今日も、両親の間にはピリついた空気で張り詰められていた。私が、幼い頃から両親は喧嘩することが多く、この光景も見慣れているものだと思ってた。
それなのに、父が出す大きな音が、母が吐く言葉が、怖くてたまらない。二人の間に割って入って、和ませようと努めるが、かえって悪化させる原因になってしまう事もあり、遠目で眺めているしかほかなかった。
いつかは、収まると信じ、ひたすら耐えた。
そして、腑に落ちない逆ギレをされたとしても、邪魔な扱いを受けても、大きい心で許す。これを守れば大丈夫だからと心に言い聞かせる。
おかけで、本音を隠すのが上手くなって、自分の感情を出すのが下手くそになった。
だから、助けてと言える人が欲しいと願った。
「翠〜!」
名前を呼ばれた方を見ると、愛花ちゃんが満面の笑みで、駆け寄ってきてくれていた。
「愛花ちゃんは、今日も相変わらず元気だね」
「そうかな?そう言って貰えて光栄です」
そう言いながら、いつものノリで膝まづこうとしたので、流石に外ではやめてと言い止める。
「今日で私たちも、二年生だね〜」
しみじみした表情を浮かべながら、話す愛花ちゃんに釣られて、一年生の頃の記憶を思い浮かべる。
「あっという間だったね、一年生」
「だよね、直ぐに三年生になっちゃうね!」
「いや、二年生になりたてで、そのセリフ言うのやめてよ!」
私の言葉が終わると同時に、二人顔を見合わせて笑いあう。
「今年も翠と同じクラスがいいな〜!」
「私だって、愛花ちゃんと同じクラスがいいよ」
「もし、万が一離れちゃってもお昼は一緒に食べようね!」
「もちろん、私もそのつもりだよ!」
この他愛のない会話が、私には平和に思えて心が熱くなる。
改めて、友だちという存在のありがたさを、痛感させられる。
「翠、昇降口に着いたね!確認したいけど、人が多くて前が見えない!」
愛花ちゃんの言葉通り、人で溢れた昇降口は近づく事が困難で、収まるまで待つ事しかなかった。
「はい、見た生徒は速やかに校舎に入り、各自クラスへいきなさい」
見兼ねた先生たちが、呼びかけを始め、そのおかげでさっきまで人で溢れ返っていた昇降口が少しずつ開けていく。
「良かった〜、さっきのペースだったら全然私たち見れない所だったよね」
「本当にね、後ろからもめっちゃ押されたし」
「がち、先生に感謝だよね!」
「うん!」
クラス表を目の前にし、謎に緊張してきて生唾を飲む。
「あった!翠は、自分の名前見つけた?」
「まだ、見つけれてないよ。てか、そのあった!って受験の合格発表じゃないんだから」
このやり取りのおかげで、緊張が和らいでいく。
そして、やっと自分の名前を見つけることは出来たが、私たちは綺麗にクラスが離れる結果で幕を閉じた。
「まぁ、そんなに都合良くは行かないよね」
「そうだね。」
家に居場所がない私には、唯一愛花ちゃんといる時間だけが安心できる場所だったのに。
負の考えが頭を駆け巡って、話が上手く耳に入ってこない。
「翠、大丈夫?顔色悪いよ」
「うん、大丈夫だよ!」
無理して笑顔を作り痩せ我慢をして見せるが、内心は大丈夫ではなかった。
「じゃあ、私はここだから。また後でね!」
「うん!」
はぁ、小さく息を吐き、不安な気持ちを落ち着かせる。
下に目を向けたまま、一歩ずつ進む。
その途中、何かと当たり、頭を上げると、鋭い目つきをした男の子と目が合う。そして、首を隠すように、制服の下には、タートルネックを着ていた。
「あっ、すみません。前見てなくて、本当にごめんなさい!」
「...」
「あ、あの」
ただ、見てくるだけの彼に対し、少し恐怖を感じ頭を下げて、その場から立ち去った。
