週明けの教室は浮ついていた。
衣替えの移行期間が終わり、カッターシャツとブラウスの白さで教室は眩く輝いている。
梅雨入りしたというのに空は抜けるように青く、来る夏の気配が心を踊らせている。
そんな空気のせいで、僕は居たたまれない思いをさせられている。
週末、カミチュー仲間のグループチャットには、お祝いのスタンプと穿鑿の言葉が舞い踊った。
麻利衣と満は大はしゃぎで、持てるすべてのスタンプを送りつけてきた。
コーイチは『よかったな。部活はサボるなよ』と一言だけ送ってきた。
希恵ちゃんは既読だけつけて、一言も送ってこなかった。
その他にも、メッセージは留まるところを知らなかった。
遠衛高等部一年三組。
創設したばかりのサッカー部。
中学のサッカー部。
中三のときのクラス。
小学校時代のサッカー少年団。
あらゆるところからお祝いと呪いとお祈りと怨嗟と祝詞と死の呪法が送られてきた。
途中で僕はスマホを投げ出した。
もちろん周囲に知られるのは時間の問題だったろう。
しかしこれだけ早く広まったのは、偏に満と麻利衣のせいだ。
週末。
僕と西町さんはもう一度みずべの公園で落ち合った。
今後の方針を決めるためだ。
もう知られてしまったものは仕方がない。
今更否定したところでもう遅い。
今すぐ別れたことにするのもよろしくない。
『軽い』というイメージは、僕らの今後を暗くする。
西町さんに言い寄ってくる男子が週刊から日刊になるし、先輩たちに与える印象も最悪だ。
ということで。
一ヶ月か二ヶ月くらいは現状維持で、それから自然消滅を狙う。
これが取りうるベストな策だ。
人前では恋人らしい振る舞いをしない。
周囲には、あいつら本当に付き合ってるのかと思わせる。
そうすればそのうち皆飽きてくる。
野次馬は熱しやすく冷めやすい。
皆が忘れかけたころ、すっと忍者が陰に溶けるように、いつの間にか別れたことにする。
僕たちはそんな作戦を立てた。
月曜の今日、僕らは早速作戦を実行に移している。
朝から西町さんとは一度も話していない。
というか話しかけるような隙もないといったほうが正しい。
僕は、休み時間の度に質問攻めにあっている。
クラスメイトはまだわかる。
でも何で他のクラスからまで来るかな。
教室のなかで相変わらず孤高を貫く西町さんに話しかける人は少ない。
西町さんが鉄壁の防御を誇っている分、与しやすしと見られた僕のほうに攻め手が押し寄せてくる構図になっている。
勘弁してほしい。
そうして迎えた昼休み。
授業終了の直後。
生まれたての喧騒を貫いて。
「なー西町ー。いまから学食行かんけー?」
西町さんの前に立った麻利衣が、笑顔で誘う。
「いっつも弁当持ってどっか行ってるじゃんね。食堂にも弁当持ちこんでるやつ多いもんで、食堂で何も買わんくても、そこは誰も気にしやせんに」
「……何で、急にわたしを誘うんですか?」
対する西町さんは警戒心バリバリ。
背な毛を逆立てた猫のようだ。
「やー、うちの希恵ちが西町のこと気になるみたいだもんで」
「麻利衣!」
少し離れたところから様子を伺っていた希恵ちゃんが、麻利衣の腕をとる。
「二人って案外気ぃあうんじゃん? だって好みが同じだに」
「ちょっと、麻利衣!」
大慌てで麻利衣の腕を掴む希恵ちゃん。
「好みなんてあなたの知ったことではないでしょう」
飛びかかる猫のような声を出す西町さん。
「ほれ、希恵ちも西町もサッカー好きだに」
そんな二人からの圧をうっちゃるように、麻利衣は悪戯っぽく笑う。
「麻利衣。そういうのやめてよ」
怒気をはらんだ声を麻利衣にぶつけたあと、希恵ちゃんはコホンと咳ばらいをして、それから西町さんへと笑顔を向けた。
「でも、せっかくだし、お昼行こうよ。正直わたしも前から話してみたいとは思ってたんだ」
「ってことだし、さ、行かまい!」
ごきげんに鼻歌なんて口ずさむ麻利衣に手を引かれ、西町さんは「え、え」とたたらを踏んでいった。
廊下へと連行されていく西町さんと目が合う。
その目は『たすけて!』と悲鳴をあげていた。
「僕も後で行くよ」
思わずそう声をかけると、西町さんは無防備な声で、
「うん!」
と明るく応えた。
そして次の瞬間、僕と西町さんは二人揃って「あ」と声を漏らした。
この瞬間、僕と西町さんの作戦は瓦解した。
クラスメイト全員の目に、僕らの仲睦まじい姿は焼きついた。
西町さんとアイコンタクトを交わす。
環くん。この空気どうするの?
