夜風の中で、君に伝えたいこと。

 涼風くんと和解して、すっきりした日から、数日後の休日の日。午前中に勉強を済ませた私は、好きなシリーズの本を読んでいた。最新刊なので、私はこの後どう物語が展開していくのかわからない。ワクワクしながら読み進めていると、スマホが通知を知らせた。
『休日なのにごめん。今日、ちょっと会える?』
 涼風くんからのメッセージだった。私は少し考えた後、メッセージを送る。
『何時ごろ?』
 送信し終わると、私は自室から出て階段を降り、リビングに向かう。お母さんを探すと、キッチンに立っていた。再びスマホが通知を鳴らしたので、リビングのソファーに腰かけて、RUINを開く。
『できればすぐがいいかな。五時までには終わらせたくて』
 時計を見ると、今は午後二時半。私はお母さんのほうを向いて、尋ねた。
「お母さん、今日この後用事ができそうなんだけど、行ってきてもいい?」
「良いよ。灯鞠はこの後何もないでしょう?」
「うん。五時くらいには帰るよ」
「わかった、気を付けてね」
 お母さんからの許可を得て、涼風くんにも行けるというメッセージを送る。そのあと自室に行って、クローゼットを開く。
……今日は、少しラフな服装でいいかな。
 遊園地とか特別な場所に行くわけではないし、と思って、私はジーパンと、白いシャツ、青いセーターを着て、ダウンを羽織って公園に向かった。


 公園についてあたりを見渡していると、三人くらいの人影を見つけた。その中に涼風くんがいるのを見て、私はそちらに歩いていく。見たところ三人はかなり親密そうな感じで話しているけれど、どういう関係なんだろう。
 近づいていくにつれて、涼風くん以外の二人がどんな人かが見えてくる。
 一人は、涼風くんと同じくらいの背丈で、男の人。少しやつれたような、そんな表情をしている。丸眼鏡をかけていて、髪はロン毛とまでは行かないけど、一つ結びにくくってるくらいには長い。ダボっとしたズボンと少しよれたコートとマフラー、履き古している靴。結構身だしなみには気を使わないタイプなのかもしれない。
 もう一人は、私より小さな女の子だ。にこにこしながら涼風くんと話している。ゆらゆらと揺れているポニーテールからは活発な印象を受ける。服はキュート系で、シンプルな黒地のシャツに、かわいいリボンがあしらわれている白パーカーを合わせ、ミニスカートにニーハイソックスを履いて、実用性よりお洒落を重視しているように見えた。
「あ、夜見さん!」
 涼風くんが私に気づいて、声を上げた。すると、ほかの二人もこちらに視線を向ける。ふと、どこか涼風くんに似た顔つきだな、と思う。
「こんにちは、涼風くん。えっと……」
 私はほかの二人にも挨拶すべきか迷ったが、名前を知らないので呼びかけることができなかった。すると、女の子が私のほうに駆け寄ってきて、私を見上げた。
「えっと。よるみひまり、さんですか?」
「あ、はい。私が夜見灯鞠です」
「わぁ、はじめまして!」
 女の子は私の名前を聞くと、ぱあっと目を輝かせて、私の手を握った。そして、ニコッと笑う。
「透海兄さんから話はよく聞いてます! 私、涼風直莉(すずかぜすぐり)って言います」
 直莉。その名前を聞いて、ピンときた。そうか、この二人は涼風くんの妹さんとお兄さんだ。私は確認の意味も込めて、尋ねる。
「……涼風くんが言ってた、妹さん……?」
「えっ、うそ、やだなぁ、透海兄さん、話してたんなら言ってよ~」
 私の問いに急に恥ずかしそうにしながら、私の手を放し、妹さんは涼風くんを振り返る。涼風くんは仕方なさそうに笑いながら、こちらに歩いてきて、妹さんの額を小突いた。妹さんは、うへっ、と変な声を上げて、額を抑えた。
「俺は一応報告はしてた」
「え、うそ、覚えてない」
 涼風くんは、いつも見せる表情とはまた違った表情をしていた。穏やかで、優し気で。きっと二人は大切な人なんだろうなって、思う。私がぼーっと二人の様子を見てると、妹さんがこちらを振り向く。
「私のことは、直莉って呼んでください! 灯鞠さんって、呼んでいいですか?」
「あ、うん。大丈夫。よろしくね、直莉ちゃん」
 私が一応手を差し出すと、直莉ちゃんはくるりと体ごと回転して、その手を握った。その姿は、とてもうれしそうだ。
「えへへ、お姉ちゃんができた気分! 兄さんたちとはまた違って、なんか……おばあちゃんみたいな感じがする!」
「お、おばあちゃん……?」
 それは、私が年寄りじみている、ということだろうか。直莉ちゃんの言葉にひそかにショックを受けていると、ははは……と苦笑いする声が聞こえた。そちらに視線を向けると、お兄さんがいた。
「直莉は、おばあちゃんみたいな温かさを持ってるって、言いたかったんだよね?」
 お兄さんは確認するように直莉ちゃんに確認する。直莉ちゃんはこくこく頷いた。よかった、と胸をなでおろしていると、お兄さんと目が合った。にこりと微笑みかけてくれる。
「挨拶が遅れてごめんね。僕は涼風月透(すずかぜつきと)。透海の兄だ」
「あ、えっと……夜見です。よろしくお願いします」
 私が少し緊張しながら挨拶すると、お兄さんはゆるく首を振る。
「もっとリラックスしていいよ。気軽に接してくれ。月透でいいからね」
