「ほら、私たち、本当に仲良かったじゃない。私にも姉妹はいなかったし、元生徒とはいえ、あなたのことは本当の妹のように思ってた。……成美ちゃん、ずっとそばにいてくれたよね。郁弥の愚痴も、よく聞いてくれたし」
「……そうだったね。私も、本当のお姉さんみたいに……ううん、私は……私は――」
幸太が横にいるのが、なんだか照れくさかった。私はそっと手を動かして、彼の手から離れた。彼は私のほうを見ているようだったけど、すぐに芹香さんへと視線を移した。
「……好き。芹香さんが」
「その言い方だと……今も?」
私は、こくんと頷いた。芹香さんは、いつものように、静かに微笑んでくれた。
「嬉しい……。最後の頃は、郁弥と妊活のことで喧嘩ばかりで辛くて……あなたのそばにいることが多かったの。ああ、女同士だったら子どものことなんて考えなくてよかったのにって思ってた。でも、日本では同性婚は認められていないし、もしそれを越えられても、今度は“子どもがほしい”って、また別の壁が現れる……」
「……そこまで考えてたんだ」
「現実逃避みたいなものよ。でもね、海外に行ってから、同性婚が認められている国や、そういうカップルが普通に暮らしてる社会を知って……“もし成美ちゃんと海外で暮らせたら”なんて、ふと思ってしまったのよ」
「……でも、もう無理ですよね。柳さんと結婚してしまったし」
「そうね……それをもっと早く気づいていれば、こんなに苦しくなかったのかもしれないわ」
――私も、そう思ってた。
でも正直、私は“芹香さんだから”好きだっただけで、女性全般が恋愛対象ってわけじゃない。
「でも、私も成美ちゃんのこと、好きよ。今でも――妹として、教え子として、そして……最愛の人として」
「嬉しい……。私も、です」
「だから、手紙も……あなたにしか送らなかったの」
やっぱり……そうだったんだ。
「あー、そういうことか」
幸太が、少し顔を赤らめながらつぶやいた。そうだよね、こんな会話聞いてるの、ちょっと気まずいよね。
「いや、なんでもない……っていうか、僕いないほうがいいのかなぁ」
「そ、そんなことないよ! いきなり私と芹香さん、二人きりなんて……!」
本当よ。さっきまで、幸太を無視してたみたいで申し訳なかったし。
でも、どうしても気になってたことがある。
「……どうして、お兄ちゃんを庇ったの?」
そう、郁弥にいちゃんの“男性不妊”を、親の前で隠したこと――。
芹香さんから、あの優しい微笑みが消えた。そうだよね、流石にあのときは……
「……女って、男を立ててなんぼなのよ」
少し困ったように笑う芹香さん。その顔も、やっぱり可愛い。
「今だから言えるけどね。私も、そういうの、めんどくさくて……別に郁弥はそんなこと求めてなかったけど。でも、場の空気ってあるじゃない? “あなたの息子さんが不妊で”なんて、あなたのご家族の前で言えるわけないでしょ……」
本当に優しすぎるよ。ちょいちょい、お兄ちゃんの愚痴をこぼしてたくせに。
でも、そこは――ちゃんと言ってほしかったんだよ。芹香さん。
「……まあ、それ以外のことでも、もう破綻してたし。離婚は時間の問題だったのよ。遅れたのは、30歳って節目もあったけど……成美ちゃんと暮らせないのが、なにより悲しかったの」
「芹香さん……」
ああ、やっぱりこの優しさが、私は好きなんだ。
きっと、すごく辛かったんだろうな。
「あっ」
幸太が、スマホの画面を私だけに見せた。
『スタジオあけておきました。夕方から来て。郁弥も海斗もくる』
大貴くんからのメールだ。三人そろって……!
私は幸太と目を合わせて、そっとハイタッチした。
「どうしたの? なんか嬉しそうね」
余興のことは、まだ秘密。バレちゃダメだ。
「ちょっとね。ね、幸太?」
「ああ」
芹香さんは、きょとんとした顔で、私たちを見ていた。
そしてあっという間に式の日がやってきて、無事に盛大に終わった。
余興は、芹香さんが全く知らなかったサプライズで、泣いて喜んでくれた。成功したかな?
