「……」
「……」
涼風くんを、昨日一条くんを連れて行ったベンチに座らせた後。私たちは会話もせず、花も見ず、ただ押し黙って、少し間を開けて座っていた。涼風くんはここに来る間も本当にだんまりで。裏庭で話してたあの日々が、夢だったんじゃないかと本気で思えてしまうほどに、不愛想だった。
私は話しかける機会をうかがいながら何度か口を開こうとしたのだが、なかなか声が出てくれない、というのを繰り返していた。ふと、スマホのバイブが鳴った。ポケットから取り出して、ちら、とホーム画面を見る。そこには、柚月先輩からのメッセージが。
『頑張って、灯鞠ちゃん! 灯鞠ちゃんならできるよ!』
再び、通知が届く。
『当たって砕けろよ。by夕陽』
二人の先輩が、私を応援してくれている。そして、脳裏によみがえる、天黎と音恋ちゃんの声。
『灯鞠ならできる。涼風の殻を打ち破っちゃえ』
『友達も心配してました……だから、頑張ってください、灯鞠先輩!』
一条くんの涙も、思い出される。私はありがとうみんな、と心の中でつぶやいた。よしっ、と自分に気合を入れて、立ち上がる。そして、涼風くんの前にしゃがみ込んだ。涼風くんはぼんやりと私を見下ろし、首をかしげた。
「なに?」
涼風くんの顔は、世間一般から見てもだいぶきれいな部類に入る。だからこそ、感情がないその顔でこちらを見つめられると、底知れない恐れがいやおうなしに湧き上がってくる。ぐっ、と息をつめてその恐れを押し込めて、私は涼風くんを見上げる。少しだけ、睨むように。
「一つ、聞いてもいい?」
ただ、問いかける。涼風くんは少し眉をひそめて、私を見下ろす。
「なに?」
再び、先ほどの返事。少しだけ苛立ちが混じっているような感じがする。私は静かに息を吐いて、涼風くんじゃなくて、涼風くんの瞳の奥を見つめる。あの日から、何の光も宿さない……ただ無機質な瞳の、その奥。感情が閉じ込められていると思しき場所を。
「涼風くんは……裏庭がなくなって、どう思った?」
ぴくり、と彼の指先が動いた。表情は変わらない。けど、彼の心に言葉は届いたのだと信じ、私はさらに言葉を重ねた。私が考えていたこと。不安だったこと、心配だったこと、全部。
「あの日……涼風くんは、終わりにしようって言った。でも、本当はそれは嫌だったりしなかったの? もっと別の場所で、話そうとは思わなかった? 私は話したかった。もっとあの四人で、一緒に。涼風くんが続けたいって言ってくれたら、私もほかの方法を探した。だけど、終わりにしようって言われたら……私は、動けないんだよ」
じわっ、と涙が目じりににじむ。苦しかった。ずっと離れてなきゃいけないのは、本当に嫌で。あのよそよそしさが気になって仕方がなくて、もっとずっと一緒にいたくて。話したくて。学校でもいい、学校じゃなくてもいい、もっと、あの四人の、心地いい時間を取り戻したくて。なのに……
「涼風くんは、少しでもそう考えてくれなかったの!?」
ぎり、と涼風くんが奥歯を噛み締めた。苛立ちがはっきりとその表情に現れる。私の中に、むくむくと不安と苛立ちが育っていく。頭の奥が、じいん、と痺れる。ボロボロと涙がこぼれだす。わかってる、これはエゴだ。ただの押し付けだ。涼風くんはこんなこと望んでいない。何かを望まなかったから、あの場では断った。それはわかってる。
ああ、もう、止められない。止まらない。冷静な自分が、またそう呟いた。私の思考は濁流のようになって、あふれ出す。それは心の中だけではなく、現実世界へも。
「なんで全部自分を閉じ込めちゃったの!」
なんで……なんでいら立つの。なんで悲しんでくれないの。本当の……本当の涼風くんの、気持ちは何? 今、何を考えて、何を思って、何に苦しんで、何に悩んでるの……?
