夜風の中で、君に伝えたいこと。

「落ち着いたね」
「……うん」
 結局、私が完全に泣き止んだのは、六時間目の終わりのほうだった。五・六時間目を、丸々サボった形になる。天黎はしばらくしたら歌うのはやめてしまったが、スマホで何か音楽を流してくれた。多分、私の泣き声を聞かないようにするためだろう。聞かれたくないだろうと、天黎が配慮してくれたのだ。その音楽も今は止まり、静寂の中に身を置いている。
「ま、たまにはこういうこともしたほうがいいよね。めちゃくちゃ泣いたらすっきりするし」
 天黎はそう言って、ふふっと笑った。何が嬉しいのかわからずに首をかしげる。別に、と天黎はそっけなく言って、頬杖をついて外を見た。私もつられて外を見る。いつの間にかお日様はいなくなっていて、雲ばかりになっていた。
「灯鞠は、ずっと涼風のことについて考えてたんだよね」
 こちらのほうを見ずに、天黎は私に尋ねてきた。頷こうとしたが、天黎にはこちらが見えないはずなので、うん、と声に出して言った。
「どうしても、もっとできることがあったんじゃないかなって」
「うん。で、灯鞠が気にかかってるのはなんで?」
 天黎はなおもこちらを見ずに答えた。私は天黎の横顔を見ながら、考えていたことを言語化しようと試みる。
「涼風くんが……あの涼風くんの笑顔は、作り物で……昔みたいになっちゃったから」
 天黎が私の顔をちらりと見て、そっか、と呟いた。そして、視線を床に落とす。何かを考えているらしく、指が小刻みに動いていた。
「どうして作り物だってわかったの?」
 天黎がしばらくののち、そう私に尋ねてきた。私は少し考える。なんとなくそう感じていただけだから、根拠はない。でも、何か理由があってのことだと思うから……と、いろいろ考えてみた。三、四か月前初めて出会った時のことを思い出す。確かあの時。
「その笑顔を見る前に……本心から出た表情を見ていて……私と話すときは、いつも教室で見せてた笑顔とは違う笑顔で……」
「そっちが作り笑いだとは、思わなかった?」
 鋭い指摘が飛んできて、私は息が詰まるような感覚を再び味わった。確かに、そうだ。なぜそう感じなかったんだろう。なぜそう信じたのだろう。何も言えない私を見て、ふっと天黎は表情をやわらげた。
「意地悪な質問だったね。じゃあ、質問を変える。なんで灯鞠といる時は本心のほうを見せてくれるって、信じることができたの?」
 私は考えた。涼風くんといる時、私が考えていたこと。私が、涼風くんの笑顔を信じられる理由。ふと、前に頭に浮かんだイメージが、再び描き出された。小さな男の子。焦げ茶の瞳いっぱいに涙を溜めて、小さくか細い声で、何かを叫んでいる。迷子のような、男の子。
「迷子みたいだなって思ったから」
「え?」
 天黎は私の返答に目を丸くした。私はどういえばいいのかわからず、考え込む。天黎にも伝わるような、そんな例えが思いつけばいいんだけど……いろいろ考えて、一つの結論を引っ張り出す。根拠もへったくれもないけど、私の中のイメージを伝えればいいかな。
「涼風くんと初めて話した時……私は、涼風くんを見て、迷子の男の子のイメージを頭の中に持ったの。迷子の子ってさ……困ってるでしょ。それが、なんか涼風くんと重なって……えっと……涼風くんは、泣いたり、苦しそうにしたりしてて、それで……ああ、ごめん、私、やっぱりわかんなくなっちゃった」
 話しているうちに自信がなくなって、私はうなだれた。どうして涼風くんの笑顔を本物だと信じられたか、わからなくなってしまった。もし、あの困った顔や、戸惑った顔や、苦しそうな顔や、泣いた顔が嘘だったら……
「そっか……涼風、弱みの部分を見せてたってこと?」
 少し間が空いた後、天黎が確認するように問いかけてきた。私は少し迷って、頷く。
「それすら嘘だったら、もう涼風くんがどんな人かわかんないよ」
 天黎と話してるうちに、再認識した。やっぱり私は、涼風くんのことを何にも知らない。涼風くんのことが、何にもわからない。そしてそれが……そのことが……とてつもなく、苦しい。これは……
「好き……」
 私の呟きに、天黎が目を丸くした。そして、ふっと柔らかな、優しい微笑みをその顔に浮かべた。
「じゃあ、恋愛の先輩に、もう一回落ち着いて、アドバイス貰お」
「え?」
「後ろ」
 天黎が指さした方向を見ると、そこには、困ったように、そしてうれしそうに笑う、柚月先輩の姿があった。