もう、彼女との思い出は半分も思い出せない。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
レコードを聴きながら、ぼんやりスマホを眺める。
『プロローグから』
小説の表紙を読んで、そっとスマホをとじる。
ふと時計を見たら深夜の3時をまわっていた。
窓の隙間から、冷たい風が通り抜けていく。
夜の底が嫌いじゃない。孤独な心を、暗闇が慰めてくれる気がするから。
けれど、気を抜くと蓋をしていた気持ちが溢れそうになる。咄嗟にメモアプリを開いた。
『 どうしてこうなってしまったのだろう
今も答えはわからない 』
投げやりになりながら文を綴る。
虚しさと、孤独と、寂しさを込めながら。
なんとか堪えるけれど、行き場のない気持ちがふつふつと沸き起こる。そして、心の中で叫ぶ。
どうして、うまく笑えないんだろう。
どうして、うまく話せないんだろう。
無意識に涙が落ちた。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
d ream
懐かしい声がした。
「覚えて、ない?」
不思議な感覚だった。この声を、顔を見覚えがあるのに、その部分だけ思い出せない。
僕には友達がいない。
だから、女の子と話したことも無かった。
「冗談だよ。はじめましてだね」
ふふっ、と笑った。
ー今にも泣き出しそうな顔で。
何で彼女は泣いてるんだろう。
回らない頭で次の言葉を探す。
ピピピ…ピピピ…
「あ… 」
╰┈ ‧₊˚ ☾. ⋅———-────°˖✧
目が覚めたら涙は乾いていた。
彼女は誰だろう…?
記憶を辿ってみる。思い返してみれば、小5から高2までずっと、友達がいないまま学校生活を送ってきた。
ーどうして僕は、こんな空っぽな人生何だろう。
1つだけ、僕を決定的に変えた出来事がある。
まだ僕が小学5年生の頃。
あの日は、家族で旅行をしていた。
帰り道、旅行が唐突に、喜劇から悲劇に変わった。ジェットコースターに乗っているような強く揺れ、頭に鈍い衝撃がはしった。目が覚めた時のアルコールのツンとした匂いがまだ鼻の奥に残っている。
退院後は、なぜか周りに避けられるようになった。
友達がいた記憶も残っていないし、事故の後はずっと下を向いて生活していた。だから、馴染めなくなってしまったのだと思う。
その俯いた性格がまだ強く染み付いている。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
1日の終わりに、小説をあさる。
本は僕を別の世界へ連れていってくれる。
けど、心の中の自分が言う。
『こんな奇跡は起こらない』と
頭に鈍い痛みがはしった。
頬に涙が伝う。
ー彼女にまた会えたい。
気付くと僕は眠っていた。
╰┈ ‧₊˚ ☾. ⋅———-────°˖✧
「また会えたね」
彼女はふふっと笑った。
この瞬間、恋に落ちた。
「私、夢の中で君と会えるのは
今日で最後かもしれない」
「え?」
「だから、君に本当のことを話すね
君は、小5の頃の記憶を忘れてるの」
『ーでも、大丈夫だから。泣かないで』
君は、ふふっと笑いながら涙を流していた。
┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
あの日から徐々に記憶を取り戻していった。
本当は事故の前、僕には友達が沢山いた。
そしてー、真実に気付く。
事故が起きた後、俯いている僕をみて、クラスの皆は『避けていた』のではなく『気を使って』話さないでいてくれていただけだった。
今まで勘違いしていただけだった。
あと、もう1つ大事なことを忘れていた。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
僕には昔、幼馴染がいた。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
m emory
瞼の裏に記憶が鮮明に映し出される。
小4の夏、海に行った時。
夕日が波に反射して、海が太陽に包まれている光景が脳裏に焼き付いている。
当時の彼女は、小学生にしては大人びた雰囲気の子だった。そして、時々不思議なことを話す。
「世界の終わりって美しいと思わない?」
「そうかなー、皆混乱して地獄絵図になると思う。」
「確かにそうかも。けど、この世界に生き続けなければいけない。っていう思い込みから解放されたとき、世界は美しく輝くと思うんだ。」
当時の僕は何を言ってるかわからなかったけど、夕日に照らされている彼女の横顔を見て、綺麗だと思った。
彼女はその年の冬に、交通事故で死んだ。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎
君は、僕の初恋の人だった。
最後に君と話したのは、学校の音楽室でレコードを聴いていた。
彼女が、こそっと内緒話でもするような声で言った
「レコードは、A面が終わったらひっくり返して
B面にしてあげないといけないの」
物語はここから、B面に移行する。
˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈ ‧₊˚ ☾.
私は、もう死んでいる。
けれど君を助けたくて、会いにきた。
「覚えて、ない?」
もしかしたら、覚えているかもしれない。
君は、どんな反応するかな。少しは喜んでくれるかな。
そんな思いで声をかけてみた。
けど、君は不審な目でこちらを睨んできたから、
思わず泣きそうになった。
私のことも忘れてたんだ、って。
「冗談だよ。はじめましてだね」
泣きそうになったの、バレてないといいけどな。
╰┈ ‧₊˚ ☾. ⋅———-────°˖✧
あと一回だけ、会えるチャンスを神様がくれた。
「また会えたね」
彼が、少しだけ笑顔になったのに気付く。
それがおかしくて、ふふっと笑った。
「私、君と会えるの今日で最後かもしれない」
「え?」
「だから、君に本当のことを話すね
君は、小5の頃の記憶を忘れてるの」
これで、やっと成仏できる。
ずっと君を見てきたからわかるよ。
孤独で、寂しくて、苦労してきたこと。
けど、これで大丈夫なこと。
だから私にできる精一杯の力で君の背中を押せるような言葉を、何年も温めてきた。
『 泣かないで 』
私は、夢の中で失恋した
君はもう、昔の私を忘れてたんだね
僕は、夢の中で恋をした。
けど、君はもう死んでたんだね
╰┈ ‧₊˚ ☾. ⋅———-────°˖✧
彼女との思い出に句読点を打った。
End