「吐き出してくれれば、私は聞いた! 天黎も、一条くんも心配してた! なのに! なのになんで、全部を背負い込もうとしたの!? 今までそうやってきて限界だったから、私と話したかったんでしょ!?」
涼風くんの痛みを少しでも和らげられたら、そう願ってきた。あの日迷子のような涼風くんを見て、私は守りたいと思った。そして、涼風くんは「頼む」、そういったのだ。なのになぜ。なぜ、こんな苦しそうにしてるのにすべてを抱え込むの?
「ぜんぶ……全部教えてほしいのに! 全部、背負ってあげたいのに!」
頭が熱くて、重くて、ガンガンと殴られるように痛む。胸も締め付けられるように痛くて。胸のあたりの服を掴みながら、叫ぶ。心のままに、どんどん言葉が流れていく。
苦しくて、辛くて、そして、その根源にあるのは、自分に対するいら立ちで。なぜあの日、何も言えなかった。なぜあの日、そのまま身を引いてしまった。もっと、もっと私にできることはあった。あったはずだ。
でも! 私はあくまでも、涼風くんの痛みを和らげるために話を聞いていた。なら、涼風くんが大丈夫って言ったら、信じてあげるべきだ、そう思って身を引いたんだ!! そうだ、そうだよ、すべて涼風くんの! 涼風くんの、あの言葉が!
「私にすべてをぶちまけろよ!!」
「言えるわけないだろっ!!!」
私が叫んだとたん、涼風くんが叫び返した。がんっ、とベンチがたたかれて。私は身をすくませて、すべての思考がゆるゆるとしぼんでいって。金縛りにあったように、動けなくなって。
「はぁっ、はぁっ、はっ、はっ、はっ……」
涼風くんはいつの間にかすごく呼吸を荒くして、肩をぶるぶると震わせて、苦しそうに顔を思いっきり歪めて。瞳から、涙がこぼれていて。
「夜見さんに……言えるわけがない」
低い声で、そう呟いて。立ち上がった涼風くんは、ベンチのわきに置いてあったバッグを掴んで、ここから、私の前から去ろうと歩き出した。涼風くんの姿が狭窄した視界から消えた途端、金縛りが解けた。思考が現実世界に追いつく。
「待って!」
私は叫んで、歩き去ろうとする涼風くんに駆け寄って、手をぎゅっとつかんだ。
「放せ」
「いやだ!」
私は手から腕へと手を這い上がらせて、ぎゅっとその腕を体全身で包み込むようにしがみついた。涼風くんがちっ、と大きな舌打ちをして、腕を振りほどこうとする。私はその腕にしがみつく。
違う、私はあんなことを言いたいんじゃなかったの。本当に伝えたいことは、もっと簡素なもので。正直なもので。
「放せって、言ってるだろ!」
勢いよく腕が振られて、耐えきれずにその手から離れてしまって。勢いで、私の体は地面に打ち付けられた。頭はかろうじて守ったけれど、耳がコンクリートに擦れて、熱くなる。わき腹を打ち付けたからか、息ができなくなって。鈍い痛みが右半身を襲う。
「……ぁぅ」
声が出なくて、目の前に立ち尽くす涼風くんの顔が見えなくて。
「……あ」
涼風くんの声がポロリと漏れた。涼風くんの足が、私から後ずさるように少し離れる。私は懸命に体を起こそうと、肘をつく。けれど、ろくにスポーツもしてこなくて、けがに慣れていないからだはついて来てくれなくて。力が入らない肘は、かくんと折れて、再び地面に力なく横たわる。
痛みと、悲しみと、むなしさと、失望で。私の目から、涙がまたぼろぼろとこぼれる。
「ごめん……ほんと私、だめだ……」
傷ついてないほうの左手で顔を覆った。すぐ泣く。感情的になる。勝手に落ち込んで、困らせて。もっと器用でありたかった。もっと他人の心情をちゃんとくみ取れて、距離を図れて、傷つけないやり方がわかって……
「ごめんなさい……、ごめんな、さい……」
壊れたロボットのように、ごめんを口にするしかできなくて。申し訳なかった。励ましてくれた柚月先輩と夕陽先輩に。見守ってくれた天黎と音恋ちゃんに。頼ってくれた一条くんに。