さっきの男の子の目怖かったな。
ぶつかった私が悪いのは、分かってるけど、あそこまで睨まなくても良くない。
なんて事を本人に言える訳もなく、心の中で文句を言った。
私はそのまま席に着き、一人ボーッと一点を見た。間もなくして、教室の扉が開く音がして、何気なく見た。
「!?」
驚きのあまり体が大きく反応してしまう。
さっき廊下でぶつかった男の子だ。
変に焦り、席から思いっきり立ち、誰が見ても彼を避けていることがわかるような行動を取ってしまった。
やっちまった、そう思い周囲を見渡した時には、時すでに遅すぎてしまい、ワイワイしていた空気が静まり返る。
いたたまれなくなり、その場から今すぐにでも逃げたくなったが、逃げたら余計な誤解を招いてしまうと思い、動かずじっとするしかなかった。
でも、皆の視線を辿ると私ではなく、彼の方だった。
そんなクラスの視線お構い無しに、私の隣の席へ座り、机に伏せ寝てしまう。
この状況で寝れる彼の神経を疑いたくもなったが、彼の行動のおかげか、静かになっていた教室が再び賑やかになり、数分前の状況が嘘かと言いたくなるほどだった。
「翠、クラスどうだった?」
「ちょっと怖い男の子がいて、不安になった。」
「出だしにそれは、キツいね。」
「うん。これから一年間どうしよう」
「う〜ん、関わらないのが一番だけどね」
「席が真隣なんだよね」
「すご!逆に運命の人とか!」
面白半分で言ってくる愛花ちゃんに、むっとした表情をする。
「ごめん、ごめん!冗談だって」
「何事もなく、平和に一年過ぎてくれたら私は、それだけで幸せだよ〜」
「まあ、それが一番だよね。」
会話に区切りがついた所で目線を前に移すと、少し前を一人で歩く彼の姿が目に入る。
「愛花ちゃん、あの男の子」
そう言いながら、指をさす。
「どれどれ〜、翠の運命の人はー」
途中、言葉が途切れ横を見る。
「どうしたの?」
「あの子ってさ、一年生の頃に噂になってたくない?」
「そうなの?どんな噂?」
言いにくそうな表情を見て、急に不安に襲われる。
「詳しくは知らないんだけど、幼い頃に事故に巻き込まれて、その事故の原因が彼のお父さんだったらしいのね。でも、その父親は事故で亡くなって、お母さんもそのまま、彼だけが生き残ったんだけど、その代償に声を失ったみたい。その後は、グレて同級生をボコボコにしてたみたいな」
「ちょっと待って、声が出ないの?」
「去年、彼と同じだったクラスの子たちが、そう言ってた」
さっきの彼との出来事を思い返す。
無視をされていたのではなく、声が出なかったから、という理由なら納得がいく。
「なるほど」
「何か納得しちゃってるし。」
「自分の中で腑に落ちた出来事があったから」
「なるほど」
「真似しないでよ!」
「してないもん!」
フッと笑いの息がもれて、二人で声を出して笑った。
そして、体育館へ着き愛花ちゃんと別れ、自分のクラスの並び場所へと向かい歩く。
「皆、順番に並んでけ」
先生の掛け声で、一斉に並び始める生徒たち。
並び終え、隣にいる彼に目をやる。
だが、彼がこちらを見ることはなかった。
そして、始業式は無事に終わり、愛花ちゃんとお話しながら教室へ戻る。
「そういえばさ、さっきクラスの子にコソッと聞いたんだけど、さっき言ってた彼ね、あまり関わらない方が良いって」
その言葉に少しの不安を覚える。
「どうして?」
「さっき、話してた内容が、理由ぽいよ」
「そうなんだ。 」
今回、やばいクラスを当ててしまったのでは、そんなことを考えてるせいで、いつもみたいに笑っての会話が困難になる。
そんな私を見兼ねた愛花ちゃんは、背中にそっと手を置き優しく声をかけてくれた。
