塾の宿題を終える頃にはすっかり何かをする気力は残っていなかった。すぐにパジャマに着替えて布団に潜り込む。
こうやって、勉強だけの日々をあと二年以上も続けるのか。そう思うと、ちょっとうんざりした。
明日世界が終わってもいいや。
そんな投げやりな気分で目を閉じた。
冷たい風が頬に吹きつけた。眠気と寒さの間でしばらく揺れていたけれど、寒さが勝ってしぶしぶ目を開ける。
ふわりとレースのカーテンが膨らんでいた。
こんな真冬に窓を開けた覚えはないのに。
「よお、こんばんは」
ちょっとハスキーな男の声。
びっくりして起き上がり、窓の方を見る。夜風で膨らんだカーテンの向こう、ベランダに誰かが立っている。
まさか、変質者? 痴漢の被害にさえ遭ったことないのに、どうして。
どうせ現れるなら、もっと可愛い子のところに現れるべきじゃないだろうか。容姿で得したことなんて一度も無いのに、被害には遭うなんてあんまりじゃないか。
恐怖で声も出せずにいると、カーテンの向こうの人影がぬっと部屋の中に入ってきた。
「え、え?」
「ふはっ。驚いた顔してんな」
そりゃ驚くだろう。こんな夜中に二階のベランダから部屋に侵入されて、驚かないほうがどうかしている。
いや、それ以前の問題だ。
耳と尻尾の生えた人間を見て驚かないはずがない。
「コ、コスプレした変態だ……」
「コスプレ、なんだそりゃ?」
首を傾げながら人影が私に近づいてきた。
赤みがかった薄茶色の柔らかな癖毛、アーモンド形のぱっちりした青い目。背はそんなに高くないけどアイドルみたいな美少年だ。正直、すごくかっこいい。服装は白いVネックの半袖シャツに黒いスキニーと簡素なのに、すごく華やかに見える。
でも、不法侵入者で変態。見惚れている場合じゃない。
どうしよう。叫ぶか、逃げるか。
困惑する私に、美少年は尖った犬歯を見せてにっと笑いかけた。
「久しぶりだな、美守」
「どうして、私の名前を知ってるの?」
「恩人の名前を忘れたりしねぇさ」
「恩人?」
「ああ、そうか。この姿じゃわからねぇよな。待ってな」
パンパン。美少年が胸の前で二回柏を打った。
その瞬間、男が一匹の狐に姿を変えた。
「どうだ、これで俺の正体が分かっただろ。俺は五年前にお前に助けられた狐だ」
狐が喋った。ありえない、これは夢だ。ぜったいに夢だ。
布団に戻って目を閉じたけど、肉球で頬を軽く叩かれて目を開ける。
目の前にはさっきの狐の姿があった。
「言っとくが、これは夢じゃねぇぞ。俺は正真正銘、お前が五年前に助けた狐だ」
確かに、この赤みがかった薄茶色のふわふわした毛並みと青色の瞳には見覚えがあった。
こうやって、勉強だけの日々をあと二年以上も続けるのか。そう思うと、ちょっとうんざりした。
明日世界が終わってもいいや。
そんな投げやりな気分で目を閉じた。
冷たい風が頬に吹きつけた。眠気と寒さの間でしばらく揺れていたけれど、寒さが勝ってしぶしぶ目を開ける。
ふわりとレースのカーテンが膨らんでいた。
こんな真冬に窓を開けた覚えはないのに。
「よお、こんばんは」
ちょっとハスキーな男の声。
びっくりして起き上がり、窓の方を見る。夜風で膨らんだカーテンの向こう、ベランダに誰かが立っている。
まさか、変質者? 痴漢の被害にさえ遭ったことないのに、どうして。
どうせ現れるなら、もっと可愛い子のところに現れるべきじゃないだろうか。容姿で得したことなんて一度も無いのに、被害には遭うなんてあんまりじゃないか。
恐怖で声も出せずにいると、カーテンの向こうの人影がぬっと部屋の中に入ってきた。
「え、え?」
「ふはっ。驚いた顔してんな」
そりゃ驚くだろう。こんな夜中に二階のベランダから部屋に侵入されて、驚かないほうがどうかしている。
いや、それ以前の問題だ。
耳と尻尾の生えた人間を見て驚かないはずがない。
「コ、コスプレした変態だ……」
「コスプレ、なんだそりゃ?」
首を傾げながら人影が私に近づいてきた。
赤みがかった薄茶色の柔らかな癖毛、アーモンド形のぱっちりした青い目。背はそんなに高くないけどアイドルみたいな美少年だ。正直、すごくかっこいい。服装は白いVネックの半袖シャツに黒いスキニーと簡素なのに、すごく華やかに見える。
でも、不法侵入者で変態。見惚れている場合じゃない。
どうしよう。叫ぶか、逃げるか。
困惑する私に、美少年は尖った犬歯を見せてにっと笑いかけた。
「久しぶりだな、美守」
「どうして、私の名前を知ってるの?」
「恩人の名前を忘れたりしねぇさ」
「恩人?」
「ああ、そうか。この姿じゃわからねぇよな。待ってな」
パンパン。美少年が胸の前で二回柏を打った。
その瞬間、男が一匹の狐に姿を変えた。
「どうだ、これで俺の正体が分かっただろ。俺は五年前にお前に助けられた狐だ」
狐が喋った。ありえない、これは夢だ。ぜったいに夢だ。
布団に戻って目を閉じたけど、肉球で頬を軽く叩かれて目を開ける。
目の前にはさっきの狐の姿があった。
「言っとくが、これは夢じゃねぇぞ。俺は正真正銘、お前が五年前に助けた狐だ」
確かに、この赤みがかった薄茶色のふわふわした毛並みと青色の瞳には見覚えがあった。



