「イキッチ。なんかすごい難しい顔になってるよー」
夏休みの図書館、いつものテーブルで本を読んでいたはずの楢崎さんがいつの間にかカウンターに肘をついて僕を覗き込んでいた。顔を上げた僕の額に冷たい感触。楢崎さんの指が小突くように当てられている。
「ほら、眉間。すごいシワ寄ってる」
間近な距離で首を傾げる楢崎さんに顔が熱くなる。背中をのけぞらせてちょっと距離をとり、顔を隠すようにグリグリと揉んだ。それでほぐれたかはわからないけど、確かにいつの間にか肩に力が入っていた。その理由はとにもかくにも。
「ネタが、なくて」
夏休みにわざわざ図書館に来る人はいなくて、当番という名目の僕と楢崎さんの二人きりの室内を割と自由に使っている。自由にと言っても、僕はカウンターの定位置で親から借りたノートパソコンを持ち込んで小説を書いて、楢崎さんはカウンターに一番近いテーブルで本を読んだり僕と雑談をしたりってくらいだけど。
「どんなネタ?」
「ちょうど夏休みのシーンなんだけど、普通の高校生ってどうやってすごしてるのかなって」
「イキッチの実体験とか書けばいいんじゃない?」
「基本的に、本読んで過ごしてたから……」
「あー、なるほど」
「楢崎さんは夏休み、どんなことしてたの?」
「んーと。引っ越しの準備とかしてるときが多かったかなー」
「あー……」
元々、僕らができなかった生活を書こうとしてるんだから当然かもしれないけど、各ネタは僕らの実体験の外の話になる。欠けている部分はこれまで読んできた本の知識と想像で埋めていくのだけど、どうにも手触りが無いし、そもそも何を書けば普通なのかもわからない。
このペースで八月中に書ききることができるのか。何としても書くと決めたけど、八月の中旬に近づいてからペースが落ちていた。
「あ、そうだ!」
声を弾ませた楢崎さんがポンと手を打つ。テーブルのところにトトトッと駆けていくと、スマホを手に戻ってきた。
「イキッチ、これ行こうよ! 青春の定番イベント、夏祭り!」
僕に向けられたスマホに映っていたのは地元の夏祭りのイベント情報だった。夏祭りと言っても縁日に近い。花火とか盆踊りってイベントはなくて、地元ではちょっと有名な神社の門前の通りにずらりと屋台が並ぶ。中学生になってからは一度も行ってなかったから意識してなかったけど、ちょうど今日、明日に開催されるらしい。
「結構人多いんだよなあ……」
「大丈夫、あたしがついてるし! それに、行き詰ったらちゃんと息抜きすべきだってアスカも言ってたよ!」
急に出てきた飛鳥の名前にドキリとした。夏休みにも文芸部の活動に来ている飛鳥と顔を合わせることがあるけど、一応はこれまで通り接している。それは楢崎さんに対しても同じようで、飛鳥の器量をひしひしと感じる。
「まあ、少し顔を出すくらいなら」
「やった! じゃあ、六時に神社のバス停で!」
楢崎さんはスマホをぎゅっと握りしめると、ハミングしながらテーブルへと戻っていく。この街に引っ越して来て半年もたたない楢崎さんがさらりと待ち合わせ場所を提案したことに、ちょっと浮かれた想像をしてしまい、小さく首を振ってそんな想像を追い払う。
改めてノートパソコンに向き合うけど、小説以外のことが頭によぎりすぎて集中できず、新しいシーンを書くのは諦めて書き終えて部分をチェックしながら夕方までの時間を過ごした。
夏休みの図書館、いつものテーブルで本を読んでいたはずの楢崎さんがいつの間にかカウンターに肘をついて僕を覗き込んでいた。顔を上げた僕の額に冷たい感触。楢崎さんの指が小突くように当てられている。
「ほら、眉間。すごいシワ寄ってる」
間近な距離で首を傾げる楢崎さんに顔が熱くなる。背中をのけぞらせてちょっと距離をとり、顔を隠すようにグリグリと揉んだ。それでほぐれたかはわからないけど、確かにいつの間にか肩に力が入っていた。その理由はとにもかくにも。
「ネタが、なくて」
夏休みにわざわざ図書館に来る人はいなくて、当番という名目の僕と楢崎さんの二人きりの室内を割と自由に使っている。自由にと言っても、僕はカウンターの定位置で親から借りたノートパソコンを持ち込んで小説を書いて、楢崎さんはカウンターに一番近いテーブルで本を読んだり僕と雑談をしたりってくらいだけど。
「どんなネタ?」
「ちょうど夏休みのシーンなんだけど、普通の高校生ってどうやってすごしてるのかなって」
「イキッチの実体験とか書けばいいんじゃない?」
「基本的に、本読んで過ごしてたから……」
「あー、なるほど」
「楢崎さんは夏休み、どんなことしてたの?」
「んーと。引っ越しの準備とかしてるときが多かったかなー」
「あー……」
元々、僕らができなかった生活を書こうとしてるんだから当然かもしれないけど、各ネタは僕らの実体験の外の話になる。欠けている部分はこれまで読んできた本の知識と想像で埋めていくのだけど、どうにも手触りが無いし、そもそも何を書けば普通なのかもわからない。
このペースで八月中に書ききることができるのか。何としても書くと決めたけど、八月の中旬に近づいてからペースが落ちていた。
「あ、そうだ!」
声を弾ませた楢崎さんがポンと手を打つ。テーブルのところにトトトッと駆けていくと、スマホを手に戻ってきた。
「イキッチ、これ行こうよ! 青春の定番イベント、夏祭り!」
僕に向けられたスマホに映っていたのは地元の夏祭りのイベント情報だった。夏祭りと言っても縁日に近い。花火とか盆踊りってイベントはなくて、地元ではちょっと有名な神社の門前の通りにずらりと屋台が並ぶ。中学生になってからは一度も行ってなかったから意識してなかったけど、ちょうど今日、明日に開催されるらしい。
「結構人多いんだよなあ……」
「大丈夫、あたしがついてるし! それに、行き詰ったらちゃんと息抜きすべきだってアスカも言ってたよ!」
急に出てきた飛鳥の名前にドキリとした。夏休みにも文芸部の活動に来ている飛鳥と顔を合わせることがあるけど、一応はこれまで通り接している。それは楢崎さんに対しても同じようで、飛鳥の器量をひしひしと感じる。
「まあ、少し顔を出すくらいなら」
「やった! じゃあ、六時に神社のバス停で!」
楢崎さんはスマホをぎゅっと握りしめると、ハミングしながらテーブルへと戻っていく。この街に引っ越して来て半年もたたない楢崎さんがさらりと待ち合わせ場所を提案したことに、ちょっと浮かれた想像をしてしまい、小さく首を振ってそんな想像を追い払う。
改めてノートパソコンに向き合うけど、小説以外のことが頭によぎりすぎて集中できず、新しいシーンを書くのは諦めて書き終えて部分をチェックしながら夕方までの時間を過ごした。



