夜風の中で、君に伝えたいこと。

 脱出ゲームの会場は、洋館だった。洋館の前には大きな門が設置されていて、洋館の回りは塀で囲われている。どことなく閉塞感を感じて、私はぎゅっと胸元の服を掴んだ。天黎がちらりと視線を向けてきて、さりげなく私の隣に寄り添ってくれた。
 それで少し安心して、私は改めて洋館を見た。ファンタジーアニメに出てきそうな洋館だった。灰色のレンガでつくられた壁、黒い鉄柵で覆われた窓、黒い屋根、屋根の先が尖った塔。おどろおどろしい雰囲気で、空が青空なのが救いだ。もしこれで曇っていて雨なんかが降ったら、怖くてたまらない。
 門に着くと、門番のように立っていたキャストさんが、私たちにそれぞれ一つずつライトと腕飾りを、そして代表者として天黎に端末をくれた。ライトは何の変哲もない懐中電灯。腕飾りは金色のブレスレットに、それぞれ色の違う宝石のようなものがついている、お洒落なデザインだった。端末はスマホのような見た目だ。キャストさんは案内の紙を見せながら、説明を始めてくれる。
「腕飾りは登録証です。腕に通して、失くさないように気を付けてくださいね。それでは、先ほどの端末の腕飾りのアイコンのアプリを起動していただけますか?」
 天黎が端末の電源をつけ、アプリを起動する。みんなでそれを覗き込んだ。
「アプリのホーム画面の上部に、『メンバー登録』というものがあると思います。それをタップしていただくと、カメラ画面が……はい、そうです。それで、皆さんが今お付けになった腕飾りの宝石部分を映してください。宝石部分には小さな端末が埋め込まれているので、それぞれの宝石の名前が登録されます」
 そう言われて、皆で宝石を読み取らせた。天黎はサファイア、一条くんはルビー、涼風くんはエメラルド、私はダイヤを渡されたので、その四つの宝石の名前が表示された。天黎はキャストさんに見せて、登録されていることを確認してもらう。
「当ゲームは、謎解きをすることで脱出することができます。制限時間はなし。ゆっくりと謎を解いてください。謎解きブースには、大きな端末が設置されております。アプリの機能で、『謎解き』という機能があると思います。そこをタップしていただくと、端末のID入力が求められます。端末の画面の右端にIDがありますから、それを入力してくださいね」
 なかなかに難しい設定だ。私は一度に覚えるのが苦手なので、どうしようと天黎を見た。天黎は真剣に聞いているから、覚えようとしているのだろう。一条くんと涼風くんを見ると、一条くんは私と同じく困ったようにしていて、涼風くんはふむふむと頷きながら聞いている。天黎と涼風くんが覚えてくれるなら……多分、大丈夫だろう。
「謎解きを終えてそれが正解でしたら、次の謎解きブースへのルートが示されます。それに沿って謎解きを進めていってくださいね。謎はこの洋館が持つストーリーにまつわるものです。どのようなストーリーなのかは、こちらもアプリの『ストーリー』機能から見てみてください。では、案内はここまで。では、洋館の世界へ、行ってらっしゃいませ」
 キャストさんがまるでメイドさんのようにきれいにお辞儀をした。反対側に立っていたもう一人のキャストさんも、執事のように礼をする。私たちもつられるように会釈をして、洋館の中に入った。

 洋館の中は、薄暗かった。灯りは、壁に掛けられているキャンドルの光だけ。もし夜にここに来たら、本当に真っ暗だっただろう。外が晴れているせいか、日の光で薄暗いに収まっているけれど、それでもかなり暗い。それに、何か変な音もしてるし……少し、怖いかも。そう考えていると、
「なるほど、それでライトを……」
 涼風くんがそう呟いた。私は彼の声にびっくりして振り返る。涼風くんは懐中電灯をつけた。私はそれまで握っていたことを忘れていて、慌てて懐中電灯をつける。一条くんと天黎もそれに続いてつけた。あたりがある程度明るくなったところで、天黎は端末を操作して、
「みんな、ストーリー、見よう」
 と言って、スマホを差し出した。私は天黎の隣に、背が高い涼風くんと一条くんは、私たちの後ろからのぞき込む。ストーリーは五分くらいのダイジェストアニメのようにして描かれた。ストーリーを要約すると……

 この洋館の持ち主は、男性の公爵閣下。私たちは公爵閣下からパーティーの招待状を受け取り、洋館にやってきた。けれど、洋館には公爵閣下も召使いもおらず、来ていたのは私たちとほかの客人だけ。しかも、この洋館の扉には鍵がかかっていて、脱出できない。だから、私たちが公爵閣下たちがいない理由を解き明かし、脱出しよう……

 という感じだ。
「なんというか、いわゆる脱出ゲームって感じだね。制限時間がないのは、やりこもうと思えばやりこめるからかな?」
 見終わったあと一番に発せられた涼風くんの言葉を不思議に思って、私は振り返って涼風くんを見上げた。すぐに彼と目が合い、彼は首をかしげた。私は素直に、
「やりこめるってどういうこと?」
 と疑問をぶつけた。天黎と一条くんもそうだね、どういうことだ? と尋ねる。涼風くんは少し考えるように空中に目をさまよわせた後、
「ああ……えーっと、ここって遊園地のアトラクションで、いくらでもお金はかけられる。この洋館はとても広くて、探索しようと思ったらそれだけで一、二時間はかかりそう。端末に表示されるルートはあくまで最短ルートで、ほかのルートで行ったら違うものとかが見つかるかもな、って思ったんだ」
 涼風くんの解説に、私と天黎がおお、と感心していると、一条くんも口笛を鳴らして、
「やっぱ透海すげぇよ、こんな短時間でそんなこと思いつくなんて」
 すると、涼風くんは少し恥ずかしそうに目をそらす。
「……ネットのサイトに書いてあったのを読んだことがあったんだ」
 言い訳するようにそう答えて、天黎が持っている端末を再び覗き込んだ。天黎は涼風くんが解説している間にマップ機能を用意していたらしく、そこにはルートが示されていた。天黎が辺りを見渡して、
「あっちかな」
 と当たりをつけた。
「よし、じゃあ、早く行こうぜ」
「そうだな」
 涼風くんと一条くんはさっそくそっちに向かって歩き始める。私も、天黎の隣に走り寄って、二人で並んで歩き出した。天黎と一緒にいるからか、怖さが少し薄れて、楽しみな気持ちのほうが大きくなった。私は天黎に話しかける。
「楽しみだね、どんな世界なんだろう」
「楽しみだね」
 にこっと笑って、天黎は私の意見に賛成してくれる。その天黎の表情としぐさに、私は違和感を感じた。でも、その違和感の正体は、私の考えからするりと抜け出して、掴めなかった。