わらわらと帰る生徒達が校門をくぐっていく。
「え~、誰あの人。かっこよくない?」
「ほんと、芸能人みたい」
「文也君に並ぶイケメンかも」
校門付近がいつもより賑やかだ。原因は分かっている。茜だ。
幸い茜に声を掛けられる強者はいなかった。なるべく人との接触は少ないほうが、彼にとっていいに決まっている。
私の姿を見つけると、茜は預けていた背中をコンクリートの壁から離した。茜が軽く手を挙げて、八重歯を見せてにっと笑う。
「よお、美守。待ってたぜ」
いつもの白いシャツに黒のスキニーの上に、この前買ってあげた藤紫のパーカーを着た茜は、どこからどう見ても普通の少年だ。いや、普通のというには顔が整いすぎているのだけど、少なくとも狐だというのは誰にも見破れない。
「お待たせ、茜」
注目を浴びるのが恥ずかしくて控えめに手を振り返すが、それでも美少年の知り合いがあまりにも普通の目立たない容姿のせいで、嫌な視線を集めてしまう。
嫉妬や誹謗の混じった双眸がじろじろと体中に突き刺さる。
針の筵ってこういう状態のことか。苦々しい思いで私は茜に近付いた。
「茜くん、今日はありがとぉ」
「ヤッホー、茜クン」
私の背後に居る萌と愛海がいかにも知り合いですという親しげな雰囲気で、堂々と茜のほうに歩いていく。
途端に周囲の視線が余所に向けられ、人だかりが引いていく。
なんだ、あの二人の知り合いなら納得できる。
そんな空気がひしひしと伝わってきて、少し陰鬱な気持ちになる。
私が茜の知り合いだと許せないけど、萌と愛海なら許せる。みんながそんなふうに思うこと、以前の私なら気にも留めていなかった。それどころか、そうだよねと呑気に納得していただろう。
「相田萌でぇす。よろしくね、茜くん」
「ワタシは森川愛海よ。ヨロシク~」
「わたしは北野梨乃です。よろしくお願いします」
「おう、俺は茜だ。よろしくな」
校門から少し離れたところでそれぞれ自己紹介をする。萌と愛海は興味津々で茜を見ている。今にも茜に触れそうな距離。
茜に触れるのは私の特権なのに。
よぎった嫉妬心に困惑する。
私が好きなのは瀬名君だ。茜は友達みたいなお兄さんみたいな存在で、その彼が誰とくっつこうがどうでもいいはず。それなのに、どうして。
せっかく自分だけの王子様みたいな存在ができたのを手放したくない。そんな貧しい独占欲が自分の中にあるのかもしれない。
嫌だな、こんな気持ち。
憂鬱になりかけた私の肩に、そっと温かい手が触れた。
「顔色がワリィぜ、美守。大丈夫か?」
茜が少し身を屈めて私の顔を覗き込む。
萌と愛海を差し置いて、茜が私の心配をしてくれた。それだけで気分が浮上する。我ながら単純だなと、内心苦笑しつつ笑顔を浮かべる。
「平気だよ。昨日夜更かししすぎたせいで寝不足なだけ」
「ならいいが、体調が悪いなら無理すんなよ」
「うん、ありがと」
親しく話す私と茜に、萌と愛海が面白くないって顔をしているのが気配でわかった。
茜もそれに気付いたようで、私の肩から手を離す。
「おふたりさん、仲いいんだねぇ」
にっこりと天使の笑顔を浮かべながらも、萌の目は笑っていなかった。垂れた瞳の奥にゆらゆらと、暗い感情が揺れている。
萌から私に向けられた感情。
嫉妬なんて軽いものじゃなくて、憎悪にも似た、もっと暗くてどろりとした感情だ。
「妹みたいなもんだから、つい気安くしちまうんだ」
軽やかに茜が笑うと、その場の空気が揺らいだ。
「そうなんだぁ。美守って小さくて頼りなさげで、なんだか放っておけないかんじあるもんねぇ。美守ったら、かわいい」
萌がぎゅっと私に抱き着いた。
