第六章
年末年始は働き詰めであった。
看護師というのは人数に差はあるけれども病院に夜間や祝日問わず常に常在していなければならず、暦のカレンダーはあまり意味をなさない。年末年始も例外はなく誰かが出勤しなければならず、新しく入った私には正月休みが欲しいという要望すら聞かれずに全てにシフトが入っていて休みが取れたのは周りのみんなが働き始めてからであった。
休みの回数は変わりないのだけれども何処か落胆していた。毎年のように年末年始の時期は家でだらだらとテレビを観ながら過ごしていたからである。この時期の浮かれた番組は独特な雰囲気で、何が起きたわけでもないのにめでたい気分となるので好きなのである。それを少なからず幸せを感じていて、それを奪われた気分であった。後から祝日出勤の手当は出るのだけれども、それで落胆した気持ちは埋められなかった。
年末年始が終わり、やっと休みになるけれども私は気分が重いままにほとんど寝て過ごしてしまう事となってしまった。
そんな風に過ごしても気分が晴れるような事はなく、無駄に休日を消費した勿体なさが増しより重くなっていく。
そんな新年度の時期に、その患者は病棟にやってきた。
「リンリンリンリン!!」
昼間の明るい病棟に私の名前が響き渡っていた。その患者――F氏が私の名前を連呼しながら叫んでいるからだ。こうも名前を連呼されるのは私の意図する所ではなく、溜息をつきたい気分となる。
F氏は現在病室の中にいるというのに、声は関係無しに廊下どころか、病棟全体に響いていた。
「あの人、ずっとリンの名前叫んでいるね」
業務中に廊下でばったり会ったルゥが私を気にかけてくれて話掛けてくれる。
「そうなの、困ったわ」
どうやら完全に私の名前を覚えられてしまったみたいだ。
認知症との関わりの中でそんな事は一度としてなかった。名前だけではない。大抵は顔すら忘れられてしまう。数か月も入院して日々顔を合わせているような人でも数時間会わなかっただけで『初めまして』なのである。もっと酷い症状の人は数分離れただけで「あんた誰?」と言われてしまう。短期記憶の欠落。それが認知症という病気だ。
だから、名前を覚えられるなんて事はない。覚えられたというそれだけでも驚きだというのに、私の名前を大声で連呼し始めるようになるなんて。
私は他の患者の検温に回っている最中だったが、それを切り上げてF氏の部屋へと早歩きで向かう事にした。どうにかして名前を連呼されるのを止めさせなければ。業務に集中する事なんて出来ない。
止められなかったとしても、声量を抑えなければ。私はずっと恥ずかしい思いをする羽目になってしまう。
声出しを止めさせようとF氏の部屋へと向かっているが、どのように声掛けすれば止まるのか見当も付かなかった。認知症の方は新たに何かを覚える事が出来ない。だから注意を促した所で忘れてしまう為、意味がないのである。
それならば、どうして私の名前を覚えたのだろうか。考えがグルグルと頭の中を巡り、混乱して、答えが出てくる様子が無かった。
ちょっとでも手がかりになればと、私はF氏の部屋へと辿り着く前に、病態と入院までの経過を振り返る事にした。
F氏は六十歳代の男性。ドヤ街と呼ばれている日雇い労働者が泊まる為の簡易宿泊所が多く集まる所からの出身である。
F氏はいわゆる不良で学校をきちんと行っていなかった。中学校の頃から殆ど授業には出ず、サボっていた。何とか高校に進学したものの、一年足らずで暴力行為による問題を起こして退学になってしまう。
退学後はしばらく放浪していたが、親からのキツイ言いつけもありアルバイトを始めるもF氏は飽き性でどれも上手く嵌らずにすぐに辞めては新しいアルバイトを見つけるのを繰り返し、職を転々とした。
F氏は何処か楽観的であった。人生、生きていれば何とかなる。そんな思いがあったのか仲間同士と夜な夜な遊び回る日々が続いた。
そんなF氏にとって楽しい日々が続き二十歳代後半に差し掛かろうとしている頃、相変わらず定職にはついておらずそれでも浮かれている様子に両親の我慢の限界が来てしまい、勘当扱いとして家から追い出される事になる。