「まあ、噂の全てが本当とは限らないし、深く考え過ぎないようにね!教室違えど、友達な訳だし!不安になったり、逃げたくなったら、私の教室にきな!」
「うん、ありがとう」
愛花ちゃんのくれた慰めの言葉のおかげで、不安が和らいでいく。
だから、深く考えることをやめた。
教室へ戻り、自分の席へと向かう。
「ねえ」
「ねえってば!」
二回目の呼び掛けで、ようやく気づき、足を止める。
「さっきさ、あいつに何かされたりした?」
「あいつって、誰ですか?」
「あなたの隣の人」
「いえ、何もされてないです。」
「本当?朝の行動見て、何も無いは信じられないんだけど」
周囲からも視線を感じ、周りを見る。
「本当に何も無いです。私が朝ぶつかったので、謝りたかっただけです。」
それだけ言い残し、彼女たちに背を向けて自分の席へ着き、最悪なクラスに来ちゃったかもと心の中で呟く。
「はい、じゃあみんな席に着いて」
担任の先生が、座ってない子たちに注意をしながら、入室をする。
「じゃあ、皆居るみたいなので軽く先生の自己紹介をさせてもらいます。名前は渡辺太一です。今日から一年間、5組の担任として頑張るので、よろしくお願いします。」
先生の短い自己紹介が終わり、それに対し拍手で応える生徒たち。
「先生は、皆にも自己紹介をして欲しいんだけど、いいかな?嫌な人は挙手」
こういう質問をされて、手をあげれる人がいるなら、大きい拍手で称えてあげたい。
「いないな!よし!」
結局こうなるよねと、心で諦めの声を漏らす。
私にとって、自己紹介そのものが、本当に苦痛でしかない。
何故なら、話してる間、あの少しの時間で皆からの向けられる目が怖いからだ。
他人の心の中が見えないし、分からないからこそ、恐怖を感じる。
そんなことを考えている間にも、ジワジワと、自分の番が迫ってくる。この待機してる時のドキドキ感が、堪らなく大嫌いで、逃げたい。
「ありかとう。じゃあ、次、高橋」
ついに、自分の番が来てしまい、頭の中が真っ白になっていく。
「えっと、はい。高橋翠です。よろしくお願いします」
「はい、ありがとう」
こんな短いセリフでさえも、緊張してしまう自分を呪いたくもなるが、今は何よりも終わったことへの安堵感で、それどころでもなく、一息ついて、ゆっくり腰を下ろした。
「次に、成瀬と言いたいところだが、確か声が出ないんだよな?」
隣の彼を見ると、表情一つ変えることなく頷く。さっきの、寝た時も思ったけど、彼の肝の据わり方は異常だ。
だけど、本当に声が出ないんだ。
「じゃあ、成瀬は飛ばして次」
何を考えているか分からない彼が気になり、その横顔を、ただジーッと見た。
でも、その視線がうるさかったらしく、ムッとした表情をされ、すぐに自分の机に目を移す。
驚きのあまり目逸らしちゃったけど、変な人とか思われてたらどうしよう。
そんなこんなで、進級しての一日目は終了し、帰り支度が出来鞄を肩にかけた。
「翠!一緒に帰ろ!」
名前を呼ばれ、声のした方を見ると、愛花ちゃんが笑顔で手を振り、待ってくれていた。
「迎えに来てくれたの?」
「当たり前じゃん!」
「ありがとう!すごく嬉しい!」
「結構待たせてたよね?ごめんね」
「全然!私も今さっき終わったところだから!」
下駄箱に着くと、丁度靴を履き替えてる彼を見つけた。そして、何となく彼の行動を、目で追ってしまった。
「ねえ、翠もしかして気になってる感じ?」
ただ見てるだけの私の横で、唐突にそんな事を言う愛花ちゃんに対し、体が大きく反応する。
「気になってない!」
「いや、バレバレだよ」
「いや、本当に気になってるとかではないけど」
