夜風の中で、君に伝えたいこと。

 小鳥の泣き声を聞きながら、私は道の途中で伸びをした。今日はもう、終業式。いろいろあった一年が、もう終わってしまう。
 あの日。天黎は涼風くんの話を聞いて、何も言わなかった。でも、家に帰ってから、連絡がきた。
『また、考えてみるよ』
 と。天黎は天黎なりに気持ちに折り合いをつけたようだ。私が咲妃莉と一緒に居ても、文句は言わない。無理に咲妃莉とふれあわないように、私を間に挟むようにして三人で歩くことも多い。だけど、ぽつぽつと、咲妃莉と話してくれているらしかった。

『今日も公園に来てよ』

 あの日、私の気持ちにも折り合いがついた。咲妃莉とちゃんと話せて、天黎と咲妃莉の問題も解決して、涼風くんともちゃんと話せて、一条くんも楽しそうで。すべてが丸く、とまでは言えないけれど、少なくとも以前よりは、悩みも少なくなった。
 まだ悩むことも少なくない。けど、それは私が人生を過ごすうえで必要なことだ。そう、自分の中で折り合いもつけている。
 だから、だろうか。涼風くんへの恋心が、私の心の多くを占めているのは。毎日のように涼風くんにメッセージを送り、公園で他愛のない話をして、幸せな気持ちを味わう。涼風くんとの約束を逆手に取っているようで、少し心苦しかったが、いつか聞いてみた時、僕も話せてうれしいよ。そう言ってくれたので、私は素直に甘えていた。
 そして、今日。私は、いつもよりいっそう大きな気持ちを持って、涼風くんにメッセージを送った。カバンの中に、あるものを入れて。私は、公園へ向かう。

 ベンチに座って、のんびり花を見ながら、春になって少しだけ明るくなった夜の中、ぶらぶらと足を揺らす。
「お待たせ」
 涼風くんの声が、後ろから響いた。私は首だけで振り返る。涼風くんが私を見つめて、眩しそうに目を細めていた。私はくすっと笑って、ベンチの端っこによる。そして、隣をたたいた。
「どうぞ、座って」
「うん、ありがとう」
 涼風くんは隣に座る。それだけで、私は嬉しくなる。涼風くんは何も言わずに、先ほどの私と同じように、花を見つめていた。私はねぇ、と涼風くんに声をかけた。
「ん?」
 涼風くんが少し眠そうな声でそう問い返してくる。私はにっこりと笑って、カバンの中からあるものを取り出す。
「はい、これ」
 私の手の中にあるのは、空色の袋でラッピングされた、プレゼントだった。涼風くんが、目を見開く。私は精一杯の愛しさを込めて、
「お誕生日おめでとう、涼風くん」
 そう。今日は、涼風くんの誕生日だ。涼風くんは目を瞬かせて、私を見る。その眉が、下がっていく。
「いいの?」
 いつぞやと同じように、不安げに瞳を揺らしながら。私はそんな涼風くんの様子に、思わず笑ってしまう。
「いいのいいの。だって私が用意したんだから、受け取ってもらわないと困るよ~」
「うん、そうだよね……光海以外からもらったの、初めてだから」
「そっかぁ」
 私は目を細めた。涼風くんもうれしそうに笑って、開けてもいい? と尋ねてくる。私が頷くと、きらきらと目を輝かせてプレゼントの袋を開いていく。私はその様子を見つめていた。ずっと、迷子のように見えていた、涼風くん。私は、彼が迷子の役を脱ぎ捨てるのを、手伝うことができただろうか。
 私は、涼風くんの役に立てただろうか。ずっと引っ張りまわしていたように思う。迷惑をたくさんかけて、衝突もたくさんして、すごく泣きあった。苦しみを分け合えることがこんなに安心できることだなんて知らなくて、誰かの役に立てることの喜びを改めて感じられて。私はこの一年、すごく救われた。
「わあ……」
 だから、その感謝も込めて。私は、涼風くんに置物をプレゼントした。また、ガラス製のものだ。下のほうは海色に透け、上は空色に透ける。そして、その中を舞っているのは、桜の花びらだ。
「涼風くんイメージの置物。実は、知り合いにガラス職人がいて、作ってもらったの」
 父方の親族に、職人がいたのだ。クリスマスプレゼントも、作ってもらった。それでね、と私がもう一つ取り出す。それは、私用に作ってもらったもの。お揃いにしたくて、作ってもらったのだ。
「私イメージの置物」
 夜色に染められたガラスに、銀色のラメがちりばめられている。そして、その中に無造作に入れられた、オレンジの鞠。
 涼風くんは、それら二つを見て、私を見た。そして、嬉しそうに笑う。
「お揃いも、初めてだよ……うれしい。ありがとう、夜見さん」
 本当に、喜んでくれてよかった。涼風くんの笑顔を見るたびに、愛おしさが募る。その愛おしさにつられるように、立ち上がる。
「あのね」
 ふと、少し強めの風が吹いた。思わず、髪を押さえるように、口を覆う。すると、涼風くんが立ち上がった。そして、風から私を守るような位置に動いて、こちらを見下ろしてくる。その瞳は、すごく不安そうで。
「大丈夫?」
 そう問われた。風のことを心配してくれるのだ、とわかった。私は微笑んだ。
「大丈夫」
 だって。
「涼風くんがいるから」
「……そっか」
 涼風くんの嬉しそうな微笑みは、今年の夏までに教室で見せていた、作り物じみた笑みではなかった。本心から自然と浮かんだ、そんな笑顔だった。
「ねえ」
 今なら、伝えられる。涼風くんの後ろから吹く風は、涼風くんに裂かれても、私のほうへと吹いてくる。ああ、いつも。大事なことを伝えたいときはいつも、風が吹いてくれていた。

———最初は、嫌いだったけど。

 もう、今は怖くない。だって、隣に彼がいてくれるから。

「ねえ」

 意を決して、呼びかける。涼風くんは、視線で促す。夜風とともに、私は口を開いた。

「私、涼風くんの事———」

 世界が、スローモーションになる。意識が、加速して。涼風くんの瞳が、ゆっくりと瞬かれて。

 風がひときわ強く吹き付ける。私の唇が、言葉を紡いだ。

 夜風の中、君に伝えたいことを。

 涼風くんは、瞬きすらも止めて、ただ私を見つめる。私は少し顔を赤くしながら、彼を見つめ返した。

 どれくらい、経っただろう。涼風くんの表情は、段々とこわばりから解放されて……やがてその顔に、微かな笑みが浮かぶ。その笑みは、疲れているというより、不愛想というより———

「夜見さん」

 彼の声が、私を呼ぶ。ん? と私は問い返す。私の顔にも、いつの間にか、微笑みが浮かんでいる。涼風くんの唇が、動いて。私は、その言葉を聞いて、涙をこぼしてしまって。泣きじゃくる私の瞳からこぼれた雫を、涼風くんの大きい手が、そっとぬぐい取ってくれる。私はその手をぎゅっとつかむ。涼風くんは仕方のなさそうな笑みを浮かべて、私を抱きしめる。

 夜風が穏やかに流れ、月の光がやわらかく地面に落ちる。その中で私たちはただ佇んでいた。静けさの中、言葉も気配も、ゆっくりと夜の空気に溶け込んでいくようだった。