最終問題 なぜ、公爵閣下は消えたのか。
〈自由記述〉
初めての、記述式問題。しかも、最終問題。
「これ、絶対当てられないじゃない! 本当に運営はどうかしてるわ!」
天黎が大声で文句を叫んだ。涼風くんも顔をしかめている。
「記述式だと、無数の答案があることになるからね……これじゃあ、誰もゴールさせないようにしているようにしか見えないよ」
しばらくみんな何も言えずに、黙りこくっていた。突然、一条くんがそうだ! と声を上げて、涼風くんを見た。
「透海、お前答え知らないか!? 調べたって言ってたし……」
「ネットに乗ってるのはあくまで表面的なものだけさ。謎の回答はさすがに乗ってない」
「そうかよ……」
涼風くんが諭すように告げた言葉に、一条くんはお気に入りのおもちゃを取り上げられたような表情で黙り込んだ。天黎は端末を操作し、
「降参する?」
と、リザインと書かれたボタンが表示されている画面を見せてきた。今までも天黎は何度かリザイン画面を見せていたが、そのたびに涼風くんか一条くんが反対し、何とか消化してきた。でも、涼風くんと一条くんは迷わずにうなずいた。もうみんな限界なのだろう。私だって、答えはわからない。
「灯鞠は?」
天黎がそう尋ねてきた。答えはわからないし、正直降参したほうが楽だろう。でも。
「回答、してみる」
そう宣言した。みんなの目が驚きに見開かれる。私はそっと、目を閉じた。単なる脱出ゲームだ、そこまで真剣になる必要はない。でも……そろそろ一時間くらい経つだろうか。もともと、本を読むときやアニメを見る時、その世界観に没入しやすい私は、もうこの物語のことを現実世界のように思っていた。深呼吸をして、考える。
私は、ごく普通の高校生だ。公爵閣下みたいに特殊な立場に置かれているわけでもない。だから……これから書くのは、妄想のようなものだ。合っている保証はないし、むしろあっていてほしくない。でも、あの女の子の絵。その隣の家族写真。そこにあった違和感。そして……
『私、悲劇の女の子が好きなんです。それで、その女の子のために奔走する親も大好きです。歪んでるとは思いますけど……そういうところも、あってもいいかなって』
いつか聞いた、音恋ちゃんの言葉。あの時、私は彼女に共感した。誰かのために命を懸ける、そんな人がかっこいいと思ったから。
「引かないで」
そう頼りないお願いをしてから、私は天黎から端末を受け取り、自分が考えたストーリーを打ち込む。私が思いついた、最悪の結末……それを、回避するために。
〈公爵閣下は、亡くなった娘のために、友達を作ろうとした。娘が死んだことを信じられないから、ずっと娘が望んでいた、友達を作り続けた。でも、当然娘は死んでいるから、何も言ってくれない。それに、その人口生命体に必要なのは、人の心。だから公爵閣下は、召使いたちを次々と殺した。そして終いには公爵夫人を、そして自分を殺そうとした。娘の最後の願いを叶えるために〉
私は、皆に向けて打ち込んだ画面を見せた。天黎はその画面を見ると、
「ちょっと、灯鞠!」
と叫んだ。一条くんは愕然とした表情で、驚きのあまり何とも言えないというように私を見て、涼風くんはただ表情を歪めて、私を見る。
「こんなの、思いつくんだね」
失望しているだろう。こんなことを考える私を。でも。
「まだ、終わらない」
私は再び、画面に打ち込み始めた。
〈その時、娘の声が聞こえた。
『もうやめて、お父さん。もういいの。もう、十分だから』
公爵閣下は十分だと思えなかった。もうずっと娘の声は聞こえなかった。だから、これも幻聴だと思った。でも。
『死なないで。もう、誰も殺さないで。静かに、安らかに生きて。待ってる。いつまでも待ってるから。お父さん……どうか、幸せになって』
