スウェットに着替えて台所へ向かうと、ソファーでだらしなく寝ているママがいた。
 毛布がかけられている。お疲れ様。

 ……それを横目に、台所からじゅーっといい音がする。
 美味しそうな香り。今日は揚げ物かな?

 台所へ行くと、時雨くんが唐揚げを揚げていた。

「いい匂いだね」
「でしょ。今日は焼肉のタレに漬け込んだ唐揚げだから」
「へー、それだけでいいの?」
「うん。好みでニンニクチューブ入れてもいいけどね」

 そう言いながら、彼はキャベツを取り出した。
 普通のキャベツと紫キャベツ。

「藍里ちゃん、キャベツ切ってみる?」

 料理なんて、本当にできない。
 時雨くんが来るまでは、ママがカット野菜を買ってくるのが当たり前だったし、キャベツを千切りにするなんて発想すらなかった。

 でも、彼がこうして**「やってみる?」**と声をかけてくれるから、私は頷く。
 袖をまくって、手を洗う。

 時雨くんは私が家事も料理もできないのを知っている。

 だから、包丁を握るだけでドキドキした。

「緊張するでしょ? 前に教えたみたいにやってごらん」

 時雨くんは唐揚げを気にしつつ、ちらちらと私の手元を見てくる。
 前も挑戦したけど、全然うまくいかなかった。

 だから、今回はキャベツをちぎって、丸めて、ゆっくり切っていく。

 じゅわっ

 その間に、第一陣の唐揚げが揚がった。
 キッチンペーパーの上に置かれたそれは、色も形も完璧。

「よそ見しないで。リズム良くね」
「はぁい……」

 でも、やっぱり私のキャベツの千切りは、千切りじゃない。
 こんな不恰好なの、あの最高に美味しそうな唐揚げの横に置くのは不憫すぎる。

 時雨くんが紫キャベツも切り始める。
 彼の包丁さばきは、私とはまるで違う。

 あっという間に細くて綺麗な千切りができて、それを私の太いキャベツと混ぜ合わせる。
 さらに、コーン缶を開けて、パラパラとまぶしていく。

「うわー、美味しそうじゃん」

 不意に、ママの声。
 起きてきたのか。まだ寝ててほしかった。
 ……私と時雨くん、二人の時間だったのに。

 しかも、キャベツのことを突っ込まないで。
 メインは唐揚げでしょ。

「焼肉のタレ漬け唐揚げと、ザクザクキャベツサラダのコーン乗せ、完成!」

 時雨くんが得意げに言う。

「キャベツのシャキシャキ感がいいんだよ。居酒屋っぽくてさ」

 それ、フォローのつもり?

 ママはくすくす笑ってる。
 でも、時雨くんが「いい感じだよ」って言ってくれるなら、まぁ、いっか。