金曜日の放課後は本当にいろいろあった。
文芸部の皆でザザシティへ行き、西町さんと有楽街のサッカーショップへ。
ショップでは図らずもカミチュー仲間と出くわし、西町さんは退散。
そして最後、店長と会話する岩切くんを目撃。
一日のキャパを超えたボリュームだ。
ショップのカウンター前で長話をするわけにもいかないということで、僕らは揃って店を出た。
有楽街のビル前に空いた空間で、僕らは岩切くんから話を聞いた。
「嘘をついてごめん。でも一部本当のこともある。俺はもう、サッカーをプレーする気はない」
岩切くんは、そう切り出した。
「だがサッカー専門店の店長に何か頼んでいただろう」
立ったまま腕を組んだコーイチが尋ねる。
「あそこの店長、鍛冶町FCの運営をやってるんだ。監督も兼任でね。鍛冶町FCは知ってるよね?」
と、岩切くんは、希恵ちゃんと麻利衣に顔を向けた。
小さな時計台の足場に腰掛けていた二人は、揃ってうなずいた。
「ジュニアからユース年代まである街クラブだね」
「ジュニア・ユースまでは女子部もあるもんで、よく試合したもんだに」
僕やコーイチは、市内中学校のサッカー部事情については詳しい方だ。
でもクラブのことはいまいち分からない。
市内クラブ事情は、やはりクラブに属していた選手のほうが詳しい。
「店長には、鍛冶町FCでコーチをやらせてもらえないか頼んでたんだ」
その場の全員を見回しながら、岩切くんはそう告げた。
「……もしかして岩切くん、指導者志望?」
僕の質問に、岩切くんはハッキリ頷いた。
「この年でか? ジュニア・ユースで怪我をした……わけではないと以前言っていたな」
首を傾げるコーイチに、岩切くんが語りかける。
「サッカー指導者若年化の流れは世界的なものだ。特にヨーロッパだね。三十代どころか二十代でトップ・リーグの監督に就任するケースも珍しくない。これは指導者の専門化が進んだからなんだ」
「どういうことだ? なぜ専門的になると若年化が進む?」
「三十代後半まで選手としてプレーしてから指導者として勉強し始める。一昔前までは、というかいま選手のキャリアとしてはも当たり前だよね。でもそれじゃ遅いんだ。ヨーロッパではもっと若くから指導者として学ぶための仕組みができあがってる」
そういった話は僕も聞いたことがあった。
が、自分には全く関係のない話だと思っていた。
「三十代後半で引退した元選手と、十代からずっと指導者として学んだ専業監督。戦術の引き出しが多いのはどちらだろう? 体系的な指導ができるのは。フィジカルやメンタルに関する知識を持っているのは。各種専門家を集め運営するチーム・ビルディングができるのは? ……プロサッカーの世界自体、専門的になりすぎている。選手として活躍したってだけじゃ監督として成功なんてできないんだよ」
「だがそれはヨーロッパの話だろう。Jリーグでそんなに若い監督というのは聞いたことがない」
「いまはね。まだ日本は遅れてるから。でも最近になって若い指導者を育成しようという流れは生まれてるんだよ。日本サッカー協会が認定する指導者のライセンスのうちC級とD級の取得可能年齢は十八歳から十五歳にまで引き下げられたんだ」
「僕らでもとれるってこと?」
岩切くんは、僕に顔を向けて明言した。
「俺は今年C級をとりにいくよ」
迷いのない、力強い声だった。
この声は天性のものというより、彼の覚悟が生んだものだろう。
きっと指導者として必要になってくる声だ。
「でもやっぱりライセンスだけとっても仕方ないわけ。必要なのは現場での経験なんだ。だから、どこかでコーチをやらせてもらいたくてさ」
「それで鍛冶町FCにあたってみたと」
「私に幸クラブのことを聞いたのも、そういうわけだったんだね」
コーイチと希恵ちゃんが頷きあう。
「でも、鍛冶町FCのほうは断られただら?」
麻利衣の言葉に、岩切くんは「ああ」と苦笑いを浮かべた。
「問題は年齢なんだ。俺なんてまだ今年十六歳だからさ。歳の近すぎる子どもたちが言うことを聞いてくれないだろうとか、保護者からの信頼を得られないだろうとかね、色々言われたよ。反論のためにもライセンスをとるつもりだけど……とったとしてもどうだろうな」
