「で? 今から涼風に話に行く、と」
「そう」
私は自分の席に座り、深呼吸をしていた。一条くんと話してから、数日たってしまった。なかなか涼風くんと話せそうな機会がなくて、伺っているうちに時間が過ぎてしまったのだ。そして今。人が少ない朝の時間帯。涼風くんは一人席に座って、ぼーっとしている。いつも涼風くんに話しかけている男子はまだ来てない。今がチャンスだ。
「頑張って~」
天黎は気の抜けたふにゃっとした声で応援した。私はこくりと頷くと、涼風くんに近づいていく。
「あ、あの、涼風くん」
私は震えそうになる身体を𠮟りつけながら、涼風くんに話しかけた。若干声が震えてしまったかもしれないけど、裏返りはしなかった。なんでこんなに緊張しているんだろう、と再びどこかにいる冷静な私がそう考える。
涼風くんがこちらを向いた。人形のように、無機質な瞳。浮かべられている、自然な笑み。でも……目は、笑ってない。
「どうしたの、夜見さん?」
声は同じなのに、まるで涼風くんと話している感じがしなかった。涼風くんの顔色を窺うと、少し目元にクマができているのが見えた。心なしかやつれているようにも感じられるし、髪も少しぼさっとしている……ように見える。ただの主観だけど。
「今日の放課後、部活終わりに少し時間をもらえないかな。できるだけ、今日がいいの」
私が言い募ると、涼風くんは少し考えた後に、
「ごめん、今日は……」
と言いかけた。言いかけた、というのは、私の隣に天黎が立ったからだ。天黎は涼風くんをじっと見つめて、にっこりとほほ笑む。
「灯鞠のお願いくらい、聞いてもいいんじゃない?」
少し凄みが感じられる声で、天黎はにこやかに告げた。涼風くんの表情が初めて少し変わった。少し不機嫌そうに、眉をひそめて。
「月守さんが口をはさ……」
「光海のことを蔑ろにして、次は灯鞠ってこと」
ぴく、と涼風くんの体が震えた。私は天黎の横顔を見た。その瞳はすっと細められていて、手は小刻みに震えていて。
……すごく怒ってる。
天黎がここまで怒ることはあまりないと思う。さっきまで気が抜けた感じだったのに、なぜ、急に。涼風くんも天黎の勢いに呑まれたのか、固まっている。天黎は悔しそうに唇を噛んだ。
「光海……灯鞠の前で、大泣きしたって」
涼風くんがうつむいた。くっ、と何かをこらえるような声が漏れる。天黎はそれに畳みかけるように告げた。
「灯鞠も泣いたんだ」
「ちょっと、天黎」
「涼風が悪いとは言ってないよ、灯鞠。ただね、皆泣いてるのに涼風だけが逃げてちゃダメでしょって言いたいの。せめて話を聞いて感情を分け合うくらいいしないと。灯鞠も光海も苦しいし……なにより、一番つらいのは涼風。そういうことを話したいんでしょ、灯鞠」
天黎は私の制止を遮って、肩に手を置きながらそう話した。天黎は涼風くんに文句を言いながら、私が話したかったことを伝えてくれる。私は少し視線をそらしつつ、頷く。こういう時の天黎は本当に鋭いな、といつものことながら感心する。時々彼女は、人の心をさらりと読んでしまったり、他人の言わんとしていることを先にくみ取って言語化したりするのだ。
涼風くんはうなだれたまま、暗い口調で、
「……わかったよ。じゃあ、放課後。えっと……」
私はすかさず口をはさんだ。一条くんと話した場所で……あの公園なら、殆ど人も来ない。
「私、連れていきたい場所があるの。校門で待ってる」
「……わかった。じゃあ、そこで」
涼風くんは嫌そうな雰囲気を出しながら、了承の返事をくれた。私はにっこりとほほ笑んで、頷いた。そして、天黎に囁く。
「ありがと、天黎」
天黎はにっこりと笑って、
「私ももやもやしてたし」
と囁き返してくれた。
そして、放課後、部活終わり。私は校門前で、涼風くんを待っていた。校門わきの塀に寄りかかりながら、目をつむって待つ。心臓がどきどきしてる。鼓動が耳の奥から聞こえてくるようだ。
