4月上旬。桜がほろほろと散っていく頃。私が今年入学する鷲鷹高等高校では、入学式が粛々と執り行われていた。周りを少し見渡すと、これからの新生活に対して不安そうな面持ちをしている人やこれからの高校生活に心を踊らせている人、長すぎる校長先生の話に欠伸を噛み殺す人など、沢山の人がいた。
これから、この人達と3年間を共に過ごしていく。
そう思うと、少し緊張したのか、手に汗がじわりと滲む。手の平をスカートの裾に押し付けて汗を拭いながら、さらに周りの人を眺める。校長先生の長話にそろそろ飽きてきたのもあるが、それだけではなかった。
人を見ると、妙に精神が安定するからだ。
ピアノのコンサートの前、私よりも緊張している人を見ると、さっきまで確かに感じていた緊張が消える。高校入試の朝、私より不安そうな人を見ると、さっきまで確かな感じていた不安が消える。感動系の映画を見た時、私よりも涙を流している人を見ると、さっきまで溢れていたはずの涙がぴたりと止まる。
様々な人を見るのは、私自身の安定に繋がる。
そんな自論を持ち始めた私は、何かネガティブな感情を持った時はよく人を見るようにしていた。私よりも感情が昂っている人を見れば、精神が安定するから。
今日も、新しく始まる高校生活に不安が溢れてきたので、心を落ち着かせるさせる為に、他の人から不審がられない程度に周りを見渡す。すると、1人の男子生徒がふと目に止まった。
くせ毛ぎみの黒髪、雪のように白い肌、スラリと伸びた手足、高い身長。誰もが好感を抱きそうな、美しい容姿だった。
しかし、何よりも目を引いたのが、瞳だった。
真っ直ぐに前を向いているが、決して前で話している校長を見ている訳ではない。体育館の何処かを見ている訳でもない。
その瞳は、何処かを見つめていた。此処ではない、何処かを。
ここに居る新入生の誰もが、そんな昏い瞳で物を見つめていない。大半の生徒が校長をしっかりとした瞳で見ている。どうして、そんなに底無しの闇のような瞳をしているのか。
気になって、少しの間眺めてみると、視線に気づかれてしまったのか、此方をパッと見てきた。
いきなり目が合った事に少し驚いたのと、見ていたことがバレてしまい恥ずかしい気持ちで、私はスッと目を背けた。
見ていた事、バレたよね。嫌だなぁ、恥ずかしい。
そう思いながら、私はその男子生徒の方を極力見ないように努めながら、また、周りの人を眺め始めた。

これが、彼と私の、出会いだった____。