俯く岩切くんに、僕たちは何も言えなかった。
そのとき僕は思っていた。
岩切くんは主人公だ。
西町さんやコーイチと同じ。
現状をよしとせず、調和を乱すのもためらわず、我が道を行かんとする。
自分とは違う人種である。
「環くん、次行くよ?」
声とともに、希恵ちゃんが覗き込んでくる。
「わ。ごめん、ぼんやりしてた」
いつの間にか前の試合が終わり、僕らの番が回ってきていた。
もうコーイチたちは防球ネットをくぐり、コートに入ろうとしていた。
慌てて立ちあがり、希恵ちゃんについていく。
コートに足を踏み入れ、ハーフウェイライン前に並ぶ。
相手チームと挨拶をする。
満の前に陣取り、一度空を見上げてから、相手チームの観察する。
いつものルーチンで、試合モードに切り替える。
と、そのとき。
いい感じに切り替えられていたところだったのに、集中を乱すものが視界に入ってきた。
防球ネットの向こう側、何人か立っている観客の中に、見慣れた顔がいる。
しかも、二人も。
赤と白のウインドブレーカーにハーフパンツ、ハイソックス。
いまにも試合に出られそうな格好をしている女子。
西町さんだ。
もう一人は水色と黒のジャージ上下に身を包んだ男子。
岩切くんである。
二人は、微妙な距離を開けて立っている。
目算で、ざっと一メートルくらい。
一緒に見に来たのだろうか?
二人は知り合いだった?
格好からして参加者?
いや、他のチームで出場していたら流石に気づく。
どこは他で蹴る予定なのか、走り込みでもしているのか。
「環!」
前方から飛んできたハイボールが肩に当たる。
まずい。
集中がぶった切れている。
こぼれ球を拾いに行く。
寄せてきた相手からボールを隠し、下りてきてくれていた左サイドの希恵ちゃんにパス。
危ない。
とにかくいまは試合に集中しないと。
状況を再確認しようと首を振る。
二人の姿が目に映る。
勘弁してよ。
文芸部の皆でザザシティへ行き、西町さんと有楽街のサッカーショップへ。
ショップでは図らずもカミチュー仲間と出くわし、西町さんは退散。
そして最後、店長と会話する岩切くんを目撃。
一日のキャパを超えたボリュームだ。
ショップのカウンター前で長話をするわけにもいかないということで、僕らは揃って店を出た。
有楽街のビル前に空いた空間で、僕らは岩切くんから話を聞いた。
「嘘をついてごめん。でも一部本当のこともある。俺はもう、サッカーをプレーする気はない」
岩切くんは、そう切り出した。
「だがサッカー専門店の店長に何か頼んでいただろう」
立ったまま腕を組んだコーイチが尋ねる。
「あそこの店長、鍛冶町FCの運営をやってるんだ。監督も兼任でね。鍛冶町FCは知ってるよね?」
と、岩切くんは、希恵ちゃんと麻利衣に顔を向けた。
小さな時計台の足場に腰掛けていた二人は、揃ってうなずいた。
「ジュニアからユース年代まである街クラブだね」
「ジュニア・ユースまでは女子部もあるもんで、よく試合したもんだに」
僕やコーイチは、市内中学校のサッカー部事情については詳しい方だ。
でもクラブのことはいまいち分からない。
市内クラブ事情は、やはりクラブに属していた選手のほうが詳しい。
「店長には、鍛冶町FCでコーチをやらせてもらえないか頼んでたんだ」
その場の全員を見回しながら、岩切くんはそう告げた。
「……もしかして岩切くん、指導者志望?」
僕の質問に、岩切くんはハッキリ頷いた。
「この年でか? ジュニア・ユースで怪我をした……わけではないと以前言っていたな」
首を傾げるコーイチに、岩切くんが語りかける。
「サッカー指導者若年化の流れは世界的なものだ。特にヨーロッパだね。三十代どころか二十代でトップ・リーグの監督に就任するケースも珍しくない。これは指導者の専門化が進んだからなんだ」
「どういうことだ? なぜ専門的になると若年化が進む?」
