれたと、私は自信を持って言える。

 せこい独占欲を見直して、私は梨乃が会いたがっていることを茜に告げて、二人きりで会える機会をセッティングした。

 そして、梨乃は茜にふられた。

 「お前のダチは勇気を出したんだ。今度はお前が頑張る番だぜ」

 茜に尻を叩かれて、私はとうとう、瀬名君に告白することを決めた。
 決戦の日はバレンタインデイ。ベタだけど、本命チョコを渡して、気持ちを伝えることにした。
 年に一度、どんな女子でも告白のチャンスを得られる戦の日。それがバレンタインデイだ。私は今までこのイベントにのっかったことは一度もなかったけど、今年は本気でバレンタインで勝負をすることに決めた。

 お菓子作りは得意だ。お正月のお年玉で大きな買い物をして軍資金が心許ない私は、ゴディバやピエールマルコリーニなどの高級チョコを諦めて、手作り菓子で勝負することにした。


 そして二月十四日当日、難易度の高いガトーショコラの完全完成品を引っ提げて、私は学校に向かったのだ。
 真剣勝負で負けた時のダメージは大きい。日中平穏無事に過ごすため、私は放課後勝負に出ることにした。

 その日一日、瀬名君のもとには来客が絶えなかった。
 休み時間のたびに瀬名君は、同級生から、先輩から、チョコレートを渡されていた。用意してきた紙袋は、チョコで溢れていた。
 あまりの敵の多さに戦意喪失しそうになる。あれをぜんぶ食べたら、瀬名君は急性糖尿病になるだろう。

 放課後、瀬名君はチョコレート攻撃から逃げるためなのか、さっさと教室を出て行った。そのまま彼は早足で駅に向かって歩きはじめた。
 ゆったりしている普段の彼からは想像できない素早さ。

 でも、これはチャンスだ。
 私はダッシュで瀬名君を追いかけた。

 「瀬名君、待って!」

 背後から大声で叫びながら駆け寄っていくと、瀬名君がピタリと足を止めた。

 「やあ、深草さん」
 「よ、呼び止めてごめんなさい。ちょっとだけ、時間いいかな?」
 「いいよ。なんだい?」
 「あ、あの、チョコ、受け取って下さい」
 「ありがとう」

 愛想笑いか本心かはわからないが、瀬名君は笑顔でチョコを受け取ってくれた。

 「それじゃあ、またね」

 さっさと立ち去ろうとする瀬名君を「待って」と呼び止める。

 「待って。す、好きですっ!」

 つい緊張で声がひっくりかえったし、大きな声になってしまった。いろいろ告白の言葉を考えて、茜相手に練習もしたけどぜんぶ無駄になる、武骨すぎる告白だ。

 思わず瞑ってしまっていた目を開ける。
 瀬名君は案外、真剣な顔をしていた。

 「君に告白されるとは、思っていなかったな」

 それが何を意味するのか、イエスか、ノーかもわからない。

 ただ、浮ついた気持ちじゃないと知って欲しくて、たどたどしいながらも、私は真剣な声で言葉を紡ぐ。

 「かっこいくて、優しくて。瀬名君のこと、ずっと好きでした。なにより、私の歌を認めて、褒めてくれたから。すごく、嬉しかった。瀬名君と、付き合いたい。返事は、いつでもいいの。でも、うやむやにはしないで欲しい、です」
 「ありがとう、深草さん。君の真剣な気持ちは伝わった。浮ついた気持ちじゃないのがわかっているし、勇気を出して告白したのもわかる。だから、はっきり答えるね」

 目を閉じてしまいたい。
 でも、私はぱっちりと目を開けて、まっすぐ瀬名君を見つめたまま答えを待った。

 「ごめん、君とは付き合えない」

 やっぱり。
 わかっていた。それでも、胸が苦しい。

 全身から力が抜けて、足元がふらついた。

 「フラれた理由、聞いてもいいかな」

 よく突っ込んで聞いたな、私。すごい。

 「申し訳ないけど、僕は美しいものが好きなんだ。君の歌はとても素敵だし好きだよ。でも君の容姿には魅力を感じない。見た目でと思うかもしれないけど、僕は見た目で恋をされることが多いし、僕自身も容姿に価値を見出す人間なんだ。見目が麗しく中身にも光るものがあれば、その相手は女性でも男性でも構わない。悪いね」

 まさかの容姿の完全否定。
 わかっていた。私の容姿はとうてい瀬名君には釣り合わないと。

 「誤解しないで欲しいのだけれど、君を打ちのめしたくて本当の理由を話したわけじゃないよ。君がひたむきに僕に思いを告げてくれたから、嘘の理由で振るのは失礼だと思ったんだよ。恋愛面でなければ容姿は問わない。中身が純粋で歌の才能もある君は僕にとっていい友人だよ」

 ぼろぼろと涙を流す私に、瀬名君は「ごめんね」と告げて、去っていった。
 死ぬほど悲しかった。でも、彼が本音で話してくれたこと、友人と言ってもらえたことは嬉しかった。
 私の恋は終わった。でも、これでよかった。

 片想いは楽しい。だから、ずっと終わらない恋ばかりしてきた。フラれて辛い思いをしたくなかったから。だけどそれじゃあ、いつまで経っても何も始まらない。終わりすらやってこない恋なんて、なかったのも同然だ。

 いつか、この酷い失恋を笑える日が来る。
 私は手の甲で乱暴に涙を拭うと、家路をわざとらしいほど力強く歩いた。


 「フラれちゃった」

 家に着くなり自室に飛び込み、茜に歪な笑顔で私は報告した。
 茜は泣き腫らした目の私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 「大丈夫だ、美守。お前が傷付くたび、こうやって俺が慰めてやるよ」

 茜が優しい声でそんなことを言うから、余計に涙が溢れて止まらなかった。私は茜の肩に顔を押し付けて、声を出さずに静かに泣き続けた。

 そうしているうちに失恋の痛みは薄れた。

 私には茜がいる。ずっと、こうやって傍にいてくれる。そんなふうに思っていた。
 別れが来ることは、初めからわかっていたのに。