「何度か見せてもらったことがあるけど、どこかの村の中みたいなイラストが書かれていたよ。『ここには迷いのある人や悩みのある人が集まってきて、みんなで平和に暮らしているんだ』って、言ってたっけ。今思い出せばそれは真司くん自身になにか大きな悩みがあったからじゃないかなぁ」

用務員さんが当時を思い出すように遠くに視線を送った。
その目には微かに光るもとが見える。

「それって『いまよい村』なんじゃ……」
達也が思わず呟いたとき、用務員さんが驚いたように目を見開いた。
さっき滲んできた涙は一瞬でひっこんだ。

「なぜそれを知ってるんです?」
「なぜって……隣町にそういうものがあるって聞いたもので」

「そうですか……。確かにあの子のノートには『いまよい村』と書かれていました。今を迷う村で、今迷い村。隣町の山にそういう村があると話が伝わってきたときには、絶対に誰にもこの話をしてはいけないと思っていたんですけどねぇ……」

用務員さんが深く深くため息を吐き出す。
そしてスッキリした顔を浮かべた。

「だけどダメですね。大きな秘密はいつまでも隠し通せるもんじゃない。こうして心の中にしまっておくだけでも、かなりの負担だ」
そう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「きっとあなたたちが今かんがえている通りです。いまよい村を作ったのは、真司くんです」