 涼風くんのお兄さん……月透さんは、思った以上に気さくな方だった。というより、私がかしこまってしまうと、少し居心地が悪そうだ。私ははい、と頷いて笑顔を見せた。すると、ほっとしたような表情になる。
 一通り挨拶が終わったところで、改めて疑問がわいてくる。なぜ、涼風くんは急に二人を連れてきたのだろう? なぜ今日でなければならなかったんだろう? 私が不思議そうにしているのに気が付いたのか、涼風くんがごめんね、と謝ってきた。
「本当なら、事前に話を通すなりなんなりしておきたかったんだけど……ちょうど母さんと父さんがいなくなるのが、今日だったんだ。兄貴と直莉がどうしても夜見さんに会いたいっていうから……ごめんね、夜見さん」
 再び謝ってきた涼風くんに、私は首を振った。そして、まだ私の手を握ったままでいてくれる直莉ちゃんと、優しい表情で私を見てくれている月透さんを見て、涼風くんを見た。
「私は……会えてよかった、と思う」
「ほんと!? 灯鞠さんにそう言ってもらえるなんて、うれしいなぁ」
 私の答えに直莉ちゃんが本当にうれしそうに笑いながら喜んでくれる。月透さんも頷いていた。そして不意に、月透さんがまじめな顔つきになって、私を見た。そして、深く頭を下げてくる。突然のことに面食らって、私は何も言えなかったし、反応ができなかった。
「数日前……透海を助けてくれて、ありがとう」
 あっ、と直莉ちゃんも声を上げて、私の手を放してぴょこん、と頭を下げた。
「兄さんを助けてくれて、ありがとうございます!」
「え、ちょ、あ、えっと……か、顔を上げてください」
 私は思いっきり舌を噛みながら、二人を止めた。二人は顔を上げて、じっと私を見てくる。私はいたたまれなくなって、うつむいた。
「その……私は、ただ、怒鳴り散らかしただけというか……」
 実は、今あの日のことを思い出すと、かなり恥ずかしいのだ。あの日はそう思わなかったけれど、普通に考えて、あの会話はとても恥ずかしい。ただ感情に任せて怒鳴り散らして、涼風くんの心を多少なりとも傷つけ、勝手にぼろ泣きして、挙句の果てには涼風くんと添い寝のようなことまでしたのだ。こうしてしたことを頭の中で列挙するだけで、頭が蒸発しそうなほど熱くなる。
「それでも……まるで別人のようだった透海を、元に戻してくれたのは、灯鞠さんだ」
 月透さんの優しい声が耳に転がり込んでくる。
「それに……今までも。話を聞いてくれていたそうだね。その……僕は、透海に迷惑をかけることしか、できなかった。話を聞いてあげることすら、できなかったから……本当に、感謝してる」
 私は顔を上げた。すると、いつの間にかすぐ近くまで月透さんが来ていた。真剣なまなざしで、私を見つめていて。私は、ただその視線を受け止めることしかできない。
「私もっ」
 直莉ちゃんが月透さんの後ろからひょこっと顔を出した。どことなく小動物に似た動きをする直莉ちゃんは、かわいらしい笑顔で笑う。
「私、馬鹿なので。透海兄さんにはいつも甘えてばっかで、教えてもらってばっかで……月透兄さんから灯鞠さんの話聞くまで、透海兄さんが苦しんでることすら気づかなくて……だから、透海兄さんの支えになってくれた灯鞠さんが、大好きなんです! あ、違った。感謝してます!」
 二人とも、涼風くんに対する態度に自覚があって。それもちゃんと悩んだうえで、どうしても涼風くんに頼るしかできなかった。だから、そんな涼風くんを微力ながら支えたと思われる私に感謝してる……ということだろうか。私は、少し考えた後、二人と同じく深く頭を下げる。
「ありがとうございます……その、私も、涼風くんと一緒にいて、楽しかったので……褒めてくれて……うれしい、です」
 私が少し顔を赤らめながら感想を言うと、直莉ちゃんがぎゅっと抱き着いてきた。わっ、と思わず声が漏れる。直莉ちゃんは私を強く抱きしめながら、
「灯鞠さんってすっごく最高! やっぱり大好き! 超かわいくて優しい人だもん!」
 はしゃぐ直莉ちゃんの様子を見ていると、私は自然と笑顔になった。そっと、直莉ちゃんの頭を撫でてみる。すると、直莉ちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。妹がいるってこういう感じなのかな、とぼんやり思う。
 しばらく直莉ちゃんの頭を撫でていると、今まで黙っていた涼風くんが、こちらにやってくる。そして、微笑んだ。
「今日は、会ってくれてありがとう。それと……僕からも、改めてお礼を言わせてほしい。今まで、ありがとう。そして、これからもよろしく」
 私はそんな涼風くんを見ながら、微笑んだ。
「うん。よろしくね」
「わあ、透海兄さんと灯鞠さんってそんな仲良かったんだ。付き合ってるの?」
 いい雰囲気だったのに、直莉ちゃんの一言で、その場の空気が凍り付いた。月透さんは額を抑えていて、涼風くんは固まっていて、私は心の中がぐちゃぐちゃだ。
「つ、付き合ってはない!」
 涼風くんが硬直から解けて叫ぶように言った。私も反射的にこくこくと頷く。
「た、ただ話してるだけの間柄だから!」
 すると今度は、月透さんはため息をついてしまう。
「二人とも、素直じゃないなぁ」
 その呟きを聞き取れたのは、私たちの様子を見ながら首をかしげていた、直莉ちゃんだけだった。