本を読みながら、カーテンから入り込む生ぬるい温度を感じてふと思った。



ー夏がくる。




┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎




ゴールデンウィークだからと浮かれて、本に夢中になっていたら時間感覚を忘れていた。


カレンダーを見ると、ちょうど明日から学校。


最悪だ。ずっと休みだったら良かったのに


ーどこか遠くへ行きたい。



そんな気持ちに駆られて自転車の鍵を持って外へ飛び出す。僕がこうして、どこか遠くへ行きたい病にかかった時に必ず行く場所がある。重たい足を動かしながら目的の場所へ向かう。


かすかに夏の匂いがした。
霞む夕日が波に反射している。


海は、昔から何となく好きだった。ここにくると、悩みを波の音が書き消してくれるようで。 

ここに来るのは嫌いじゃない。


けれど、1つ問題があった。

僕以外に、この海を通ってる人がいること。


「久しぶり。少年、相変わらず悩んだ顔してるね。」

しかも、毎回彼女に話しかけられる。

多分年上だと思う。そのこと以外は知らない。この人の名前も、どこに住んでるかも、教えてくれない。

けど、僕のことは聞いてくる

始めにこの海に来た時、この人に話しかけられているうちに、気持ちが押さえられなくて思わず泣いてしまった。

その日から海にくると毎回話しかけられる。


僕は静かに海の声を聴いていたいのに



「まだ、後悔してるの?あのこと」




僕には、誰にも言えない悩みがある。
それを彼女には話してしまった



ーあの時は確か、高校一年生の冬休み



˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎


僕はこれからの人生をかけて勉強して、この高校に進学した。

弁護士になる夢を叶えるために。



けれど、高校生活はそんなに甘くなかった。


ギリギリで合格したからか、テストではどんなに勉強しても40点以下しか取れなかった。

友達もなかなか出来ない。


部活ではサッカー部に入ったけれど、ちょうどこの頃チーム内で喧嘩をして、ギスギスしていて僕がイメージしていた青春とは違った。



この高校に入ったのは、間違いかもしれない。


どんなに頑張っても変われない。
この世界がちっとも楽しくない。 


気付いたら、家から飛び出していてこの海に来ていた。



「君、泣いてるの?」


目に手を当てると頬が濡れていた。

「花粉だよ。」


「少年、話しちゃえって。楽になるかもしれないし」


もうとっくに僕には限界がきていて、ベラベラと悩みを喋ってしまった。




話さなければ良かったな、と今さら思う。
けどあの時の僕には止められなかった。



˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎


そして、今に至る。


「その顔は後悔してるね」


いいからもう、ほっといてくれ。

「わかるなら、聞くなよ」




「別に、私は後悔する必要ないと思うな」




「なんでだよ。この高校に入学したせいで
           毎日つまらないんだよ」



「変えれると思うよ。今の君次第で」



「そんなわけないだろ。もう手遅れなんだよ」



「まだ、通過点にすぎないんだよ。
     過去も君次第で変えられるのに」


「そんなの、ただの綺麗事だ」


彼女の瞳に映る僕は、まるで昔の自分を見ているような眼差しだった。

˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎


過去は、僕次第で変えられる。

そんなわけないだろ。と思ったけれど、こんな毎日を変えたくて、ゴールデンウィークが明けた後、僕は勉強に全ふりした。


部活も止めた。人間関係のことを考えないように。






彼女とは、あの日を最後に会うことは無かった。




今日も机に向かって教科書と向き合う。

スマホでお気に入りの音楽を流すと、「よしっ」と気合いをいれてペンを持った。



˚┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎˚∙︎




メモ帳に今後のスケジュールを記入していく。

最近は事務所と裁判所を往復していて忙しい毎日が続いている。





ふわっと生ぬるい風がした。


ー夏がくる。