それでもF氏は能天気で楽観的であった。親から手切れ金としてまとまったお金を渡された為、安いアパートを借りて今までと同じような生活を続けた。
しかしアルバイトだけでは生計は立てられず、次第に親から貰った手切れ金が徐々に少なくなっていく。何とか節約して暮らしていたが三十代に差し掛かろうとする時にお金が底をつく事になる。
これを区切りにF氏はそろそろ真面な職に就こうと考えたが、学歴も無ければ、積んできた技術やノウハウも無い。他に選択肢はなく、結局アルバイトを続ける他なく、次第に家賃が払えなくなり、数カ月間滞納を続けた結果、住んでいたアパートを追い出されてF氏は住む家を失ってしまう事になる。
安寧の地を失い、放浪した末にF氏が辿り着いた場所がドヤ街だった。
ドヤ街とは簡易宿所が集中して集まっている地区の事を言う。その中の簡易宿所に住居を移し、案内に従って生活保護の申請を行い、F氏はそこで暮らすようになる。
似たような境遇の人たちが集まるドヤ街。ここは法があって無いような場所。まるで海外のスラム街のような暗い雰囲気を醸し出していた。
それに街全体を何とも言えない異臭に包まれていた。全員が清潔行為にかけるお金を渋っているか、それかそれを行うだけのお金を持ち合わせていない為、不潔なのが原因である。
しかし住んでしまうと、F氏にとって意外と住みやすい環境だった。住む場所は変わったが今までの生活が激変するわけでも無いし、誰かに気を使う必要もない。
それに自分と似たような境遇の人達が集まる為、話も気も合う人が居た。必要以上に慣れ合う事もなく、他愛もなく会話するだけの距離感が良かった。バイトで稼いだお金でお酒を持ち合わせて朝日が出るまで仲間と語り合うのも楽しかった。
しかしドヤ街での生活は楽しい事だけでは無かった。お金がなく、贅沢な事が出来ないのには変わらない。娯楽という娯楽もなく結局酒に逃げる事が多くなり、必然的に飲酒量も多くなる。周りの人達も同じでお互いに酔った勢いでのトラブルも多くなり、怪我が絶えなくなっていった。
それでもF氏はドヤ街に二十年近く住み続ける事なる。単純に他に行くところが無かったというのもあるが、F氏にとって過ごしやすい環境だったのだろう。
そんなドヤ街での生活に終止符を打つ出来事が起こってしまう。五十歳代後半になろうとしていた頃であった。左足を複雑骨折してしまったのである。喧嘩での外傷ではなく危険を伴うアルバイト中の事故に巻き込まれた事による怪我だった。
複雑骨折というのは骨が複雑に折れている状態ではない。骨が皮膚を突き抜けて外へと出てしまうことである。複雑なのは治療方法であり、骨折の具合ではない。
本来ならばすぐさま病院へと行かなければならない重症であるがF氏はそれを放置した。病院に行くのが面倒臭いという事もあったが、それ以前にお金が無かったのである。行きたくても行けない状態だった。
怪我を隠して生活を送っていたが早々に見つかってしまう事となる。時折、ドヤ街に市が要請して医師がボランティアで派遣される事がある。F氏だけでなく、日雇い労働者は病院という所が疎遠になってしまうからだ。その派遣の医師に発見されてしまったのであった。
当然病院に救急搬送される事になる。F氏は抵抗したが身柄を拘束されて、すぐに整形外科のある病院へと入院する事になった。
早々に手術日も決まり、無事に施行されて順調であったが、術後からF氏の様子が段々とおかしくなり始める。苛立つ様子が目立つようになっていったのである。だんだんと気に入らない事があると、職員に対して怒鳴るようになっていった。そして入院して三週間が経過した時、そしてとうとう職員に対して暴力行為を行ってしまう。
断酒からのアルコール離脱症状と診断され、骨折は完全に完治していなかったが、整形外科を追い出され、精神科に転院する事が決まる。
その事を知ったF氏は骨折して歩けないはずの足で病棟内を逃げ回った。骨折したとは思えない速さだったのだという。整形外科の病院に入院する時に拘束された事を思い出し、また縛られては堪らないと考えたのだろう。結局男性職員複数人に取り押さえられて、拘束される事となった。