西町さん。何とかしてよ。
無言の責任押しつけ合いも、周囲から見れば熱い視線の交換だ。
何も解決しないどころか、誤解が更に加速する。
視線を窓の外へ向ける。
わあ、空が青い。
もうどうにでもなーれ。
衣替えの移行期間が終わり、カッターシャツとブラウスの白さで教室は眩く輝いている。
梅雨入りしたというのに空は抜けるように青く、来る夏の気配が心を踊らせている。
そんな空気のせいで、僕は居たたまれない思いをさせられている。
週末、カミチュー仲間のグループチャットには、お祝いのスタンプと穿鑿の言葉が舞い踊った。
麻利衣と満は大はしゃぎで、持てるすべてのスタンプを送りつけてきた。
コーイチは『よかったな。部活はサボるなよ』と一言だけ送ってきた。
希恵ちゃんは既読だけつけて、一言も送ってこなかった。
その他にも、メッセージは留まるところを知らなかった。
遠衛高等部一年三組。
創設したばかりのサッカー部。
中学のサッカー部。
中三のときのクラス。
小学校時代のサッカー少年団。
あらゆるところからお祝いと呪いとお祈りと怨嗟と祝詞と死の呪法が送られてきた。
途中で僕はスマホを投げ出した。
もちろん周囲に知られるのは時間の問題だったろう。
しかしこれだけ早く広まったのは、偏に満と麻利衣のせいだ。
週末。
僕と西町さんはもう一度みずべの公園で落ち合った。
今後の方針を決めるためだ。
もう知られてしまったものは仕方がない。
今更否定したところでもう遅い。
今すぐ別れたことにするのもよろしくない。
『軽い』というイメージは、僕らの今後を暗くする。
西町さんに言い寄ってくる男子が週刊から日刊になるし、先輩たちに与える印象も最悪だ。
ということで。
一ヶ月か二ヶ月くらいは現状維持で、それから自然消滅を狙う。
これが取りうるベストな策だ。
人前では恋人らしい振る舞いをしない。
周囲には、あいつら本当に付き合ってるのかと思わせる。
そうすればそのうち皆飽きてくる。
野次馬は熱しやすく冷めやすい。
皆が忘れかけたころ、すっと忍者が陰に溶けるように、いつの間にか別れたことにする。
僕たちはそんな作戦を立てた。
月曜の今日、僕らは早速作戦を実行に移している。
朝から西町さんとは一度も話していない。
というか話しかけるような隙もないといったほうが正しい。
僕は、休み時間の度に質問攻めにあっている。
クラスメイトはまだわかる。
でも何で他のクラスからまで来るかな。
教室のなかで相変わらず孤高を貫く西町さんに話しかける人は少ない。
西町さんが鉄壁の防御を誇っている分、与しやすしと見られた僕のほうに攻め手が押し寄せてくる構図になっている。
勘弁してほしい。
そうして迎えた昼休み。
授業終了の直後。
生まれたての喧騒を貫いて。
「なー西町ー。いまから学食行かんけー?」
西町さんの前に立った麻利衣が、笑顔で誘う。
「いっつも弁当持ってどっか行ってるじゃんね。食堂にも弁当持ちこんでるやつ多いもんで、食堂で何も買わんくても、そこは誰も気にしやせんに」
「……何で、急にわたしを誘うんですか?」
対する西町さんは警戒心バリバリ。
背な毛を逆立てた猫のようだ。
「やー、うちの希恵ちが西町のこと気になるみたいだもんで」
「麻利衣!」
少し離れたところから様子を伺っていた希恵ちゃんが、麻利衣の腕をとる。
「二人って案外気ぃあうんじゃん? だって好みが同じだに」
「ちょっと、麻利衣!」
大慌てで麻利衣の腕を掴む希恵ちゃん。
「好みなんてあなたの知ったことではないでしょう」
飛びかかる猫のような声を出す西町さん。
「ほれ、希恵ちも西町もサッカー好きだに」
そんな二人からの圧をうっちゃるように、麻利衣は悪戯っぽく笑う。
「麻利衣。そういうのやめてよ」
怒気をはらんだ声を麻利衣にぶつけたあと、希恵ちゃんはコホンと咳ばらいをして、それから西町さんへと笑顔を向けた。
「でも、せっかくだし、お昼行こうよ。正直わたしも前から話してみたいとは思ってたんだ」
「ってことだし、さ、行かまい!」
ごきげんに鼻歌なんて口ずさむ麻利衣に手を引かれ、西町さんは「え、え」とたたらを踏んでいった。
廊下へと連行されていく西町さんと目が合う。
その目は『たすけて!』と悲鳴をあげていた。
「僕も後で行くよ」
思わずそう声をかけると、西町さんは無防備な声で、
「うん!」
と明るく応えた。
そして次の瞬間、僕と西町さんは二人揃って「あ」と声を漏らした。
この瞬間、僕と西町さんの作戦は瓦解した。
クラスメイト全員の目に、僕らの仲睦まじい姿は焼きついた。
西町さんとアイコンタクトを交わす。
環くん。この空気どうするの?
西町さん。何とかしてよ。
無言の責任押しつけ合いも、周囲から見れば熱い視線の交換だ。
何も解決しないどころか、誤解が更に加速する。
視線を窓の外へ向ける。
わあ、空が青い。
もうどうにでもなーれ。