柔らかい肉体。ストロベリーみたいな甘酸っぱい香り。ああ、萌ってすごく女の子らしいな。それに比べて私は―…
萌を抱き留めながら、虚しい気持ちになる。
侮られていても嬉しいと感じていた『可愛い』という女友達からの誉め言葉が、急速に虚しい謗りに思えた。
このメンツでこれからカラオケか。
大好きなカラオケだというのに、憂鬱な気分になる。
「おや、みなさんお揃いで」
甘くて艶やかな低い声。瀬名君が優美な笑顔でこちらを見ている。
茜があからさまにゲッという顔になった。
それを見て、瀬名君はさも愉しそうに笑う。
「やだぁ、瀬名くぅん」
さっきよりも高い声で萌が瀬名君の名前を呼ぶ。瀬名君を見つめる萌の垂れ目は、いつも以上にキラキラと輝いている。恋する乙女そのものだ。
「やあ、萌ちゃん。これからみんなでお出かけかい?」
「そうなのぉ。カラオケ行くの」
「へえ、楽しそうだね。僕も混ぜてくれないかい?」
意外過ぎる申し出に、その場に居た女子全員が目を丸くする。
瀬名君が学校中の女子誘われているところは毎日のように目にしているけど、彼が自分から女子を誘うところは一度だって見たことはない。
「マジマジ? いいよ来て!」
「うんうん、大勢のほうが楽しいよぉ」
興奮気味に愛海と萌が賛成する。
それに対して「ありがとう」と落ち着いた声で返しつつ、瀬名君は茜の方を見た。
茜はさっきと一緒でずっと嫌そうな顔をしていて、明らかに「来るな」と全身で伝えている。狐姿の茜が毛を逆立てて威嚇しているのが目に浮かぶほどの拒絶。私ならそんな態度をとられたら凹んでいただろう。
だけど、瀬名君は飄々と余裕の笑顔を浮かべて茜に言った。
「というわけで僕も参加させてもらうよ。よろしく、茜」
茜君から茜に呼び方が変わっている。瀬名君はどうやら、茜のことを気に入ったみたいだ。
「あっそ、勝手にしやがれ」
「ハーレムの邪魔をしてしまって、なんだか悪いね」
「興味ねえよ、そんなもん」
「それなら茜は、僕が一緒のほうが嬉しいのかな」
「お前にも微塵も興味ねぇよ」
瀬名君に辛辣な言葉を吐きつつ、茜がチラリと私を見る。
瀬名君と茜を凝視していた私を見て、茜がほんの少しだけ眉根を寄せた。
ちょっとだけ切なそうな表情の意味が私には理解できなかった。
もしかして、助けを求めているのだろうか。いや、そんな感じじゃない。何かを欲しがっている顔とはまた違う。
私の困惑を感じ取ったのか、茜はすぐにいつもの不敵なにやりとした笑みに戻った。茜は私に向かって小さく頷くと、瀬名君をかわして、萌と愛海の間に立った。
「時間が惜しい、行こうぜ」
ナチュラルに茜が二人の肩に触れる。
茜の綺麗な顔には男の色気が漂う艶やかな笑顔が浮かんでいた。
私にはあまり見せない、雄っぽい表情。
茜がちらりと私に視線を送り、片目を閉じてウインクした。そして、右手で自分の左胸をトントンと二回叩く。
任せておけ、茜がそう言っているのがなんとなく解った。
そう、瀬名君と接近する絶好のチャンスだ。
私は勇気を出して瀬名君の隣に並んだ。
「せ、瀬名君もカラオケとか行くんだね。ちょっと意外かも」
せっかく会話の機会を得たのに、何を言っているんだろう。
緊張のあまり、どうでもいいことを喋ってしまった。
「いや、あまり行かないよ。女の子に誘われてたまに行くけど」
「あ、そうなんだ……」
いきなり他の女の子と一緒に遊んだ話をされるのは、私なんてアウトオブ眼中だという意思表示なのだろうか。
しゅんとする私に、瀬名君はふっと微笑む。
「上手な子の歌を聴くのは好きだよ。深草さんは上手だから、楽しみにしているよ」
さらりと褒められて顔が真っ赤になる。
今日のカラオケ、すごく楽しみになってきた。
