「会長、明らかにそれは……ますよ」
「そういうところ……んじゃなかったの?」
「そうは……けど、実際データと……」
「私が……にはですね、これはすごく犯罪的な……」             
何やら剣呑な語句も漏れ聞こえてくる。

慌ただしい——本当に慌ただしい——文化祭を終え、日常に戻る名残惜しさに包まれた放課後の空気の中で、ここ数日は静けさの中にあった清心館女学院の司書室は普段とは違う賑やかさに包まれていた。

ドアの窓越しに覗き込むと、四人の女生徒が真剣に話し込んでいる。

その姿と声は賢明なる読者諸氏ならご存じであるところの生徒会長、支倉(はせくら)七々瀬(ななせ)。、副会長志崎(しざき)暁希(あき)。そして我が校が誇る名探偵、日ノ宮(ひのみや)雪乃(ゆきの)
それに初めて見る女子生徒が一人、必死に何かを訴えている。

その四人が侃侃諤諤(かんかんがくがく)、議論を交わしているところだ。
入り口の扉にそっと寄りかかりながら中の様子を覗っていると、突然、音ひとつなく滑らかにドアが開かれる。
「何、独り言いってるの? 早くお入りなさい」
扉を開く所作に衣擦(きぬず)れの音一つない。
わずかに揺れる銀糸の髪が、音楽になる前の音を(かな)でているようだった。
耳をそば立てていて体勢を崩したところを声の主、雪乃先輩に受け止めてもらう。
ちょうど抱きしめられる格好になってしまい、夕暮れの湖面のような澄んだ瞳に見つめられてしまった。
「ほらほら、私が萌花ちゃんをいつまでも支えられると思わないで」
両足がちゃんと地面についてる事を確認すると、慌てて距離を離す。
立ち上がると頭半分はわたしの方が高いはずなのに、何となく雪乃先輩の方が大きく見える。

「一度言ってみたかったんです……こういうモノローグを……」
わたしは見慣れたその瞳、でも決して見飽きることのない——から目を逸らすと独り言と赤面のどちらをも誤魔化すように、もごもごと弁明をした。

「はいはい、わかったらから。後でちゃんと聞いてあげるからね」
「その前に貴女にも話を聞いてほしいのよ」
雪乃先輩はくすりと笑うと、有無を言わさずわたしの手を取って半歩引いて体勢を入れ替えると、室内に引っ張り込む。
そして後ろ手に退出は許さないと言わんばかりにドアをピシャリと閉めてしまった。

学校の中というよりは、高級な邸宅の一室といった調度品に囲まれた室内のテーブルには、ターコイズブルーに金で縁取られたティーセットに、今ではとても高級な品だとわたしにも分かる黒地に金で書かれた金属製のお茶の缶が置かれている。
窓際には秋の薔薇が花瓶に生けられていて、その色と香りで楽しませてくれる。開けられた窓からは、いまいち気合いの入らない様子の運動部の掛け声が、金木犀の香りに溶け合って五感をくすぐった。
いつ見てもなかなか慣れることのない、とても学校内の一室とは思えない豪華でありながらも主人の美意識が行き渡った室内には先ほどから議論を戦わせていた来客が三名。
ソファに座る一人目は支倉(はせくら)七々瀬(ななせ)先輩。綺麗に切り揃えられたいわゆる姫カットの黒髪に、光を受けて輝く瞳は宇宙が始まった頃の澄んだ明るさをたたえた闇のようだ。
わずかに目尻が上がった涼やかな目はいかにも頭が良さそうな、と我ながら実に頭の悪そうな感想を抱いてしまう。
内外に名の知れた我が校の生徒会長。スレンダーな手足が制服から健康的に伸びていて、そのシルエットからもどことなく品格と知性を感じさせる。隣に付き従うのは副会長の志崎(しざき)暁希(あき)先輩。

こちらは澄んだ春色の淡いブルーの髪はベリーショートで、前髪だけアシンメトリにしている。健康的な肉付きで、やわらかさの中にシャープな雰囲気を(あわ)せ持っていた。副会長も理知的なイメージでは会長そっくりなのだけれど、眼鏡の奥に、その雰囲気とは少し不釣り合いなきらきらとした好奇心旺盛な瞳の輝きが見てとれる。
どちらも雪乃先輩と同じく二年生だ。二人とは何度か会っていたし、雪乃先輩が今にも口を開いて話し始めそうだったので、軽く会釈をするに留めておく。もう一人の知らない生徒を紹介しながら話を進めてくれるのだろう。その生徒はわたしと同じ一年生のようだった。おそらく体育会系部活だろう、わずかに陽に焼けた肌に、黒髪が眩しい。

