「えっ、柳さんが?!」
次の日、学校で幸太に話すと、やっぱり驚いていた。
彼曰く、自分のギターの師匠は柳さんらしいけれど、結婚のことは知らなかったみたい。
「“静かに吠えるギター侍”って呼ばれてた柳さんが……他のバンドメンバーはガチャガチャしてうるさかったから、余計に柳さんの静かさが際立ってたのかもな」
「そうだね……。てか、そのバンドでギターボーカルとか、ちょっと荷が重いよ。幸太、ほんと助けて」
「俺だって緊張するよ。師匠の前でギター弾くんだぜ?」
幸太とは中学・高校ずっと一緒。
彼のお父さんがミュージックバーの常連で、昔から家族ぐるみで仲が良かった。
サッカー部とかの男子が多いなか、幸太はクラシックギター部。そこも少し珍しくて、なんとなく気が合った。
「まぁ、芹香さんを超えるのは難しいかもしれないけど……紅一点、いいじゃん」
「そうかなぁ。プレッシャーに押しつぶされそう……」
「押しつぶされて、もう少しスリムに……」
「それセクハラ!」
「冗談だって」
思わず腹が立って、幸太を追いかけ回していた。
そのとき——音楽室の前に、どこかで見たことのある女性が立っていた。
「あら、成美ちゃん、幸太くん。相変わらず仲良しね」
——どうしてここに……?
「芹香さん!」
私は一瞬、声が出なかった。
幸太は子どもみたいにはしゃいで、芹香さんのもとへ駆け寄っていく。
彼女は本当に美しかった。ボブだった髪はセミロングに伸びていて、どんな髪型でも彼女の美しさは変わらない。
「幸太くんは元気そうね……成美さん?」
「……あ、うん」
「なに突っ立ってんだよ」
私は頷くしかなかった。
「芹香さん、いつのまに?」
「先月には帰ってきてたの。実家に戻って、親戚まわりしてたのよ」
「でも、手紙には……」
思い出す。先日届いた手紙には「仕事が落ち着いたから、近々帰国する予定」と書いてあった。
芹香さんは語学留学を経て日本語教師の資格をとり、各国を転々としながら仕事をしていた。
「出国前に出したのが届いてよかったわ。サプライズよ、サプライズ」
そう言ってウインクされた。ああ、たまにこういう無邪気なところが好きなのだ。
……て、わたしも柳さんの結婚式にサプライズで芹香さんを呼ぼうと思ってたのに!
「あ、あのね……あの……」
久しぶりに心臓がドキドキして、言葉が出ない。本当に好きだから、目の前にすると何も言えない。
手紙なら書ける。いや、手紙にも書けなかった。
「芹香先生ー!」
他の生徒たちが音楽室に入ってきて、芹香さんを囲む。やっぱり人気者だ。
私は何も言えなかった。せめてメアド、聞けばよかった。海外だと番号変わっちゃうって聞いたし。
「ああ、行っちゃった……成美、顔真っ赤だぞ」
「……そ、そう?」
——でも、日本に戻ってきてくれたのなら。
いつか、想いを伝えられる日が来るかもしれない。
芹香さんが好きだって。
——その思いが、心の中でどんどん膨らんでいった。
「……えっ、芹香が帰ってきた?」
店の掃除の最中、郁弥お兄ちゃんに話すと、彼も芹香さんの帰国を知らなかったようだ。
「電話番号もメアドも知らないし。にしても、柳と同じ時期に帰国か……まぁ、このご時世だからな。成美は嬉しいだろ?」
ドキッとした。やっぱり郁弥お兄ちゃんにはバレてたか……。
てか連絡先知らないの?! それよりも……
「ま、まぁね」
なんて照れて答えるしかない。
「……仲良かったもんな、二人は。姉妹みたいだった」
「お姉ちゃんみたいなもんよ」
「……」
私の両親は音楽関係の仕事で、全国各地をツアーで飛び回っている。
ギターやベース、ドラムのメンテナンス、楽器まわりの専門職だ。
我が家は、音楽好きの血筋だと思う。
だから私もギターを始めて——その縁でバンドの仲間や芹香さんと出会い、ギター好きの幸太とも仲良くなれた。
「ういーっす、練習すっぞ!」
「曲も候補しぼったから、成美ちゃんが歌いやすいの選んでね」
海斗と大貴くんが店にやってきた。
候補曲のリストを見ながら、結婚式にふさわしくて、なおかつ自分が歌いやすい曲を選んでいく。
——ああ、二人も芹香さんの帰国を知ったら、どんな反応するんだろう。
「なぁ、二人とも。芹香の電話番号とかメアド、知らない?」
と郁弥お兄ちゃん。
「知らないよ。……海斗は? 幼なじみだろ?」
「俺もしらねぇよ。こっちが聞きたいくらい。てか郁弥のほうこそ、なんでいきなり芹香のこと?」
やっぱり、私以外に手紙が届いた人はいないみたい。
芹香さんがときどき送ってくれた手紙。なんとなく——優越感。
「こんにちはー!」
あれ、幸太? 今日はファーストフードのバイトのはずでは。
「曲決めるって成美から聞いたから、来ました」
「おうおう、成美ちゃんの彼氏~!」
——大貴くん!
「えっ……」
「お似合いじゃん」
——海斗くんまで?! そんな関係じゃないってば!
