つゆとなかなか会えないなと思ってポストを覗いてみたら、中には一通の手紙が入っている。嫌な予感がした。開けようか迷ってから、恐る恐る封筒を開けてみる。



『拝啓 娘が先週亡くなりました。自死でした。』


手紙の最後にはこう書いてあった。


『家に遺書があります。取りに来てもらえませんか。』


衝撃だった。前まであんな楽しそうに笑っていた女の子が、何で。窓の外は真夜中だけど、急いで家を出た。

電車に揺られながらつゆの家へ向かう。窓の外を見たら夜空に花弁が浮かんでいた。そういえば、今週から桜が咲く季節だ。彼女と出会ってから一年が経ったのか

君は何で死んでしまったんだろう。電車に揺られながらぼーっとそのことだけを考えていた。悲しさよりも、信じたくない気持ちと虚無感で涙さえ出なかった。


*


震える手でインターホンを押す。
そうするとドアが開いて、女の人が顔を覗かせた。

「こんにちは。母です。」

つゆの家は一軒家で洋風な感じだった。
玄関が広いのに物はあまり置いていない。

「初めまして。」
「さ、部屋に上がって」

優しい声を持っている人だった。なんとなく雰囲気がつゆに似ている。顔立ちはあまり似ていない。多分お父さん似なんだろう。彼女と目が合って、よく見てみると目の下には大きい隈ができている。

「まず、これが遺書ね」
薄めの封筒が手渡された。

「あの子友達あんまり友達いない様子だったから
           仲良くしてくれてありがとね。」

「はい。僕も彼女といれて楽しかったです」

部屋に緊張の空気が漂う。まだ冬だというのに、妙に暑い。


「実はうち、父親がいなくてね。だから君を使ってくれてたから、あんまり学校のこと話してくれなくてね。死んじゃう前はどんな様子だった?」

「楽しく遊んでました。」

「そうなのね…。貴方には遺書を渡す以外のお願いがあって家に読んだの。渚の死因を探してほしいの」

渚は多分、つゆの本名なんだろう。僕は二つ返事で返した。

「はい。わかりました」



*

まだつゆの死が受け入れられなかった。

もう朝の4時だというのに眠れなくて、夜が明けてく空を眺めていた。僕の中の何かが割れる音がする。

帰り道、君を追って線路に飛び降りようかと考えたけれど、貨物列車が黒板を引っ掻いたような音を鳴らしながら新幹線と同じスピードで通りすぎた時、自分には無理だと思った。

そんなことより、つゆのお母さんに頼まれていたことを思い出した。机の引き出しに大事にしまっていた手紙を取り出して、一つ一つ手掛かりになりそうな文をメモしていく。


*


5月

学校には馴染めましたか。私は放課に一人で小説を書くのに没頭しています。


8月
もう夏休みも明けて学校生活がまた、始まっちゃいました。私は水槽の中で浮く海月のように生活しているこの頃です。


9月
最近は何となく無気力で小説を書く手がなかなか進まない、そんな日が続いています。


「おはよ」
扉を開けてそう言っても、返ってくる言葉は無い。

今日もか。と思いながら、俯きながら席に座る。

普通に生きられない。
普通に笑えない。



*


ばらばらだったピースが、ピタッと組み合わさる音がした。




遺書に答えがあるかと思い、恐る恐る開いた。






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4月×日

拝啓 きみへ

君と出会えて幸せだった。ありがとう。
 





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書いてあったのは、この二行だけだった。











〔torn side〕


一つ一つ君と過ごした日々を思い出していく。

「最後、君と会えて良かった」



静かな駅のホームにアナウンスが鳴り響く。



「まもなく、二番線に電車が参ります。黄色い点字ブロッー



*




君と出会えてから毎日が輝いていた。この幸せな時間がずっと続けばいいのに。そう思っていた。学校にいる時よりも、家にいる時よりもずっと楽しかった。でも、結局この日々を崩してしまったのは私なんだけど。

