もう、彼女との思い出は半分も思い出せない。






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レコードを聴きながら、ぼんやりスマホを眺める。

『プロローグから』

小説の表紙を読んで、そっとスマホをとじる。




ふと時計を見たら深夜の3時をまわっていた。


窓の隙間から、冷たい風が通り抜けていく。

夜の底が嫌いじゃない。孤独な心を、暗闇が慰めてくれる気がするから。


けれど、気を抜くと蓋をしていた気持ちが溢れそうになる。咄嗟にメモアプリを開いた。



『 どうしてこうなってしまったのだろう
         今も答えはわからない 』

投げやりになりながら文を綴る。
虚しさと、孤独と、寂しさを込めながら。

なんとか堪えるけれど、行き場のない気持ちがふつふつと沸き起こる。そして、心の中で叫ぶ。

 どうして、うまく笑えないんだろう。
 どうして、うまく話せないんだろう。



無意識に涙が落ちた。




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d ream



懐かしい声がした。


「覚えて、ない?」

不思議な感覚だった。この声を、顔を見覚えがあるのに、その部分だけ思い出せない。

僕には友達がいない。
だから、女の子と話したことも無かった。


「冗談だよ。はじめましてだね」

ふふっ、と笑った。

ー今にも泣き出しそうな顔で。


何で彼女は泣いてるんだろう。
回らない頭で次の言葉を探す。



ピピピ…ピピピ…

「あ… 」



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目が覚めたら涙は乾いていた。



彼女は誰だろう…?

記憶を辿ってみる。思い返してみれば、小5から高2までずっと、友達がいないまま学校生活を送ってきた。

ーどうして僕は、こんな空っぽな人生何だろう。





1つだけ、僕を決定的に変えた出来事がある。



まだ僕が小学5年生の頃。



あの日は、家族で旅行をしていた。


帰り道、旅行が唐突に、喜劇から悲劇に変わった。ジェットコースターに乗っているような強く揺れ、頭に鈍い衝撃がはしった。目が覚めた時のアルコールのツンとした匂いがまだ鼻の奥に残っている。





退院後は、なぜか周りに避けられるようになった。

友達がいた記憶も残っていないし、事故の後はずっと下を向いて生活していた。だから、馴染めなくなってしまったのだと思う。

その俯いた性格がまだ強く染み付いている。



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1日の終わりに、小説をあさる。



本は僕を別の世界へ連れていってくれる。



けど、心の中の自分が言う。

『こんな奇跡は起こらない』と



頭に鈍い痛みがはしった。



頬に涙が伝う。



ー彼女にまた会えたい。


気付くと僕は眠っていた。




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「また会えたね」
彼女はふふっと笑った。


この瞬間、恋に落ちた。



「私、夢の中で君と会えるのは
       今日で最後かもしれない」

「え?」



「だから、君に本当のことを話すね
  君は、小5の頃の記憶を忘れてるの」



『ーでも、大丈夫だから。泣かないで』



君は、ふふっと笑いながら涙を流していた。



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あの日から徐々に記憶を取り戻していった。


本当は事故の前、僕には友達が沢山いた。




そしてー、真実に気付く。

事故が起きた後、俯いている僕をみて、クラスの皆は『避けていた』のではなく『気を使って』話さないでいてくれていただけだった。

今まで勘違いしていただけだった。



あと、もう1つ大事なことを忘れていた。


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僕には昔、幼馴染がいた。




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m emory




瞼の裏に記憶が鮮明に映し出される。



小4の夏、海に行った時。

夕日が波に反射して、海が太陽に包まれている光景が脳裏に焼き付いている。

当時の彼女は、小学生にしては大人びた雰囲気の子だった。そして、時々不思議なことを話す。




「世界の終わりって美しいと思わない?」



「そうかなー、皆混乱して地獄絵図になると思う。」



「確かにそうかも。けど、この世界に生き続けなければいけない。っていう思い込みから解放されたとき、世界は美しく輝くと思うんだ。」




当時の僕は何を言ってるかわからなかったけど、夕日に照らされている彼女の横顔を見て、綺麗だと思った。 





彼女はその年の冬に、交通事故で死んだ。


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君は、僕の初恋の人だった。


最後に君と話したのは、学校の音楽室でレコードを聴いていた。



彼女が、こそっと内緒話でもするような声で言った



「レコードは、A面が終わったらひっくり返して
         B面にしてあげないといけないの」



物語はここから、B面に移行する。



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私は、もう死んでいる。
けれど君を助けたくて、会いにきた。


「覚えて、ない?」

もしかしたら、覚えているかもしれない。
君は、どんな反応するかな。少しは喜んでくれるかな。

そんな思いで声をかけてみた。

けど、君は不審な目でこちらを睨んできたから、
思わず泣きそうになった。



私のことも忘れてたんだ、って。




「冗談だよ。はじめましてだね」





泣きそうになったの、バレてないといいけどな。


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あと一回だけ、会えるチャンスを神様がくれた。



「また会えたね」



彼が、少しだけ笑顔になったのに気付く。



それがおかしくて、ふふっと笑った。




「私、君と会えるの今日で最後かもしれない」

「え?」

「だから、君に本当のことを話すね
  君は、小5の頃の記憶を忘れてるの」




これで、やっと成仏できる。
ずっと君を見てきたからわかるよ。
孤独で、寂しくて、苦労してきたこと。
けど、これで大丈夫なこと。
だから私にできる精一杯の力で君の背中を押せるような言葉を、何年も温めてきた。




『 泣かないで 』






私は、夢の中で失恋した
    君はもう、昔の私を忘れてたんだね




僕は、夢の中で恋をした。
     けど、君はもう死んでたんだね




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彼女との思い出に句読点を打った。




End