「おーっす! バイトお疲れ!」
うんざりした顔の雄一へ容赦なくカメラが近づいていく。
「お前なぁ、人のバイト終わりに待ち伏せするなよ」
「どうせこれから夏美ちゃんに会いに行くんだろ? それなら同行する」
「断っても無理やりついて来るんだろ」
雄一は諦めたように歩き出す。
薄暗くなってきた街並みをふたりで並んで歩いていて、アスファルトにはふたりの影が伸びている。
「昔と比べて最近の夏美ちゃんの様子はどうなんだ?」
「どうって……まぁ、だんだん良くなってるとは思うけど、まだわからないな。俺がいないときの様子とかはわからないわけだし」
「やっぱり、雄一がいるときといないときじゃ違うのか?」
「そりゃ違うだろ。時々夏美の母親から相談を受けるんだ」
「どんな?」
「誰かから心配されることが疎ましいのか、突然キレるって」
「……そうか」
達也はそのまま黙り込んでしまった。
「でも、疎ましいんじゃなくて、心配させていることが申し訳ないとか、心配されることで焦ってるんだと思うんだよな。外に出られなくてじれったいのは、夏美自身なんだしさ」
「なるほど。引きこもっている本人からすれば心配がプレッシャーになるってことか」
雄一が軽く頷いた。
「やっぱり持つべきものは友だなぁ。俺今すっげぇ勉強になってる」
「本当かよ」
しばらく無言で歩いたとき、ふと思い出したように雄一が達也へ視線を向けた。
「そういえばバイト中にお客さんが気になること言ってたな」
「気になること?」
「あぁ。バスに乗ってた4人がいきなり行方不明になったって。知らないのか?」
達也がスマホを取り出し、カメラに移しながら音声検索をかけた。
【バスに乗っていた4人行方不明。運転手だけ見つかる】
「おいおい、なんか最近行方不明事件が多くないか?」
「そのニュース、ちゃんと確認してみようか」
雄一が昨日の公園へと入っていき、達也もそれに続いた。
昨日と同じように木製のベンチに座り、ニュースサイトを確認する。
【バスに乗っていたのは吉村晴美さん18歳。臼井彩さん22歳。平一幸さん20歳。戸川友明さん25歳。4人は同じ施設の利用者で軽度の知的障害を持っていました。
行方不明になった8月×日には施設専用のバスで観光へ向かっていたといいます。
運転手の証言では4人をバスからおろしたところで忽然と姿が見えなくなったということです。
バスは○○県にある古い鳥居の付近で停車し、その近くには歴史資料館などがあり、そこへ行く予定だったということです。
また、関係者からの証言でその運転手は日常的に施設利用者へ虐待していたのではないかという疑いが浮上しました。
警察では、運転手がなんらかの事情を知っているとして、捜査を進めています】
「古い鳥居って、確かトミーチャンネルにも映ってなかったか?」
「そうだったか? 覚えてないけど、この運転手は怪しいな」
雄一は左右に首を振って、そう言ったのだった。
いまよい村とは
カメラの録画が始まると、そこは夏美の部屋の中の様子だった。
夏美はテーブルの上に地図を広げて深刻そうな顔をしている。
「今はなにをしてるの?」
「どこかに『いまよい村』があるかもしれないから、探してるの」
とはいえどこにあるのか検討がついているわけではなさそうで、夏美が見ているのは日本地図を拡大したものだった。
「ネットで検索したら?」
「もうしたよ。でも出てこないの」
夏美はふぅとため息をついて目をこすった。
どれだけの時間地図をにらめっこしていたのだろう。
「出てこない?」
達也はカメラを床に置いてスマホを取り出し『いまよい村』で検索した。
検索結果がカメラに映り込む。
『0件』
「それじゃやっぱりあの動画は作り物なんじゃないか? ちょっと大掛かりだけれど、チャンネル登録者を増やすためにやってるんだ」
雄一の言葉に夏美は納得していないようで、首を傾げた。
「だけどもう何人のも人が警察に通報してるんだよ? それでもトミーも美加さんも見つからない。動画配信だけが続いてるのって、やっぱりおかしいと思うんだけど」
雄一が夏美の隣に座り、その手を握りしめた。
「なぁ夏美、好きな配信者のことが気になるのはわかるけど、もう少し自分のことを考える時間を増やしてもいいと思うんだ」
「どういうこと?」
「夏美ももう20歳だ。そろそろこの先のことを真剣に考えないと」
それは雄一なりのやさしさだった。
でも、夏美の表情が怪訝なものに変化したのは一瞬のことだった。
「なにそれ、雄一、ずっとそんな風に思ってたの?」
夏美の声が震える。
「いや、そうじゃないよ。だけどいつまでも引きこもってたんじゃダメだろ? いずれは両親んだって死んでしまうんだし、外へ出る準備をしなきゃ」
「そんなの言われなくてもわかってる! だから雄一と一緒にコンビニに行ったり、夜の公園に出かけたりしてるんでしょう!?」
夏美が金切り声を上げて立ち上がり、雄一めがけてクッションを投げつけた。
その顔は真っ赤に染まり、目には涙が滲んでいる。
「私にとってはそれが精一杯なの! 普通に生きてる雄一にはわかんないよ!」
「わ、悪かった夏美。そうだよな、夏美は頑張ってるんだよな」
「雄一はわかってくれてるんだと思ってた! ずっと、信じてたのに!」
叫び声を上げて部屋を飛び出す夏美。
夏美はそのまま階段を駆け下りて玄関の外へ飛び出していく音が聞こえてきた。
「夏美がひとりで外に出た!?」
驚いた顔をこちらへ向ける雄一。
「追いかけなくていいのか?」
「そ、そうだな」
達也に言われて雄一は慌てて駆け出した。
玄関へ向かうとリビングから夏美の母親が顔を出したところだった。
「なにがあったの? 夏美は?」
「夏美はひとりで外に出ました。追いかけます」
雄一の説明に母親が驚愕の表情を浮かべる。
今にも泣きそうであり、でもどこか喜んでいるようにも見える。
「夏美!?」
外に飛び出した雄一がすぐに足を止めてカメラが背中にぶつかった。
「おい雄一、急に止まるなよ」
達也からの文句が聞こえていないのか、雄一は目の前で立ち止まったまま動かない。
カメラが雄一の前方を映し出す。
そこには素足のままで立ち尽くした夏美の後ろ姿があった。
「夏美?」
雄一が優しく声をかけてゆっくりと近づいていく。
「夏美、どうした?」
その肩を叩くと、夏美がビクリと体を跳ねさせて振り向いた。
瞳が大きく左右に揺れている。
「雄一……私、ひとりで外に出られた」
驚きに目が見開かれる。
カメラが夏美の顔にズームした。
「あぁ、そうだな」
「3年ぶりだよ? 3年ぶりに、ひとりで外に出られた!」
夏美の目にぶわりと涙が浮かんできて、それがボロボロと溢れ出す。
雄一がそんな夏美の体を抱きしめた。
「頑張った。頑張ったな夏美」
カメラの映像がブレて達也の鼻水をすすり上げる音が入った。
「なんでお前まで泣いてんだよ」
雄一が振り向いてツッコミを入れると達也は「俺、大学製作にドキュメンタリー選んで良かったと思ってる」と、言ったのだった。



