冷たい風を感じながら夜の海に一人溺れている。


眠れないのが続く日にはスマホを開く。

明日学校なんてなければ…
また今日と同じだったらどうしよう…

そんな不安を和ませている。

いつの間にか、僕は必ず日曜日は匿名チャットサイトを開くようになっていた。ここで日々の苦しさを吐き出している。そうすると明日が受け入れられる気がするから。


『人の気持ちがわからない。青春がつまらない』


投稿ボタンを押す。そしたら、引リプの通知がすぐにきた。自分と同じことを考えている人達の言葉を見て『今、暗闇に溶けていきそうになってるのは一人じゃないんだ』って思える。ーだから、この場所は居心地がいい。


『わかる。仲良い子がいるんだけど、その子と壁感じてて、時々自分といて楽しいのかなって思う。だからたまに、自分人の気持ちわかんなんないのかなって思う』


『私も同じ!考えすぎちゃう性格で、でも考えれば考えるほど相手の本当の気持ちが分からなくなるの』


『俺もだ。中学の時は俺のギャグに乗っかって皆笑ってくれて、クラスめっちゃ雰囲気良かったんだけど高校から空気が違ってつまんないし、皆何を面白いって思うかわかんなくなってきた』


ここに書いてる人は10代の若者ばかりで皆それぞれ、誰にも言えない悩みがある。そんな人達が集まっている。だから、みんなでお互いの悩みを聞きあっていた。そうすると、お互いの重荷がおりるような気がするから。

画面をスライドさせる。



奥の方には人には言えないような、苦しい気持ちを吐き出す文が沢山あった。

『生きててつらい。』『疲れた。』『何で自分は、』



ー今日もそんな言葉で溢れている。


*


こうして匿名チャットが流行っている中、新しい『流行り』が始まっている。

それは、『 U 』


アプリをタップして起動させた。

『Uはもう一人の貴方。現実は変えれない。でもここなら、ありのままの自分でいられる。人生をもう一度、一からスタートできる。さあ、始めてみよう』

画面をそっと閉じる。



『 U 』の世界では現代の人達が多く抱える悩みを全て解決してくれるような、そんな場所だった。
「ありのまま」の自分を手に入れて、「ありのまま」でいる相手と本当の関係が結ばれる。濃い繋がりができる。けれど、僕は思う。それは「違う」気がする。


だから今日も、空白の多い小説を書いている。


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『 U 』の世界が生まれた今では、学校は仮面社会になってしまった。『仮面社会』というのはそのままの意味で、本音を出さずに壁越しで話しているような状態。

そんな仮面社会は、言い換えるとユートピアでもあった。ユートピアの人々は簡単に嘘をつく。

思ってないのに「自分もそうだと思う」とか「それな!」で溢れている。話の流れを乱して空気を壊さないように。今ではそんな会話が当たり前になってきている。

『自分には「U 」が あるから』『そこでは「ありのまま」でいられるから』と、現実では仮面を被るようにしている人が徐々に増えていった。

僕の両親もそんな時代の流行に流されていった。僕の前では機械的な笑みをしていて、家では食事とお風呂以外は「U」をやっていた。

時代の光景を見ていると段々自分は、ユートピアに生きてる人々は自我のあるロボットみたいだな、と思うようになった。


現実で人と人との繋がりが、だんだん機械的になっていくにつれ『 U 』では世界人口の79%が利用している。

こうしてできた繋がりって何の意味があるのだろう。最初から本当の自分を出して話せるのは楽しいだろうけど、相手がどういう人か分からないから良いのに、と心の中で呟く。


僕は、匿名チャットを開いた。

『夢や仮想の世界が色鮮やかになるにつれ
      現実世界は灰色に染まっていく』


匿名チャットの人口が大幅に減って、引リプがなくなった。もう投稿してる人もほぼいない。

みんな流されていってしまった。


ぽろん、と通知音がした。
普段何もこないメッセージボックスに通知がきている。


『私も「U 」がある世界にはうんざりです。こんな時代だからこそ、よければ二人で文通しませんか』


こうして、不思議な文通が始まった。


*


あの頃は確か、丁度3月だった。



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3月28日(土)

拝啓 花降る季節になりました。風に舞う花びらが眩しい今日この頃です。貴方はいかがお過ごしですか。

たまには、お手紙を書くのは心地いいです。スマホではどうしても心に思ったことをそのまま書き起こしてしまいますが、こうして考えながら書くと、何らかの意味が生まれたように感じます。

春といえば、何を思い描きますか。私はいつもあの歌を思い出します。命を桜に喩えた歌です。散って欲しくないのに、時間が経つにつれ、花びらは少しずつ減っていく。その喪失感が又美しいと思えるような歌。まるで月みたいですね。告白ではなく、純粋に。

最後に一つ、春の歌を添えておきます

ひさかたの 光のどけき 春の日に 
           しづ心なく 花の散るやむ

私は、来月から高校生です。

貴方も体調を崩さないようにして下さい。              
                     敬具




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封筒から手紙を出すと、花びらが一つ手元に落ちた。
多分、彼女が入れてくれたのだろう。手紙を読み終えるとカーテンから微かに春の匂いがした気がした。近所の公園に散歩に行ってみようかな、と思う。

