「おはようー……え、」
次の日の朝、重たい気持ちで教室のドアを開けると、ユウナの机の周りに人が集まっているのが見えて、眠気が飛んだ。
「すげえ!本当にバズってるじゃん」
「このイラストってどうやって描いてるの?スマホ?」
「今度描いてるところ見てみたい〜」
目を輝かせるクラスメイトたちの真ん中で、ユウナはオドオドしながらも嬉しそうな顔をしていた。
「ええと、これはタブレットで描いてて、それで、」
どもりながらも答えるユウナの言葉を、今日はみんなが注目して待っている。その様子を見て、崖の下に突き落とされたように、目の前が真っ暗になった。
賑やかなその一角がスマホ画面の中の出来事みたいに他人事で、私はユウナを目を合わさないようにしながら自分の席に着く。
モモカとリコのところに行こうとしたけれど、彼女たちの元には他のクラスの女の子が遊びに来ているところだった。モモカとリコは目立つからか、他のクラスの友達も多い。私は他のクラスに友達がいないから、彼女たちが楽しそうに話している輪に入っていくことができなかった。
こんな時はいつも、ユウナのところに行っていたのに、と思う。ユウナが1人で座っている席に行けば、私はとりあえず1人ぼっちではなくなった。それなのに。もう一度ユウナの席に目を向ければ、今度は美術部の、ほとんど話したことのないクラスメイトがユウナに話しかけているところだった。
「私もイラスト描くの好きで、よかったら色々教えてほしいな」
「ええ、私でよければ!今度一緒に描こうよ」
「いいの?」
そんな会話が聞こえてきて、思わず眉を顰める。地味な子同士で仲良くなって、お似合いだね、なんて意地の悪いことを考えてしまう自分にびっくりする。ユウナがあんなふうに楽しそうに笑っているのを見るのは、いつぶりだろうか。私と一緒にいる時のユウナは、いつも眉を下げて、困ったようにへらりと笑っているような気がした。
1人で自分の席に座っていると、周りから自分がどんなふうに見えているのか気になって仕方ない。1人でいるのが苦痛なわけではないのだけれど、1人でいると思われるのが心底嫌だった。
わざとゆっくりロッカーまで教科書を取りに行ってみたり、何か見たいものがあるかのようにスマホを真剣に見てみたり。もう10分くらいそんなことをしていると思って時計を見ても、まだ3分しか経っていなくて絶望した。
小さく視線を動かして周りを見渡すけれど、1人で席に座っている人は私を含めて3人しかいない。他のクラスメイトはみんな、どこかで集まって楽しそうに笑っている。こういう時、全員がひどく楽しそうで、心から笑っているように見えるのはどうしてだろうか。
そして1人で席に座ってぼーっとしているクラスメイトを見つけて、私だけではないのだと心を落ち着かせた。
……こんな時に限って、神様は意地悪だと思う。もしくは、私が神様に心底嫌われているのかもしれない。
「今日も3人組を作って、この会話を練習してみましょう」
英語の先生の言葉に、授業中の眠気が一気に覚める。慌てて周りを見回して、モモカとリコが目を合わせているのを見る。そこに入れてもらおうと思い、立ちあがろうとした、時。
「ユウナ、一緒に組もうよ」
モモカの言葉に、私は立ちあがろうとした足を止める。ユウナは驚いた顔をして振り返り、呼ばれた通りモモカのところに向かった。モモカから、ユウナを誘うのは初めてだったのではないかと思う。いつも私から声をかけているから、私もモモカに誘われたことはない。ユウナがモモカとリコのところに合流する様子を、私は呆然と見ていた。
「いいよね、この3人で」
モモカの言葉に、ユウナが眉を下げて、困ったように私の方を、見た。ユウナと目が合って、思わず大きく目線を逸らした。
「でも、そうするとミサが……」
ユウナの困ったような声に、モモカが「あー、どうしよっか」と答える。その声はただ発しただけの声であって、本当に「どうしよう」と思っているような迷いはなかった。感情のこもっていないただの相槌が、やけに耳に残る。
