ママは冷蔵庫からビールを取り出し、唐揚げと一緒にダイニングテーブルに持って行った。
 これ、おつまみにするのか。
 他にも味噌汁や白ご飯はあるけど、酒呑みのママはまだいらないだろうな。

「唐揚げはまだ揚げるから。たくさん食べてね」
 時雨くんがそう言うと、ママは嬉しそうに笑ってビールの栓を抜く。

 時雨くん、何でこんなに心が広いんだろう。
 ママがあんなにリラックスしている表情を見たのは、彼と付き合ってからだ。

 私のママの印象って、昔からずっと怯えているような、目線を気にしているような、無表情に近かった。笑うことも少なく、常にお父さんの表情を伺っていた。

 もともと家事も料理も得意ではなかったママ。
 それをお父さんはいつも馬鹿にして、インスタントやレトルトに頼ると説教。
 けれど、ママが何かを捨てようとすると、怒鳴り声が響く。
 ビクビクしたママの表情。けれどお父さんも、家事や掃除なんて手伝わない。

 ママはママなりに頑張っていた。
 耐えてきたんだと思う。
 次第に、お父さんを怒らせないようにとしか行動しなくなった。
 私はその変化を、ずっと見てきた。

 ああ、ママはどうしてお父さんと一緒にいるんだろう。
 専業主婦だから?お金がないから?

 そう思ったある日、突然ママが言った。
「荷物まとめなさい、行くよ」

 高校に入ったばかりの頃だったかな。
 ママはこっそりお金を貯めて、逃げる準備をしていた。
 私たちは一緒に家を出て、保護施設でしばらく匿ってもらった。
 周りの人たちの助けもあって、半年後にはママとお父さんは離婚した。

 それから関東に住み、愛知に引っ越して数ヶ月後、ママには時雨くんという彼氏ができた。
 家事も料理もしてもらい、今まで見たことのない優しく穏やかな顔のママを見たとき、私は本当に驚いた。

 ママ、こんな顔して笑うんだ。
 そして、こんなにも美しい人だったんだ。

 ……時雨くんも笑いかける。
 優しい顔で。何もできないママに対しても、私に対しても、馬鹿にしない。