白鷺(しらさぎ)さん、この如月萌花嬢は、言ってみればホームズにとってのワトスン博士のように私のあれこれを手伝ってくれているんです」
「私がホームズを自称するのも、うぬぼれがすぎると言うものですけれどね」
ふんわりと人を魅了する、けれどわたしには見分けのつく来客用に作られた微笑み。
「あなたが持ち込まれた件でも、きっと役に立ってくれると信じているんですが、どうでしょうか。同席と——あなたのお話のメモを取ることなどのお許しいただいても?」
雪乃先輩は、持って回った小説のセリフのような大仰(おおぎょう)な様子で声をかける。
『白鷺さん』と呼ばれた生徒は軽く腰を浮かせて会釈をし、重さを感じさせないようにソファに腰を下ろす。
その黒髪の依頼人は
「はい、もちろんです。よろしく萌花さん。ぜひ、ご意見を伺いたいです」
一語ずつはっきりと発声をする。やっぱり武道系の部活かな?まっすぐと向けられる目と毅然とした態度は育ちの良さを感じさせる。

「こちらは白鷺かなえさん、ある事件に遭遇したと言って訪ねてこられたのだけど」
「『趣味の集まりだ』という意見と『怪しい犯罪だ』という意見で割れているの。多数決をするにしても一人足りないでしょう。依頼人を多数決に入れて良いのかという問題は置いておいてもね」
わたしに簡単な説明をしてくれる雪乃先輩。
「さて、かなえさん、あなたが遭遇された事件、それもとびきり奇妙な事件、というものを、大変お手数ではあるのですが……もう一度初めからお聞かせいただけませんか?この萌花嬢は初めの方を聞いてませんし、私としてもこの奇妙な事件を改めて細部まで確認したいのです」
ここまできて、やっと
「あっ、赤髪連盟だ」
思わず口に出そうになるのを抑えて雪乃先輩を見る。
パッと目が合うと「気づくのが遅いのよ」そう言わんばかりの流し目で誰にもわからないように軽くウインクを返してきた。
こういうこっそりとした引用は二人だけの秘密のやり取りなのだ。『赤髪連盟』はもちろん『シャーロック・ホームズの冒険』の中の一編だ。わたしと雪乃先輩は二人ともこの話が大好きで、事件が起こるならこういうユニークなものがいいのにね。
という話をことあるごとにしている。

ということは……先輩がわたしに求めているものを少し考えてから、白鷺かなえさんの情報を少しでも読み取ろうと、いつもの雪乃先輩の真似をして観察することにする。不謹慎だけれど、赤髪連盟の冒頭に(なら)って。
かなえさんは黒髪を高めのポニーテールで結っていて、身長は女性としてはやや高めの一七〇に届くか届かないくらい。
顔は浅く日焼けしているが、制服から覗く引き締まった太ももと二の腕から先は血管が青く透けるほどの白い肌だった。
右の手首をさすっているのは少し痛めているのだろうか?その動きに合わせてよく鍛えられた肩がわずかに動く。
やはり何かの運動部、口ぶりや雰囲気から分かるのはそれだけだった。

バッグには見覚えのない、わたしにはよくわからないマスコットがいくつかついており、可愛いものも好きなのだろうか?
雪乃先輩はそんなわたしの様子を目ざとく見定めると軽く微笑んだ。

先輩は何かわかりますか?というわたしの視線にこたえるように

「ふふっ、萌花さん、わたしも全然わかりません」
「ただ、少しだけ見て取れたのは、部活は剣道で、一年生に期待の新人が入ったという話を聞いたことがあるからその方でしょうか」
「でも、うちの剣道部は強豪だから、どうやらその子は苦労しているらしいこと」
「それからハンバーガーを最近食べたことと……」
「もしかしたら実家が少し厳しいおうちなのかな?そうですね、剣道はご実家で習われているか、近くに道場があって通っているか……」
「あとは、そうですね、すごく優秀な姉、あるいは兄がいらっしゃる……」
「せいぜい私が読み解けるのはそのくらいかしら」

