自分を隠すのが社会なの
機嫌をとるのが社会なの


高校二年間、そんなことばかり考えていた。



*



深く息を吸って、もう一度高校生活の記憶を辿る。

頭に浮かぶ光景は、周囲に光が照らされていて華やかな会話が私を挟んで飛び交う。それを光の影の世界で本を読みながら盗み聞きする。ーそういう記憶ばかり

いくら探しても私の中には思い出が見つからない。




もし「正しい夏」を送っていたら何か違ったのかな

甘酸っぱいレモンソーダのような、

帰り道にスタバに寄って「何たのも」と一通り悩んでから、結局友達と同じ味を頼んで青に溶けそうな入道雲を背景に、買った飲み物をスマホで撮った夏。

自転車で坂道を下りながら、生ぬるい空気で濡れた額に冷たい風があたるのを感じて「涼しい」と笑った夏。

余命を向かえる君と最後海を見に行って落ちていく夕日を見て「綺麗だね」と言う君を見つめた夏。



そんな『夏』が、あったならー

いくら空想をしても仕方がない。空想から現実に戻る時の虚無感が大きくなるばかりだ。

もう終わりにしようと思った。
こんな人生がこれからも続くなら、もういっそ

屋上のフェンス越しに一人立ちすくめる。



あと一歩先


一歩踏み出せば楽になれる。




けれど足が、動かない。





死にたいと願いながら泣き続けた夜。やっと夢が叶うのに。


涙が溢れそうになる。






「じぇーけー、何してんの」


後ろから声がした。
ここは立ち入り禁止で誰もいないはず。なんで

後ろには高校物理の男子教師がいる。いつもたばこの匂いがして「だりー」が口癖の、教師らしくない人で有名な。

「見れば、分かるじゃないですか」

「あー今取り込み中か」

「そうです。失恋したんで飛び下りるんです」

 
気付かれないように、小さい嘘を吐く。

どうせ、先生(・・)らしく「自殺なんて良くないよ。君にはやり残したことがきっとある。」っていうきれいごとを言うんでしょ。空けない夜はない。止まない雨はない。そんな感じの。私はそんな言葉いらない。「みんな仲良くしましょう」「多様性だからお互いのことを尊重しないとね」そんなことを聞くたび、心の中の闇が濃くなっていく。



「じゃあ、俺と一緒に恋愛しない?」


腕をがっと掴まれた。行かせないとばかりに。
私はできるだけ目を細くして睨み付ける。


「いいんですか、先生。そんなこと生徒として」

「バレなきゃ良いだろ」

「クズ男」
ぼそっと低い声で言った。


「誰がクズだよ。聞こえたぞ」

「先生と生徒が恋愛なんて、職失いますよ」

「ゔ」

「まぁ、そんなことは置いといて。腕、離してください」

「わかった。ちょっと、たばこに火付ける」

「たばこ吸ってる人って
  何も考えてないか希死念慮をしてる人なんですよ」


たばこを吸いながら、遠くを眺めながら言った。


「じゃあ、俺は何も考えてない方かもしれないな」





「先生、何で生きなきゃいけないんでしょう」

「じゃあ何で死ぬんだろうな」

「分かりません」

「俺も同じ」

「それじゃ、答えになってません」

「そこらへんの老人も分からんと思う。やっぱ恋じゃね?」

「質問変えます。先生は、幸せって何だと思いますか」






*



「やっと見つけた。その答え」


あの頃の自分に会えたら、
      きっと私はこう言う。





「 幸せは、振り返ってから気づく過去にあるんだよ 」



『今』があるのも、良くも悪くも過去があるから。人生で自分が無意識に選択したからこの瞬間がある。


今、この本と巡り会えているのもきっと過去のせい。





*


あの時、先生はこう言った。



「本当の答えはこれからの貴方が決めること」





end