夜風の中で、君に伝えたいこと。

 約束の日は、風がとても強い日だった。私はとても緊張していた。制服を着こんで、マフラーを口元を覆うように巻く。どくん、どくん、と心臓が鳴る。私は階段を下りて、玄関に出る。
「灯鞠? 今日、出かけるの?」
 お母さんが、後ろから声をかけてきた。私は頷く。
「うん」
「風、強いわよ? 春一番だって」
 お母さんは心配そうに私に尋ねる。私は靴を履きながら、わかってる、と呟いた。お母さんは知っている。私の風への恐怖が、ほかの恐怖とは異なっていることを。でも、私は行かなきゃいけない。学校に行くのだ、いつもと変わらない。
 そう自分に言い聞かせながら、私は玄関の扉を開けた。びゅうっ、と風が吹き入ってきて、恐怖心がぐわっと大きく口を開けて私を飲み込もうとする。必死でそれに抗いながら、私はお母さんに言った。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 お母さんはまだ心配そうに、私を送り出してくれる。私は強い風が吹き荒れる中、玄関でたたずんでいた。こんな日にしなくてもいいのではないか。涼風くんと咲妃莉には悪いけど、延期してもらって……もしくは、お母さんに送ってもらって……何度も考えた考えが頭をよぎる。でも、と私は頭を振った。
 これは、私の問題だから。私が、立ち向かうしかないんだ。
 ついでに、風の恐怖も乗り越えよう。そう思って、私は一歩、足を踏み出した。


「はぁっ。はあっ、はぁっ……」
 私は荒い息をつきながら、風を押しのけるようにして歩みを進める。何度も風が直接顔に当たり、苦しい。息がしづらくて、逃げたい。でも、もう家から五分ほど歩いてしまった。家に戻るのもかなり大変で、引き返すわけにはいかなくて。
咲妃莉も、涼風くんも、きっともう学校にいる。私の隣を、サラリーマンが歩いていく。子供のはしゃぐ声が聞こえて。なんでみんな、こんな風の中を歩けるの? なんでみんな、こんな風の中で息が……
 ひゅうううううううっ。ひゅおおおおおおおっ。
「……っ!」
 私は口元を覆って、しゃがみ込む。無理だ。やっぱりこれ以上、歩けない。
 ひゅううううううううう、と風がわめく。高い音を奏で、低い音を奏で、高低差のある音楽を演奏して見せる。そんなこと、しなくていいのに。無意識に耳が、音楽をとらえる。強風にあおられるようにして、上半身が揺れる。私は周りに何か、建物がないか探した。そして、前方に、昔遊んでいた公園を見つけた。
 あそこになら、確か、ドーム状の遊具が置かれていたはず。そこなら、この風をしのげるかもしれない。私はそう考えて、何とか立ち上がる。

 いつの間にか、涼風くんとした約束は忘れていて。

 ただ、この強風を乗り切ることしか、考えてなかった。