あれから、私たちは、関わらないという約束を破り、図書室でこっそり会っていた。
日常的な会話はするものの、お互いの大切なことを言えずにいる。
今日も、彼が待つ図書室へ行く。中へ入ると既に、彼が座っていた。
「お待たせ」
扉を閉めて、少し小走りで駆け寄る。
「そう言えば、前から聞きたかったことがあるんだけど、一番初めて、図書室で話した日あったじゃん。何でここに来てたの?いつも、自分の席で寝てるイメージがあったから、気になって」
彼は、普段と同様にノートとペンを手に取り、文字を書き始める。
『君が、消えたいって顔してたから』
「そんな顔してたの?」
コクッと頷く。
「それで、来てくれたの?寝る時間を削ってまで」
フッと声が聞えた気がして、顔を上げると、笑顔の彼がいた。
「何か面白い事言った?」
『寝る時間を削ってって言った』
「成瀬くんって、意外だね。笑わない子なのかと思ってたから」
私の前だけで表情がコロコロ変わるあなたが、とても愛おしく見える。だって、いつもの、不愛想な下の顔には、年相応の青年の顔があるなんて想像もしてなかったから。
「ねえ、成瀬くんって」
既に書いてあるノートのページを見せられる。
『成瀬呼びは卒業。柊って呼んで』
「これ、成瀬くんの下の名前、しゅうって読むの?」
『ひいらぎ』
「ひいらぎ?とても綺麗な名前」
『そう?』
大きく首を縦に振り頷く。
「ずっと、成瀬くんの下の名前の読み方気になってたんだよね。なんて読むんだろうって」
照れているのか、顔を手で覆い隠し始めた。それを見て、からかいたくなってしまい、彼の手を掴み顔から引き離そうとする。
「ねえ、成瀬くん顔見せてよ!」
いいアイデアを思いつき、彼から離れ、泣きの演技に入る。
「ううう...」
直ぐに、私の方へ来るが、どうしたらいいのか分からず、隣であたふたし始めた。
「フフッ。ごめん、噓泣きしてみた!」
ホッとしたのか、その場に座り込み、ムッとした表情でそっぽを向かれる。
「ごめんね、やり過ぎちゃった。本当にごめん」
そう言った私の方へ、振り向きその表情は笑っていた。
「成瀬くん!酷いじゃん、騙すなんて!」
私たちは、過去に置いてきた笑顔を、今取り戻すかの様に笑い合っている。このまま、一生続けばいいのに。
些細なことで、幸せだと感じたのはいつぶりだろう。
『成瀬じゃなくて、柊ね。』
「あっ、はい。ひ、ひ、いらぎくん。」
私の様子を見て、満足そうに笑っていた。その顔を見て、頬が火照る。
「じゃあ、次私の番ね!」
彼のペンとノートを借り、自分の下の名前を書く。
「これで、なんて読むと思う?」
『みどりとか?』
「よく言われるけど、違う」
『すい』
柊くんに名前を呼ばれた瞬間、胸が大きく跳ね、特別に思えて、過去の男の子との記憶が鮮明に蘇る。
「私、ずっと前に柊くんと出会ってた気がする。」
唐突に出てしまった言葉に焦る。
「間違えた、今言ったこと忘れて。ごめん、変なこと言って。もうそろそろ、時間だね!戻ろっか」
急に手を握られ、何か言いたそうな表情のまま私の目を見た。だが、直ぐに握られていた手が離されてしまい、モヤモヤした気持ちのを残し図書室を後にした。
最近、彼の事でずっと悩んでて、解消されるどころか、増すばかり。
過去が知りたい。でも、違うって言われてしまったらと思うと、踏み込んで聞くのが少し怖い。
次の日、学校に行くと、柊くんが退学したと、先生の口から告げられた。
頭の中が一瞬で真っ白になり、視界がぼやける。
その時、嫌な胸騒ぎがして、居ても立っても居られなくなり、気付けば教室を飛び出していた。
もちろん、柊くんの家なんて知るはずもなかった。それでも、体が勝手に動いて、言う事を聞いてくれない。
先生もクラスの人たちも、家族のことも、今はどうでも良いくらい、彼にただ会いたいと心が訴えかけてくる。
私は、彼と初めて逃げた日の場所へと向かって、一直線に走った。居るか居ないかよりも、行動してみたくなった。
彼が、そうしてくれたみたいに。
ようやく到着するも、彼の姿どころか、誰の姿もなく、ただ一人立ち尽くす。
始めから居るわけがないのは、知っていた。
ほんの少しの期待を持ちたかっただけ。それだけなの。
柊くんと、走り疲れて座ったベンチ。もう、一緒には来られない。
頭が冷静になればなるほど、柊くんが消えた現実がより色濃く感じた。
それでも、希望を捨てる事が出来ず、ベンチに座って待つことにした。
あれから、何時間も待ってみたが、彼が姿を現す事は一度もなく、空があの時と同じ茜色になる。茜色は、私の状況何てお構いなしに、綺麗に輝きを放っていた。