F氏が搬送されたのは急性アルコール病棟。病院に運ばれて早々に隔離室へと入れられてしまう。隔離室とは頑丈な造りの部屋に必要最低限の物品しかない所である。カメラも設置されていて四六時中様子が観察出来るようになっており、この空間にプライバシーというものは存在しない。
この隔離室を使用する目的は二つ。極力刺激を少なくして落ち着かせる事。もう一つは強い興奮の時に他者や自分を傷つけないようにする事である。F氏はこの適用と判断されたのである。
何もない牢屋みたいな空間に入った事でF氏はより興奮して叫び暴れた。しかし隔離室に居たおかげでそれだけで済み、誰かを傷つけるような事は無かった。
併用して薬による治療も開始となる。薬剤治療を始めてから十日程すると、興奮や暴れ出すような事が無くなって落ち着き、隔離室から出て一般部屋へと移動する事になる。
しかし一般病棟に移動したF氏の行動はおかしくなっていた。まず、歩けない。薬の影響か、それとも長期間の隔離で動かなくなったので筋力が落ちたのか。どちらかは分からないが、ふらついてまともに歩ける状態では無かったのである。それと同時に排泄行為も自分で行えなくなり失禁失便が目立つようになる。その為オムツが着用となった。
そして、叫ぶ行動が再開する事となる。今までの何かを拒否する為に嫌がっての大声ではない。何の突拍子もなく言語にならない言葉を叫び始めたのであった。それはアルコール離脱症状だけだと一概には言えない行動であった。
頭部CT検査を施行した所、脳委縮を確認された為、長年アルコールを飲んだ亊による影響か、若年性の認知症が疑われる。
どちらにせよ、アルコール治療病院の適応ではないと判断されて、再び転院の運びとなり、この病院へとやってきたのであった。
部屋のドアを開けると勢いよく中へと入った。一礼するのも忘れそうになってしまう。その勢いのままF氏のベッドへと近づく。昼間に近い時刻だというのにベッド上に居るのは声出しが酷すぎてデイルームに行く事が出来ないからである。行くと他患者の迷惑となってしまう。でも午後には離床して貰わないといけないだろう。
囲っているカーテンの中へと入り、F氏が私の存在を認識すると、老人特有の歯が一切ない柔らかい口がにぃっと笑った。
「リンリンリン!」
そのまま、大きく口を開けると、私の名前を叫んだ。
「名前、叫ばないでください」
「リンリンリン!」
呼びかけに私の顔をじっと見たけれど、止まる気配はない。
「聞こえていますか?止めて下さい」
「リーンリンリンリン!」
「Fさん!声が外に響いているんですよ」
「リンリンリンリン!!」
「……駄目だ。止まらない」
頭を抱えたくなる。これ以上言っても無駄どころか返って刺激を与えているような気がする。
諦めて大きく溜息をつき肩を落としたが、その様子が面白かったみたいで、F氏は笑い始めた。笑った事で声出しは止まったけれど、一時的なものですぐに再開するだろう。何だか遊ばれている気がする。嫌な気分になった。
どうしてこんな風になってしまったのか私には分からない。思い返してみたら初めて出会った時から早々に私の名前の連呼は始まっていた。
初めて挨拶した時の事を思い出す。それはF氏がこの病棟に転院してきて受け持ち担当となった時であった。
「おはようございます、初めまして、丹葉リンといいます。今日の担当です。よろしくお願いします」
F氏に近づき、挨拶を済ませると私はペコリと頭を下げた。初めて会う患者にはきちんと自己紹介する事にしている。結局忘れられてしまうのだろうけれども関係ない。それで礼節さを失う必要はないのだから。
私の挨拶をF氏は歯の無い柔らかい口元を終始もぐもぐと動かしながら、ぎょろりとした大きな目が私の顔を捉えていた。
その視線が徐々に下がり始める。視線の下にはナース服に下げられていたネームプレートがあり、そこで飛び出しそうな眼玉が止まり、じっと見つめ始めた。
