声。足音。金属音。肉の焼ける音。
昼時の食堂は音に満ちている。
一人でじっとしてたら耐えられないかもしれない。
でも、友だちと話していたらそんなに気にならないから、不思議なものだ。
今日も今日とて、僕らはいつものテーブルに集まっている。
太い柱のすぐそばで、なんとなく落ち着くいつもの場所。
「何で集まらないんだ!」
テーブル真ん中の席でコーイチが吠えている。
音の洪水の中でもハッキリ耳に届く野太い声。
これもいつもどおりの光景だ。
「だから、それをいま調べてるんだってば」
コーイチの正面に座った満が、黒縁のメガネを指で持ち上げながら応える。
白石満も出身は上島中学校。
僕たちカミチュー仲間の一員だ。
一八〇センチを超える長身を活かして、サッカー部ではGKを務めていた。
長身ではあっても体の線は細くガリガリ。
天然パーマの髪の毛はもじゃもじゃ。
遠くから見るとマッチ棒みたいなシルエットをしている。
「とりあえず確実なのは、僕らが入学する直前、三月にサッカー部が廃部になったこと。きっかけとなるような事件や事故はなかったことだね」
スマホをスイスイと操作する満。
口では器用にゼリー飲料を咥えている。
満は高校で壁新聞部に入部した。
元来、知りたがり知らせたがりの性分をした満にはもってこいの部活だ。
本人、明言はしていないが、見ている限りサッカーより性に合っていそうだ。
「元部員の先輩がたには話を聞いてないのか」
コーイチの質問に、満は顔を上げず答えていく。
「何人かあたってみたよ。受験勉強、予備校に行く、文化系の部活に移る。みんな理由はバラバラだねえ」
「自然消滅って感じだら」
隣のテーブルから振り向いた麻利衣が口を挟む。
僕たちの隣では、一年生女子たち十人ほどが陣取っている。
麻利衣や希恵ちゃんと仲よくしているクラスメイトや隣のクラスの子たちだ。
ただ、希恵ちゃんはまだ席にいない。
売り場の行列にも見当たらないし、まだ食堂には来ていないようだ。
「どーせ弱くて勝てないから辞めてっただら」
鼻で笑う麻利衣に、「さすが、鋭いね!」と満が満足気にうなずく。
「これまで集めた情報を鑑みるに、理由はまさにそれ。弱くて勝てなかったからだね」
「モチベーションが保てなかったってこと?」
僕の言葉に、満はスマホを向けて「そ」と応じる。
「人間、部活だけで生きてるわけじゃないでしょ。勉強、友だち、彼氏彼女。皆多かれ少なかれ持ってるわけ、部活を辞める理由っていうのをさ」
「でも部活をやめる人ばっかりじゃないよね」
「辞める理由の一方で、部活を続ける理由もあるからね。技術が身につく、運動になる、楽しい、やりがいがある、とかね。でも、勝てる希望が持てないとなったらやりがいも楽しさも薄まるだろ。そうして続ける理由が小さくなったら、辞める理由のほうが大きなっちゃうわけ。だから元部員はみんなバラバラの理由で部活を辞めたのさ」
と、満はメガネをくいっと指で持ち上げながた。
「なるほど。勝てないのは仕方ないにしても、勝つ希望が持てないのは辛いね」
「遠衛は部活が緩いもんで、弱いのはしゃーないら」
僕と麻利衣が口々に納得の意を表する一方で、コーイチは腕を組み「むー」と唸っている。
「わからんな」
「そりゃコーイチは違うかもしれないよ。勝てなくても頑張れるだろうけど、普通の人はそうもいかないの」
やれやれとばかりにため息をつく満。
「そうじゃない。勝てないなら勝てるようにすればいいだろう」
当たり前のように言ってのけるコーイチに、満が「あのね」と肩をすくめる。
「そんな一朝一夕に強くなんてなれないって、コーイチが一番よくわかってるでしょ。強くなるまで気持ちが持たないし、そもそも頑張る気持ちになれないって話」
「大金はたいて他所のエースを連れてくればいいら」
「プロクラブか強豪校みたいに? まずは元手が必要だね。麻利衣お嬢さま、スポンサーになっていただけません?」
「弱っちいチームのスポンサーなんてお断りだに」
揉み手をする満と、露悪的に笑う麻利衣。
ちなみに麻利衣の家は洋菓子店を経営している。
店舗も複数出している、地元では有名なお店である。
麻利衣がお嬢さまというところだけは、冗談抜きの話なのだ。
「満。有望なサッカー経験者がいないか、探してくれ」
それこそ冗談全部抜きの真剣な声を、コーイチは満に向けた。
なるほど。コーイチの考えは理にかなっている。
麻利衣が言うように他所から実力者を連れてくるのは難しいけれど、内部で見つけて勧誘することはできる。
「……いいけどさ、期待しないでよ? たとえ経験者でも、遠衛なんて弱小校に入る時点でもうサッカーなんてやる気ないんだから」
文句はいいつつ、満はスマホの操作を再開した。
メモを取っているのか、連絡先を見繕っているのか、いずれにしろやる気はあるようだ。
