柳さんは黙ったまま、しばらくの間何も言わなかった。その沈黙が、逆に私をますます不安にさせた。言葉にすることで何かが崩れてしまうような気がして、彼はただ黙っているのだろうか。それとも、何か言いたくても言えないのだろうか。

 「式の後にこんなこと言うのもあれだけど…」
 柳さんがようやく口を開いた。その言葉に、私は思わず体が硬直する。

 「バンドのメンバーが芹香さんを好きだって知っておきながら、誰と結婚するか告げずに余興やってくれって頼んで、それから実は芹香さんと結婚するっていうのは…みんな、今日まで2人をただお祝いしようって思っていたのに、でも悔しくて悔しくて…」
 彼の声は震えていた。感情がこもりすぎて、言葉がうまく出てこないようだ。

 私の胸が痛くなった。結婚式の日にこんなことを言うべきじゃないとわかっているのに、柳さんのその言葉には、どうしようもなく込み上げてくるものがあった。彼が抱えていた思いが、やっと声となって現れた瞬間だった。

 「特に郁弥にいちゃんなんて…ううん、大貴くんも海斗くんも…私だって…」
 柳さんは涙ぐんでいた。その言葉が、私の心に深く突き刺さる。余興の時、みんなで笑顔で盛り上がっていたけれど、柳さんの気持ちはきっと隠しきれなかったのだろう。

 「ごめん。本当に。僕は性格が悪い。ちゃんと言えていたら、ぶつけられたらよかったのに、酷い男だ」柳さんが自嘲気味にそう言った。彼は謝りたくて仕方がなかったんだろう。

 「ごめんなさい、こんなこと言うべきじゃなかったよね…」
 私は柳さんを見つめながら、心の中で何度も謝った。だけど、私は彼を責めるつもりはなかった。ただ、こんな時にこの言葉を聞くのが本当に辛かっただけだ。

 「…君みたいに、そうやって言えてたらよかったのにな。高校生の君にこんなこと言わせた僕が悪かった。でも…ギターも歌も本当に良かったよ」
 柳さんは改めてそう言ってくれた。その言葉に、少しだけ救われるような気がした。

 その後、少し間があった。沈黙が支配する中で、私たちはただその場に立ち尽くしていた。でも、突然、どこからか声が響いてきた。

 「そうだよ、何やらせてくれるんだよ、柳」
 それは海斗くんの声だった。

 「ほんとーになぁ…ただ僕が芹香ちゃんにちょっかい出してたからってさぁ」
 大貴くんもいた。

 「いくらなんでもここで結婚式ってのもなぁ。」郁弥にいちゃんが言った。

 その瞬間、私はほっとした。みんなが集まってきた。それはまるで柳さんを慰めるように、また、少しでも気を楽にしてくれるように…みんなが集まってきた。

 「最初、大貴が起きて下を覗いたら、二人で話してたから…」
 海斗くんが続ける。

 みんなが集まってきた。でも、柳さんは少し驚いた表情をしていた。その顔が、少しだけ可笑しくて、でもやっぱり少し痛々しく感じた。

 「それに、また海外に行くなんて」
 郁弥にいちゃんが言った。

 そう、柳さんが最後の挨拶で言っていたこと。私は芹香さんから聞いていたので、驚くことはなかったけれど、みんなが聞いたらどう思うのだろうか。もしかして、柳さんが去ってしまうことが、みんなにとっての大きな問題なのかもしれない。

 郁弥にいちゃんが柳さんのところに行く。彼は昔から喧嘩っ早くて、正直言って、ちょっと怖いときもある。でも、今は彼が柳さんに歩み寄ってくれることが、すごく心強く感じられた。私は無意識に柳さんの前に立って、心配していた。

 「柳、今度改めて送別会…開かせてくれないか」
 郁弥にいちゃんの言葉に、私は驚いた。だって、今までの流れを見ていたら、送別会どころか、みんなが喧嘩してしまうんじゃないかと思ったから。

 「えっ?」
 柳さんは驚きの声をあげた。

 「…泣いちまって、最後散々だったからな。やり直させてくれ。芹香の前で恥ずかしいところ見せて、俺ら面目ない」
 郁弥にいちゃんがそう言った。

 その言葉に、私は胸がいっぱいになった。郁弥にいちゃんがこんなにも柳さんに気を使っていることに、正直、驚きと感動を覚えた。彼らはただの仲間じゃない。まるで本当に家族みたいだ。

 「よし、決まった! そうそう、成美ちゃんはあともう少し特訓して、もっと高い声が出るようにしようか」
 大貴くんが冗談交じりに言った。

 「え、私またボーカルするの?」
 私は驚いた。

 「当たり前よ、新生バーディズのボーカルは成美ちゃんに決定!」
 海斗くんが言う。

 再結成?!

 「そうだなぁ、また幸太と練習して。あいつは俺の弟子だからな」
 大貴くんが言った。少し照れくさいけれど、その言葉には真剣な気持ちが込められていた。

 海斗くん、大貴くん、郁弥にいちゃん、みんながわんやわんやしている。結局、何もかもが、みんなで一緒にやり直すことになった。それが嬉しい。きっとみんな、こうして集まることで、また何かを作り上げることができるのだろう。

 「ねぇ、成美ちゃん」
 柳さんが急に私を呼んだ。

 「なに?」
 私は柳さんを見た。

 「本当は一番嫉妬してたのは、君にだったんだ」
 柳さんが言った。その言葉に私は一瞬驚き、心が少しだけ震えた。

 「そりゃ、幼馴染の海斗や、誰にでもぐいぐいやる大貴、知らないところで芹香にアプローチして結婚した郁弥に嫉妬した……自分の引っ込み思案な性格を呪ったさ。でも、そんな下心もなく芹香の心を掴んで離さなかった成美ちゃんに一番嫉妬してた。いい大人が……ね」

 その言葉に、私は少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚えた。柳さんの言葉が、私の心に突き刺さる。彼は、私が何も気にせず芹香さんと接していたことに嫉妬していたのだ。けれど、それは私にとっても痛い真実だった。

 「俺と再会してなかったら…きっと君のことを…って、成美ちゃん?」
 柳さんの声が、遠くに感じられた。

 その瞬間、私は走り出していた。

 「成美!」
 幸太の声も聞こえたけれど、私はただ走った。走りたくて、芹香さんの元へ。

 彼女に、私の気持ちを伝えたかった。

 やっぱり、悔しい。

 女だから、女同士だから、芹香さんともう結ばれることはないと、諦めていた。だけど今、心の中で彼女の気持ちが私に向いていることを、確信した。

 柳さんは私に嫉妬してるとか言っていたけれど、実は私はずっと柳さんに嫉妬していた。彼の存在が、私にとって大きな壁だったから。

 でも、今は違う。芹香さんの気持ちは、私にある。それが嬉しい。

 きっと、みんなは私に嫉妬するだろう。

 なんて優越感なんだろう。


 終