少し嫌な予感がしたけれど、放っておいた。ネームプレートには私の名前と顔写真が掲示されているけれど、それを知った所でどうしようもないと思ったからである。
「丹葉……リン?」
F氏は不安そうな様子で呟く。それに対して私は少し嬉しくなってしまって心が浮かれてしまう。患者にきちんと名前を呼ばれる事なんて少ない。大抵、『オイ』『お前』『あんた』とかだからだ。
「はい、そうです。丹葉リンです。覚えて下さいね。よろしくお願いします」
だから私は調子に乗って自分の名前を繰り返した。これが大きな間違いだった。
するとF氏はいきなり天井を見ると大きく口を開く。
「リン!リンリン!!」
急に大声で私の名前を連呼し始めたのである。突拍子もない行動にどうしたらいいのか分からず、唖然として思考が停止してしまった。
そんな私の様子が面白かったのか一度笑うとさらに大きい声で叫び始めた。その声はとても大きく、病棟中に響き渡る事になる。
流石に良くない方向に事態が進んでいる事を察して慌てて止めに入る。
「止めて下さい。大声を出さないで下さい」
静止させたが、強く名前の連呼するのは止めなかった。何処か楽観視していたのだろう。覚えられたのは一時的なもので、退室して数分もすれば忘れてしまう。名前を連呼されるのも今だけ。
そう思っていたのだが、私が退室した後もF氏は叫ぶのを止めず、その後ずっと続く事となる。
初めての挨拶から一週間経過しようとしていたが、叫ぶのが止まるのは夜に深く寝入った時だけであった。最初の頃は可愛く思えたけれど、こうも続くと鬱陶しくなってしまう。
今、現在も変わりなく大声出しは続いている。成す術がない。何を言っても止まる事なく私の名前を連呼している。
結局名前を連呼するのを止める事が出来ないでいた。
どうしたらいいのかまるで分からず、私は諦めると、部屋から退室して業務の続きを再開させた。
F氏の大声出しは止まらない。何処に居ても名前が響いてくる。私は段々恥ずかしくなってきていた。
ナースステーションに戻ると全てを察していたタイ子さんが待っていた。報告する為に近づくと私の顔を見て、大人気なく大声を出して笑い始めた。
「名前、完全に覚えられちゃったみたいだねぇ。患者さんに名前覚えて貰えるなんて、認知症患者じゃ珍しいよ。良かったねぇ」
タイ子さんは他人事だから楽しいのだ。私にとっては堪ったものではない。
「良くないですよ」
「ははは、でも私も好きよ。リンって響き。素敵よね、リンちゃん~」
ふざけていたタイ子さんを軽く睨む。それでも悪びれる様子無く笑い続けていた。
「でも、良かったじゃない。リンちゃんの名前を病棟中の人に覚えて貰うのにうってつけの機会よ」
「別に覚えられたくないです」
私はただ、誰にも迷惑を掛けずにひっそりと生きていきたいだけだ。名前なんて最低限の人以外に覚えられたくない。
「そおぉ?」
しかしタイ子さんは私の言い分が分からないと言いたげな様子であった。
「私もリンが羨ましいな」
近くで聞いていたルゥが会話の中に入ってくる。意外だった。ルゥも私と同じ意見だと思っていたのに。
「ルゥも覚えられたいの?」
ルゥは小さく頷くと可愛く笑った。
「うん。前にF氏に向かって『私は暴華ルウです』って連呼して覚えさせようとしたの。でもそのうちにそっぽを向かれて『リンリン!』って大声を出し始めたわ。目の前に私が居たのに。きっとリンの事が好きなんだわ」
「いいねぇ。今度あたしもやってみようかなぁ『提タイ子でぇす!』って連呼」
タイ子さんが調子よく言ったので、溜息をつきそうになる。
「ルゥ、何でそんなことしたの?」
「だって、名前忘れられるより、覚えられた方がいいもの」
ルゥは悪戯を誤魔化すように舌を出した。
ちょっと騒ぎすぎたのか、不機嫌そうなニッカが近づいてきたのが分かった。しまった。見つかってしまった。
「皆さん、不真面目ですよ。関係の無い話をしてないで、きちんと仕事をして下さい。おしゃべりならナースステーションではなく業務が終わった後、喫茶店でしてくださいな」