呆れたような顔でこちらの顔を覗き見てくる。
「けど?」
「けど、何か目で追っちゃうというか」
その発言を聞くや否や悪い笑みで私の顔を見てきた。
「目で追うってことは、それは気になってる証拠だよ」
「そんな事ないよ!」
「進級早々、いい人に会えて良かったね!」
親指を立て、からかいの笑みを作られる。
「もう、だから違うってば!」
「もう~翠ちゃん分かったてば、そんなに意地張らないの~」
羞恥心から、顔が火照り、何も反応出来ず無視をする。
「無視しないよ〜!」
「茶化さないでよ」
「まあ、でもあの人はやめた方が良いんじゃない?」
一気に真面目なトーンになったせいで、拍子抜けする。
「何、急に?さっきまで、人をからかって喜んでたのに」
「いや、さっきは翠のこと不安にさせないようにと思って、あんなこと言ったけど、よくよく考えたら、クラスの人たちに目付けられないか心配」
「そうかな?」
「結構、一年生の頃から悪い噂で有名だったぽいし」
「確かに、皆から距離置かれてる感じはしたかも」
そう言いながらも、何故か少し寂しくて、落ち込む。
「まあ、翠がさどうしたいかだから、私は止めないけどね。クラスの人よりも、圧倒的に、自分の気持ちを優先すべき」
「そうかな?」
「そりゃそうだよ!だって、翠の人生は翠のものだもん!」
思いがけない言葉たちに鼻がツーンとして、視界がほんの少しぼやけて見えた。
「まあ、でも気をつけてね。さっき翠の教室行った時、周囲の女子たちに見られた気がして、嫌な感じがした?みたいな」
「愛花ちゃんもそう思った?私も、あそこの教室居心地悪くて苦手なんだよね」
「一年、あのクラスだもんね。クラスは、離れちゃったけど私は、いつでも見方だから!何かあれば、すぐに言って」
「ありがとう。愛花ちゃんがいてくるだけで、心強いよ!」
諦めないことを教えてくれた、唯一無二の存在だと心の底から思っていた。
それなのに、父が出す大きな音が、母が吐く言葉が、怖くてたまらない。二人の間に割って入って、和ませようと努めるが、かえって悪化させる原因になってしまう事もあり、遠目で眺めているしかほかなかった。
いつかは、収まると信じ、ひたすら耐えた。
そして、腑に落ちない逆ギレをされたとしても、邪魔な扱いを受けても、大きい心で許す。これを守れば大丈夫だからと心に言い聞かせる。
おかけで、本音を隠すのが上手くなって、自分の感情を出すのが下手くそになった。
だから、助けてと言える人が欲しいと願った。
「翠〜!」
名前を呼ばれた方を見ると、愛花ちゃんが満面の笑みで、駆け寄ってきてくれていた。
「愛花ちゃんは、今日も相変わらず元気だね」
「そうかな?そう言って貰えて光栄です」
そう言いながら、いつものノリで膝まづこうとしたので、流石に外ではやめてと言い止める。
「今日で私たちも、二年生だね〜」
しみじみした表情を浮かべながら、話す愛花ちゃんに釣られて、一年生の頃の記憶を思い浮かべる。
「あっという間だったね、一年生」
「だよね、直ぐに三年生になっちゃうね!」
「いや、二年生になりたてで、そのセリフ言うのやめてよ!」
私の言葉が終わると同時に、二人顔を見合わせて笑いあう。
「今年も翠と同じクラスがいいな〜!」
「私だって、愛花ちゃんと同じクラスがいいよ」
「もし、万が一離れちゃってもお昼は一緒に食べようね!」
「もちろん、私もそのつもりだよ!」
この他愛のない会話が、私には平和に思えて心が熱くなる。
改めて、友だちという存在のありがたさを、痛感させられる。
「翠、昇降口に着いたね!確認したいけど、人が多くて前が見えない!」
