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 今日の朝刊を見た瞬間、私は思わず走り出していた。
空がいる、あの病院へ。学校なんて、どうでもいい。
 早く、早く……このことを空に知らせなきゃ。
 運がいいことに今日は青空で、走る分には気持ちがいい。
 まるで青空が、空と私をつないでくれているよう。

 病院の廊下を走っているとき、看護師さんになんどか注意されたけど、そんなの知らない。
 一刻も早く早く……。

 私は勢いよく病室のドアを開けた。

 空は予想通り、驚いた顔をする。
 いつもなら私は学校で1限目の授業を受けている時間だから。

 「なんで……きたの?」

 空の声は今にも消えてしまいそうだった。
 前来た時よりも、確実に弱ってきている。

 私は手に握っていた新聞を広げ、空の前に差し出した。

 「空!青くん、甲子園出場決めたよっ」

 空は、唖然としていた。
 私の目からはなぜかはわからないけど涙があふれて来た。

 なんで、こんな時に涙が。
 泣きたいのは私じゃなくて、空なのに。
 必死に涙をこらえようとするけど、笑おうとするけど、止まらない涙。
 そして、空の目からも、涙があふれてきた。

 「空、青くんここにくるよっ。あの甲子園球場に……」

 甲子園球場はこの病院からとても近い。たぶん徒歩5分くらいのところにある。
 空は、何を思ったのか、顔を窓に向けた。
 きっと、青くんのこと思ってるんだ。
 青くんにこの小さな病室から青空へエールを送っているんだ。

 青くんに届くように――――。


 「美和。ありがと」

 そう言う空の顔は涙でぐしょぐしょだけど、綺麗な笑顔だった。
 ——そんな笑顔を見せられたら、私まで、笑顔になる。
 一瞬、時間が止まったみたいだった。
 でも、すぐに私は気を取り直して、空のベッドに新聞を置いた。それから空の病室を出た。

 目は、泣いたからちょっと腫れているけど気にしない。
 私はゆっくりと、学校へ歩いた_____。





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 「はい、美和遅刻っ!」

 教室に入った瞬間、飛んできた声。
 もう4限目が終わり、弁当の時間だった。

 「ごめんごめんっ」

 私は笑いながら謝る。
 すると、クラスの会長が、教卓の前に立った。

 「はいはい。皆さん着席っ」

 突然のことに、私含め皆、訳が分からないという顔をしているが、言われるがまま自分の席に座った。

 「美和、お前、空のところ行ってきたんだろ?」

 会長が、ドヤ顔で私に聞いてくる。

 「あ、うん」

 私は、唖然としていた。
 クラスの会長、川崎誠(かわさきまこと)。皆、誠のことは会長って呼ぶ。顔はイケメンと皆は言うけど、私からしてみればどこが?って感じ。
 成績はいつも学年トップで頭脳明晰。野球部に所属していて、運動神経は抜群。クラスをまとめる力もあり、皆から信頼されている。だから、クラスの会長なんだけど。

 「俺らの将星(しょうせい)高校も今年甲子園に出場を決めたわけで。なんと1回戦目は藤青。もちろん俺たちの学校は全校応援ってなわけ……。わかるよな?」

 会長がにやっと笑う。
 そして、同じ野球部のやつらも同じように笑った。
 会長の考えていることはわかった。

 「要は、空と青を会わせるってことでしょ?」

 クラスの誰かが口にする。
 すると、会長は首を縦に振った。

 「どうやって?空、外出届け出るかどうかわからないんだよ?」

 私がそういうと、会長は待ってましたとばかりに再びしゃべりだした。

 「そうなんだ。外出許可が出れば、空を球場へ連れて行けば済む話だが、もし外出許可が出なかったとき、または、空が頑固で見に行かないと言ったとき、相原青に空のいる病院を教える。きっと、相原青は飛んでいくさ」

 会長はどうだという顔をしている。
 果たして、このまま2人を会わせてもいいのだろうか。
 空は、青くんと会うことを望んではいない。
 だけど、会いたいとは思ってる。

 でも、青くんは?
 空に会いたいって思ってるのか。

 「会長。青くんの気持ちは?青くん、空に会いたくないって思っているかも……」

 私は静かにそういった。
 すると、会長は口角を片方上げて笑う。

 「相原青も、空に会いたいと思っている」

 そして、そう確信しているように話した。

 「本人に聞いたのか?」

 クラスの誰かが会長に質問する。

 「ああ。俺の従兄弟が藤青で野球してんだよ」

 サラリと、クラスの誰も知らなかったであろう情報が開示される。
 クラスがざわめき出した。
 しかし会長は、構わず淡々と話してゆく。

 「そいつと久々に会ってさ、空の話をしたんだ。そしたら驚いてた。『青に手紙だけ残して消えたうちのマネージャーだ』って」

 クラスの皆の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶのが見える。

 つまり、空と青くんはここに来る、ぎりぎりまでは付き合ってたってことなのか。
 青くんに空から別れを言ったってことなのか。

 そういえば前______。

 『私には美和やクラスの皆がいてくれるから。私は十分恵まれているから。幸せだから』

 空の言葉が脳裏に蘇る。

 「……ここからは俺の推測なんだけど」

 会長はざわつきを沈めるように、そう聴衆の気を引く。

 「多分空がここに来た理由は、相原が事故にあったからなんじゃないかって思う」

 クラスみんなのざわめきは収まり、みんなが会長の言葉を待つ。

「相原が事故に遭ってから、半年間眠ったままだった。その間、空はずっとそばにいたらしい。空は相原の傍にずっといて、何もできない自分を無力に感じて、相原にも同じ気持ちさせたくないとかで、ここに来たんじゃないかなって」

 会長の推理はすべて筋が通っていた。

 「空の了解なしに、結構空のこと探っちまったな……。美和あとで謝っといてくれよ」

 そういって、会長は意地悪そうにふっと笑う。
 私は笑いながら、わかったよと返事をする。

 「じゃあ_______この話に乗る人っ!挙手っ」

 会長が教卓から周りを見渡して、そういうとクラス全員の手があがった。

 「じゃあ、この話は秘密だぞっ!特に空には!美和、お前が一番危ないっ!」

 そういって、会長がキッと私を睨んでくる。
 そして、クラスの皆の注目の的になる私。

 「え、私??」

 私がそういった瞬間、クラスに大きな笑い声が響いた。

 _______空が、私たちのもとに来てくれた。
 その意味と、感謝を込めて。
 この青空の下、私たちが奇跡を起こしてみせる——。