あめ降る日々

 
「そういえば、雨が降った日って一日中現れることができるの? 途中で雨が止んだ日でも普通に会ってたよね?」
 
私はふと疑問に思ったことを尋ねた。他に言いたいことは山ほどあるはずなのに、そんなことしか言えない。
 
「そうみたい。俺にもよく分からないんだけど、次の日になるまでは消えないんだよね」
 
そう優馬くんが答える。いつもと同じ穏やかな声に少し安心した。
 
それから雨を眺めながら、もし優馬くんが普通の高校生だったらどうなっていたか考えてみた。出会うことはあっただろうか。仮に出会って、今の私みたいに恋をしたら、私は告白をしていただろうか。そんなことを考えてもどうにもならないのに、そんなことばかりが頭に浮かんできてしまう。雨脚はピークをこえて、少しずつ弱まってきている気がした。

 
「沙紀ちゃん、前に俺の親が俺に無関心だって話したの覚えてる?」
 
優馬くんは唐突にそんなことを聞いてきた。きっと彼も雨を見ながら何か考えていたのだろう。覚えてると答えると、彼はよかったと微笑む。
 
「自分がもうすぐいなくなるってなって、沙紀ちゃんに言い残すことがあるとしたら何だろうって考えてたんだ。言いたいことはいっぱいいっぱいあるんだけど、全部は伝えられないし。そこで、沙紀ちゃんのお母さんの話を思い出した」
「私のお母さんのこと?」
「うん。俺は自分の親とのこと後悔してるんだ。話せるうちにちゃんと話しておけばよかったってね。死んでから気づいても遅いんだけど。そういう後悔を、沙紀ちゃんにはしてほしくない」
 
優しい口調だが、見つめ合った目が真剣だ。優馬くんにとって、親との不仲はそれだけ悔やむべきことだったに違いない。それが伝わってくるからか、言っていることはすっと私の中に入ってきた。
 
「親子なんだから話せば必ず分かり合える、なんて幻想だと思う。実際、自分の親と話したとして、分かり合えてたかって聞かれると微妙だし。でも話さないまま分かり合えないって決めつけるのは、もったいないと思うんだ。身近な存在だからこそ向き合うのは怖いんだけど、身近な存在だからこそ向き合わなきゃいけない、みたいな。……ごめん、お説教っぽいかな」

最後になって、優馬くんは不安げに聞いてきた。それがおかしくて笑ってしまう。優馬くんの言っていることはその通りだと思う。私はママとの仲が壊れるのが怖くて、ちゃんと向き合ってこなかった。このままでは、これから先悔やむことになるかもしれない。
 
「優馬くんありがとう。私も、お母さんとはちゃんと話さなきゃって思ってた。人に愚痴るだけじゃなくてね」
「うん。どう転ぶか分からないけど、その方がいろいろいいと思う」
「あーあ、私、優馬くんと出会えてよかったなぁ」
 
伸びをしながら急にそんなことを言った私に、優馬くんが笑う。紛うことなき本心だ。だが、しっかりと伝えるのは少し気恥ずかしかった。ここまでが真剣な話だったため、空気を軽くしたかったのもある。

「俺も、沙紀ちゃんと出会えてよかった。この世からいなくなるのはまだちょっと怖いけど、沙紀ちゃんと出会って楽しい時間を過ごせて幸せだったよ」
 
私は冗談めかしたのに、優馬くんは照れつつも真っ直ぐに言い放った。その姿に思いが溢れる。もっと伝えたい、私の思いを。もう会えないのなら、ちゃんと真っ向から伝えなくてはならない。決断してグッとスカートを握る。
   
「私、優馬くんのことが」

思い切って声にした言葉の途中で、急に抱きすくめられた。驚いて口を閉じてしまう。今までで一番距離が近い。優馬くんの体は意外にもしっかりとしていて、まるで普通の人間のようだった。やっぱり幽霊なんかじゃない。ほんの一瞬そう頭をよぎる。でも、体温も鼓動も彼からは感じられなかった。