あの日、彼が眠る横で、見た景色と同じはずなのに、全然違って見えた。
どうして、大切だと実感した途端、私の目の前から消えていくの。
ここでの記憶を思い出せば出すほど、涙が溢れ出して止まらない。初めから、消えるくらいなら優しくなんてしないで欲しかった。
私の心何て見透かさないで、ほっといてくれれば良かったのに。
暗い気持ちが晴れないまま、家に向かって歩く。家に着いた時には、辺りは暗くなっていて、両親は既に帰宅していた。
「こんな時間まで何処に行ってたの?心配してたんだから」
母の心配も耳に入らない。
「それと翠、先生がさっき電話を下さって、あなた教室を飛び出したそうね!」
「そうだけど」
「また、あのろくでもない奴と一緒だったんだろう!関わるなって言わなかったか!」
父は、声を荒げながら言ってきたが、そんなの今の私には無傷だ。
「聞いてるのか!あいつと今後も関わる様なら、こっちにも考えがある!」
うるさい。うるさい。
「翠、これはあなたの為に言ってるのよ」
「うるさい!私の為って何?今まで私のことなんて見てもくれなかったくせに、今更親ずらしないでよ!」
「親に対してなんて口を利くの!」
「これも全て、あの男が原因なんだろ!だから、関わるなと言っていたのに」
「彼は、何の関係もない!それに、前の時も私を庇ってくれただけ!逃げたいって私が言ったの!彼は、それを守ってくれただけ!何も知らないくせに、知った事ばっか言うな!」
両親は、呆気にとられた表情のまま。
「私、本当は良い子なんかじゃないよ。演じてただけ。ママとパパにガッカリされたくなくて、嫌われたくなくて我慢してただけ。本当は、ずっと笑うの辛かったし、二人の事が憎かった。ずっと、陽介みたいに自由に生きてみたいって思ってた。」
でも、出来なかったのは、あの日母が陽介の背中を見て、手が離れてく我が子を見て、寂しそうに泣いていたから。
それに、柊くんと関わりたいと、どれだけ願っても無駄だ。だって、もう会えないから。
涙を抑えれば抑えるほど、声が震えて上手く話せない。
「安心して、二人が思うような問題は、今後はないから。」
両親に反抗したって、ぽっかり空いた心の穴は埋まらない。
自室に行くと、堪えていた今日一日分の涙が、次から次へと溢れて、止まることは無かった。
日常的な会話はするものの、お互いの大切なことを言えずにいる。
今日も、彼が待つ図書室へ行く。中へ入ると既に、彼が座っていた。
「お待たせ」
扉を閉めて、少し小走りで駆け寄る。
「そう言えば、前から聞きたかったことがあるんだけど、一番初めて、図書室で話した日あったじゃん。何でここに来てたの?いつも、自分の席で寝てるイメージがあったから、気になって」
彼は、普段と同様にノートとペンを手に取り、文字を書き始める。
『君が、消えたいって顔してたから』
「そんな顔してたの?」
コクッと頷く。
「それで、来てくれたの?寝る時間を削ってまで」
フッと声が聞えた気がして、顔を上げると、笑顔の彼がいた。
「何か面白い事言った?」
『寝る時間を削ってって言った』
「成瀬くんって、意外だね。笑わない子なのかと思ってたから」
私の前だけで表情がコロコロ変わるあなたが、とても愛おしく見える。だって、いつもの、不愛想な下の顔には、年相応の青年の顔があるなんて想像もしてなかったから。
「ねえ、成瀬くんって」
既に書いてあるノートのページを見せられる。
『成瀬呼びは卒業。柊って呼んで』
「これ、成瀬くんの下の名前、しゅうって読むの?」
『ひいらぎ』
「ひいらぎ?とても綺麗な名前」
『そう?』
大きく首を縦に振り頷く。
「ずっと、成瀬くんの下の名前の読み方気になってたんだよね。なんて読むんだろうって」
照れているのか、顔を手で覆い隠し始めた。それを見て、からかいたくなってしまい、彼の手を掴み顔から引き離そうとする。
「ねえ、成瀬くん顔見せてよ!」
いいアイデアを思いつき、彼から離れ、泣きの演技に入る。
「ううう...」
直ぐに、私の方へ来るが、どうしたらいいのか分からず、隣であたふたし始めた。
「フフッ。ごめん、噓泣きしてみた!」
ホッとしたのか、その場に座り込み、ムッとした表情でそっぽを向かれる。
「ごめんね、やり過ぎちゃった。本当にごめん」
そう言った私の方へ、振り向きその表情は笑っていた。
「成瀬くん!酷いじゃん、騙すなんて!」
私たちは、過去に置いてきた笑顔を、今取り戻すかの様に笑い合っている。このまま、一生続けばいいのに。
些細なことで、幸せだと感じたのはいつぶりだろう。
