「ねぇ、ここから何処に向かおう」

「僕はどこでもいいかな」

「そっか。隣街なら着いていくよ」
僕達は、退屈でつまらない故郷に背を向けてこの街から飛び出した。

バスが心地よく揺れている。

窓から見る景色は、ビルが立ち並ぶ都会を抜けて田んぼに覆われている場所になった。

まるで異世界にきたような錯覚に包まれる。

空から夕日が降り注いで、彼女の横顔に反射していた。



「あの飛行機雲、私たちに似てない?」

「空中を彷徨っているところ?」

「当たり。私たちは、風に身を任せて行こう」

風に揺られながらふらり、何処かへ行くのが心地いい。そう感じることができるのはきっと君のせい。

『どこか、別の世界へ行きたい。』

君がそう言った日から、休日にバスで遠くへ行く日常が始まった。

彼女と始めて話したのは、ちょうど一年前だと思う。


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僕と君は真逆のキャラだった。

「今日、スタバ行かない?」
「いいね。行こ行こ」
「じゃ、決定!」

今日も何処からかそんな声が聞こえる。

あの中に混ざっているような、キラキラした女の子が彼女だった。

けれど自分はキラキラした青春とはほど遠く、眺めているだけだった。

平凡が教訓で、陰キャグループで過ごしている。そんな平和な日々が幸せだった。



全てが崩れたのは、君と席が近くになった時のこと。


いつものように僕は授業の前はスマホで小説を読んで孤独を癒していた。

『詩は言葉以上の言葉である。良い詩には、言葉にできない美感が宿ー

「なに書いてるの?」

スマホを触っていた、僕の手が止まる。

「秘密だよ」

「ごめん。ちょっと見ちゃった」

ふざけんなよ。ぼそっと心の中で言う。うっかり口に出したら殺されかねない。

「私、その物語知ってる。『良い詩には、
  美感が宿る。それを匂いと言う』でしょう?」

これは全ての色を混ぜたような、そんな物語だった。
この小説は月の裏側を読む人が好む。太陽の光の下にいた君が何で?と思った。

「当ってる。でも何で、知ってるの?」

「私がこの著者が好きだからだよ。君、今いつも明るい私がこんな暗いのを読むなんて。って思ったでしょう」
心の中を見透かされた気がした。

「違うし」


「私も、斜めに構えながら生きてるよ。
          そうだ、日曜空いてる?」

「空いてるよ」

「あっ、授業始まる。やば」

この一言を最後にして、今日は話しかけてこなかった。
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「本当に来てくれたんだ、嬉しいかも」

「だって、来て。って言われたから」

「そう。頼みがあって駅に呼んだの
     二人で、どこか遠くへ行かない?」

はあ、とため息を心の中で漏らす
「いいよ」

ーこうして、彼女との不思議な付き合いが始まった。

「とりあえずバス乗ろ」

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昔の記憶を思い出して、ふと思った。

「あの時なんで僕に話しかけてくれたの?」

「私、窮屈だったんだ。皆平気な顔して、自分が『第一軍』になりたいあまりずっと愛想笑いしてるから」

「なんだっけ。ラベリングって言う
       名前の心理学があったような」

「知ってる、ラベリング効果。レッテルを
 貼ることでその通りの行動をとるようになるやつ」

「もしかしたら、今呼んでいる小説も
     自分のラベルを剥がすためなのかもね」

「そうかもしれない。」

彼女が話しかけてくれなかったら、狼の僕はどうなっていたんだろう、と時々思う。

今よりもずっと捻くれていたのかもしれない。

「私、実は街を出るんだ」

「え…」
こんな話、急すぎる。

「ほんとごめん。親、転勤族でさ」

「ずっと遠くへ行くんだね。」
もう二度と逢えないのが悲しくて、「さよなら」の一言は言えなかった。

大丈夫、前の普通の生活に戻るだけだ。そう自分に言い聞かせていたけれど、今日の夜はなかなか眠れなかった。

夏終わりの乾燥した冷たい空気が通りすぎた。


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寒い。
はあ、と息を吐くと白い煙が宙に浮いて空気に溶ける。


僕は街の大学にバスで通っている。
今日もバスに揺られながら学校へ向かう。

窓の外を眺めると飛行機雲を見つけた。

今頃、彼女はどうしているんだろう
君の記憶がよみがってくる。
あの頃は確か、高校生だったな。

もしかしたらあの1年間、ずっと夢を見ていたのかもしれない。

時々、本気でそう思うことがある。