少しずつ僕も書き進めようと思ったけれど、普段スマホで思ったことをそのまま吐き出してるからか書いている手があまり進まなかった。


**


4月12日(土)

拝啓 スタートを切る音が何処からか聞こえてきます。僕は久しぶりに封筒を物置きの奥から取り出して書いています。

桜と月が似ている。と手紙に書いてあったのを見て、一つの歌を思い出しました。

振り向きし 後ろに月夜 春の今宵

春の今宵、後ろを振り替えると月が浮かんでいる。表向きでは綺麗な花弁だけれど、ふと考えてみたら花が舞っていく美しい姿は、時間の流れを表す月と一緒だと感じました。月は満ちてしまえば、欠けてしまう哀しさがある。

月の二面性を記憶に表している、そんな感情を『後ろに月夜』が表してるみたいです。

花は好きです。けど、春がどうも好きになれません。日中は暖かく、心地いい風が通りすぎていきますが、夜になるとアスファルトのように冷たくなります。僕は今日も眠れずに、アスファルトの上を裸足で歩いています。

早く夏がきますように。

                    敬具


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『ひさかたの 光のどけき 春の日に
          しづ心なく 花の散るやむ』
    

春になるとこの歌を思い出す。

僕は君を、褪せないないように文字にして、忘れないように噛み締める。

ーあの時に気づいていれば。

窓の外には花が泳いでいた。
それを見ながらたばこに火をつける。


そして一つ一つ丁寧に、手紙を机に広げた。


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5月6日(火)

拝啓 何処からか微かに夏の匂いがする季節になりました。雨上がりの若葉が光の束に照らされています。

学校には馴染めましたか。私は放課に一人で小説を書くのに没頭しています。だからいつも、この手紙を練習台にしています。顔も知らない貴方を想像しながら書くの、とても楽しいです。貴方もやってみませんか。小説を描き始めてみたら、案外楽しいかもしれません。今日はせっかくなので詩を手紙に添えてみます。

ー夏なので海について。


***


淡い青色をしていて鏡のように照らしている、その上には真っ白な雲が浮かんでいた。

遠くの丘も同じように、―青空に溶け込むかのようで淡く青い形をしていた。


***


海の薫りはしましたか。まだ会話文が苦手で、まだまだです。次の手紙ではもっと長い文を描けるように頑張ります。貴方の小説も心から楽しみにしています。
                    
                      敬具




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最初は知らない人と文通するのは、正直不安だった。けど、こうして言葉を交わせていくと同時に楽しくなっていた。

LINEやSNSが流行る今の時代、こうやって手紙を贈り合うのも趣があっていいなと改めて思う。

『 U 』は今では日常に欠かせないものになっているようで、依存症が問題になっていた。それをメンタルクリニックが対処している、というニュースが毎朝ながれている。





**




5月22日(木)

拝啓 たまに通りすぎる冷たい風が心地よく感じます。夏の空は透き通っていて、いつもより遠くにある気がします。だから、今日も自分の部屋小さいベランダに出て星を眺めながら本を開いて、憧れていた一人旅を楽しんでいます。

この前の手紙で君が創った小説を見せてくれたから僕も夏をイメージしながら、恋愛小説を描いてみました。


**


「夏の匂いがする」

海に反射した光が君の横顔を照らしている。


あの夏の記憶が、映像となって今も心のプロジェクターに深く残っていた。


彼女はもういない。
今日も、一人海辺で歩いている。

僕はどう過ごせば良いんだろう。


***

まだ全体を描くのは難しいから、一部分だけ。今始めて書いたから下手だと思う。多分僕より君の方が小説に詳しいだろうから付け加えて欲しい。                 
                    敬具  



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6月19日(水)

拝啓 道行く人の服装も軽やかで、初夏を感じる今日この頃です。私の学校はもう夏休みに入りました。そちらの高校はどうですか。

小説、描いてくれてありがとう。余韻を感じる良い文だと私は思います。ジブリも所々に空白があるように、この物語もそういう部分があるからこそ妄想が膨らんで楽しいです。

つい嬉しくて、感想を描きすぎました。
少し私がこの物語に文を付け加えようと思います。


**

「夏の匂いがする」

海に反射した光が君の横顔を照らしている。

あの夏の思い出を忘れたくない、そう思いながら日々を重ねてきた。君の口癖が今でも耳の奥に残っている

「私、あの雲になりたい。
    ふわふわ飛んでいて心地よさそう」

一緒に遊ぶときは必ずそう言っていた。

あの時、気付いていればー。
そう何度も僕は思う。


彼女はもういない。本当にあの雲になってしまった。


今日も、一人海辺で歩く

何処にいけば良いんだろう。
何を信じればいいんだろう。

まだ、夏の夢に染まっていたかった。
「君のいたあの日々に戻りたい。」

そう呟いた。


***

どうかな、ちょっと長くしてました。空白の部分が多かったから少なくしてみただけです。書いてる最中で良い題名も思いつきました。『飛行機雲』なんてどうでしょう。何処へ向かえば良いのか、空中で彷徨う様子が似ているなって思って。では、また手紙の中で逢えることを楽しみにしています。

