好きな人の好きな人を好きな人

 勝負は普通に岩切くんが勝った。

 あの後体操服に着替えて戻ってきた麻利衣だったが、追加でもう一点とるのが精一杯だった。

 普段は意地でも運動しない麻利衣の体力は、限りなくゼロに近い。
 全力のプレーは一分ももたない。

 麻利衣は野生の天才である。
 誰も彼女に走り込みなどさせることはできない。

「日本サッカー界の損失だ」

 勝負の後、岩切くんはそう呟いた。

 ラスト一点は、当然のように岩切くんが決めた。

 僕とのワンツーで抜け出した岩切くんが溜めをつくり、僕が追い越し返す。
 サイドへのスルーパスをマイナスに折り返し。
 岩切くんがダイレクトで流し込んでフィニッシュ。

 まさに予定調和。
 完全に崩した、美しいゴールだった。

「環、この裏切り者!」

 負け犬の遠吠えが耳に心地よい。

 コーイチもやってみたらわかるよ。
 岩切くんとのプレーは本当に楽しい。
 そうなることが運命であるかのように、ボールはゴールに吸い込まれていく。

 まあ、いまを楽しんだおかげで、今後岩切くんとはプレーできなくなってしまったわけだけど。
 もう知らない。どうにでもなれ。
 そもそもなんだよ、この勝負。
 勝てばいいのか負ければいいのかわからない。
 誰が味方で誰が敵なのかもわからない。

「岩切、いい勝負だった。俺の負けだ」

「いいぞ、いいぞ、岩切! いぇーい」

 潔く負けを認めるコーイチの向こうで、満が踊っている。
 今日の本当の勝者は彼かもしれない。

「もう誘わんから、安心してくれ。約束だからな」

 と、コーイチが差し出した手を、岩切くんがしっかり握る。
 その向こうで満は麻利衣に脛を蹴られている。

「……約束だもんね」

 手を離した岩切くんは、じっとその手を見つめ、それから視線を上げた。

「勧誘はこれまでということで、改めて俺からお願いするよ。サッカー部に入れてくれないかな」

 コーイチは目を見開き「は」と腹から声を出した。
 満は「ぐぇ」と絞められたアヒルのような声を出した。実際、麻利衣に首を絞められている。

「ちょっと前、幸クラブにもコーチの件は断られたんだ。一応の経験者とはいえ、高校一年生に指導者をやらせてくれるチームは、まずない」

 岩切くんが、今度は自分から手を差しだす。

「コーイチくんの言葉、あれは効いたな。『お前の言うことなら皆聞く』、『俺が保証する』って。流石キャプテン。人に響く言葉を持ってるね」

 目を丸くしていたコーイチが「おう」と大きく頷く。

「よろしく頼むぞ、監督」

 岩切くんの手を握るコーイチ。

 僕の隣で「よかった、よかった」と涙目で拍手する村上先輩。

 グラウンドに横たわり「どうしてこうなった」と青空を見上げる負け犬、もとい満。

 満の腹に膝を乗せた麻利衣は「いぇーい」と天高くうちわを突きあげた。