部活中も座っていられなくてハンモックにくるまっていたくらいだ。音恋ちゃんと天黎からは「灯鞠ミノムシ」とからかわれたが、それも気にしてられないくらいだった。
なぜこんなに緊張しているかと考えてみた時に一番に思いつくのは、涼風くんの無機質な瞳と、苛立ちの表情だった。涼風くんとちゃんと話す前はあまり意識してなかったし、涼風くんと話すようになってからは、涼風くんが感情を出してくれることが多かったように思う。だから、あの涼風くんの表情が、さらに冷たく見えてしまう。無機質な瞳は何を考えているかわからず、怒らせてしまったのではないかとびくびくしてしまう。
天黎には先に帰ってもらっている。二人きりで話をしたほうが、涼風くんも本音を話してくれると思ったからだ。でも、逆にそれが怖い。今朝、涼風くんが逃げようとしたとき、ストッパーになってくれたのは天黎だった。その天黎がいなくなれば、公園で逃げられてしまうこともあるのではないか……? その考えに対する恐れが、私の中にある。
「灯鞠ちゃん」
一条くんの声が聞こえて、私は目を開いた。私の前には一条くんと、一条くんに手を掴まれている涼風くんがいた。一条くんの顔はなぜか険しく、涼風くんは私と目を合わせようとしてくれない。
「こいつ、また逃げ出そうとしてた。天黎に事前に言われてなきゃ、きっと取り逃がしてたと思う。ほら、手、掴んでやって」
一条くんは少し怒っているようにぶっきらぼうに私に教えてくれると、涼風くんの手を私に握らせた。そして、涼風くんの背を押して、私の隣に立たせる。
「ごめんな、灯鞠ちゃん。ちょっと付き合ってやってくれ」
「う、うん。大丈夫、任せて」
一条くんに少しつっかかりながらそう伝えると、ほっとしたように一条くんはうなずいて、涼風くんに何かを耳打ちした。涼風くんが一瞬目を見開くと同時に、一条くんはその場を去っていった。
「行こう」
私は涼風くんの手を握る手に力を込めながら、そう呟いた。そして、涼風くんの返事を待たずに、彼の手を引っ張りながら、あの公園へと向かう。
「そう」
私は自分の席に座り、深呼吸をしていた。一条くんと話してから、数日たってしまった。なかなか涼風くんと話せそうな機会がなくて、伺っているうちに時間が過ぎてしまったのだ。そして今。人が少ない朝の時間帯。涼風くんは一人席に座って、ぼーっとしている。いつも涼風くんに話しかけている男子はまだ来てない。今がチャンスだ。
「頑張って~」
天黎は気の抜けたふにゃっとした声で応援した。私はこくりと頷くと、涼風くんに近づいていく。
「あ、あの、涼風くん」
私は震えそうになる身体を𠮟りつけながら、涼風くんに話しかけた。若干声が震えてしまったかもしれないけど、裏返りはしなかった。なんでこんなに緊張しているんだろう、と再びどこかにいる冷静な私がそう考える。
涼風くんがこちらを向いた。人形のように、無機質な瞳。浮かべられている、自然な笑み。でも……目は、笑ってない。
「どうしたの、夜見さん?」
声は同じなのに、まるで涼風くんと話している感じがしなかった。涼風くんの顔色を窺うと、少し目元にクマができているのが見えた。心なしかやつれているようにも感じられるし、髪も少しぼさっとしている……ように見える。ただの主観だけど。
「今日の放課後、部活終わりに少し時間をもらえないかな。できるだけ、今日がいいの」
私が言い募ると、涼風くんは少し考えた後に、
「ごめん、今日は……」
と言いかけた。言いかけた、というのは、私の隣に天黎が立ったからだ。天黎は涼風くんをじっと見つめて、にっこりとほほ笑む。
「灯鞠のお願いくらい、聞いてもいいんじゃない?」
少し凄みが感じられる声で、天黎はにこやかに告げた。涼風くんの表情が初めて少し変わった。少し不機嫌そうに、眉をひそめて。
「月守さんが口をはさ……」
「光海のことを蔑ろにして、次は灯鞠ってこと」
ぴく、と涼風くんの体が震えた。私は天黎の横顔を見た。その瞳はすっと細められていて、手は小刻みに震えていて。