愛花ちゃんの言葉通り、人で溢れた昇降口は近づく事が困難で、収まるまで待つ事しかなかった。
「はい、見た生徒は速やかに校舎に入り、各自クラスへいきなさい」
見兼ねた先生たちが、呼びかけを始め、そのおかげでさっきまで人で溢れ返っていた昇降口が少しずつ開けていく。
「良かった〜、さっきのペースだったら全然私たち見れない所だったよね」
「本当にね、後ろからもめっちゃ押されたし」
「がち、先生に感謝だよね!」
「うん!」
クラス表を目の前にし、謎に緊張してきて生唾を飲む。
「あった!翠は、自分の名前見つけた?」
「まだ、見つけれてないよ。てか、そのあった!って受験の合格発表じゃないんだから」
このやり取りのおかげで、緊張が和らいでいく。
そして、やっと自分の名前を見つけることは出来たが、私たちは綺麗にクラスが離れる結果で幕を閉じた。
「まぁ、そんなに都合良くは行かないよね」
「そうだね。」
家に居場所がない私には、唯一愛花ちゃんといる時間だけが安心できる場所だったのに。
負の考えが頭を駆け巡って、話が上手く耳に入ってこない。
「翠、大丈夫?顔色悪いよ」
「うん、大丈夫だよ!」
無理して笑顔を作り痩せ我慢をして見せるが、内心は大丈夫ではなかった。
「じゃあ、私はここだから。また後でね!」
「うん!」
はぁ、小さく息を吐き、不安な気持ちを落ち着かせる。
下に目を向けたまま、一歩ずつ進む。
その途中、何かと当たり、頭を上げると、鋭い目つきをした男の子と目が合う。そして、首を隠すように、制服の下には、タートルネックを着ていた。
「あっ、すみません。前見てなくて、本当にごめんなさい!」
「...」
「あ、あの」
ただ、見てくるだけの彼に対し、少し恐怖を感じ頭を下げて、その場から立ち去った。
さっきの男の子の目怖かったな。
ぶつかった私が悪いのは、分かってるけど、あそこまで睨まなくても良くない。
なんて事を本人に言える訳もなく、心の中で文句を言った。
私はそのまま席に着き、一人ボーッと一点を見た。間もなくして、教室の扉が開く音がして、何気なく見た。
「!?」
驚きのあまり体が大きく反応してしまう。
さっき廊下でぶつかった男の子だ。
変に焦り、席から思いっきり立ち、誰が見ても彼を避けていることがわかるような行動を取ってしまった。
やっちまった、そう思い周囲を見渡した時には、時すでに遅すぎてしまい、ワイワイしていた空気が静まり返る。
いたたまれなくなり、その場から今すぐにでも逃げたくなったが、逃げたら余計な誤解を招いてしまうと思い、動かずじっとするしかなかった。
でも、皆の視線を辿ると私ではなく、彼の方だった。
そんなクラスの視線お構い無しに、私の隣の席へ座り、机に伏せ寝てしまう。
この状況で寝れる彼の神経を疑いたくもなったが、彼の行動のおかげか、静かになっていた教室が再び賑やかになり、数分前の状況が嘘かと言いたくなるほどだった。
「翠、クラスどうだった?」
「ちょっと怖い男の子がいて、不安になった。」
「出だしにそれは、キツいね。」
「うん。これから一年間どうしよう」
「う〜ん、関わらないのが一番だけどね」
「席が真隣なんだよね」
「すご!逆に運命の人とか!」
面白半分で言ってくる愛花ちゃんに、むっとした表情をする。
「ごめん、ごめん!冗談だって」
「何事もなく、平和に一年過ぎてくれたら私は、それだけで幸せだよ〜」
「まあ、それが一番だよね。」
会話に区切りがついた所で目線を前に移すと、少し前を一人で歩く彼の姿が目に入る。
「愛花ちゃん、あの男の子」
そう言いながら、指をさす。
「どれどれ〜、翠の運命の人はー」
途中、言葉が途切れ横を見る。
「どうしたの?」