わたしに向かってとも、その場の全員に向かって話すとも言えない、いつもの遠いまなざしをして雪乃先輩はそういった。
かなえさんは再び腰を少し浮かせると、ここに相談に来た事は間違いではなかったという目でまじまじと雪乃先輩の顔を見つめる。
「私は……確かに剣道部に所属しています。中学では全国にも行ったんですが、清心館はすごく強い人がいて……それに実家は剣道場なんです」

「でもどうしてわかったんですか?」
わたしとかなえさんの声が揃う。
「高いポニーテールを結っているから、いかにも運動部、みたいな曖昧な理由ではないですし、今の反応でわかるように、萌花さんがくる前に聞いた情報でもないですよ」

雪乃先輩はイタズラっぽく笑いながらわたしとかなえさんにそう言うと、自分の推理を語り始める。
「運動部系の鍛え方にもいろいろあるけれど、背中、広背筋とそれにつながる僧帽筋がしっかりと鍛えられているでしょう」
「これに当てはまるのは、陸上のフィールド競技・水泳・それに剣道ってところかしら」
「フィールド競技は分かる?槍投げや十種競技、高跳びとか色々あるけれど」
「どの競技でも二の腕や太もももしっかり日焼けしますからね」
「その割に……日焼け跡は顔だけしかない」
「それにお顔の日焼けもこの季節なのにそれほど強くはない」
「うっすらと焼けているだけでしょう」
「ですから水泳部でもない。水泳部なら水着によっては太ももの日焼けを抑えられるものもあるけれど、屋内プールでも夏から秋は天窓からの光がね。ウォータープルーフの日焼け止めをそんなに頻繁には塗れないでしょう」

「そうそう、ポニーテールのことも。今は高目に結ってますけどいつもはもっと下の方ですよね。ゴムの跡が二箇所にあるもの。わざわざ普段と違う位置に髪を結う。これは剣道の面をつけるからでしょう。高めに結ったら邪魔ですからね」
かなえさんは恥ずかしがるように、太ももとポニーテールに両手を添える。
「なかなか勝てなくてっていう部分はどうなんです?」
わたしはなんだか悔しくて重箱の隅をつついてみる。
 
「それはね、ほら今、手首を離したことで両方の手首が良く見えるでしょ」
「右の手首にあるあざは小手を打たれた跡ですよね?」
「左にもうっすらとあざがある。手首にあざができる部活動……これはあまり思いつきませんが、髪の毛や日焼け跡からの消去法で、剣道と推察さえできれば……上級生に左右の小手を打たれているとわかります」
「剣道では右前で剣を構えるから右の方が打たれやすいのに、左にもあざがあるということは、部活では結構苦労しているんだろうな、ということです」
「ああ、そうだ道場のことも話しておきましょうか。確か、左の小手は逆小手と言うんでしたっけ?逆小手が有効になるのは上段と八双の構えだけ、あってますか?」
無言で頷くと雪乃の話の続きを待つ。
「普通中学までは中段の構えを基本として教えられますよね。上段と八双を高校一年生で使っているという事から、外部の道場に通っている可能性があるのかなって」
「ハンバーガーのことは?」
わたしは流石にそれは当てずっぽうだろうと思いつつも続けて聞いた。
「そのマスコットは最近やっていた某バーガー店のコラボですよね?」
「私たちの親世代の頃に一番人気があったものだけれど」
「割ときちんとした教育チャンネルで放送されていたものですよね、高校生でも好きな人がいる作品だけど、少し古い作品でわざわざつけている人も珍しいですし、実家が道場でおうちが厳しいから子供の頃に観る事のできる番組が少なかったのかなって」
「ま、これは推論に推論を重ねたものだけれどね」
「実はね、ちょっとネタばらしをすると、私つい最近、初めてハンバーガーを食べたんだけれど、ちょっとハマっちゃって。あちこちのお店にお邪魔していてそこのメニューを食べたんです。コラボも美味しそうだったな。ね、かなえさん、あれ食べました?」

