好きな人の好きな人を好きな人

 ボールか空を切る。

 相手GKが苦し紛れに蹴りだした球は、ちょうど僕のところに飛んできた。
 慎重に、胸トラップで足許に収める。

 これだけ遠くから来るサッカーボールを受けるのは久しぶりだ。
 フットサルのときはボールが違うし、西町さんとのパス練習ではここまで距離をとらないから。

 いま僕たちは、遠衛高等部グラウンドでゲーム形式の実践練習を行っている。
 人数はなんと五対五。
 我らが高等部サッカー部は部員を十人集め、いよいよ創部が承認される運びとなった。

 とはいえ部員はまだまだ募集中。
 何しろ十人というのはマネージャーということになっている希恵ちゃんと麻利衣、コーチの夏くんまで含めての人数だ。

 部員は部員なので文句は無いだろうとコーイチは主張し、部の創設自体は認められた。
 しかし人数が足りない以上、大会に出るのは難しい。

「先輩!」

 うまいことコーイチの前に入った村上先輩に向け、縦パスをいれる。

 先輩はめでたく部長に就任した。
 『僕で本当によいのだろうか』と二百回繰り返す先輩を、コーイチは『先輩でないとだめなんです』と三百回励ました。

 村上先輩は昨年までサッカー部にいた元部員の二年生を連れてきてくれた。
 それ以外に一年生も何人か入ってくれている。

 聞いてみると、皆先日グラウンドでやっていた勝負を見てくれていたらしい。
 楽しそう。
 おもしろそう。
 やたらとうまいヤツがいる。
 異次元の女子がいる。
 そんな声を聞いた。

 あの公開勝負は、ちょうどいい具合にアピールになっていたらしい。
 思わぬ副産物だ。

 村上先輩が、サイドに張った希恵ちゃんに向けボールをはたく。
 受けた希恵ちゃんは、カカシのように棒立ちの麻利衣を置き去りにして前進。
 サイドから中へとグラウンダーのクロス。
 が、これは夏くんの前に割り込んだコーイチがカット。
 こぼれ球を満がクリア。

 プレーが切れたところで、夏くんが手を打つ。

「一旦止めようか!」

 部員が皆夏くんの許へ集まる。

「村上先輩、ナイス落としでした。ただ、あと一秒溜めができていたら、涸沢さんは完全に裏を取れてましたね。そうしたら足許じゃなくて裏にスルーパスを出せました」

「ああ、コースが空いてたから焦っちゃったな。了解」

「涸沢さん、サイド奥まで抉るのもいいけど、完全フリーだったから内に切り込んでもよかったね」

「そっか。うん。そうしたらクロスをカットされなかったかもだね」

「鍋平さんは、もう少し、こう、動こうね」

「夏くんがファンサしてくれたらいくらでも走れるに」

「で、環くん。楔はよかったけど、その後だね。先輩を追い越して左ハーフスペースにまで入って来てほしかった。そうしたらコーイチくんが釣り出されたかもしれないし、涸沢さんがファーな環くんにまでハイボールのクロスを入れられたかもしれない」

「僕まで上がっちゃって大丈夫だった? バランスが崩れそうだったから残ってたんだけど」

「いまのはリスクとっていい場面だったよ。相手はカウンターの準備ができてなかったからね」

 今日も僕たちは岩切コーチの薫陶を受けている。
 いまのサッカー部には試合をするのにも、ゲーム形式の練習をするのにも足りないくらいの人数しかいない。
 でも、おかげで夏くんからは個人レッスンレベルの指導を受けられている。
 これはこれで、相当に贅沢なのではないだろうか。

「よーし、お前ら、水分補給忘れるなよ。あと二分休んだらもう一本いくぞ!」

 キャプテンのコーイチが手を叩いて回る。

 生まれたばかりのヨチヨチ歩きで、十一人すら揃っていない。
 でも顧問はついたし、部長がいて、キャプテンがいて、コーチまでいる。

 サッカー部は確実に動き出している。
 新しい居場所が、できつつある。

 と、ペットボトルを煽っていたら、校舎の窓が目についた。
 三階端のほう、文芸部部室の窓から西町さんがこちらを見ている。

 ひらひらと小さく手を振る、深窓のご令嬢。

 『帰りたいな』。
 先日、西町さんが漏らした言葉が、いまも耳朶に残っている。

 西町さんが文芸部に顔を出してくれていてよかった。
 彼女がそこを居場所としてくれるといい。

 それは、我が儘だろうか。
 たとえそこが針の筵、荊の庭であっても居てほしいなどというのは、我が儘だろうか。

 そんな疑念は、晴れず僕の心にずっとわだかまっている。