しまったと思ったのは私だけではなく、ニッカが言い終わったのと同時にそれぞれが業務に戻って散らばっていった。
本当はタイ子さんやルゥにF氏に私の名前を叫ばれないようにするにはどうすればいいのか相談したかったのだけれど、その前に二人に茶化されてしまったので、もう出来ない。
どうやらこの問題は私一人で解決しなければいけないらしい。
午前中の業務が終わり昼休憩から戻ると、私は再度F氏の部屋を訪れる事にした。解決策が思いつかないならば、患者の元へと行くしかない。今までもそうやって来たのである。F氏も例外ではない。
休憩から戻ってきた後もまだ叫び声は響いていて、ステーションからも声が聞こえていた。溜息をつきたい気分を抑えて、真っすぐF氏の居る部屋へと向かう。
着くや早々にF氏に静止するように伝えた。
「Fさん、私の名前を叫ばないでくれませんか?」
そう声掛けするもF氏は楽しそうに笑っただけで止めようとしない。このままでは先程と一緒だろう。
もっと強い刺激を与えて私の名前を忘れさせないと。私はF氏を離床し車椅子へと乗車してデイルームへと連れていく事に決めた。刺激が少ないと認知症が進んでしまうし、筋力の低下が起こるので、離床するつもりではあった。しかしデイルームには連れていくつもりは無かった。最近離床はしても、この部屋の中で過ごす事が大半だった。大声出しで他患者を刺激して興奮すると、不穏になってしまう可能性がある為、疎遠となっていた。
これを解決する方法がある。それはF氏に付きっ切りで側に誰かが居れば良いのである。もしも声出しが酷くなったり、誰かとトラブルになりそうになったら、すぐさま止めれば良いのだ。
F氏を離床して私が付きっ切りで一緒に居て、デイルームでより強い刺激与えて私の名前を忘れさせる。これが目的なのである。普段は一人の患者をずっと看る事なんて出来ない。だから今日は特別だった。
F氏を車椅子へと乗車して頂く。これはスムーズに行えた。筋力がまだ残っていて、軽く支えるだけだったからである。車椅子へと乗ると彼は活発に動き始めた。危険を察知して両肩を抑えて車椅子から落ちないようにする。これで動きが収まらなければ、デイルームに連れていく所か離床すら難しい。以前F氏はこの動きの激しさから車椅子ごと転倒した事がある。だから時々F氏は離床させてもらえない時がある。
肩を軽く押さえてしばらくするとF氏の動きは収まり、静かとなった。大声出しも収まっている。声を出したら、またベッドに連れ戻されるとでも思っているのだろうか。とにかく好都合であった。車椅子のハンドルを握るとデイルームへと向かった。
デイルームは病室より広い空間で外の光が入りやすくて明るい。食後に病室に戻って昼寝している患者が多かった為、この時刻はデイルームに居る患者が少なかった。これなら他患迷惑になる可能性が低い。F氏がデイルームで過ごして頂くには丁度良い環境だ。デイルームにはテレビが二台あり、誰も観ていないテレビがあったのでそちらの方に向かう。丁度バラエティ番組の再放送がやっていて、時折笑い声が響いていた。
テレビは人に強烈な刺激を与える。肉眼で画面を見る旧型でもだ。本当はプラグを直接繋いでF氏の脳内に直接映像を送りたいが、この病院にそのような最新型はない。
テレビに近づくとF氏は画面に釘付けとなった。くるりとした眼球を目一杯開いて食い入るように見つめている。予想通りやはり効果的だ。
五分程度見ていたのだろうか。F氏が次第にテロップで出てきた女性タレントの名前を小さく連呼し始めた。やった!これで名前の上書きがされるだろう。そして今後はこの女性タレントの名前を連呼してくれるに違いない。
F氏の小さい声が次第に大きくなっていく。それに伴い動きも激しくなり、車椅子をガタガタと鳴らし始めた。
デイルームに来てからまだ十分も経過していない。けれども、この辺りが限界だろう。これ以上刺激を与えると興奮状態に陥る可能性がある。
「そろそろ戻りましょうか?」