周りのバンドメンバーから、私がバーディズの二代目ボーカルだなんて言われて、こそばくて恥ずかしかった。
練習はあったけど、時間が足りなくてあまり準備できなかった。でも、なんとかみんなと一緒にできてよかった。大貴くんは、ずっとスタジオを貸してくれたし、海斗くんもいつものようにぐちぐち言いながら、みんなのムードメーカーになってくれた。郁弥にいちゃんもリーダーらしく、みんなをまとめてくれていた。
当日は、郁弥にいちゃんは同級生の料理人たちと調理、私と幸太は配膳、海斗くんは照明、大貴くんは音響担当で、今はもうクタクタだ。
みんなはうちで雑魚寝している。幸太と私はまだ大丈夫だけど、他のみんなはお酒が入っているから。
芹香さんは少し無理をしたらしく、先に家で横になっているそうだ。
ウエディングドレス姿、素敵だったなぁ。お化粧もして、さらに美しかった。だからいつも以上に緊張した。彼女の前で歌うなんて、そんな度胸はなかったけど、会場は盛り上がったし、うまくいったのかな。
お店に戻ると、柳さんがいた。お祝いを車に運んでいるところみたい。
「柳さん、私も手伝いますよ。こんなにたくさん!」
「ああ、ありがとう。あと少しだから」
「たくさん持って、落としたら大変ですよ」
「そうだね、僕はちょっとそそっかしいから、助かるよ」
そうかなと思いながらも、私はお土産を持って車に運ぶ手伝いをする。大きなワゴン車…レンタカーだ。もうすでにいくつかのプレゼントでいっぱいだ。あ、チャイルドシートもついてる。
「気が早いと思うでしょ?」
「まだ芹香さんのお腹、そこまで大きくないから実感が湧かないです」
「だよな。でも、生まれて退院した後、病院から家まで行くときにもチャイルドシートを使わなきゃいけないから、つけてもらったんだ。車もレンタルだし」
へぇ、そうなんだ。
荷物を置いて店に戻ると、店の中には私と柳さんだけだ。意外と彼と二人きりってあまりないなぁ。
…何を話そうか。
「よかったよ、余興…ありがとう」
あ、柳さんが話しかけてきてくれた。
「ありがとう…ちょっと恥ずかしかった」
「ジンってきちゃったよ、胸に」
「…」
「ギターもボーカルも上手でかっこよかったよ」
「…」
私は何も返せなかった。
「ねぇ、なんで私たちに余興をさせたの?」
「……そうだったね。私も、本当のお姉さんみたいに……ううん、私は……私は――」
幸太が横にいるのが、なんだか照れくさかった。私はそっと手を動かして、彼の手から離れた。彼は私のほうを見ているようだったけど、すぐに芹香さんへと視線を移した。
「……好き。芹香さんが」
「その言い方だと……今も?」
私は、こくんと頷いた。芹香さんは、いつものように、静かに微笑んでくれた。
「嬉しい……。最後の頃は、郁弥と妊活のことで喧嘩ばかりで辛くて……あなたのそばにいることが多かったの。ああ、女同士だったら子どものことなんて考えなくてよかったのにって思ってた。でも、日本では同性婚は認められていないし、もしそれを越えられても、今度は“子どもがほしい”って、また別の壁が現れる……」
「……そこまで考えてたんだ」
「現実逃避みたいなものよ。でもね、海外に行ってから、同性婚が認められている国や、そういうカップルが普通に暮らしてる社会を知って……“もし成美ちゃんと海外で暮らせたら”なんて、ふと思ってしまったのよ」
「……でも、もう無理ですよね。柳さんと結婚してしまったし」
「そうね……それをもっと早く気づいていれば、こんなに苦しくなかったのかもしれないわ」
――私も、そう思ってた。
でも正直、私は“芹香さんだから”好きだっただけで、女性全般が恋愛対象ってわけじゃない。
「でも、私も成美ちゃんのこと、好きよ。今でも――妹として、教え子として、そして……最愛の人として」
「嬉しい……。私も、です」
「だから、手紙も……あなたにしか送らなかったの」
やっぱり……そうだったんだ。
「あー、そういうことか」
幸太が、少し顔を赤らめながらつぶやいた。そうだよね、こんな会話聞いてるの、ちょっと気まずいよね。
「いや、なんでもない……っていうか、僕いないほうがいいのかなぁ」