「わたしの家が厳しいというのはその通りです。雪乃さんのおっしゃるとおり、実家は剣道の道場をやっているものですから……観ることが許可されていたのも教育番組だけで」「そこで放送されていたこのキャラがいまだに好きなんです」
なんだかよくわからない四角い黄色いキャラを愛おしそうに撫でるところを見ると本当に好きなのだろう。
「わたしのことはいいんです」
かなえさんは雪乃先輩の推理に感心しきりだったが、本来の目的を思い出したようで話を戻す。
「相談の話はそのバーガーショップでのことも関係しているんです」
「でも、その場所だけの話じゃないんです。私たちの街に犯罪が蔓延しているんです」
「犯罪が蔓延しているというのは穏やかじゃないですね。改めて、そちらも初めから聞かせてもらいましょうか」
いつもは向かい合わせに座ることの多い雪乃先輩は来客の席もあるため、わたしの隣に座る。

「そのお茶はリラックス効果がありますから」
「是非ここでは(くつろ)いでお話してくださいね」
満月(PleineLune)っていうアーモンドとスパイスにはちみつが入ったフレーバーティーなの」
雪乃先輩のゆったりとした仕草にかなえさんはヤキモキしている様子を隠そうともせず不安そうにアザのついた手首を擦り合わせる。それから味の感想を待ち続ける雪乃先輩の瞳に観念したようにお茶を一口、まるで茶道部のような姿勢で嗜むと、ほっ、と一息をついてからゆっくりと話し始める。 
雪乃先輩は満足な様子で頷いてから話を聞くためにしっかりと座り直した。
 
「先ほども少しお話した通り私は剣道部です。高校に入ったら全然勝てなくて、それで自主練として毎日走り込みと素振りをやるんです」
「顔だけ少し焼けているのは日焼け止めを塗っていても、どうしても汗で流れてしまうからなんですけれど」
律儀な性格のようで、先ほどの推論に一つ一つ答えながら、少し言い訳のように言うと話を続ける。
「私がよく練習をする公園で最近、変な人たちが集まって話をしているんです」
「犯罪……とおっしゃいましたね?何か物を受け渡したりとかですか?」
「ごめんなさい……私も怖くてあまりジロジロ見たりは出来なくて」
「そういった行為を実際に見たわけじゃないので証拠はないんですけど……」
「でも……そういうものって周りから見えるようにやり取りはしないものでしょう?」
また、手首をこすりながらいった。不安な時の癖なのだろうか?

犯罪ならそんな目立つようにもしないのではないだろうか?そう思っていると暁希先輩がわたしの気持ちを代弁するかのように
「つまりかなえさんは……」
「違法な何か。私たちが一番わかりやすいものだと、やっぱり薬物?それがこの町の公園やハンバーガーショップで取引されていると、そう考えてるの?」
「薬物かどうかはわからないんですけれど」
「違法な何か、だと思って、今こうしてここに相談に来させていただいています」
「皆も知ってると思うが、少し前に大学生の部活内での薬物汚染のニュースを見たよね、あれは狭いサークル内のことだったけれど」
「一般の人が手に入れる機会も増えているみたいだね、直近の例で言うとメッセージアプリの絵文字でやりとりをしたりするみたいだね」
「違法ドラッグの検挙数が六千人とちょっとで大麻だと五千ちょっとだったかな」
「私の知識範囲としてあまり興味があるものではないので、通り一遍の情報しかなくてすまないけれど」
生徒会長が十分すぎる補足を入れてくれる。すぐに正確な情報がでてくるのがすごい。
「七々瀬さんありがとうございます」

「他に思い出せることを伺ってもいいですか?」
七々瀬先輩の話を聞いて、やっぱり自分の考えは間違っていなかったのかと思い悩んで黙り込んでしまったかなえさんに雪乃先輩が先を促す。
「あ、はい、ごめんなさい。公園でその人たちがやっていることなんですけれど」
記憶を掘り起こしながらなのだろう、少しずつ答える。
「みんな携帯の画面を見ながら、特別な何とかだ」とか「これはとても強いから」とか
「よくわからない横文字の単語を言いながら何と何を交換しよう。そんな話をずっとしているんです」
携帯の画面、とはずいぶん古風な言い方だなとわたしが思っていると、雪乃先輩に膝をぺしぺしと叩かれてしまう。
考えていることを読まれているのだろうか?
七々瀬先輩と暁希先輩はなんだか別の方向に思うところがあるようで、怪訝な顔をしながら話し合っている。

