夜風の中で、君に伝えたいこと。

 約束の日。私は精一杯のおめかしをして、外に出た。すると、もうすでに家の前の門に寄りかかり、私を待っていてくれた天黎が、おっ、と笑いながら出迎えてくれた。
「灯鞠、めっちゃお洒落じゃ~ん! やっぱ涼風と会うから意識してんの?」
「や、やめてよ~。そういう天黎も、すごくかわいいけど……一条くんのこと意識してる?」
「まさか! 灯鞠と遊ぶからだよ」
「えっ、ちょっと照れるからやめて」
 お互いに褒めあいながら、お互いのコーデを見合った。
 私は、白い薄手のブラウスに桃色のスカートを合わせ、上は風を通しやすい素材の、水色のカーディガンを羽織っている。靴下は白、靴は歩くことも考えて、ローヒールのストラップサンダルを履いている。髪はお姉ちゃんがきれいに結んでくれて、編み込みのハーフアップだ。黒革のショルダーバッグにいろいろなものを入れている。
 天黎は、黒の半そでのオーバーサイズのTシャツに、薄青のワイドジーンズを合わせてTシャツはズボンの中に入れ、茶色い細いベルトで締めている。靴は動きやすそうなスニーカー、髪はいつも通りポニーテール。私と同じ場所で買った、お揃いの黒革の小さめのリュックを背負っている。
 一通り褒めあって満足して、私は時計を見た。今は、八時三十二分。確かバスの予定時刻は八時四十分で……まずい、あと八分ほどしかない。私はあわてて天黎のほうを見た。
「天黎、あと八分。早くしないと、バス行っちゃう!」
「やば、走ろ!」
 二人で急いでバス停まで駆け、何とかバスには間に合った。乗れた後に、二人でよかったぁ、と笑いあった。

 二十分ほどバスに揺られて、遊園地の東の入口についた。遊園地の開園時間は九時半。集合は九時十五分、南の入口。バスから降りると、天黎はあたりを見渡した。
「えっと、南の入口にはどうやって行くんだろ……」
 多分天黎は、看板を探してる。こういうところにはたいてい、案内板が立っているからだ。でも、パッと見たところはそう言うのが見つからない。古い遊園地だから、もしかしたら案内板もボロボロなのかも。
「天黎、私、一応調べてたんだけど」
 そう言い、私は自分のスマホの画面を天黎に見せた。マップアプリで、東入り口のバス停から、南入り口までのルートが表示されている。バスに乗っている間は暇だったから、いろいろ調べていた。それが役に立った、と私は笑う。天黎もニッと笑って、私の肩をたたいた。
「さっすが灯鞠! さ、じゃあそれに従っていきますか」
「そだね」
 そこから、今日どんなアトラクションに乗りたいかとか、どんなお土産を買うかとかを放しながら、南入り口についた。すると、まだ集合時間五分くらい前なのに、もう涼風くんと一条くんがいた。
「あ、灯鞠ちゃーん! こっちこっち!」
「……あ、やあ、夜見さん、月守さん」
 こちらに向けて手を振る一条くんは、ブルーのチノパンに黒い半そで、紺の布地のスポーツバッグと、銀板がついたネックレス、黒いスニーカーというラフで涼しそうな服装だ。対して涼風くんは、黒いチノパンに白いシャツを着て、上からデニムジャケットを羽織っている。肩にかけるショルダーバッグは黒い布地でつくられて、青いスニーカーを履いている。二人ともかっこよくて、お洒落なスタイルだった。

……あれ?