公爵夫人も、公爵閣下を泣きながら止めた。そこで、悟った。大きな間違いをしてしまったことを。もう死んだ娘は戻ってこないのに。自分の願望に取りつかれて、多くの人の人生を奪ったことを。
公爵閣下と公爵夫人は、館を出て、森の奥で静かに暮らした。そして、彼らが死んだとき、娘と召使いが迎えに来たのだった〉
「小さな物語だよ。私が唯一思いついた、不幸な公爵を幸せにする方法。もしここで私が逃げたら……私たちの公爵は、人殺しのままになるから」
自由記述だった最終問題。これを私は、救いととらえた。いつの間にか手が震えて、頬には涙が伝っていた。
「灯鞠らしい……ね」
天黎がそう、つぶやいた。一条くんと涼風くんは、何を言っていいかわからないのか、立ち尽くしている。
この物語は、ダークファンタジーのジャンルだ。たとえSFが混ざったとしても、根本のところは変わらないはず。そして、それは……ダークファンタジーは、暗鬱とした部分を描くものだ。王道のファンタジーと違い、世界の闇の部分が描かれる。でもそれは……読者に深い共感を与えることも、少なくない。
———今の、私のように。
回答ボタンを押しても、ファンファーレは流れなかった。その代わり、かちっ、とドアのロックが解除される音が聞こえた。呆然としている皆を置いて、私は一人でドアのほうに歩く。ドアのノブをひねって、開けた。
そこにはまだ、部屋が続いていて。でも、その部屋は今までのような洋館の部屋ではなく、四面の壁すべてにスクリーンが設置された、現代風の部屋だった。まるで、ファンタジーの世界から、現代世界にワープしてきたかのようだ。
「これは……」
私の後を一番に追いかけてきたのは、涼風くんだった。ドアの前で立ち尽くす私の隣に立って、息をのむ。私はそっと部屋の中に足を踏み入れた。
私が歩くのに合わせて、今まで解いてきた謎と、私たちが選んだ答えが現れる。そして、それらにはイラストがついていた。アニメのダイジェスト映像のように、イラストが展開されていく。
殺された召使い。その近くに立っている公爵。何やら実験をしていて、その研究室のポッドの中に入っている人口生命体。公爵はその人口生命体を愛でる。愛する家族に触れるように。公爵夫婦は、館を出た。森の奥の小屋で、ひそかに暮らしている。そして、最期のイラストは。
「ああ……」
私の目から、涙があふれた。
公爵は、婦人とともに床に倒れていた。彼らの上に、抱き合っている家族の姿。イラストを横断するように走り書きされている筆記体のアルファベット。
『Rest in peace』
「安らかに眠れ……って、書いてあるね」
涼風くんの声が、後ろから聞こえた。そっと、肩に手が置かれた。
「夜見さんは、救ったんだ。公爵を。すごい……本当に、ただの脱出ゲームとは思えないラストだ」
ぐすっと、鼻を鳴らす音が横で聞こえた気がした。でも、思いっきり泣いてしまっている私には、何も見えなかった。
「これが……人気の理由ね」
天黎が後ろでそう呟いて、私の手をぎゅっと握った。涼風くんが立っている側とは反対側に立って、絵を見上げている。
「あっ! 出口だー!!」
ふと、一条くんの叫び声が聞こえた。私は涙をぬぐって、一条くんを振り返る。一条くんはまっすぐに部屋のある一角に走って行って、そこにある突起を掴む。グイっとそれを引くと、開いた。
「ちょっと光海! 感動的なラストを灯鞠が演出したんだから、もっと感傷に浸るべきでしょ!!」
「いいから、はやくこいよ! 早く出たいって言ったのはお前だろ!」
「そうだけど!!」
天黎が相変わらず一条くんに文句を言うので、私は「まあまあ」と天黎をなだめた。
「出れることは嬉しいもん。公爵も幸せにできたし、もう十分。疲れちゃったし、早く行こ」
そう言って私は、天黎を引っ張って出口に向かう。後ろを振り返ると、涼風くんが穏やかな微笑みを浮かべて、私たちの後をついてきていた。目が合ったので、私はにっと笑っておいた。