「あの子ってさ、一年生の頃に噂になってたくない?」
「そうなの?どんな噂?」
言いにくそうな表情を見て、急に不安に襲われる。
「詳しくは知らないんだけど、幼い頃に事故に巻き込まれて、その事故の原因が彼のお父さんだったらしいのね。でも、その父親は事故で亡くなって、お母さんもそのまま、彼だけが生き残ったんだけど、その代償に声を失ったみたい。その後は、グレて同級生をボコボコにしてたみたいな」
「ちょっと待って、声が出ないの?」
「去年、彼と同じだったクラスの子たちが、そう言ってた」
さっきの彼との出来事を思い返す。
無視をされていたのではなく、声が出なかったから、という理由なら納得がいく。
「なるほど」
「何か納得しちゃってるし。」
「自分の中で腑に落ちた出来事があったから」
「なるほど」
「真似しないでよ!」
「してないもん!」
フッと笑いの息がもれて、二人で声を出して笑った。
そして、体育館へ着き愛花ちゃんと別れ、自分のクラスの並び場所へと向かい歩く。
「皆、順番に並んでけ」
先生の掛け声で、一斉に並び始める生徒たち。
並び終え、隣にいる彼に目をやる。
だが、彼がこちらを見ることはなかった。
そして、始業式は無事に終わり、愛花ちゃんとお話しながら教室へ戻る。
「そういえばさ、さっきクラスの子にコソッと聞いたんだけど、さっき言ってた彼ね、あまり関わらない方が良いって」
その言葉に少しの不安を覚える。
「どうして?」
「さっき、話してた内容が、理由ぽいよ」
「そうなんだ。 」
今回、やばいクラスを当ててしまったのでは、そんなことを考えてるせいで、いつもみたいに笑っての会話が困難になる。
そんな私を見兼ねた愛花ちゃんは、背中にそっと手を置き優しく声をかけてくれた。
「まあ、噂の全てが本当とは限らないし、深く考え過ぎないようにね!教室違えど、友達な訳だし!不安になったり、逃げたくなったら、私の教室にきな!」
「うん、ありがとう」
愛花ちゃんのくれた慰めの言葉のおかげで、不安が和らいでいく。
だから、深く考えることをやめた。
教室へ戻り、自分の席へと向かう。
「ねえ」
「ねえってば!」
二回目の呼び掛けで、ようやく気づき、足を止める。
「さっきさ、あいつに何かされたりした?」
「あいつって、誰ですか?」
「あなたの隣の人」
「いえ、何もされてないです。」
「本当?朝の行動見て、何も無いは信じられないんだけど」
周囲からも視線を感じ、周りを見る。
「本当に何も無いです。私が朝ぶつかったので、謝りたかっただけです。」
それだけ言い残し、彼女たちに背を向けて自分の席へ着き、最悪なクラスに来ちゃったかもと心の中で呟く。
「はい、じゃあみんな席に着いて」
担任の先生が、座ってない子たちに注意をしながら、入室をする。
「じゃあ、皆居るみたいなので軽く先生の自己紹介をさせてもらいます。名前は渡辺太一です。今日から一年間、5組の担任として頑張るので、よろしくお願いします。」
先生の短い自己紹介が終わり、それに対し拍手で応える生徒たち。
「先生は、皆にも自己紹介をして欲しいんだけど、いいかな?嫌な人は挙手」
こういう質問をされて、手をあげれる人がいるなら、大きい拍手で称えてあげたい。
「いないな!よし!」
結局こうなるよねと、心で諦めの声を漏らす。
私にとって、自己紹介そのものが、本当に苦痛でしかない。
何故なら、話してる間、あの少しの時間で皆からの向けられる目が怖いからだ。
他人の心の中が見えないし、分からないからこそ、恐怖を感じる。
そんなことを考えている間にも、ジワジワと、自分の番が迫ってくる。この待機してる時のドキドキ感が、堪らなく大嫌いで、逃げたい。