「はいはい、高校生は早く曲決めて、さっさと帰しましょう」
郁弥お兄ちゃん、ナイスアシスト……。
ちらりと幸太の顔を見ると、少し赤くなっていた。
——気のせい、かな。
大人たちはからかわないでよ。
私が好きなのは芹香さん、なのに。
——でも、なんだろう、このモヤモヤした気持ちは。幸太のことを気にしている自分がいる。
次の日、学校で幸太に話すと、やっぱり驚いていた。
彼曰く、自分のギターの師匠は柳さんらしいけれど、結婚のことは知らなかったみたい。
「“静かに吠えるギター侍”って呼ばれてた柳さんが……他のバンドメンバーはガチャガチャしてうるさかったから、余計に柳さんの静かさが際立ってたのかもな」
「そうだね……。てか、そのバンドでギターボーカルとか、ちょっと荷が重いよ。幸太、ほんと助けて」
「俺だって緊張するよ。師匠の前でギター弾くんだぜ?」
幸太とは中学・高校ずっと一緒。
彼のお父さんがミュージックバーの常連で、昔から家族ぐるみで仲が良かった。
サッカー部とかの男子が多いなか、幸太はクラシックギター部。そこも少し珍しくて、なんとなく気が合った。
「まぁ、芹香さんを超えるのは難しいかもしれないけど……紅一点、いいじゃん」
「そうかなぁ。プレッシャーに押しつぶされそう……」
「押しつぶされて、もう少しスリムに……」
「それセクハラ!」
「冗談だって」
思わず腹が立って、幸太を追いかけ回していた。
そのとき——音楽室の前に、どこかで見たことのある女性が立っていた。
「あら、成美ちゃん、幸太くん。相変わらず仲良しね」
——どうしてここに……?
「芹香さん!」
私は一瞬、声が出なかった。
幸太は子どもみたいにはしゃいで、芹香さんのもとへ駆け寄っていく。
彼女は本当に美しかった。ボブだった髪はセミロングに伸びていて、どんな髪型でも彼女の美しさは変わらない。
「幸太くんは元気そうね……成美さん?」
「……あ、うん」
「なに突っ立ってんだよ」
私は頷くしかなかった。
「芹香さん、いつのまに?」
「先月には帰ってきてたの。実家に戻って、親戚まわりしてたのよ」
「でも、手紙には……」
思い出す。先日届いた手紙には「仕事が落ち着いたから、近々帰国する予定」と書いてあった。
芹香さんは語学留学を経て日本語教師の資格をとり、各国を転々としながら仕事をしていた。
「出国前に出したのが届いてよかったわ。サプライズよ、サプライズ」
そう言ってウインクされた。ああ、たまにこういう無邪気なところが好きなのだ。
……て、わたしも柳さんの結婚式にサプライズで芹香さんを呼ぼうと思ってたのに!
「あ、あのね……あの……」
久しぶりに心臓がドキドキして、言葉が出ない。本当に好きだから、目の前にすると何も言えない。
手紙なら書ける。いや、手紙にも書けなかった。
「芹香先生ー!」
他の生徒たちが音楽室に入ってきて、芹香さんを囲む。やっぱり人気者だ。
私は何も言えなかった。せめてメアド、聞けばよかった。海外だと番号変わっちゃうって聞いたし。
「ああ、行っちゃった……成美、顔真っ赤だぞ」
「……そ、そう?」
——でも、日本に戻ってきてくれたのなら。
いつか、想いを伝えられる日が来るかもしれない。
芹香さんが好きだって。
——その思いが、心の中でどんどん膨らんでいった。
「……えっ、芹香が帰ってきた?」
店の掃除の最中、郁弥お兄ちゃんに話すと、彼も芹香さんの帰国を知らなかったようだ。
「電話番号もメアドも知らないし。にしても、柳と同じ時期に帰国か……まぁ、このご時世だからな。成美は嬉しいだろ?」
ドキッとした。やっぱり郁弥お兄ちゃんにはバレてたか……。
てか連絡先知らないの?! それよりも……
「ま、まぁね」
なんて照れて答えるしかない。
「……仲良かったもんな、二人は。姉妹みたいだった」
「お姉ちゃんみたいなもんよ」
「……」
私の両親は音楽関係の仕事で、全国各地をツアーで飛び回っている。
ギターやベース、ドラムのメンテナンス、楽器まわりの専門職だ。
我が家は、音楽好きの血筋だと思う。
だから私もギターを始めて——その縁でバンドの仲間や芹香さんと出会い、ギター好きの幸太とも仲良くなれた。
「ういーっす、練習すっぞ!」
「曲も候補しぼったから、成美ちゃんが歌いやすいの選んでね」
海斗と大貴くんが店にやってきた。
候補曲のリストを見ながら、結婚式にふさわしくて、なおかつ自分が歌いやすい曲を選んでいく。
——ああ、二人も芹香さんの帰国を知ったら、どんな反応するんだろう。
「なぁ、二人とも。芹香の電話番号とかメアド、知らない?」
と郁弥お兄ちゃん。
「知らないよ。……海斗は? 幼なじみだろ?」
「俺もしらねぇよ。こっちが聞きたいくらい。てか郁弥のほうこそ、なんでいきなり芹香のこと?」
やっぱり、私以外に手紙が届いた人はいないみたい。
芹香さんがときどき送ってくれた手紙。なんとなく——優越感。
「こんにちはー!」
あれ、幸太? 今日はファーストフードのバイトのはずでは。
「曲決めるって成美から聞いたから、来ました」
「おうおう、成美ちゃんの彼氏~!」
——大貴くん!
「えっ……」
「お似合いじゃん」
——海斗くんまで?! そんな関係じゃないってば!
「はいはい、高校生は早く曲決めて、さっさと帰しましょう」
郁弥お兄ちゃん、ナイスアシスト……。
ちらりと幸太の顔を見ると、少し赤くなっていた。
——気のせい、かな。
大人たちはからかわないでよ。
私が好きなのは芹香さん、なのに。
——でも、なんだろう、このモヤモヤした気持ちは。幸太のことを気にしている自分がいる。