……すごく怒ってる。
天黎がここまで怒ることはあまりないと思う。さっきまで気が抜けた感じだったのに、なぜ、急に。涼風くんも天黎の勢いに呑まれたのか、固まっている。天黎は悔しそうに唇を噛んだ。
「光海……灯鞠の前で、大泣きしたって」
涼風くんがうつむいた。くっ、と何かをこらえるような声が漏れる。天黎はそれに畳みかけるように告げた。
「灯鞠も泣いたんだ」
「ちょっと、天黎」
「涼風が悪いとは言ってないよ、灯鞠。ただね、皆泣いてるのに涼風だけが逃げてちゃダメでしょって言いたいの。せめて話を聞いて感情を分け合うくらいいしないと。灯鞠も光海も苦しいし……なにより、一番つらいのは涼風。そういうことを話したいんでしょ、灯鞠」
天黎は私の制止を遮って、肩に手を置きながらそう話した。天黎は涼風くんに文句を言いながら、私が話したかったことを伝えてくれる。私は少し視線をそらしつつ、頷く。こういう時の天黎は本当に鋭いな、といつものことながら感心する。時々彼女は、人の心をさらりと読んでしまったり、他人の言わんとしていることを先にくみ取って言語化したりするのだ。
涼風くんはうなだれたまま、暗い口調で、
「……わかったよ。じゃあ、放課後。えっと……」
私はすかさず口をはさんだ。一条くんと話した場所で……あの公園なら、殆ど人も来ない。
「私、連れていきたい場所があるの。校門で待ってる」
「……わかった。じゃあ、そこで」
涼風くんは嫌そうな雰囲気を出しながら、了承の返事をくれた。私はにっこりとほほ笑んで、頷いた。そして、天黎に囁く。
「ありがと、天黎」
天黎はにっこりと笑って、
「私ももやもやしてたし」
と囁き返してくれた。
そして、放課後、部活終わり。私は校門前で、涼風くんを待っていた。校門わきの塀に寄りかかりながら、目をつむって待つ。心臓がどきどきしてる。鼓動が耳の奥から聞こえてくるようだ。
部活中も座っていられなくてハンモックにくるまっていたくらいだ。音恋ちゃんと天黎からは「灯鞠ミノムシ」とからかわれたが、それも気にしてられないくらいだった。
なぜこんなに緊張しているかと考えてみた時に一番に思いつくのは、涼風くんの無機質な瞳と、苛立ちの表情だった。涼風くんとちゃんと話す前はあまり意識してなかったし、涼風くんと話すようになってからは、涼風くんが感情を出してくれることが多かったように思う。だから、あの涼風くんの表情が、さらに冷たく見えてしまう。無機質な瞳は何を考えているかわからず、怒らせてしまったのではないかとびくびくしてしまう。
天黎には先に帰ってもらっている。二人きりで話をしたほうが、涼風くんも本音を話してくれると思ったからだ。でも、逆にそれが怖い。今朝、涼風くんが逃げようとしたとき、ストッパーになってくれたのは天黎だった。その天黎がいなくなれば、公園で逃げられてしまうこともあるのではないか……? その考えに対する恐れが、私の中にある。
「灯鞠ちゃん」
一条くんの声が聞こえて、私は目を開いた。私の前には一条くんと、一条くんに手を掴まれている涼風くんがいた。一条くんの顔はなぜか険しく、涼風くんは私と目を合わせようとしてくれない。
「こいつ、また逃げ出そうとしてた。天黎に事前に言われてなきゃ、きっと取り逃がしてたと思う。ほら、手、掴んでやって」
一条くんは少し怒っているようにぶっきらぼうに私に教えてくれると、涼風くんの手を私に握らせた。そして、涼風くんの背を押して、私の隣に立たせる。
「ごめんな、灯鞠ちゃん。ちょっと付き合ってやってくれ」
「う、うん。大丈夫、任せて」
一条くんに少しつっかかりながらそう伝えると、ほっとしたように一条くんはうなずいて、涼風くんに何かを耳打ちした。涼風くんが一瞬目を見開くと同時に、一条くんはその場を去っていった。
「行こう」
私は涼風くんの手を握る手に力を込めながら、そう呟いた。そして、涼風くんの返事を待たずに、彼の手を引っ張りながら、あの公園へと向かう。