「え~、誰あの人。かっこよくない?」
「ほんと、芸能人みたい」
「文也君に並ぶイケメンかも」
校門付近がいつもより賑やかだ。原因は分かっている。茜だ。
幸い茜に声を掛けられる強者はいなかった。なるべく人との接触は少ないほうが、彼にとっていいに決まっている。
私の姿を見つけると、茜は預けていた背中をコンクリートの壁から離した。茜が軽く手を挙げて、八重歯を見せてにっと笑う。
「よお、美守。待ってたぜ」
いつもの白いシャツに黒のスキニーの上に、この前買ってあげた藤紫のパーカーを着た茜は、どこからどう見ても普通の少年だ。いや、普通のというには顔が整いすぎているのだけど、少なくとも狐だというのは誰にも見破れない。
「お待たせ、茜」
注目を浴びるのが恥ずかしくて控えめに手を振り返すが、それでも美少年の知り合いがあまりにも普通の目立たない容姿のせいで、嫌な視線を集めてしまう。
嫉妬や誹謗の混じった双眸がじろじろと体中に突き刺さる。
針の筵ってこういう状態のことか。苦々しい思いで私は茜に近付いた。
「茜くん、今日はありがとぉ」
「ヤッホー、茜クン」
私の背後に居る萌と愛海がいかにも知り合いですという親しげな雰囲気で、堂々と茜のほうに歩いていく。
途端に周囲の視線が余所に向けられ、人だかりが引いていく。
なんだ、あの二人の知り合いなら納得できる。
そんな空気がひしひしと伝わってきて、少し陰鬱な気持ちになる。
私が茜の知り合いだと許せないけど、萌と愛海なら許せる。みんながそんなふうに思うこと、以前の私なら気にも留めていなかった。それどころか、そうだよねと呑気に納得していただろう。
「相田萌でぇす。よろしくね、茜くん」
「ワタシは森川愛海よ。ヨロシク~」
「わたしは北野梨乃です。よろしくお願いします」
「おう、俺は茜だ。よろしくな」
校門から少し離れたところでそれぞれ自己紹介をする。萌と愛海は興味津々で茜を見ている。今にも茜に触れそうな距離。
茜に触れるのは私の特権なのに。
よぎった嫉妬心に困惑する。
私が好きなのは瀬名君だ。茜は友達みたいなお兄さんみたいな存在で、その彼が誰とくっつこうがどうでもいいはず。それなのに、どうして。
せっかく自分だけの王子様みたいな存在ができたのを手放したくない。そんな貧しい独占欲が自分の中にあるのかもしれない。
嫌だな、こんな気持ち。
憂鬱になりかけた私の肩に、そっと温かい手が触れた。
「顔色がワリィぜ、美守。大丈夫か?」
茜が少し身を屈めて私の顔を覗き込む。
萌と愛海を差し置いて、茜が私の心配をしてくれた。それだけで気分が浮上する。我ながら単純だなと、内心苦笑しつつ笑顔を浮かべる。
「平気だよ。昨日夜更かししすぎたせいで寝不足なだけ」
「ならいいが、体調が悪いなら無理すんなよ」
「うん、ありがと」
親しく話す私と茜に、萌と愛海が面白くないって顔をしているのが気配でわかった。
茜もそれに気付いたようで、私の肩から手を離す。
「おふたりさん、仲いいんだねぇ」
にっこりと天使の笑顔を浮かべながらも、萌の目は笑っていなかった。垂れた瞳の奥にゆらゆらと、暗い感情が揺れている。
萌から私に向けられた感情。
嫉妬なんて軽いものじゃなくて、憎悪にも似た、もっと暗くてどろりとした感情だ。
「妹みたいなもんだから、つい気安くしちまうんだ」
軽やかに茜が笑うと、その場の空気が揺らいだ。
「そうなんだぁ。美守って小さくて頼りなさげで、なんだか放っておけないかんじあるもんねぇ。美守ったら、かわいい」
萌がぎゅっと私に抱き着いた。
柔らかい肉体。ストロベリーみたいな甘酸っぱい香り。ああ、萌ってすごく女の子らしいな。それに比べて私は―…