                    敬具

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7月2日(木)

拝啓 遠くから花火の音が聞こえてきます。
2週間ぐらい前から僕は夏休みで、ずっと本を読んで言葉を咀嚼してから、文字に起こしています。

君のつけた題名の『飛行機雲』綺麗な名前だと思う。

最近僕は、違うジャンルも読むようにしてる。例えば学生達が面接をする中でとあるゲームが起こるサスペンス小説とか、発達障害で知能がなかった主人公が実験で知能を吹き戻す小説とか。部活はやっていないから、本を読んだりしてで時計とにらめっこしてます。

小説の続きも描いてみました。


**

「夏の匂いがする」

海に反射した光が君の横顔を照らしている。

あの夏の思い出を忘れたくない、そう思いながら日々を重ねてきた。君の口癖が今でも耳の奥に残っている

「私、あの雲になりたい。
    ふわふわ飛んでいて心地よさそう」

一緒に遊ぶ時は必ずそう言っていた。
あの時、気付いていれば。

「花火、綺麗だね」
「確かに。暗闇のキャンバスに
      色が散りばめられた感じが綺麗」
「ううん、ちょっと違う。
    ぱっと一瞬、花咲いて散っていまうところ」

「あー、その儚さが綺麗ってこと」

「うん。」


彼女はもういない。本当にあの雲になってしまった。

彼女は突然いなくなってしまった。クラスが一緒だったけれどいじめもなかったし、どちらかというと一軍女子で学校にいる時の彼女は輝いて見えた。

空を見上げながら「何で」と呟く。もちろん答えは返ってこない。最後、電車の前で君は何を思った?

*

今日も、一人海辺で歩く

何処にいけば良いんだろう。
何を信じればいいんだろう。

まだ、夏の夢に染まっていたかった。
「君のいたあの日々に戻りたい。」

そう呟いた。



***


少し足してみた。これで完成にする。これ以上はもう僕には考えられそうにないや。夏休み、気を病まないようお元気で。             

                        敬具


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8月11日(月)

拝啓 蝉時雨の降りそそぐ夏の盛りとなりました。元気ですか。もう夏休みも明けて学校生活がまた、始まっちゃいました。私は水槽の中で浮く海月のように生活しているこの頃です。小説、完成して凄い嬉しいです。

私も小説描いてみました。まだ下手で、読みづらいけど。

***

皆が言う『普通』になれない。
ひたすら自分に問う。ー何で、と

*

「おはよ」
扉を開けてそう言っても、返ってくる言葉は無い。

今日もか。と思いながら、俯きながら席に座る。そして、一人反省会が始まる。声が小さかったかな。それとも、無視されてるのかも。朝からもやもやした気分だ。


その気持ちを全部創作に当てる。

今感じたことを、秘密の手帳に書き連ねてく。
その言葉たちを噛み砕いて言語化した後に、もう一度スマホに書きとどめる。

それをつなぎ合わせたのが『小説』だと思う。

孤独を癒すために今日もこうして文を綴る。

私にとって小説は無くてはならないものだった。自分を癒すために必要だった。


自分を満たすような、短い小説を書いている。

普通に生きられない。
普通に笑えない。


ーだから、ひたすら文字を生み出す。


***

感情を乗せすぎました。なのでいつもより下手です。


                    敬具



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8月29日

拝啓  黄昏時に窓を開けていると涼しい風と共に虫の音が聞こえて秋の気配を感じています。僕も学校が始まってから随分経ちました。今日もこうして手紙を書いて息継ぎをしながら過ごしています。

小説読みました。感情をのせた文、良かったです。心の叫びは、人の深くまで響く。そう思う。

                   敬具


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9月21日

拝啓  高く澄みきった空に白いうろこ雲が浮かび始めました。お元気ですか。最近は何となく無気力で小説を書く手がなかなか進まない、そんな日が続いています。


最近中高生が読む文庫を見つけました。悩みを抱えていた主人公が転校生や神様や先生など、変えてくれる人が現れて、救ってくれる。そんな綺麗な物語です。でも、私はどうしても心のどこかで『こんな綺麗事が起こるわけない』という全部の絵の具をごちゃ混ぜにした、黒よりも深い色に染まってしまうんです。

だから私は、そっと日常に溶けるような物語を造りたい。そんな人たちのために。

そう感じています。
                   敬具



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10月24日

拝啓 深まる秋の気配に心静かな毎日です。読書の秋なので、僕もメモ程度の小説を少しずつ書いています。

君の小説を描く理由。素敵だと思った。君が言っていた、綺麗な小説を読んだ後、心に闇に生まれる気がするの、僕も同じかもしれない。綺麗な小説ほど、読んだ後に自分も成長したと感じると同時に心に穴ができるような、そんな感覚。

体調に気をつけて。心と体が離れないように。

                  敬具




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11月15日

もしよければ、会いませんか。