真っ暗な中パッと光が差し込んでそれがカメラ映像であるとわかった。
カメラを持っている男が自分の顔を映し出す。
20代前半の痩せ型、黒髪短髪で健康に日焼けをしている。
「えーっと。俺の名前は田村達也でっす。大学の大学製作として引きこもりをしている子のドキュメンタリーを撮っています。あ、もちろん許可取ってます」
達也がカメラの向きを変えると一軒家が映し出された。
木でできた表札には三浦と書かれている。
その横にある門扉を開いて中へ入ると、砂利が玄関まで敷き詰められていて、通路のように左右に茶色いプランターが置かれている。
プランターのすべてに背の低いひまわりが綺麗に咲いている。
「よっし。じゃ、チャイム鳴らしますかぁ」
達也の右手がカメラに入り込んできたとき、内側から玄関が開いた。
「うわっと……びっくりした」
達也が後ろにとびのいで画面が左右に乱れる。
ようやく落ち着いたとき、玄関先に立っている男の姿が写った。
その男も20代前半くらいで、達也よりも色白で中性的な顔立ちをしている。
「なんだよ雄一、驚かせるなよ」
雄一と呼ばれた男が笑って「悪い。玄関先でなにしてるんだろうと思って出てきたんだ」
「撮影するって言っただろ。それっぽく見せるために玄関に入る前から撮ってたんだよ」
「なんだ、そういうことか。夏美は2階で待ってるぞ」
「そういうのも順序だてて紹介するつもりだったのに、お前のせいで台無しだぞ!」
「はははっ。俺のおかげで夏美が了承してくれたんだから、これくらいのことで怒るなって」
雄一が達也の前を歩いて玄関に入っていく。
「おじゃましまぁす」
「まぁ上がれよ」
「だーかーら! ここは雄一の家じゃねぇだろ!」
前を歩く雄一の後頭部にツッコミが入る。
階段が現れてふたりは2階へと移動した。
「夏美、達也が来たぞ」
「ちょっと待って。ドアの前で雄一の自己紹介を取りたいんだ」
「俺の? そんなの適当でいいだろ」
「ダメだっつーの! 俺は本格的なドキュメンタリーが撮りたいんだから」
「だったら尚更取り直しとか必要ないんじゃないか?」
「いいから、早く自己紹介してくれよ。進まないだろ」
促された雄一が大げさにため息を吐き出してカメラを向く。
照れくさそうに頭をかきながら「俺は山崎雄一です。えっと、撮影者の達也とは大学の同級生です」
「はい。それじゃあ雄一、今日は誰を俺に紹介してくれるんだ?」
「俺の幼馴染の三浦夏美です。夏美とは幼稚園に入る前からの付き合いです」
「よっし、いいぞ。それじゃドアをノックして開けてくれ」
「やれやれ。ずっとこの調子でやるのか?」
呆れながらも部屋のドアをノックする雄一。
中から「はい」と、少し緊張した女性の声が返ってきた。
雄一がドアを開けて中に入ると、達也のカメラが女性をドアップにして写した。
不健康なほど色白で透き通った肌。
折れそうに細い体で、唇だけが赤く浮き出て見える。
「こんにちは夏美ちゃん。久しぶりだね」
「お、お久しぶりです」
夏美が緊張して左右に瞳を揺らす。
雄一が夏美の隣に座って、その手を握りしめた。
「このドキュメンタリーを製作するに当たって、夏美ちゃんとは一週間前に1度お会いしました。そのときにお互いに下の名前で呼んでいいということになっています」
達也の説明に夏美がうんうんと小刻みにうなづく。
「それで、夏美ちゃんは引きこもりって聞いたんだけど、それは本当?」
「はい、本当です」
夏美が頼りない様子でコクンとうなずく。
その瞳はカメラ外にいる雄一を何度も確認した。
「それはいつから?」
「17歳の頃からです」
「というと、高校2年生?」
「はい」
「夏美ちゃんは俺達と同じ20歳だよね? 3年間引きこもってるってことで、合ってる?」
頷く夏美が雄一の手を強く握りしめた。
「よし、じゃあ最近の話を聞かせてくれる? 家の中にいて、なにをして時間を潰すの?」
「部屋にいるときはネットで買い物をしたり、動画を見たりしてます」
「へぇ、どんな買い物をするの?」
「音楽が好きだから、気になる曲をダウンロードしたり、たまにCDも買います」
夏美の顔に笑みが浮かんで来る。
自分の好きなものの話になって、少し緊張がほどけてきたようで時々雄一と視線を交わせて微笑んだ。
「そっか。趣味があるのはいいことだね。動画はなにを見てるの?」
達也の質問に夏美が自分のスマホをテーブルの上に置いた。
画面には動画が流れている。
「トミーチャンネル? なにこれ、知らないなぁ」
「達也は動画製作してるくせに、トミーも知らないのか?」
雄一の呆れた声が画面外から聞こえてくる。
カメラは夏美のスマホ画面を写したままだ。
「トミーチャンネルは最近登録者が急上昇してるホラー系の動画チャンネルなの」
「ホラー? 俺そういうの苦手なんだよなぁ……」
「ふふっ。でもこれは面白いよ? トミーが全国各地の心霊スポットに行って面白おかしく紹介してるの」
「面白おかしくって……そういう場所を笑いものにしてたらいつか絶対に祟られるんだぞ」
「達也ってそういうの気にしてるんだっけ? 本当に顔色悪いじゃん。ほら、カメラで撮ってやるよ」
雄一がカメラに手を伸ばして達也の顔を映し出す。
確かにその顔はすでに青くなっていた。
「やめろよ。俺は真剣に動画撮影してんだからな!」
雄一からカメラを奪い取り、再び夏美のスマホが映し出された。
「一本動画を見てみる?」
「う……。後で確認してみるから、今はいい」
達也の言葉に雄一と夏美の楽しげな笑い声が入り込んだ。