〈自由記述〉
初めての、記述式問題。しかも、最終問題。
「これ、絶対当てられないじゃない! 本当に運営はどうかしてるわ!」
天黎が大声で文句を叫んだ。涼風くんも顔をしかめている。
「記述式だと、無数の答案があることになるからね……これじゃあ、誰もゴールさせないようにしているようにしか見えないよ」
しばらくみんな何も言えずに、黙りこくっていた。突然、一条くんがそうだ! と声を上げて、涼風くんを見た。
「透海、お前答え知らないか!? 調べたって言ってたし……」
「ネットに乗ってるのはあくまで表面的なものだけさ。謎の回答はさすがに乗ってない」
「そうかよ……」
涼風くんが諭すように告げた言葉に、一条くんはお気に入りのおもちゃを取り上げられたような表情で黙り込んだ。天黎は端末を操作し、
「降参する?」
と、リザインと書かれたボタンが表示されている画面を見せてきた。今までも天黎は何度かリザイン画面を見せていたが、そのたびに涼風くんか一条くんが反対し、何とか消化してきた。でも、涼風くんと一条くんは迷わずにうなずいた。もうみんな限界なのだろう。私だって、答えはわからない。
「灯鞠は?」
天黎がそう尋ねてきた。答えはわからないし、正直降参したほうが楽だろう。でも。
「回答、してみる」
そう宣言した。みんなの目が驚きに見開かれる。私はそっと、目を閉じた。単なる脱出ゲームだ、そこまで真剣になる必要はない。でも……そろそろ一時間くらい経つだろうか。もともと、本を読むときやアニメを見る時、その世界観に没入しやすい私は、もうこの物語のことを現実世界のように思っていた。深呼吸をして、考える。
私は、ごく普通の高校生だ。公爵閣下みたいに特殊な立場に置かれているわけでもない。だから……これから書くのは、妄想のようなものだ。合っている保証はないし、むしろあっていてほしくない。でも、あの女の子の絵。その隣の家族写真。そこにあった違和感。そして……
『私、悲劇の女の子が好きなんです。それで、その女の子のために奔走する親も大好きです。歪んでるとは思いますけど……そういうところも、あってもいいかなって』
いつか聞いた、音恋ちゃんの言葉。あの時、私は彼女に共感した。誰かのために命を懸ける、そんな人がかっこいいと思ったから。
「引かないで」
そう頼りないお願いをしてから、私は天黎から端末を受け取り、自分が考えたストーリーを打ち込む。私が思いついた、最悪の結末……それを、回避するために。
〈公爵閣下は、亡くなった娘のために、友達を作ろうとした。娘が死んだことを信じられないから、ずっと娘が望んでいた、友達を作り続けた。でも、当然娘は死んでいるから、何も言ってくれない。それに、その人口生命体に必要なのは、人の心。だから公爵閣下は、召使いたちを次々と殺した。そして終いには公爵夫人を、そして自分を殺そうとした。娘の最後の願いを叶えるために〉
私は、皆に向けて打ち込んだ画面を見せた。天黎はその画面を見ると、
「ちょっと、灯鞠!」
と叫んだ。一条くんは愕然とした表情で、驚きのあまり何とも言えないというように私を見て、涼風くんはただ表情を歪めて、私を見る。
「こんなの、思いつくんだね」
失望しているだろう。こんなことを考える私を。でも。
「まだ、終わらない」
私は再び、画面に打ち込み始めた。
〈その時、娘の声が聞こえた。
『もうやめて、お父さん。もういいの。もう、十分だから』
公爵閣下は十分だと思えなかった。もうずっと娘の声は聞こえなかった。だから、これも幻聴だと思った。でも。
『死なないで。もう、誰も殺さないで。静かに、安らかに生きて。待ってる。いつまでも待ってるから。お父さん……どうか、幸せになって』
公爵夫人も、公爵閣下を泣きながら止めた。そこで、悟った。大きな間違いをしてしまったことを。もう死んだ娘は戻ってこないのに。自分の願望に取りつかれて、多くの人の人生を奪ったことを。