「それはいつも同じ人ですか?それとも違う人?」
雪乃先輩が室内のざわめきをおさえるようにいつもと変わらない声のトーンで言う。
「ここ最近……と言っても一カ月前くらいから、遠くから……できる範囲で観察しているんですが、同じ人が何時間もいることもありますが、大半はすぐに——長くても十五分ほどで立ち去っていく人がほとんどです」
「その何時間もいる人が、他の人に今日は特別に交換してあげるとか。何かそういうことを言ってるんです」
かなえさんは思い出すごとに不安が募る様子でまた手首のあざを指で庇う仕草をする。
「あと、公園ではいろんな年代の人がいました。その一番目立つ人は、四十代〜五十代くらいの男性で、時間帯によっていろんな人が集まっては離れていきます。それこそお昼休みのサラリーマンもいれば、買い物帰りの主婦の人もいる、といった具合に」

「清心館の学生はいましたか?」
その言葉にショックを受けた顔でかぶりを振るかなえさん。
「う、うちの学生はいませんでした。それだけが救いだと思いました」
少し青ざめながらもホッとした表情をする。
「かなえさん、位置情報を使ったアプリってご存知?」
 七々瀬先輩が急に脈絡のない話をする。
「いえ?存じ上げませんが……?」
「携帯を持たせてもらったのも高校からで——」
「あまり……そういうことには詳しくないんです」
我が家ではそれが普通と言わんばかりの表情を浮かべている。
やはり実家が剣道場?ということで少し独特の家庭環境なのだろうか。
「雪乃もあまり詳しくはなさそうね。流行ったのは少し前だからね」
「知らなくても仕方ないかな」
七々瀬先輩と暁希先輩は再び二言三言と二人だけに聞こえる声で話し合う。
二人の様子に自分の話を信じてもらえてないと感じたのか
「あ、あの!公園で見ていたときは、まだ相談に来ようとは思わなかったんです」
「何だか変な人たちだなとは思いましたけど」
「でも……先週のことです。このコラボのマスコットがどうしても欲しくて、ハンバーガーのお店に行ったんです。
部活帰りの少し遅い時間……」
「そうですね、二十時を少し回ったころでしょうか」
「普段は禁止されているんですが、特別に許可をもらいまして——どうしてもマスコットが欲しかったものですから……家に持って帰ると、また叱られると思いまして、はしたないかな、とは思いましたけれど、二階で食べていくことにしたんです」
お店で食べるのは、はしたないんだ……っていうかハンバーガーの外食が禁止されているお家……本当に厳しいんだな
そんなことを思いながら、なんて言って良いのかわからない間に、かなえさんは必死に説明を終えると一息だけついてさらに続ける。

「そうしましたら、公園の時とは全然違う人たちなんですが、皆で食事もせずに、公園の時と同じように携帯を持って同じような話をしていたんです」
「話の内容は聞きましたか?」
「少し違ってましたが、横文字のなになにを一つ借りにいくとか、暗号のようなことをずっと話していました。あと何人入れる。とか何とかそういうことも」
「何をやっているか、画面は見ましたか?」
「いえ、人の持ち物をまじまじと見るなと教育されていますから」
「それと……この話は誰かにしましたか?お家の方とか?」
「いえ、とても——こんな話はできません」
「ただでさえ、今、成績が下がっていますから、姉がなんというか——」
「でも……でも、もしほかの場所でも同じようなことが起こっていたらと思うと、私の住む街で犯罪がって思ったら我慢できなくて、それで、雪乃さんの元にお邪魔したのです」
大丈夫ですよ。というように雪乃先輩は微笑むと
「すごく勇気が必要でしたでしょう」
「私のところにお話に来てくれてありがとうございます」
「一度こちらで検討してから、然るべきところへご連絡する形でよろしいですか?」
わたしが思っているより何倍も真剣な声色で雪乃先輩はそういった。
「全てお任せしてもよろしいのでしょうか?」

「ええ、もちろんですよ」
その言葉にかなえさんは安堵の表情を浮かべている。
「できるだけ、そうですね……数日内にご連絡を差し上げますから」
「萌花さんと連絡先を交換しておいていただける?」
わ、わかりました。慣れない手つきでわたしと連絡先の交換を行ってメモの内容の付け合わせを行なってから、かなえさんは足早に部に戻るのだった。