サッカー部再興に対するやる気というよりは、新聞記者としてのやる気かもしれないけれど。
「ん?」
と、コーイチがそれまでとは調子の違う声を出した。
驚いたような、不意を衝かれたといったような、そんな声音。
その向けられた視線を追ってみる。
なるほど。あれか。
食堂の入り口で、希恵ちゃんが男子生徒に話しかけられている。
背が高く、厚いブレザー越しでも見てとれるくらい体格がよい。
髪は少し長めのミドル。
遠目でもわかるくらい整った顔に、爽やかな笑みを浮かべている。
「おー、希恵ちがイケメンにナンパされてるに」
「もっと近づいて。いや、重ならないで、ちょっとズレて」
おかしそうに笑う麻利衣と、スマホで動画撮影をする満。
「……」
一方、コーイチは無言のまま眉間のシワを深めている。
希恵ちゃんとイケメンは立ち止まって何か話していたが、会話は数往復で終了した。
話し終えた希恵ちゃんがこちらへやって来る。
「希恵ち、連絡先交換しんかったん? もったない。イケメンなのに」
麻利衣がからかうと、希恵ちゃんは「へ」と抜けた声を出した。
「違う違う、そういうのじゃないって。『幸クラブの出身って聞いたけど本当なのか』って確かめられただけだよ」
「幸の?」
麻利衣が首をかしげる。
幸クラブとは、いわゆる街クラブのことだ。
学校の部活とは別に、地域の子どもたちを集めて活動するスポーツ・クラブである。
幸クラブはサッカーを専門としており、女子部を設けていることで有名だ。
希恵ちゃんと麻利衣は、中学時代、幸クラブ女子部のジュニア・ユース年代チームに所属していた。
が、このクラブにはユース年代のチームがないため、二人はクラブを卒業することになってしまっている。
「何を探ってやがるんだ。怪しいヤツめ」
と、コーイチが鼻息を荒くする。
どうやら希恵ちゃんに悪い虫がついたと憤りを覚えているらしい。
「希恵ち、希恵ち。後で話しかけに行かまい。幸クラブのことなら、あたしらが一番詳しいもん」
「麻利衣、止めときなって。ああいうイケメンは女癖悪いから」
前のめりな麻利衣を、満は何の根拠もないでまかせで諌めようとする。
「一人で行ってきてよ、麻利衣。私あんまり興味ないし」
と言いながら希恵ちゃんは僕を見た。
意図がわからず「うん?」と首を傾げると、希恵ちゃんは「なんでもないよ」と肩をすくめた。
昼時の食堂は音に満ちている。
一人でじっとしてたら耐えられないかもしれない。
でも、友だちと話していたらそんなに気にならないから、不思議なものだ。
今日も今日とて、僕らはいつものテーブルに集まっている。
太い柱のすぐそばで、なんとなく落ち着くいつもの場所。
「何で集まらないんだ!」
テーブル真ん中の席でコーイチが吠えている。
音の洪水の中でもハッキリ耳に届く野太い声。
これもいつもどおりの光景だ。
「だから、それをいま調べてるんだってば」
コーイチの正面に座った満が、黒縁のメガネを指で持ち上げながら応える。
白石満も出身は上島中学校。
僕たちカミチュー仲間の一員だ。
一八〇センチを超える長身を活かして、サッカー部ではGKを務めていた。
長身ではあっても体の線は細くガリガリ。
天然パーマの髪の毛はもじゃもじゃ。
遠くから見るとマッチ棒みたいなシルエットをしている。
「とりあえず確実なのは、僕らが入学する直前、三月にサッカー部が廃部になったこと。きっかけとなるような事件や事故はなかったことだね」
スマホをスイスイと操作する満。
口では器用にゼリー飲料を咥えている。
満は高校で壁新聞部に入部した。
元来、知りたがり知らせたがりの性分をした満にはもってこいの部活だ。
本人、明言はしていないが、見ている限りサッカーより性に合っていそうだ。
「元部員の先輩がたには話を聞いてないのか」
コーイチの質問に、満は顔を上げず答えていく。
「何人かあたってみたよ。受験勉強、予備校に行く、文化系の部活に移る。みんな理由はバラバラだねえ」
「自然消滅って感じだら」
隣のテーブルから振り向いた麻利衣が口を挟む。
僕たちの隣では、一年生女子たち十人ほどが陣取っている。
麻利衣や希恵ちゃんと仲よくしているクラスメイトや隣のクラスの子たちだ。
ただ、希恵ちゃんはまだ席にいない。
売り場の行列にも見当たらないし、まだ食堂には来ていないようだ。
「どーせ弱くて勝てないから辞めてっただら」
鼻で笑う麻利衣に、「さすが、鋭いね!」と満が満足気にうなずく。
「これまで集めた情報を鑑みるに、理由はまさにそれ。弱くて勝てなかったからだね」
「モチベーションが保てなかったってこと?」
僕の言葉に、満はスマホを向けて「そ」と応じる。
「人間、部活だけで生きてるわけじゃないでしょ。勉強、友だち、彼氏彼女。皆多かれ少なかれ持ってるわけ、部活を辞める理由っていうのをさ」