「そ、そんなことないよ! いきなり私と芹香さん、二人きりなんて……!」
本当よ。さっきまで、幸太を無視してたみたいで申し訳なかったし。
でも、どうしても気になってたことがある。
「……どうして、お兄ちゃんを庇ったの?」
そう、郁弥にいちゃんの“男性不妊”を、親の前で隠したこと――。
芹香さんから、あの優しい微笑みが消えた。そうだよね、流石にあのときは……
「……女って、男を立ててなんぼなのよ」
少し困ったように笑う芹香さん。その顔も、やっぱり可愛い。
「今だから言えるけどね。私も、そういうの、めんどくさくて……別に郁弥はそんなこと求めてなかったけど。でも、場の空気ってあるじゃない? “あなたの息子さんが不妊で”なんて、あなたのご家族の前で言えるわけないでしょ……」
本当に優しすぎるよ。ちょいちょい、お兄ちゃんの愚痴をこぼしてたくせに。
でも、そこは――ちゃんと言ってほしかったんだよ。芹香さん。
「……まあ、それ以外のことでも、もう破綻してたし。離婚は時間の問題だったのよ。遅れたのは、30歳って節目もあったけど……成美ちゃんと暮らせないのが、なにより悲しかったの」
「芹香さん……」
ああ、やっぱりこの優しさが、私は好きなんだ。
きっと、すごく辛かったんだろうな。
「あっ」
幸太が、スマホの画面を私だけに見せた。
『スタジオあけておきました。夕方から来て。郁弥も海斗もくる』
大貴くんからのメールだ。三人そろって……!
私は幸太と目を合わせて、そっとハイタッチした。
「どうしたの? なんか嬉しそうね」
余興のことは、まだ秘密。バレちゃダメだ。
「ちょっとね。ね、幸太?」
「ああ」
芹香さんは、きょとんとした顔で、私たちを見ていた。
そしてあっという間に式の日がやってきて、無事に盛大に終わった。
余興は、芹香さんが全く知らなかったサプライズで、泣いて喜んでくれた。成功したかな?
周りのバンドメンバーから、私がバーディズの二代目ボーカルだなんて言われて、こそばくて恥ずかしかった。
練習はあったけど、時間が足りなくてあまり準備できなかった。でも、なんとかみんなと一緒にできてよかった。大貴くんは、ずっとスタジオを貸してくれたし、海斗くんもいつものようにぐちぐち言いながら、みんなのムードメーカーになってくれた。郁弥にいちゃんもリーダーらしく、みんなをまとめてくれていた。
当日は、郁弥にいちゃんは同級生の料理人たちと調理、私と幸太は配膳、海斗くんは照明、大貴くんは音響担当で、今はもうクタクタだ。
みんなはうちで雑魚寝している。幸太と私はまだ大丈夫だけど、他のみんなはお酒が入っているから。
芹香さんは少し無理をしたらしく、先に家で横になっているそうだ。
ウエディングドレス姿、素敵だったなぁ。お化粧もして、さらに美しかった。だからいつも以上に緊張した。彼女の前で歌うなんて、そんな度胸はなかったけど、会場は盛り上がったし、うまくいったのかな。
お店に戻ると、柳さんがいた。お祝いを車に運んでいるところみたい。
「柳さん、私も手伝いますよ。こんなにたくさん!」
「ああ、ありがとう。あと少しだから」
「たくさん持って、落としたら大変ですよ」
「そうだね、僕はちょっとそそっかしいから、助かるよ」
そうかなと思いながらも、私はお土産を持って車に運ぶ手伝いをする。大きなワゴン車…レンタカーだ。もうすでにいくつかのプレゼントでいっぱいだ。あ、チャイルドシートもついてる。
「気が早いと思うでしょ?」
「まだ芹香さんのお腹、そこまで大きくないから実感が湧かないです」
「だよな。でも、生まれて退院した後、病院から家まで行くときにもチャイルドシートを使わなきゃいけないから、つけてもらったんだ。車もレンタルだし」
へぇ、そうなんだ。
荷物を置いて店に戻ると、店の中には私と柳さんだけだ。意外と彼と二人きりってあまりないなぁ。
…何を話そうか。
「よかったよ、余興…ありがとう」
あ、柳さんが話しかけてきてくれた。
「ありがとう…ちょっと恥ずかしかった」
「ジンってきちゃったよ、胸に」
「…」
「ギターもボーカルも上手でかっこよかったよ」
「…」
私は何も返せなかった。
「ねぇ、なんで私たちに余興をさせたの?」



