花負う君にお弁当どうぞ

 *


 それから春になり、桜が散るころに光輝くんの花は散った。
 仰向けで寝られるようになったと喜んでいる反面、とんでもない飢餓感と闘っているのを知っている。

「今日のお弁当でーす!」

 スープジャーに入っているのはくたくたに野菜を煮込んだミネストローネ。別容器には卵焼きも入っている。
 それから――。
 
「光輝くん見て。懐かしいなと思ってこれ買ったんだ」
「なにこれ」
「舐めると口の中で弾ける飴」
「へえ」
「食べてみる?」
「うん」

 光輝くんが広げた手のひらに袋をかたむけると、米粒みたいに小さな飴が転がり落ちる。

「グレープ味? ブドウってこんな匂いだっけ」
「本物とは微妙に違うね……でもお菓子とかのブドウ味はこういう匂いかな。本物は秋になったら食べてみようよ」
「ああ。……ふーん。面白いな」

 無造作に飴を口の中に放り込んで数秒、光輝くんの目が大きくなって、口が弧を描いた。
 肩を振るわせながらこっちを見る視線に「やってくれたな」と責めるような意志を感じる。
 もちろん想定内。
 私はニンマリと微笑んで見せる。

 炭酸ガスが含まれているらしいこの飴は、口に入れると風船が割れるみたいにパチパチと弾ける。
 小さいからと何個も同時に食べたら、口のあちこちで爆発が起こってしまうのだ。
 もちろん痛みを感じるほどじゃないない。むしろ弾ける刺激は、ほかでは味わえない面白さがある。

 それこそ、味覚とは違う刺激。
 不快でないといいなとそれだけが心配だったけど――杞憂だったみたいだ。

「なにこれ。わざと多く出したな」
「びっくりした?」
「したよ。でも面白いな。匂いも鼻に抜けてきやすい気がしたし……駄菓子ってこういう味わいなんだな」

 付き合い始めてから、私はいろんな食べ物を光輝くんに試してもらっている。
 食べる苦痛が少しでも軽くなるように。
 だけどこの駄菓子には、もうひとつ私の想いをこめている。

「それね、私が加原くんに抱く気持ち」
「これが?」
「うん。だいぶ刺激的」
「ふーん。そう言われるともう一度食べたくなる」
「どうぞー」

 光輝くんと過ごす日々は甘くて、刺激的で、驚きばかりで、もっと知りたいと思う。

 自分の気持ちを表す言葉を探すのは難しい。どうしたって伝わりきらない気がする。

 でもこれなら、お菓子ひとつで伝わる。
 味覚の感じ方が違っても、伝えることができる。

 感覚が違う。
 姿形も違う。
 抱える問題も、これからの憂いも違う。

 私たちは、何もかもが違う。
 それでも、同じスープを食べてあったまることはできるし、口の中で暴れる飴を笑いながら食べて――時には口移しして分かち合う。


 こんなふうに一つ一つを共有して分け合って、私たちは2人並んで歩けるんだ。

 そんな未来を信じてる。