公爵閣下と公爵夫人は、館を出て、森の奥で静かに暮らした。そして、彼らが死んだとき、娘と召使いが迎えに来たのだった〉
「小さな物語だよ。私が唯一思いついた、不幸な公爵を幸せにする方法。もしここで私が逃げたら……私たちの公爵は、人殺しのままになるから」
自由記述だった最終問題。これを私は、救いととらえた。いつの間にか手が震えて、頬には涙が伝っていた。
「灯鞠らしい……ね」
天黎がそう、つぶやいた。一条くんと涼風くんは、何を言っていいかわからないのか、立ち尽くしている。
この物語は、ダークファンタジーのジャンルだ。たとえSFが混ざったとしても、根本のところは変わらないはず。そして、それは……ダークファンタジーは、暗鬱とした部分を描くものだ。王道のファンタジーと違い、世界の闇の部分が描かれる。でもそれは……読者に深い共感を与えることも、少なくない。
———今の、私のように。
回答ボタンを押しても、ファンファーレは流れなかった。その代わり、かちっ、とドアのロックが解除される音が聞こえた。呆然としている皆を置いて、私は一人でドアのほうに歩く。ドアのノブをひねって、開けた。
そこにはまだ、部屋が続いていて。でも、その部屋は今までのような洋館の部屋ではなく、四面の壁すべてにスクリーンが設置された、現代風の部屋だった。まるで、ファンタジーの世界から、現代世界にワープしてきたかのようだ。
「これは……」
私の後を一番に追いかけてきたのは、涼風くんだった。ドアの前で立ち尽くす私の隣に立って、息をのむ。私はそっと部屋の中に足を踏み入れた。
私が歩くのに合わせて、今まで解いてきた謎と、私たちが選んだ答えが現れる。そして、それらにはイラストがついていた。アニメのダイジェスト映像のように、イラストが展開されていく。
殺された召使い。その近くに立っている公爵。何やら実験をしていて、その研究室のポッドの中に入っている人口生命体。公爵はその人口生命体を愛でる。愛する家族に触れるように。公爵夫婦は、館を出た。森の奥の小屋で、ひそかに暮らしている。そして、最期のイラストは。
「ああ……」
私の目から、涙があふれた。
公爵は、婦人とともに床に倒れていた。彼らの上に、抱き合っている家族の姿。イラストを横断するように走り書きされている筆記体のアルファベット。
『Rest in peace』
「安らかに眠れ……って、書いてあるね」
涼風くんの声が、後ろから聞こえた。そっと、肩に手が置かれた。
「夜見さんは、救ったんだ。公爵を。すごい……本当に、ただの脱出ゲームとは思えないラストだ」
ぐすっと、鼻を鳴らす音が横で聞こえた気がした。でも、思いっきり泣いてしまっている私には、何も見えなかった。
「これが……人気の理由ね」
天黎が後ろでそう呟いて、私の手をぎゅっと握った。涼風くんが立っている側とは反対側に立って、絵を見上げている。
「あっ! 出口だー!!」
ふと、一条くんの叫び声が聞こえた。私は涙をぬぐって、一条くんを振り返る。一条くんはまっすぐに部屋のある一角に走って行って、そこにある突起を掴む。グイっとそれを引くと、開いた。
「ちょっと光海! 感動的なラストを灯鞠が演出したんだから、もっと感傷に浸るべきでしょ!!」
「いいから、はやくこいよ! 早く出たいって言ったのはお前だろ!」
「そうだけど!!」
天黎が相変わらず一条くんに文句を言うので、私は「まあまあ」と天黎をなだめた。
「出れることは嬉しいもん。公爵も幸せにできたし、もう十分。疲れちゃったし、早く行こ」
そう言って私は、天黎を引っ張って出口に向かう。後ろを振り返ると、涼風くんが穏やかな微笑みを浮かべて、私たちの後をついてきていた。目が合ったので、私はにっと笑っておいた。