あえてテレビを遮るようにF氏の前に立ち、顔を覗き込む。すると、くるりとした目が私の事を一度見たが、そのまますぐに下に向けられて名札をじっと見つめてきた。しまったと思った時には遅かった。F氏は口を大きく開けると、息を大きく吸い込んだ。
「リンリンリンリン!!」
今まで聞いた事のない大声でF氏は叫び出し、思わず耳を塞いでしまう。デイルームに居る患者さんが私達の方へと注目したのが分かった。それどころかナースステーション内の職員までも私達の事を見ている。
もう此処には居られない。本当はいけないのだろうけれど、F氏の口を手で塞ぐと車椅子を押して部屋へと急いだ。
ナースステーションから笑い声が聞こえてくる。恥ずかしい。口を塞いでいるというのに意味を成さず、F氏は大声を出していた。これ以上強く押さえると窒息させてしまう可能性がある為出来ない。解決策は急いで部屋に戻ってF氏をベッド入床するしかない。
困っているとさらなる追い打ちを掛けられる事になる。
口を押えていた手の平に生ぬるい感触があり、思わず手を放してしまう。見てみると濡れていた。どうやらF氏が私の手を舐めたらしい。
嫌悪感に包まれてF氏を睨むと私の反応が面白かったらしく、歯のない柔らかい口を歪めて、笑い始めた。まるで今までの私の努力をあざ笑うような表情だった。
こうなったら最終手段である。私はF氏の部屋に到着するとプラグ変換コードを取り出した。私がF氏と直接接続して忘れさせてしまおう。そう考えたのである。その考えがいかに危険であるのか、経験の浅い私には分からなかった。
口を無造作にもぐもぐと動かしているF氏を無視して変換ケーブルを用いてプラグ同士を接続する。瞬間に後悔する事となる。
頭の中に彼のものと思われる大声が遠慮なくに入ってきたのである。実際の耳で聞いていたならば、きっと鼓膜は破られていたであろう声量で。
すぐにプラグ同士を外した。一瞬だけだったのだろうけれども、私の精神は一気に疲弊する事となる。一方のF氏は接続前と変わらずにけろりとしていた。
F氏は心の奥底でも私の名前を大声で叫んでいたのである。それしかなく、それ以外に入り込む余地はまるで無かった。
これでは何をやっても無駄なはずだ。私の今日一日の努力は全て無意味な事だったのである。
誰にも気づかれないように小さく溜息をつくと、急いでF氏をベッドの中へと戻した。
どうやら、今日の夜も私の名前は響いてしまうようだ。
「リンちゃん、気に入られてしまったみたいだねぇ」
ナースステーションに戻るとタイ子さんはまだ大笑いしていた。私にとっては笑い事ではない。
「別に嬉しくないです」
「でも、認知症の患者に名前覚えて貰えるなんて、あんまりないのよぉ」
「F氏は認知症ではないですよね?」
もう一度カルテを確認してみたら、F氏はきちんとした認知症の診断は付いていなかったのである。『認知症疑い。検査する必要あり』と書かれているのみだ。きっと一時的なアルコール健忘で忘れてしまっていたに違いなく、認知症というよりアルコール依存症の方が近い。
だから私の名前を覚えてしまったし、名前の上書きもテレビの刺激で上書き出来ると考えたのである。
「あら、知っていたの?」
惚けたようにタイ子さんは言う。私をからかっているのだ。
「でもこのままっていうわけにも行かないよね。先生に報告しておくわぁ」
笑いながらも、タイ子さんは端末に繋がっているコードを手に持つ。
「何をお医者さんに報告するというのです?薬を増やしたり、変更したら私の名前を連呼するのが止まるのですか?」
私の問いにタイ子さんは苦笑する。
「じゃなくって、ずっと声出ししているのって体力消耗するでしょぉ?負担がかかっていると思うのよねぇ」
「あ……」
そうだ、内服で私の名前なんて忘れるわけがない。そんなものは存在しない。そんな亊は分かっている。
薬はそこまで万能ではない。
声出しは中核症状。薬で抑えられるのは周辺症状だ。だから、薬を調整したからといって声出しが消える事はない。しかしだからと言ってこのまま放っておくわけにはいかないのだろう。