「三十代後半まで選手としてプレーしてから指導者として勉強し始める。一昔前までは、というかいま選手のキャリアとしてはも当たり前だよね。でもそれじゃ遅いんだ。ヨーロッパではもっと若くから指導者として学ぶための仕組みができあがってる」
そういった話は僕も聞いたことがあった。
が、自分には全く関係のない話だと思っていた。
「三十代後半で引退した元選手と、十代からずっと指導者として学んだ専業監督。戦術の引き出しが多いのはどちらだろう? 体系的な指導ができるのは。フィジカルやメンタルに関する知識を持っているのは。各種専門家を集め運営するチーム・ビルディングができるのは? ……プロサッカーの世界自体、専門的になりすぎている。選手として活躍したってだけじゃ監督として成功なんてできないんだよ」
「だがそれはヨーロッパの話だろう。Jリーグでそんなに若い監督というのは聞いたことがない」
「いまはね。まだ日本は遅れてるから。でも最近になって若い指導者を育成しようという流れは生まれてるんだよ。日本サッカー協会が認定する指導者のライセンスのうちC級とD級の取得可能年齢は十八歳から十五歳にまで引き下げられたんだ」
「僕らでもとれるってこと?」
岩切くんは、僕に顔を向けて明言した。
「俺は今年C級をとりにいくよ」
迷いのない、力強い声だった。
この声は天性のものというより、彼の覚悟が生んだものだろう。
きっと指導者として必要になってくる声だ。
「でもやっぱりライセンスだけとっても仕方ないわけ。必要なのは現場での経験なんだ。だから、どこかでコーチをやらせてもらいたくてさ」
「それで鍛冶町FCにあたってみたと」
「私に幸クラブのことを聞いたのも、そういうわけだったんだね」
コーイチと希恵ちゃんが頷きあう。
「でも、鍛冶町FCのほうは断られただら?」
麻利衣の言葉に、岩切くんは「ああ」と苦笑いを浮かべた。
「問題は年齢なんだ。俺なんてまだ今年十六歳だからさ。歳の近すぎる子どもたちが言うことを聞いてくれないだろうとか、保護者からの信頼を得られないだろうとかね、色々言われたよ。反論のためにもライセンスをとるつもりだけど……とったとしてもどうだろうな」
俯く岩切くんに、僕たちは何も言えなかった。
そのとき僕は思っていた。
岩切くんは主人公だ。
西町さんやコーイチと同じ。
現状をよしとせず、調和を乱すのもためらわず、我が道を行かんとする。
自分とは違う人種である。
「環くん、次行くよ?」
声とともに、希恵ちゃんが覗き込んでくる。
「わ。ごめん、ぼんやりしてた」
いつの間にか前の試合が終わり、僕らの番が回ってきていた。
もうコーイチたちは防球ネットをくぐり、コートに入ろうとしていた。
慌てて立ちあがり、希恵ちゃんについていく。
コートに足を踏み入れ、ハーフウェイライン前に並ぶ。
相手チームと挨拶をする。
満の前に陣取り、一度空を見上げてから、相手チームの観察する。
いつものルーチンで、試合モードに切り替える。
と、そのとき。
いい感じに切り替えられていたところだったのに、集中を乱すものが視界に入ってきた。
防球ネットの向こう側、何人か立っている観客の中に、見慣れた顔がいる。
しかも、二人も。
赤と白のウインドブレーカーにハーフパンツ、ハイソックス。
いまにも試合に出られそうな格好をしている女子。
西町さんだ。
もう一人は水色と黒のジャージ上下に身を包んだ男子。
岩切くんである。
二人は、微妙な距離を開けて立っている。
目算で、ざっと一メートルくらい。
一緒に見に来たのだろうか?
二人は知り合いだった?
格好からして参加者?
いや、他のチームで出場していたら流石に気づく。
どこは他で蹴る予定なのか、走り込みでもしているのか。
「環!」
前方から飛んできたハイボールが肩に当たる。
まずい。
集中がぶった切れている。
こぼれ球を拾いに行く。
寄せてきた相手からボールを隠し、下りてきてくれていた左サイドの希恵ちゃんにパス。
危ない。
とにかくいまは試合に集中しないと。
状況を再確認しようと首を振る。
二人の姿が目に映る。
勘弁してよ。