「でも部活をやめる人ばっかりじゃないよね」
「辞める理由の一方で、部活を続ける理由もあるからね。技術が身につく、運動になる、楽しい、やりがいがある、とかね。でも、勝てる希望が持てないとなったらやりがいも楽しさも薄まるだろ。そうして続ける理由が小さくなったら、辞める理由のほうが大きなっちゃうわけ。だから元部員はみんなバラバラの理由で部活を辞めたのさ」
と、満はメガネをくいっと指で持ち上げながた。
「なるほど。勝てないのは仕方ないにしても、勝つ希望が持てないのは辛いね」
「遠衛は部活が緩いもんで、弱いのはしゃーないら」
僕と麻利衣が口々に納得の意を表する一方で、コーイチは腕を組み「むー」と唸っている。
「わからんな」
「そりゃコーイチは違うかもしれないよ。勝てなくても頑張れるだろうけど、普通の人はそうもいかないの」
やれやれとばかりにため息をつく満。
「そうじゃない。勝てないなら勝てるようにすればいいだろう」
当たり前のように言ってのけるコーイチに、満が「あのね」と肩をすくめる。
「そんな一朝一夕に強くなんてなれないって、コーイチが一番よくわかってるでしょ。強くなるまで気持ちが持たないし、そもそも頑張る気持ちになれないって話」
「大金はたいて他所のエースを連れてくればいいら」
「プロクラブか強豪校みたいに? まずは元手が必要だね。麻利衣お嬢さま、スポンサーになっていただけません?」
「弱っちいチームのスポンサーなんてお断りだに」
揉み手をする満と、露悪的に笑う麻利衣。
ちなみに麻利衣の家は洋菓子店を経営している。
店舗も複数出している、地元では有名なお店である。
麻利衣がお嬢さまというところだけは、冗談抜きの話なのだ。
「満。有望なサッカー経験者がいないか、探してくれ」
それこそ冗談全部抜きの真剣な声を、コーイチは満に向けた。
なるほど。コーイチの考えは理にかなっている。
麻利衣が言うように他所から実力者を連れてくるのは難しいけれど、内部で見つけて勧誘することはできる。
「……いいけどさ、期待しないでよ? たとえ経験者でも、遠衛なんて弱小校に入る時点でもうサッカーなんてやる気ないんだから」
文句はいいつつ、満はスマホの操作を再開した。
メモを取っているのか、連絡先を見繕っているのか、いずれにしろやる気はあるようだ。
サッカー部再興に対するやる気というよりは、新聞記者としてのやる気かもしれないけれど。
「ん?」
と、コーイチがそれまでとは調子の違う声を出した。
驚いたような、不意を衝かれたといったような、そんな声音。
その向けられた視線を追ってみる。
なるほど。あれか。
食堂の入り口で、希恵ちゃんが男子生徒に話しかけられている。
背が高く、厚いブレザー越しでも見てとれるくらい体格がよい。
髪は少し長めのミドル。
遠目でもわかるくらい整った顔に、爽やかな笑みを浮かべている。
「おー、希恵ちがイケメンにナンパされてるに」
「もっと近づいて。いや、重ならないで、ちょっとズレて」
おかしそうに笑う麻利衣と、スマホで動画撮影をする満。
「……」
一方、コーイチは無言のまま眉間のシワを深めている。
希恵ちゃんとイケメンは立ち止まって何か話していたが、会話は数往復で終了した。
話し終えた希恵ちゃんがこちらへやって来る。
「希恵ち、連絡先交換しんかったん? もったない。イケメンなのに」
麻利衣がからかうと、希恵ちゃんは「へ」と抜けた声を出した。
「違う違う、そういうのじゃないって。『幸クラブの出身って聞いたけど本当なのか』って確かめられただけだよ」
「幸の?」
麻利衣が首をかしげる。
幸クラブとは、いわゆる街クラブのことだ。
学校の部活とは別に、地域の子どもたちを集めて活動するスポーツ・クラブである。
幸クラブはサッカーを専門としており、女子部を設けていることで有名だ。
希恵ちゃんと麻利衣は、中学時代、幸クラブ女子部のジュニア・ユース年代チームに所属していた。
が、このクラブにはユース年代のチームがないため、二人はクラブを卒業することになってしまっている。
「何を探ってやがるんだ。怪しいヤツめ」
と、コーイチが鼻息を荒くする。
どうやら希恵ちゃんに悪い虫がついたと憤りを覚えているらしい。
「希恵ち、希恵ち。後で話しかけに行かまい。幸クラブのことなら、あたしらが一番詳しいもん」
「麻利衣、止めときなって。ああいうイケメンは女癖悪いから」
前のめりな麻利衣を、満は何の根拠もないでまかせで諌めようとする。
「一人で行ってきてよ、麻利衣。私あんまり興味ないし」
と言いながら希恵ちゃんは僕を見た。
意図がわからず「うん?」と首を傾げると、希恵ちゃんは「なんでもないよ」と肩をすくめた。


