愛海の目が鋭く吊り上る。仇を見るような目で萌を睨み、ヅカヅカと荒れた足音を響かせて愛海が萌に近付いた。

 「なんでアンタが伊達センパイといるのよ!」

 金切り声が辺りに響いた。

 「こ、これはねぇ。その」

 口籠る萌に愛海が掴みかかり、手を振り上げる。愛海の手が萌に向かって振り下ろされた。
 愛海の平手打ちを間一髪のところで伊達先輩が止める。

 「いきなりなにをするんだ、森川」

 伊達先輩に腕を掴まれた愛海は、今にも泣き出しそうに顔をくしゃりと歪めた。
 愛海は伊達先輩の腕を乱暴に振り解くと、人混みの中に走っていく。
 萌はしばらく戸惑った顔でその様子を見ていたが、小さく息を吐くと、愛海を追うことなく伊達先輩に抱き着いた。

 「伊達先輩、怖かったよぉ」
 「大丈夫だ、萌。俺が守ってやるから」
 「ありがとぅ、先輩」

 抱き合う二人に私は近付いた。

 「萌、愛海のこと追いかけたほうがいいよ」
 「えぇ、やだぁ。怖いもん」
 「そんなこと言ってないで、早く! このままじゃ、仲直りできないよ」
 「もうむりでしょ」

 萌は甘ったるい喋り方をやめて、冷たくそう吐き捨てた。
 ぎょっとする私の耳元に萌が唇を寄せて囁く。

 「友情と恋、どっちも成立するなんてありえないから」

 萌は伊達先輩と寄り添って、愛海が消えたのとは逆の方向に去っていった。
 とり残された私と梨乃は途方に暮れる。

 愛海に電話してみたが、愛海は電話をとらない。しばらく愛海を呼びながらマーケットを歩き回ったが、彼女は見つからなかった。

 「もう遅いし、帰ろうか」

 梨乃が疲れた顏で呟いた。
 私は小さくそれに頷いて、二人でトボトボと歩きだす。
 楽しそうな声、煌びやかな光が行き交うマーケットが遠ざかっていく。車どおりはすっかり減って夜道は静かだ。

 「なんか、とんだクリスマスになっちゃったなあ」

 何か話していないと余計に重い空気になりそうで、私はわざとおどけた声でそう言った。
 深刻な顔をしていた梨乃が私のほうを向く。

 「冬休み明け、怖いね」
 「ちょっとね。上手く仲直りしてくれるといいけど」
 「難しいかも……」

 休み明けを想像して、どんよりとした気分になった。
 友情と恋は成立しないのだろうか。不安になる。
 言葉少なに歩いていると、梨乃がいきなり立ち止まった。
 泣きだしそうな顔で私を見る。

 「ごめんね、美守」
 「え、え? どうして謝るの?」
 「わたしね、嘘吐いてたの」
 「なんのこと?」
 「茜くんに、一目惚れしちゃたの。好きなの、彼のこと」

 やっぱり。
 疑惑が確信に変わった。不安になるとか嫌な気持ちになるかと思ったけど、今度はそんなふうには思わなかった。

 「そっか。梨乃も恋しているんだね」
 「ねえ、美守は? かれのこと、本当はどう思っているの?」

 私の気持ちは。
 すぐに言葉が出てこなかった。分からない。私は、茜のことをどう思っているのだろう。
 私の好きな人は瀬名君だ。でも、茜のことも―…

 「私ね、瀬名君が好きなんだ」
 「え、瀬名くん?」
 「うん。かっこいいし、はじめて歌を褒めてくれたから。でも、私なんかが瀬名君みたいな高嶺の花を好きって言ったら笑われるし、おこがましいと思って言えなかった」
 「そんなことないよ。好きになるのは、自由だよ」
 「だよね。最近、やっとそう思えるようになってきた」
 「じゃあ茜くんには恋愛感情はないの?」
 「わからない」
 
 ああ、正直に言ってしまった。
 ドン引きされたな、これ。

 梨乃には嫌われたくなかったのに、いくらでも誤魔化せたのに、自分の気持ちを正直に言ってしまった。
 私と梨乃友情も今夜で消える。
 そう思ったら、泣けてきた。

 目頭が熱くなったのを堪えていると、梨乃がそっとハンカチを差し出してきた。

 「正直に言ってくれてありがとう、美守」
 「お礼なんて、梨乃を傷付けてごめん」
 「どうして? 美守が誰を好きでも、二人を同時に好きになっても、わたしは傷つかないよ。わたしの大切な人だから」

 涙が零れそうになって、あわててハンカチで目を押える。
 ハンカチは梨乃みたいにふわりと優しい香りがして、柔らかかった。