苦虫を噛み潰したような顔でリョーコは言った。
「こんなのないって。『大号泣できる10代向け青春恋愛』なのに【余命は禁止!】だなんて。これを考えた編集部の人、何を考えてんだか』
 隣の席に座るレイジが呆れ顔で言った。
「編集部の人は、余命は禁止だって考えていたと思うよ」
 リョーコが睨み付ける。
「そんなこと誰だって分かるって。余命抜きで大号泣させようなんて、考えが甘いって言いたいの私は」
 ちょっと怯えつつレイジは言い返した。
「余命の話ばっかりで飽き飽きしたんだよ、きっと」
 その予想に納得できないリョーコが手のひらで机をバンバン叩く。
「10代は飽きてない! そこのところが分かってないの」
「相手は専門家だよ、そういう分析はちゃんとしているさ」
「違う!」
 リョーコは力説した。
「みんなが求めているのは余命の話なの。私には分かる。10代の少女小説家としてのデビューを目指し10代の嗜好を研究し尽くしている私が言ってんだから、間違いなし」
 レイジは反論を述べた。
「皆が求めているのは大号泣できる青春恋愛であって、余命の話じゃないよ。編集部の人は、余命に拘るなって言いたいんだよ」
「私は拘り続けたいの」
 頑固なリョーコにレイジは匙を投げない。
「余命宣告されない難病なんて、どう? 麻痺が進行して歩けなくなるとか、色々あるじゃない」
「死ななきゃつまんない」
 そんなに人の死を見たいのか……と引いてしまったレイジだが、それくらいでリョーコへの想いが消え去りはしない。
「好きな先輩との別れなんて、どうだろう。卒業シーズンだし」
「それなら余命宣告された先輩との別れの方が泣ける。卒業を前にして先輩が死んじゃうの。そっちの方が絶対にいい」
「だから余命は厳禁だって。いじめに遭って同級生が自殺未遂を起こし、見て見ぬふりをしていた自分が情けなくて泣く、というのは?」
「それだと青春恋愛との関連性が薄くなる」
 それはもっともな意見だとレイジは惚れ直した。ちょっと生意気そうに見える隣の席の女子の横顔を無言で眺める。
「どうしたの?」
 彼は突然リョーコに告白したくなった。幸い、教室には二人以外、誰もいない。今がチャンス!
「リョーコ、あのさ。実は俺、君の事が最初に会った時から、ずっと」
 キョーコは微笑んだ。
「どうしたの?」
 レイジは息を呑んだ。今、自分の隣に座る女性はリョーコでなくキョーコだとに気付く。
 どうしたっていうんだ! こんな大事な時に、高校の頃に好きだった女の子のことを思い出すなんて!
 かつてレイジが恋焦がれた同級生のリョーコは不慮の事故で亡くなっていた。夢見ていた小説家になれないことに絶望して死を選んだという噂が流れたけれど、それが事実なのか彼には分からない。そもそも話をしたことが数回くらいしかないのだ。せっかく隣の席になれたのに。
「ねえ、どうしたのレイジ?」
 少し心配そうなキョーコに尋ねられ、レイジは自分が白昼夢を見ていたと気付いた。心の底で首を横に振る。昔の夢なんか見ている場合じゃない。今は人生の勝負時なのだ。彼は上着のポケットに手を入れた。そこには結婚指輪の入った小さな箱が入っている。彼女にプロポーズするつもりなのだ。
 二人がいる喫茶店には他に客はいない。求婚を受け入れられなかったら、大号泣しても良さそうだ。
 そんな話をレイジはリョーコにしてみた。
「どうだろ、大号泣しない?」
「私が作家になれずに死んで、あんたが他の女にプロポーズする話で大号泣しろっての? 最低! 大嫌い!」
 ぷんすか怒って教室を出ていくリョーコを追いかけながらレイジは、ここで大号泣すべきかどうか考えた。