回しっぱなしのカメラは床に置かれ、達也がカーペットの上に寝転がって寝息を立てている。
「全く、なにしに来たんだな」
雄一がそんな達也を呆れ顔で見下ろした。
「達也くんも大学製作で疲れてるんだよ。寝かせてあげようよ」
「ほんっと、邪魔なのになぁ」
雄一が夏美を引き寄せたとき、夏美がテーブルに置かれている自分のスマホに視線を移した。
「見て、今日もトミーの生配信があるみたい」
「へぇ、見てみるか」
「一応、カメラに映るようにしてあげようか」
夏美がカメラをテーブルの上に移動させ、その前に自分のスマホを置いた。
それからしばらくすると、トミーの生配信が開始された。
『今日は特別ゲストがいます!』
画面に現れたトミーの元気そうな声に、雄一と夏美が顔を見合わせた。
昨日の配信では今にも倒れてしまいそうだったのに。
『じゃーん! 山田美加さんです!』
トミーの横から現れたのは長い髪の毛をクルクルに巻いた1人の女性だった。
月明かりで金髪がキラキラと輝いて見える。
「山田美加?」
トミーの大きな声で目を覚ました達也が画面横で起き上がり、呟いた。
「知ってるのか?」
「今朝のニュースで聞いた名前だ。確か、行方不明になったとか、なんとか」
『こんばんは……山田美加です』
美加はまだ戸惑っているようで、チラチラとトミーへ視線を向けながら挨拶をした。
『いやぁ、美加さんに出会ったおかげで僕は九死に一生を得ました! なにせ飲まず食わずでしばらく歩き回ってたんで、いつ死んでもおかしくなかったんですから!』
大げさな身振り手振りで自分の状況を伝えるトミー。
その横で美加はずっと不安そうな顔をしている。
『でも、森の中には木の実とか沢があったから……』
美加の言葉にシーと人差し指を立てて慌てて止めるトミー。
『そんなときに美加さんに出会って、持っていた食べ物を分けてもらったんです。いやぁ、これがなかったら本当に危なかったですよ!』
トミーがチョコレート菓子のゴミをカメラに向けている。
甘い物を食べたおかげで一気に元気になったみたいだ。
『だけど美加さんに聞いても帰り方はわからないみたいです』
『はい……私もトミーさんと同じで、森の中に迷い込んでしまって、そのまま……』
そこは予め用意されていたセリフのようで、美加はよどみなく答えた。
コメント欄を見ると山田美加の存在に気がついた人たちが《行方不明者のニュースで見た!》と書き込んでいる。
《トミーも山田美加もグルで、最初からこういう動画を配信するつもりだったんだ》というコメントも多い。
実際、そうとしか思えないシチュエーションになっている。
『僕の演出だと思っている人も多いみたいだけど、それは違います! 僕と美加さんは今日始めて会ったばかりだし、本当に帰れなくなってるんです!』
カメラに向けて必死に訴えかけてくるトミーは真剣そのものだ。
《それなら自分で警察に連絡しろよ!》
もっともなコメントが書き込まれて、トミーがたじろぐのがわかった。
『警察への連絡はもちろんしました。だけどここがどこがわからないから、居場所を伝えられないんです』
美加がコクコクと何度も頷いている。
嘘か、本当か、画面越しではわからない。
『私だって帰りたいよ。でも帰れない……』
美加が肩を震わせて両手で顔を覆った。
その指の隙間から涙がこぼれ落ちてくる。
《トミーが女の子泣かせたぞ!》
《トミーは関係ないでしょ。心無いコメントのせいじゃん!》
《あ~あ、女の子の涙で登録者数うなぎのぼりだな!》
「これ、どう思う?」
達也が雄一と夏美へ向けて質問した。
夏美は険しい表情で左右に首をふる。
「わからないな。本当なのか嘘なのか。朝の行方不明者のニュースってのを確認してみようか」
雄一が自分のスマホで今朝のニュースを調べ始めた。
そして一瞬で顔つきが変わる。
チラリとカメラへ視線を向けると、スマホ画面を突き出してきた。
行方不明になっている山田美加の顔写真が映し出され、それはトミーチャンネルに出ている女性と酷似していた。
「これがヤラせだったら大問題になる。ふたりは本当にいなくなって、自分がどこにるのかもわからないんだ」
雄一が静かな声で呟いた。