「あれっ、今日はルカちゃんいないんだね」

 期末試験が終わった翌日の放課後、久しぶりに図書館に顔を出した飛鳥は物珍しそうに辺りを見渡していた。
 飛鳥がそういうくらい、図書館に楢崎さんがいる風景は日常だった。
 
「なんか、色々手続きがあるとか言ってたよ」
「ふーん。にしても、いつもに増して積んでるじゃん。それも小説ばっかり。どしたの?」

 飛鳥はカウンターに積み上げられた小説の塔を不思議そうに見つめている。最近は裏側の書庫の本を目についたものから読んでたのは確かだけど、よく覚えてる。

「たまにはいいかなって。それより、何か嬉しそうだけど、テストの調子良かった?」

 引っ越しのことはまだ誰にも言わないでほしい、と楢崎さんから口止めされていた。小説を積み上げてる理由を説明していくと、そちらにまで話が及びそうなので話題を変えてみると、飛鳥は鞄から分厚い原稿を取り出した。

「ついに最後まで書き上がったの!」

 飛鳥は満面の笑みを浮かべる。でも、期末試験が終わったこのタイミングで書き終わったってことは──たぶん試験期間中も書いてたんだろう。書くか読むかの違いはあるにせよ、楢崎さんと飛鳥はどこか似てるのかもしれない。

「このところずっと書いてばっかりで肩凝っちゃって。だから、今日はインプットのターン」

 飛鳥は本を読むことをインプットという。それが次の作品のための血肉となり、材料になるらしい。
  
「原稿読もうか?」
「んー、最後は自分だけで推敲しようかな。〆切までちょっと時間あるし、少し寝かして見直してみる」
「そっか」

 普通に頷いてみたけど、ちょっと残念だった。楢崎さんの本探しのことはあるけど、この前読んだときは主人公がイギリスを離れるシーンで一読者として続きが気になっていた。

「来月締切の中編のコンテストがあるから、そっち書いたらまた瑛士に読んでほしいな」
「コンテスト?」
「うん。青春がテーマのコンテスト。プロアマ不問のやつだけど、一次選考通ったら選評もらえるし、九月末には結果が出るし」

 そこで一度区切った飛鳥がカウンター越しにぐいっと顔を寄せてくる。その表情にはワクワクが溢れていた。

「何より、大賞作品は書籍化するの!」

 自分の書いたものを本にしたいというのは飛鳥の夢だった。3ヶ月ほどかけて長編を書き上げたばかりだというのに、もう次の話を書こうとしている。
 そう遠くない未来、飛鳥の書いた文章が書店に並ぶ日が来るのかもしれない。幼なじみとして、一ファンとして嬉しいことのような、遠くへ行ってしまって寂しいような。
──遠くへ行ってしまう。
 連想ゲームのように楢崎さんのことを思い浮かべていた。楢崎さんとのお別れまであと三ヶ月。その間に楢崎さんが読みたい本を見つけられる可能性がどれだけあるだろう。

「あのさ、飛鳥」

 気がついたら立ち上がっていた。カウンター越しに身を乗り出していた飛鳥が驚いたように身をのけぞらせる。
 残り三ヶ月をどう使うか。この思いつきの衝動に身を任せていいのか。一瞬浮かんだ疑問は不思議とすぐに消えていた。

「小説の書き方を、教えてほしいんだ」