「あのさ、これってどういう状況?」

 飛鳥から原稿を受け取ってから三日後の図書館。
 原稿の気になった点や感想をまとめた紙を渡すと、飛鳥は怪訝な顔を図書館のテーブルに向けた。そこには目をキラキラとさせ、ピシッとした姿勢で飛鳥を見る楢崎さんの姿。飛鳥は戸惑うように僕と楢崎さんを交互に見る。

「飛鳥と話したいんだって」
「えっと、誰、だっけ?」
「楢崎瑠華さん。四月にうちのクラスに転校してきた」

 僕の説明に飛鳥は戸惑いながらも頷いて楢崎さんの元に向かう。

「津島飛鳥、だけど」

 ガタリと立ち上がった楢崎さんにもし尻尾が生えていたら、左右に大きくブンブン振られてるのが見えたと思う。

「わーっ、これが生の飛鳥先生……!」
「せ、先生!?」

 飛鳥がしゅばっと僕の方に顔を向けてきて、その様子に思わず吹き出してしまう。勝気なタイプの飛鳥が振り回されるのは珍しい。じとっとした視線が飛んできたので、流石にフォローの為に二人が向かい合うテーブルに向かう。

「投稿サイトで入賞した短編をいくつか紹介したんだけど、楢崎さんにビビッと来たみたいで」
「飛鳥先生の作品、どれも胸にグサグサ刺さって来て! 特に甘酸っぱい話とか凄いお気に入りで! これ、あたしと同じ高校生が書いたんだって思ったら、どうしても話したくって!」
「あ、ありがと……でも、先生ってのは無し! 同級生なんだし!」

 楢崎さんの勢いに押されながらも、飛鳥はまんざらでもなさそうだった。投稿サイトに載せている飛鳥の作品にはファンも少なくないけど、こうして面と向かって会うのは初めてのはずだ。飛鳥と僕の関係も作者とファンというのとはちょっと違う気がするし。
 とにもかくにも楢崎さんは一瞬で飛鳥の作品に心を鷲掴みにされたらしい。作品を紹介した次の日には短編を粗方読んでいた。
 
「じゃあ、失礼して……。アスカはいつから小説を書き始めたの?」
「えっと、三年前くらいかな。中学生の時ね」
「やっぱり、作家になってやるぞー的な感じ?」
「えーっと……。別に最初からそういうことを考えてたわけじゃなくて……」

 飛鳥は楢崎さんではなく僕の方を横目でチラチラと伺う。そんな飛鳥と僕を交互に見た楢崎さんは何やら納得したみたいに手を打った。

「なんか、エモい気配がする」
「いやいやいや! 全然何もないから!」

 バタバタと両手を振る飛鳥を楢崎さんはキラキラとした目で見つめている。
 まあ、楢崎さんは僕がずっと本を読むようになった経緯を知っているから、飛鳥が小説を書き始めた時期にピンときたのかもれない。

「飛鳥はさ、僕が中学校の図書館の本を読み尽くしちゃうんじゃないかって心配して、僕が学校に行く理由がなくならないようにって小説を書き始めてくれたんだ」
「え、瑛士?」

 バッとこっちを振り向いた飛鳥に一つ頷いて返す。飛鳥は気を遣って言い難かったみたいだけど、楢崎さんは事情を知ってるし、変に誤魔化して飛鳥があらぬ誤解を受けてもよくない。

「それで読んでみたら、僕だけが読むのがもったいないくらいのクオリティで。試しに投稿サイトにアップしてみたら大人気。飛鳥の才能に気づくきっかけになれたのは、僕のちょっとした自慢かも」

 膝の上で手をぎゅっと握りしめ、耳の先を仄かに赤らめている飛鳥が、本当に僕が図書館の本を読み尽くすか心配したかはわからない。毎日通い詰めたって難しいことはたぶんわかってたはずだ。
 今も飛鳥は原稿を紙で印刷して持ってくる。そしてそれは、僕が学校に来る理由の一つになっている。飛鳥が何も言わない以上、僕もそれを指摘しないけど、幼なじみに恵まれたと思う。

「べ、別に……! わからないこととか気になるネタがあった時、すぐに瑛士が教えてくれるから書けてるだけで」
「本だけは色々読んできたからね。それに、教えたことが小説になって返ってくるっていうのも面白い経験だし」

 僕の世界を認め、僕に理由をくれた飛鳥にできる僕の数少ない恩返し。
 まあ、飛鳥がそれを言わない以上、僕も伝えるつもりはないんだけど。
 
「やば。尊っ」

 僕らのやりとりを見守っていた楢崎さんがぽつりと零す。なんか、心なしかその瞳がうっとりしてる気がする。

「ちょ、ちょっと待って! 絶対なんか勘違いしてるって!」

 耳元まで赤くした飛鳥がバタバタと腕を振るけど、楢崎さんは両手をそれぞれぎゅっと握りしめてふんふんと鼻息を荒らげている。
 
「大丈夫! あたしが勝手にアス✕エイを推すだけだから!」
「ほら、やっぱり勘違いしてる! 瑛士も何か言ってよ!」

 そんな二人のやりとりに思わず吹き出してしまう。僕にとって飛鳥は大切な幼なじみで、作家と読者という関係で。
 焦ったように否定しなくても、一緒にいれば楢崎さんも自然にわかるだろう。それよりも、焦った様子の飛鳥が珍しくて、笑いを止めることができなかった。
 二人の視線が集まっても、不思議と気分が悪くなることもなく、僕はお腹が引きつるまで笑い続けた。
 まあ、落ち着いた後に飛鳥からこってり怒られたけど。