お弁当の時間が終わり、午後の授業も終わって、まっすぐ家に帰る。
 玄関で靴を脱ぐと、まず最初にすることは――お弁当箱を洗うこと。

 感謝の気持ちを込めて、ピカピカにしてから「ごちそうさまでした」。
 それを言うまでが、私の食事のルールだ。

 そして、その弁当箱を受け取ったのは――

「こちらこそ、食べてくれてありがとう」

 笑顔で答えてくれる、時雨くん。

 ……くん、とは言っても32歳。

「今、晩ご飯作ってるから、藍里ちゃんは着替え終わったら洗濯物カゴ持ってきてね」

 優しくて、面白くて、人懐っこい。
 すぐに仲良くなれた。

 ……こんなに、男の人を好きになったのは初めてだ。

 だけど。

「タダイマァ……」

 玄関から聞こえたのは、ママの声。
 夕方に帰ってくるなんて珍しい。どうしたんだろう?

 シングルマザーのママは、私を育てるために仕事を掛け持ちしていて、いつも疲れている。
 よろよろと靴を脱ぐママを、時雨くんが支えた。

 ……と、次の瞬間。

 ママは、私の目の前で、時雨くんに抱きついた。

「さ、さくらさん! ちょっと、酔っ払ってないのに……藍里ちゃんの前で抱きつくのはやめてくださいよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」

 そう言って、ママは時雨くんのほっぺにキスをした。

 ……そう、時雨くんはママの恋人なのだ。

 私は、黙って自分の部屋へ戻る。

 時雨くんは、なかなか就職が決まらないらしく、そのかわり「家事を全部やるなら家賃はタダ。お小遣いもあげる」とママが言っているらしい。
 宮部くんには「それ、ヒモじゃん」って言われたけど……。

 ママは40歳。
 8歳年下の時雨くんを可愛く思えるのだろうか。
 私の前ではしっかりしてるけど、二人きりだと甘えてるのかな……?

 ……って、あまり考えたくない。

 ベッドにうずくまる。

 今、リビングでは二人が抱きついたり、キスしたりしてるのかもしれない。
 ……もう数ヶ月も一緒に住んでるんだから、そういう関係なのは確実だ。
 いや、ドラマや漫画の見すぎか。

 ママは、お父さんと離婚して岐阜から関東へ逃げて数年暮らし、今年になって愛知へ引っ越してきた。そして、すぐ彼氏ができた。
 ……羨ましいよ。

 そもそも、仕事の接待で時雨くんが働いていた料亭に行き、彼に一目惚れして付き合い始めたらしい。

 その直後、料亭が潰れて、すぐに居候。
 つまり、時雨くんはヒモ状態。

 宮部くんには心配されたけど、「変なことされてないよ」と伝えておいた。
 ……ほんと、心配性なんだから。