『成瀬じゃなくて、柊ね。』
「あっ、はい。ひ、ひ、いらぎくん。」
私の様子を見て、満足そうに笑っていた。その顔を見て、頬が火照る。
「じゃあ、次私の番ね!」
彼のペンとノートを借り、自分の下の名前を書く。
「これで、なんて読むと思う?」
『みどりとか?』
「よく言われるけど、違う」
『すい』
柊くんに名前を呼ばれた瞬間、胸が大きく跳ね、特別に思えて、過去の男の子との記憶が鮮明に蘇る。
「私、ずっと前に柊くんと出会ってた気がする。」
唐突に出てしまった言葉に焦る。
「間違えた、今言ったこと忘れて。ごめん、変なこと言って。もうそろそろ、時間だね!戻ろっか」
急に手を握られ、何か言いたそうな表情のまま私の目を見た。だが、直ぐに握られていた手が離されてしまい、モヤモヤした気持ちのを残し図書室を後にした。
最近、彼の事でずっと悩んでて、解消されるどころか、増すばかり。
過去が知りたい。でも、違うって言われてしまったらと思うと、踏み込んで聞くのが少し怖い。
次の日、学校に行くと、柊くんが退学したと、先生の口から告げられた。
頭の中が一瞬で真っ白になり、視界がぼやける。
その時、嫌な胸騒ぎがして、居ても立っても居られなくなり、気付けば教室を飛び出していた。
もちろん、柊くんの家なんて知るはずもなかった。それでも、体が勝手に動いて、言う事を聞いてくれない。
先生もクラスの人たちも、家族のことも、今はどうでも良いくらい、彼にただ会いたいと心が訴えかけてくる。
私は、彼と初めて逃げた日の場所へと向かって、一直線に走った。居るか居ないかよりも、行動してみたくなった。
彼が、そうしてくれたみたいに。
ようやく到着するも、彼の姿どころか、誰の姿もなく、ただ一人立ち尽くす。
始めから居るわけがないのは、知っていた。
ほんの少しの期待を持ちたかっただけ。それだけなの。
柊くんと、走り疲れて座ったベンチ。もう、一緒には来られない。
頭が冷静になればなるほど、柊くんが消えた現実がより色濃く感じた。
それでも、希望を捨てる事が出来ず、ベンチに座って待つことにした。
あれから、何時間も待ってみたが、彼が姿を現す事は一度もなく、空があの時と同じ茜色になる。茜色は、私の状況何てお構いなしに、綺麗に輝きを放っていた。
あの日、彼が眠る横で、見た景色と同じはずなのに、全然違って見えた。
どうして、大切だと実感した途端、私の目の前から消えていくの。
ここでの記憶を思い出せば出すほど、涙が溢れ出して止まらない。初めから、消えるくらいなら優しくなんてしないで欲しかった。
私の心何て見透かさないで、ほっといてくれれば良かったのに。
暗い気持ちが晴れないまま、家に向かって歩く。家に着いた時には、辺りは暗くなっていて、両親は既に帰宅していた。
「こんな時間まで何処に行ってたの?心配してたんだから」
母の心配も耳に入らない。
「それと翠、先生がさっき電話を下さって、あなた教室を飛び出したそうね!」
「そうだけど」
「また、あのろくでもない奴と一緒だったんだろう!関わるなって言わなかったか!」
父は、声を荒げながら言ってきたが、そんなの今の私には無傷だ。
「聞いてるのか!あいつと今後も関わる様なら、こっちにも考えがある!」
うるさい。うるさい。
「翠、これはあなたの為に言ってるのよ」
「うるさい!私の為って何?今まで私のことなんて見てもくれなかったくせに、今更親ずらしないでよ!」
「親に対してなんて口を利くの!」
「これも全て、あの男が原因なんだろ!だから、関わるなと言っていたのに」
「彼は、何の関係もない!それに、前の時も私を庇ってくれただけ!逃げたいって私が言ったの!彼は、それを守ってくれただけ!何も知らないくせに、知った事ばっか言うな!」
両親は、呆気にとられた表情のまま。
「私、本当は良い子なんかじゃないよ。演じてただけ。ママとパパにガッカリされたくなくて、嫌われたくなくて我慢してただけ。本当は、ずっと笑うの辛かったし、二人の事が憎かった。ずっと、陽介みたいに自由に生きてみたいって思ってた。」
でも、出来なかったのは、あの日母が陽介の背中を見て、手が離れてく我が子を見て、寂しそうに泣いていたから。
それに、柊くんと関わりたいと、どれだけ願っても無駄だ。だって、もう会えないから。
涙を抑えれば抑えるほど、声が震えて上手く話せない。
「安心して、二人が思うような問題は、今後はないから。」
両親に反抗したって、ぽっかり空いた心の穴は埋まらない。
自室に行くと、堪えていた今日一日分の涙が、次から次へと溢れて、止まることは無かった。