……傷つけてしまった涼風くんと、こうして傷ついている私に。
「……夜見さん」
ふと、声が近くで響いた。
「……」
涼風くんを、昨日一条くんを連れて行ったベンチに座らせた後。私たちは会話もせず、花も見ず、ただ押し黙って、少し間を開けて座っていた。涼風くんはここに来る間も本当にだんまりで。裏庭で話してたあの日々が、夢だったんじゃないかと本気で思えてしまうほどに、不愛想だった。
私は話しかける機会をうかがいながら何度か口を開こうとしたのだが、なかなか声が出てくれない、というのを繰り返していた。ふと、スマホのバイブが鳴った。ポケットから取り出して、ちら、とホーム画面を見る。そこには、柚月先輩からのメッセージが。
『頑張って、灯鞠ちゃん! 灯鞠ちゃんならできるよ!』
再び、通知が届く。
『当たって砕けろよ。by夕陽』
二人の先輩が、私を応援してくれている。そして、脳裏によみがえる、天黎と音恋ちゃんの声。
『灯鞠ならできる。涼風の殻を打ち破っちゃえ』
『友達も心配してました……だから、頑張ってください、灯鞠先輩!』
一条くんの涙も、思い出される。私はありがとうみんな、と心の中でつぶやいた。よしっ、と自分に気合を入れて、立ち上がる。そして、涼風くんの前にしゃがみ込んだ。涼風くんはぼんやりと私を見下ろし、首をかしげた。
「なに?」
涼風くんの顔は、世間一般から見てもだいぶきれいな部類に入る。だからこそ、感情がないその顔でこちらを見つめられると、底知れない恐れがいやおうなしに湧き上がってくる。ぐっ、と息をつめてその恐れを押し込めて、私は涼風くんを見上げる。少しだけ、睨むように。
「一つ、聞いてもいい?」
ただ、問いかける。涼風くんは少し眉をひそめて、私を見下ろす。
「なに?」
再び、先ほどの返事。少しだけ苛立ちが混じっているような感じがする。私は静かに息を吐いて、涼風くんじゃなくて、涼風くんの瞳の奥を見つめる。あの日から、何の光も宿さない……ただ無機質な瞳の、その奥。感情が閉じ込められていると思しき場所を。
「涼風くんは……裏庭がなくなって、どう思った?」
ぴくり、と彼の指先が動いた。表情は変わらない。けど、彼の心に言葉は届いたのだと信じ、私はさらに言葉を重ねた。私が考えていたこと。不安だったこと、心配だったこと、全部。
「あの日……涼風くんは、終わりにしようって言った。でも、本当はそれは嫌だったりしなかったの? もっと別の場所で、話そうとは思わなかった? 私は話したかった。もっとあの四人で、一緒に。涼風くんが続けたいって言ってくれたら、私もほかの方法を探した。だけど、終わりにしようって言われたら……私は、動けないんだよ」
じわっ、と涙が目じりににじむ。苦しかった。ずっと離れてなきゃいけないのは、本当に嫌で。あのよそよそしさが気になって仕方がなくて、もっとずっと一緒にいたくて。話したくて。学校でもいい、学校じゃなくてもいい、もっと、あの四人の、心地いい時間を取り戻したくて。なのに……
「涼風くんは、少しでもそう考えてくれなかったの!?」
ぎり、と涼風くんが奥歯を噛み締めた。苛立ちがはっきりとその表情に現れる。私の中に、むくむくと不安と苛立ちが育っていく。頭の奥が、じいん、と痺れる。ボロボロと涙がこぼれだす。わかってる、これはエゴだ。ただの押し付けだ。涼風くんはこんなこと望んでいない。何かを望まなかったから、あの場では断った。それはわかってる。
ああ、もう、止められない。止まらない。冷静な自分が、またそう呟いた。私の思考は濁流のようになって、あふれ出す。それは心の中だけではなく、現実世界へも。
「なんで全部自分を閉じ込めちゃったの!」
なんで……なんでいら立つの。なんで悲しんでくれないの。本当の……本当の涼風くんの、気持ちは何? 今、何を考えて、何を思って、何に苦しんで、何に悩んでるの……?