多分、人生を大きく変えてしまった始めの悲劇は、父親が死んでしまったことだと思う。当時はまだ六歳だった。

お父さんは毎日車で通勤していて、いつも私が寝る前に「ただいま」と帰ってきて疲れているにも関わらず、本を読み聞かせてくれていたことを今でも覚えている。けれど、1日だけ会社から帰ってこなかった夜があった。目が覚めたら、お母さんが真っ青な顔をして家を出て忙しそうにしていたのを覚えている。

これはきっかけに過ぎなかった。あれからお母さんは半年ぐらい鬱病になってしまって、いつも明るくて笑っていたのが一変して別人になってしまった。テストで良い点を取ってきて見せても、「凄いね!」という期待していた言葉は返ってこない。ご飯はコンビニで好きなものを買いに行く。

私は幼いながらにこれが孤独だと悟った。

そのことに気づいた時には、期待しないように生活した。お母さんが元気になってからは、この半年間そういう生活をしていたのが染み付いていて、今度は私が素っ気ない態度をとるようになっていた。

そんな生活が染み付いたまま、女子の皆がガラリと変わって社交的になる小4の時期に私はついていけなかった。家で一言も会話をせずに育ったのと、この捻れた性格と根倉な性格のせいで。ずっと教室の隅で文学を読んでいた。この頃からもう周りと思想が違っていた。

放課になると皆の声が聞こえてくる。
「一緒に絵書こ~」「いいよ!やろっ」「私もいれて~」

こんな言葉が教室に響く度わたしはうんざりしてた。何でそんなに集まっていたいんだろう?って。この考えからもう、友達なんてできるはずなかった。中学になるともっと性格が酷くなった。女の子はその時期からおしゃれに目覚め始めていて「そのハンドクリームどこの~?」「今日前髪いけてる」と前髪をしきりに弄っている。私は全然興味がなくて、小学生の頃から放課の過ごし方は変わらなかった。

そんな世界が窮屈で許せないものが増える度段々自分も嫌いになって、この気持ちを紙に書いて全部文字にしたけど、おさまらなかった。

そんな時、君のメッセージに出会った。

『青春がつまらない。人の気持ちがわからない』

その言葉が、私を救ってくれた。泣きそうになるくらい嬉しかった。今まで吐き出せなかった気持ちと同じ人がいるなんて。

そして、私は君に文通をしないか頼んだ。
私の心の中心にはいつも君がいた。

だから、いつ弱音が出てしまうか心配だった。

本当の気持ちを言ってしまったら、ぶつけてしまったら、それが怖かった。あんまり人に依存したくなかった。一度依存してしまうと、戻れなくなりそうで。だからひたすらそらの前では『明るい女の子』を演じ続けた。察しの良い君は多分、言わないだけでうっすら気づいているだろうけど。


そんな君が好きだった。
だから、今日飛び下りようと思った。

なにも考えずに歩いていたら、気づいたら駅についていた。



目の前を電車が走っている。






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彼女がいなくなってから心に穴が空いたような感覚があった。

僕の世界では君が全てだった。一人取り残された僕はどうやって生きていけば良いんだろう。そんなことをずっと考えている。忘れたくても、まだ覚えている。

ひとまずペンと紙を取り出した。

始めて描いたのは『飛行機雲』だった。これは悲しい物語だった。けれど今、君との思い出を混ぜさせて良い感じにオマージュしている。

感情をぶつけるようにただひたすらペンを走らせる。
まだ初心者で、空白が多いけど。

 
もし、君が死んでいなかったら。
もし、もう少しだけ早く出会っていたら。


そんなif の物語を描いている。




ー心の隙間を埋めるために



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手紙を机の奥にしまった後、たばこの吸殻を捨ててからマグカップのコーヒーを一口飲んで、ペンを握った。

あれから一年と半年が経つ。やっと、この過去に区切りをつけれそうな気がした。

手帳に君と過ごした日々を書き留めていく。
もう一度つゆに会えたら、どんな手紙を送ろうか。

そんなことを思いながらペンを走らせた。色んなことを聞きたかった。もっと色んなことを話したかった。


ーそんな思いを込めて、僕は『存在しない君』を描く。

 
                          
end.