「ありかとう。じゃあ、次、高橋」
ついに、自分の番が来てしまい、頭の中が真っ白になっていく。
「えっと、はい。高橋翠です。よろしくお願いします」
「はい、ありがとう」
こんな短いセリフでさえも、緊張してしまう自分を呪いたくもなるが、今は何よりも終わったことへの安堵感で、それどころでもなく、一息ついて、ゆっくり腰を下ろした。
「次に、成瀬と言いたいところだが、確か声が出ないんだよな?」
隣の彼を見ると、表情一つ変えることなく頷く。さっきの、寝た時も思ったけど、彼の肝の据わり方は異常だ。
だけど、本当に声が出ないんだ。
「じゃあ、成瀬は飛ばして次」
何を考えているか分からない彼が気になり、その横顔を、ただジーッと見た。
でも、その視線がうるさかったらしく、ムッとした表情をされ、すぐに自分の机に目を移す。
驚きのあまり目逸らしちゃったけど、変な人とか思われてたらどうしよう。
そんなこんなで、進級しての一日目は終了し、帰り支度が出来鞄を肩にかけた。
「翠!一緒に帰ろ!」
名前を呼ばれ、声のした方を見ると、愛花ちゃんが笑顔で手を振り、待ってくれていた。
「迎えに来てくれたの?」
「当たり前じゃん!」
「ありがとう!すごく嬉しい!」
「結構待たせてたよね?ごめんね」
「全然!私も今さっき終わったところだから!」
下駄箱に着くと、丁度靴を履き替えてる彼を見つけた。そして、何となく彼の行動を、目で追ってしまった。
「ねえ、翠もしかして気になってる感じ?」
ただ見てるだけの私の横で、唐突にそんな事を言う愛花ちゃんに対し、体が大きく反応する。
「気になってない!」
「いや、バレバレだよ」
「いや、本当に気になってるとかではないけど」
呆れたような顔でこちらの顔を覗き見てくる。
「けど?」
「けど、何か目で追っちゃうというか」
その発言を聞くや否や悪い笑みで私の顔を見てきた。
「目で追うってことは、それは気になってる証拠だよ」
「そんな事ないよ!」
「進級早々、いい人に会えて良かったね!」
親指を立て、からかいの笑みを作られる。
「もう、だから違うってば!」
「もう~翠ちゃん分かったてば、そんなに意地張らないの~」
羞恥心から、顔が火照り、何も反応出来ず無視をする。
「無視しないよ〜!」
「茶化さないでよ」
「まあ、でもあの人はやめた方が良いんじゃない?」
一気に真面目なトーンになったせいで、拍子抜けする。
「何、急に?さっきまで、人をからかって喜んでたのに」
「いや、さっきは翠のこと不安にさせないようにと思って、あんなこと言ったけど、よくよく考えたら、クラスの人たちに目付けられないか心配」
「そうかな?」
「結構、一年生の頃から悪い噂で有名だったぽいし」
「確かに、皆から距離置かれてる感じはしたかも」
そう言いながらも、何故か少し寂しくて、落ち込む。
「まあ、翠がさどうしたいかだから、私は止めないけどね。クラスの人よりも、圧倒的に、自分の気持ちを優先すべき」
「そうかな?」
「そりゃそうだよ!だって、翠の人生は翠のものだもん!」
思いがけない言葉たちに鼻がツーンとして、視界がほんの少しぼやけて見えた。
「まあ、でも気をつけてね。さっき翠の教室行った時、周囲の女子たちに見られた気がして、嫌な感じがした?みたいな」
「愛花ちゃんもそう思った?私も、あそこの教室居心地悪くて苦手なんだよね」
「一年、あのクラスだもんね。クラスは、離れちゃったけど私は、いつでも見方だから!何かあれば、すぐに言って」
「ありがとう。愛花ちゃんがいてくるだけで、心強いよ!」
諦めないことを教えてくれた、唯一無二の存在だと心の底から思っていた。