 私は少し引っかかった。なぜか、涼風くんが疲れているような、そんな感じがしたからだ。表情が暗くて、いつもより反応が鈍くて……気のせいだといいのだけれど、と考えこんでいると、
「おはよう、光海、涼風」
 天黎がそう言いながら二人に歩いていくので、私もあわてて後を追う。
「おはよ、涼風くん、一条くん」
「おう! いやあ、二人とも超かわいいな!」
 挨拶をすると、すぐに一条くんが誉め言葉をくれた。不意打ちを食らって、私はあたふたと慌てる。男の子から褒められるなんてこと、なかなかないから。しかし、私とは対照的に、天黎はふんっと鼻を鳴らすだけで終わった。
「あ、ありがと……」
「え? もしかして灯鞠ちゃん、照れてる?」
「だ、だって、褒められることあんまりないし、機会もないし……」
 私はそう言いながら一条くんから視線を逸らす。すると、こちらをぼんやりとみている涼風くんと目が合った。びくっ、と私の体はわかりやすく震える。すると、一条くんがにやにやした顔になって、涼風くんのほうを見た。
「おい透海、お前からも何か言ってやれよ」
「……え? ああ……可愛いと思う、夜見さん」
「あ、ありがとう……」
 やっぱり、今日の涼風くんは何か変だ。どこかぼんやりとしていて、作り物めいた笑みを浮かべて……疲れているのかも。今は夏休み半ばだし、前に話したのはずいぶん前だ。涼風くんの問題が何かどうかは知らないけれど、一番最初に話した時もずいぶん疲れているようだったから……
「あー、透海、月守。ちょっと先行っててくんないか? 月守、灯鞠ちゃん借りる」
「わかった。じゃあ涼風、行こ」
「ああ」
 私が考えこんでいる間に、一条くんの指示によって天黎に引っ張られながら、涼風くんも一緒に先に行ってしまった。ねえ、と声をかけられて、私は初めてそれに気づいた。あたりを見渡し、二人であることに気づいて、きゅっと眉を下げる。
「なんで、二人を先に行かせたの……?」
 天黎がいないことに心細さを感じ、一条くんと二人きりの状況に気まずさを覚えて、私は尋ねた。一条くんはあー、と歯切れの悪い声を出しながら頭を掻いた。
「灯鞠ちゃん、透海のこと考えてたんだろ? 灯鞠ちゃん、意外と感情表に出すタイプだから、わかりやすいんだよな」
「えっ……」
「ああ、悪い意味じゃないよ、いい意味だ。って、何言ってんだ、俺」
 はあ、と一条くんはため息をつく。そして、頭を振った。私も同じように頭を振って、一度感情と考えを整理した。今、一条くんが私に話してるのは、涼風くんのこと。一条くんは私の悪口を言ってるんじゃなくて、褒めてくれてる。一条くんの表情は少し翳っている。涼風くんのことが大切で、想っているに違いない。あんな様子だから、相棒の一条くんならすぐに気が付いただろう。
「とにかく……今日の透海の様子は、おかしい。夏休みに入ってから、段々と疲れが出てるっていうか……なんかそんな感じだから、灯鞠ちゃんのほうでも気にかけてくれると嬉しい。っていうことを言いたかっただけなんだけど……」
「うん、わかった」
 私はすぐに頷いた。一条くんの話を聞いているうちに、気持ちの整理ができたから。一条くんの手をそっと握った。一条くんが驚いたようにこちらを見る。私はにこっと微笑んで見せた。
「話してくれて、ありがと。涼風くんのこと、一人で考えてるの疲れちゃったでしょ。私も……多分天黎も気づいてる。だから、もう大丈夫。……って、何が大丈夫なのかわかんないけど……でもとにかく大丈夫だから! 今日は楽しも!」
 ちゃんと考えて言っていたわけじゃないからぐちゃぐちゃな構成になってしまったけど、ねっ、と笑ってごまかす。すると一条くんがくっ、と笑った。その笑顔には、先ほどの翳りがあまりなく、薄れているように見えた。私が首をかしげると、一条くんは私の手を握り返してくれた。
「透海と月守が灯鞠ちゃんに懐く理由がわかったよ。灯鞠ちゃんは本当にいい子で、面白くて……人の苦しみに敏感で、助けて、寄り添ってくれるんだな」
 一条くんの笑顔は本当に穏やかで、私が大したことを言えたはずがないし、ちゃんとあってるかわからなかったけど、でも喜んで、安心してくれるんだったらよかった。私はへへ、っと恥ずかしくなりながら笑った。一条くんはもう一度私を見て、ふと私の頭に手を伸ばして、ぽん、と手を置いてくれた。
 私の顔は急に火照って、頭は混乱に見舞われた。なんで一条くんが頭に手を置いてくれるのかわからなかったからだ。でも、表情は心に正直だった。どうしようもないほど笑み崩れてしまったのだ。
 スキンシップは、高校生ともなるとなかなか取れない。同性の友人、例えば天黎とか、お姉ちゃんたちはよく抱きしめてくれるし、頭を撫でてくれるけど、異性となるとそうもいかない。異性というのに特別感を感じるのかはわからないけど、すごくうれしいのだ。でも、頭ではこんなに笑うのは変だろうな、と思う。引かれるかもしれない、と。でも、一条くんは優しげな微笑みを浮かべた。
「灯鞠ちゃん、やっぱ超かわいいじゃん」
「……え?」
「あー、いや、なんでもない。天黎の真似だ」
 ぽろっと、天黎、という呼び方が出てきたけど、一条くんはそれに気づいていないようだった。どこか慌てていて、目が泳いでいる。だから私は、あえて指摘することはしなかった。一条くんの背をちょっとだけ天黎たちが向かったほうに押す。
「行こ」
「……そうだな」
 私たちは並んで歩きだした。しばらく歩いていると、天黎がこちらに向かって手を振っているのが見えた。涼風くんはと言えば、また少し沈んだ表情で、空を見上げていた。