「吐き出してくれれば、私は聞いた! 天黎も、一条くんも心配してた! なのに! なのになんで、全部を背負い込もうとしたの!? 今までそうやってきて限界だったから、私と話したかったんでしょ!?」
涼風くんの痛みを少しでも和らげられたら、そう願ってきた。あの日迷子のような涼風くんを見て、私は守りたいと思った。そして、涼風くんは「頼む」、そういったのだ。なのになぜ。なぜ、こんな苦しそうにしてるのにすべてを抱え込むの?
「ぜんぶ……全部教えてほしいのに! 全部、背負ってあげたいのに!」
頭が熱くて、重くて、ガンガンと殴られるように痛む。胸も締め付けられるように痛くて。胸のあたりの服を掴みながら、叫ぶ。心のままに、どんどん言葉が流れていく。
苦しくて、辛くて、そして、その根源にあるのは、自分に対するいら立ちで。なぜあの日、何も言えなかった。なぜあの日、そのまま身を引いてしまった。もっと、もっと私にできることはあった。あったはずだ。
でも! 私はあくまでも、涼風くんの痛みを和らげるために話を聞いていた。なら、涼風くんが大丈夫って言ったら、信じてあげるべきだ、そう思って身を引いたんだ!! そうだ、そうだよ、すべて涼風くんの! 涼風くんの、あの言葉が!
「私にすべてをぶちまけろよ!!」
「言えるわけないだろっ!!!」
私が叫んだとたん、涼風くんが叫び返した。がんっ、とベンチがたたかれて。私は身をすくませて、すべての思考がゆるゆるとしぼんでいって。金縛りにあったように、動けなくなって。
「はぁっ、はぁっ、はっ、はっ、はっ……」
涼風くんはいつの間にかすごく呼吸を荒くして、肩をぶるぶると震わせて、苦しそうに顔を思いっきり歪めて。瞳から、涙がこぼれていて。
「夜見さんに……言えるわけがない」
低い声で、そう呟いて。立ち上がった涼風くんは、ベンチのわきに置いてあったバッグを掴んで、ここから、私の前から去ろうと歩き出した。涼風くんの姿が狭窄した視界から消えた途端、金縛りが解けた。思考が現実世界に追いつく。
「待って!」
私は叫んで、歩き去ろうとする涼風くんに駆け寄って、手をぎゅっとつかんだ。
「放せ」
「いやだ!」
私は手から腕へと手を這い上がらせて、ぎゅっとその腕を体全身で包み込むようにしがみついた。涼風くんがちっ、と大きな舌打ちをして、腕を振りほどこうとする。私はその腕にしがみつく。
違う、私はあんなことを言いたいんじゃなかったの。本当に伝えたいことは、もっと簡素なもので。正直なもので。
「放せって、言ってるだろ!」
勢いよく腕が振られて、耐えきれずにその手から離れてしまって。勢いで、私の体は地面に打ち付けられた。頭はかろうじて守ったけれど、耳がコンクリートに擦れて、熱くなる。わき腹を打ち付けたからか、息ができなくなって。鈍い痛みが右半身を襲う。
「……ぁぅ」
声が出なくて、目の前に立ち尽くす涼風くんの顔が見えなくて。
「……あ」
涼風くんの声がポロリと漏れた。涼風くんの足が、私から後ずさるように少し離れる。私は懸命に体を起こそうと、肘をつく。けれど、ろくにスポーツもしてこなくて、けがに慣れていないからだはついて来てくれなくて。力が入らない肘は、かくんと折れて、再び地面に力なく横たわる。
痛みと、悲しみと、むなしさと、失望で。私の目から、涙がまたぼろぼろとこぼれる。
「ごめん……ほんと私、だめだ……」
傷ついてないほうの左手で顔を覆った。すぐ泣く。感情的になる。勝手に落ち込んで、困らせて。もっと器用でありたかった。もっと他人の心情をちゃんとくみ取れて、距離を図れて、傷つけないやり方がわかって……
「ごめんなさい……、ごめんな、さい……」
壊れたロボットのように、ごめんを口にするしかできなくて。申し訳なかった。励ましてくれた柚月先輩と夕陽先輩に。見守ってくれた天黎と音恋ちゃんに。頼ってくれた一条くんに。
……傷つけてしまった涼風くんと、こうして傷ついている私に。
「……夜見さん」
ふと、声が近くで響いた。