そうだ、3人組。そう思ってあたりを見回すけれど、みんな既に3人ずつのグループに分かれて教科書を広げている。焦っていると、2人しか集まっていない女子グループを見つける。そのうちの1人は、今朝ユウナにイラストのことで話しかけていた、美術部の田中さんだった。私はほとんど喋ったことがない2人で、声をかけるのを躊躇う。
向こうも2人組になるには1人足りなくて、困ったような顔をしている。私の方をとちらりと見ているけれど声をかけてこない、そのおどおどした表情に何だか苛つくのは、動物が自分よりも弱い生き物を見た時のそれに近い、ような気がする。
たかが1時間の授業のうちの、5分程度のでグループだ。それが今後ずっと続くわけではないし、授業が終わればこの3人組も終わりになることは十分理解している。
それでも、ここで私が彼女たちと一緒に組むことは、私がモモカたちのグループから外されて、格下のグループに入ることになったと、周りの人はそう思うだろう。余った、と思われるのも嫌だったし、彼女たちと同類だと思われるのも嫌だった。
「時間がなくなってしまうので、早く3人組作ってくださいね」
先生の鋭い声に、頭の奥がカッと熱くなる。学校の先生たちは簡単に2人組を作れだとか3人組を作れだとか言うけれど、自分たちが子供の時に嫌な思いをしたことはないのだろうか、と思う。もう一度辺りを見回すけれど、まだ教科書を開いていないのは私たちだけのようだった。
「あ、あの、一緒にやろう……?」
小さな声で遠慮がちに話しかけてきた2人に、「ああ、うん」と気怠さを装って頷き、教科書を広げる。
「あ、じゃあ、私がマイクの台詞を読むね」
「じゃあ、私が、タロウやります」
躊躇いながらも話を進める2人の姿に視線を向ける。
染めていない黒い髪、眼鏡、もちろんノーメイク、一度もウエストを折っていないスカート、守っている人の方が少ない校則通りの白いソックス、指定の上靴。
頭から足元まで素早く視線を動かして、視線を外す。どうして私がこんな子と、と思ってしまうことが惨めだった。早く終われ、早く終われと願ったのに、1時間以上に感じるほど、この5分間が長い。
「そ、そう言えば、ユウナちゃんのイラスト凄かったよね」
教科書の音読練習も終わり、みんな各々雑談をしている。そんな中、沈黙に耐えかねたのか私に話しかけてくる、目の前の彼女。
「……ああ、ね」
「まさかクラスメイトがネットで有名なんて思ってなくて、びっくりしちゃったよね」
話を盛り上げようとするもう1人。その気まずい空気に、昨日まで私よりも下だったくせに、急に注目を浴びているユウナに、ちくちくした心の棘が引っ込んでくれない。
「まあ、イラストってところがユウナっぽいよね」
鼻で笑った声が思ったよりも大きくて、自分でもびっくりする。近くにいた人たちにも聞こえたようで、会話を止めて私を見ている人もいた。はっとして慌てて目線を下に向けるけれど、目の前の彼女たちの困った顔は見なくても想像できる。
「……え、ミサちゃんってユウナちゃんと仲良くなかったっけ」
「あの言い方はやばいわ」
くすくす笑う小さな声が、背中から聞こえる。近くで喋っていたクラスメイトが、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で話している。全身の血液が沸騰するみたいに熱くて、心臓の奥が絞られたように締め付けて、消えてしまいたくなった。今の私は、側から見てどう見えているのか。
いつも下に見ていたユウナに抜かされて、グループにも入れてもらえなくて、格下だと思っていた子達のグループに人数合わせで入れてもらって、それを妬むかのようにユウナの悪口を言っている。最悪だ。
それっきり彼女たちと言葉を交わすこともなく、英語の授業は終わった。私の中には、説明できないような焦燥感と、崖の上に立たされているような緊張感があった。