萌を抱き留めながら、虚しい気持ちになる。
侮られていても嬉しいと感じていた『可愛い』という女友達からの誉め言葉が、急速に虚しい謗りに思えた。
このメンツでこれからカラオケか。
大好きなカラオケだというのに、憂鬱な気分になる。
「おや、みなさんお揃いで」
甘くて艶やかな低い声。瀬名君が優美な笑顔でこちらを見ている。
茜があからさまにゲッという顔になった。
それを見て、瀬名君はさも愉しそうに笑う。
「やだぁ、瀬名くぅん」
さっきよりも高い声で萌が瀬名君の名前を呼ぶ。瀬名君を見つめる萌の垂れ目は、いつも以上にキラキラと輝いている。恋する乙女そのものだ。
「やあ、萌ちゃん。これからみんなでお出かけかい?」
「そうなのぉ。カラオケ行くの」
「へえ、楽しそうだね。僕も混ぜてくれないかい?」
意外過ぎる申し出に、その場に居た女子全員が目を丸くする。
瀬名君が学校中の女子誘われているところは毎日のように目にしているけど、彼が自分から女子を誘うところは一度だって見たことはない。
「マジマジ? いいよ来て!」
「うんうん、大勢のほうが楽しいよぉ」
興奮気味に愛海と萌が賛成する。
それに対して「ありがとう」と落ち着いた声で返しつつ、瀬名君は茜の方を見た。
茜はさっきと一緒でずっと嫌そうな顔をしていて、明らかに「来るな」と全身で伝えている。狐姿の茜が毛を逆立てて威嚇しているのが目に浮かぶほどの拒絶。私ならそんな態度をとられたら凹んでいただろう。
だけど、瀬名君は飄々と余裕の笑顔を浮かべて茜に言った。
「というわけで僕も参加させてもらうよ。よろしく、茜」
茜君から茜に呼び方が変わっている。瀬名君はどうやら、茜のことを気に入ったみたいだ。
「あっそ、勝手にしやがれ」
「ハーレムの邪魔をしてしまって、なんだか悪いね」
「興味ねえよ、そんなもん」
「それなら茜は、僕が一緒のほうが嬉しいのかな」
「お前にも微塵も興味ねぇよ」
瀬名君に辛辣な言葉を吐きつつ、茜がチラリと私を見る。
瀬名君と茜を凝視していた私を見て、茜がほんの少しだけ眉根を寄せた。
ちょっとだけ切なそうな表情の意味が私には理解できなかった。
もしかして、助けを求めているのだろうか。いや、そんな感じじゃない。何かを欲しがっている顔とはまた違う。
私の困惑を感じ取ったのか、茜はすぐにいつもの不敵なにやりとした笑みに戻った。茜は私に向かって小さく頷くと、瀬名君をかわして、萌と愛海の間に立った。
「時間が惜しい、行こうぜ」
ナチュラルに茜が二人の肩に触れる。
茜の綺麗な顔には男の色気が漂う艶やかな笑顔が浮かんでいた。
私にはあまり見せない、雄っぽい表情。
茜がちらりと私に視線を送り、片目を閉じてウインクした。そして、右手で自分の左胸をトントンと二回叩く。
任せておけ、茜がそう言っているのがなんとなく解った。
そう、瀬名君と接近する絶好のチャンスだ。
私は勇気を出して瀬名君の隣に並んだ。
「せ、瀬名君もカラオケとか行くんだね。ちょっと意外かも」
せっかく会話の機会を得たのに、何を言っているんだろう。
緊張のあまり、どうでもいいことを喋ってしまった。
「いや、あまり行かないよ。女の子に誘われてたまに行くけど」
「あ、そうなんだ……」
いきなり他の女の子と一緒に遊んだ話をされるのは、私なんてアウトオブ眼中だという意思表示なのだろうか。
しゅんとする私に、瀬名君はふっと微笑む。
「上手な子の歌を聴くのは好きだよ。深草さんは上手だから、楽しみにしているよ」
さらりと褒められて顔が真っ赤になる。
今日のカラオケ、すごく楽しみになってきた。



