花負う君にお弁当どうぞ


 *


「価値観の違う相手と分かりあう方法?」

 なにそれ世界平和? とお母さんは笑った。
 揚げ物の油がジュワジュワいっている。

「そういうんじゃなくて、どう絡んでいいか分かんない人がいるって話」
「話しかけるしかないんじゃない?」
「……ちょっと拒否られてて」
「余計に嫌われるわよ?」
「ちーがーうー」

 お弁当のパックによそっていたひじきが溢れてしまった。もったいない。

「よく分からないけれど……言葉をかけていくしかないんじゃない? 本人と向き合わないとなにも分からないでしょう。今のなっちゃんそのものよ」

 それはそう。
 でもあれから屋上には常に鍵がかかっている。
 加原くんがいると確信できる状況でも、だ。
 言葉を尽くすだけじゃ顔も見せてくれないだろう。

「お年玉貯金に手をつけるしか」
「……ねえ! どっかの誰かに貢いでるとかじゃないでしょうね?」
「そんなわけ……」

 ……似たようなものだなと思ったら否定しきれない。
 黙った私にお母さんの方が焦りはじめる。

「お金が絡んだ関係は慎重にならないとダメよ。むしろお金がないと成り立たないような関係なら縁がなかったと思わないと」
「うん。それは分かってるつもり」
「じゃあ……」
「でもね、なんかマルに似てるの」

 おばあちゃんにだけ抱っこされてゴロゴロ喉を鳴らすマルが、たまーにだけどコロンと床に転がってお腹を見せることがある。
 普段ツンツンされている分、ちょっとでも甘えてくれるとかわいくて愛おしくなる。
 まあ……触ると噛まれるんだけど。
 お母さんも似たような対応をされている。だから私の気持ちは痛いほど分かるはずだ。

「そう……。それは……仕方ないわね。深入りだけはしないように気をつけるのよ」
「……がんばる」
「そうね、せめてお金使う前にまた相談してくれる? そしたら根掘り葉掘り聞きはしないから」
「分かった。ありがとう」

 最後は私の意思を尊重してくれるお母さんに感謝だ。

 たとえ大金を失っても、何もかもつまんねーって感じの加原くんに伝えたいことがある。
 別になにを言っても彼の心には届かないかもしれない。
 でも、諦めたくない。

 無視されても関わるんだと、決意した。


 *


 屋上へとつづく扉の前に立つ。
 取手に手をかけるけど、予想通り今日も鍵がかかっている。

 せめて、どうか声の届く範囲に加原くんがいますように。
 心のなかで願いながら話しかけた。

「加原くん聞こえてる? 私に加原くんの時間を買わせてほしい。3万出すから、今度の日曜に会ってほしい」

 もし反応がなかったら大声を出さなきゃいけない。
 ほかの生徒や先生に知られると厄介だなあと迷っていたら、ガチャンと鍵が回って扉が開いた。

「……どういうつもり」
「それは……当日までのお楽しみということで」
「はあ? ノープランかよ」
「……お楽しみって言ったでしょ!」
「今の間はなんも考えてないやつだろ」

 相手にしてもらえないかもと考えてた分、馬鹿にされても無性にうれしい。

 そしてなんだか心が躍る。
 こういうと問題があるかもしれないけれど、光合成をする加原くんはキレイだけど、まるでお人形なのかと思うくらい生気がないように見える瞬間があるから。
 私と他愛ないやりとりをしてくれてホッとする。

「なんだよ」
「いや、放っておけないなと思って」
「……ウザい」
「仕方ないじゃん。知りたくなっちゃんたんだもん。さっそく連絡先教えてよ」
「それは無理だな。集合場所と日時を言え。人の目があるとこにしろよ」
「えー! 信用なさすぎでしょ」
「文句あるならやめる」
「……分かりましたー!」

 そうして日曜の昼どき、弁当屋近くの橋を指定する。
 駅前ではないことを指摘されるかと思ったけど、加原くんはなにも言わなかった。


 *


 加原くんと約束をとりつけた話を結海と奏花にしたら、ふたりとも目を丸くした。

「菜絆ってチャレンジャーだね」
「すごいよ」
「え?」
「去年同じクラスだった話したじゃん? そのとき最初はイケメンイケメンって騒がれてたけど、塩対応が過ぎてそのうち誰も話しかけなくなったんだよね」
「わー想像できるー」
「それからはひたすら観賞用っていうかさ。二人きりで会った人なんて男子でもいないんじゃないかな」

 結海の話をうつむきながら聞いていた奏花は「菜絆は本当にいいの?」とつぶやいた。

「なにが?」
「そんな大金使って……無駄になりそうで怖くない?」
「……でも、私がどんな思いで払ったか考えてくれるかも」
「考えないでしょ。だってそんな金額をスッと指定してくるって……パパ活とかしてるんでしょ? 男子だからママ活? もっと大金をもらってるかも。そしたら菜絆の3万円なんてすぐ忘れられちゃうよ」

 顔をあげた奏花に真正面からじっと見つめられる。垂れ目でふだんは穏やかな瞳には、じんわりと怒りがにじんでいた。

「菜絆とおお母さんが一生懸命おばあちゃんのお店を続けようとしてるの聞いてるから……コツコツ貯めたお金のありがたみが分からなそうな奴にかける金額じゃない気がして……」
「奏花……」
「まあまあ、貯めたお金をなにに使うかは自由でしょ。ハマるようなら私も止めるけど……一度くらいなら、レンタル彼氏体験するのもありかなって思うよ。流石に1時間は短いなーと思うけど」

 奏花をなだめる結海の言葉におどろいて、「レンタル彼氏!?」と教室にいるのを忘れて大声を出してしまった。
 あわてて辺りを見回すけど、昼休みはまだ半分あるからか、教室内にいる人は少ない。
 首の後ろに浮いた汗を拭きながら息をつくと、結海が声をひそめた。

「だって菜絆がしたこと、デートのお誘いじゃん?」
「……その発想はなかった」
「あははは。いいじゃん、せっかくなら楽しんできなよ」
「そういうつもりじゃないのに」

 けれど、言われてみればたしかにそうだ。
 加原くんにも最初は告白に来たストーカーだと勘違いされたんだった。
 顔が良くて花負いの珍しい同級生を連れ歩きたい傲慢な……しかも大人のマネをして金で買うような、ろくでもないやつと思われてるかもしれない。

「急に申し訳なくなってきた」
「なんでよ。誤解を解く機会ができたんだから、それを生かさなきゃ。1時間しかないんだし!」
「成功するよう応援しするね」

 やっぱりお金で買うなんて最低だ。一番ダメな使い方じゃんと思考がマイナスに向かっていたのを、二人の言葉で踏みとどまる。

「うん、頑張るよ!」

 二人に話を聞いてもらえてよかった。
 後悔も迷いもなく、日曜は加原くんに向き合うことができそうだから。