タイ子さんの言う通り、声を出し続ける事によって身体に負荷がかかってしまうし、他の患者に影響を与える為、離床する機会が減ってしまう。このままだとF氏にとって不利益な事しかない。その事を言っているのだ。
タイ子さんは自分の首後ろにあるプラグにコードを接続すると目を瞑った。しかし一瞬の出来事ですぐに開眼すると、コートを取っていつも通りに笑い始める。
「精神薬と就寝前薬が追加になったみたい。少しレベルを落とすそうよぉ」
あの一瞬で医師とやりとりをして薬の指示を貰ったというのだろうか。いや、違う。きっと前から報告していたのだろう。私がF氏に名前を忘れさせる事に奮闘している最中に。
「それでいいのでしょうか?」
言い出したのは私なのだけれども、F氏の活動量を減らすのは違うような気がした。
「でも、今のF氏の状態だと他に行ける所なんてないのよぉ」
タイ子さんは間延びしたように答える。確かに今の状態では何処の施設も受け入れてくれないだろう。行先の無い患者はずっとこの病棟に居続ける事となる。それはその人にとっての停滞だろう。
「リンちゃん、すっごく難しい顔してるけど、最終的に判断するのはお医者様よぉ。私達じゃないわぁ」
タイ子さんの言葉ではっとして考えるのを止める。そうだ、看護師はあくまでも判断が行える立場でない。意見として言えるだけだ。だからこそ、患者に近い私達は的確に観察し意見として伝える必要がある。
今回の事で少し感情的になりすぎたのではないだろうか。最初は名前を覚えて貰えた嬉しさもあったけれど、今はうるささしか感じない。その感情の揺れ動きがF氏の薬の増量に繋がってしまったのではないだろうか。
最終的な判断は行わない。出来ない。だからこそ、決まった事を覆す事が出来ない。もう少し冷静に報告する必要があったのではないか。
そう問いかけてみたものの、何もかもが遅かった。もうすでに医師に報告して、薬が追加する事が決まったのだから。
その日の夕方からF氏の精神薬と不眠時薬が追加になる。しかし薬を増量したからと行って、狙ったように症状が消える事はなく数日経過しても、大声出しは止まらず相変わらず私の名前を連呼していた。
なんだ、何も変わらないじゃないか。薬の増量で悩んでいた私が馬鹿らしくなった。しかしそれは違っていたのだ。薬は精神面には効果が無かったが、身体にはしっかりと蓄積していたのである。
さらに数日経過した昼の事であった。その日の私の受け持ち患者の中にF氏が居て、食事介助をしなければならなかった。担当になるのは少し嫌だったのだけれど、選べるわけもなく仕事として受け入れるしかなかった。
受け持ちの中で食事介助は必要な患者はF氏だけであった。だから私は昼食の時間になると、デイルームにいる自力で摂取出来る患者さん達に食事トレーを運んだ後、彼の分を持って病室へと向かった。
一礼して病室の中に入る。部屋にはF氏しか居なかった。相変わらず、私の名前を連呼している。溜息を付きつつも、諦めていた。薬を増量しても止まらないのだから、何をしても止まらないだろう。
「はいはい、ご飯ですよ」
F氏は声掛けに振り向き、私を確認すると、口を歪ませて笑顔になり私の名前をさらに大きい声で連呼し始める。私は苦笑してしまう。名前を連呼されるのはとても嫌だけど、心の奥底でも私の名前しか呼ばないくらい夢中という事ならば、それはそれで悪い気がしなかった。
忘れさせようとしなければ、気合を入れなくて済むし、肩の力も自然と抜けた。心の奥底では名前を連呼されている事を受け入れてしまっているのだろう。
食事を見せる。嚥下力がかなり低下しているので普通の食事を摂る事が出来ず、栄養価の高いゼリー食だ。けれども、F氏は再度嬉嬉しそうな表情をした。
ベッドの頭部の高さを上げると、ゼリーをスプーンですくってF氏の口に近づける。何の抵抗もなく口を大きく開けたので、そのまま中に入れると、咀嚼もせずにすぐに飲み込んでしまった。
ごきゅりという音がF氏の喉奥から響いてくる。空気も一緒に飲み込んでしまっているだろう。
口の中に入れてすぐに飲み込んでしまう為、ゼリーの味はきっと分からない。けれどF氏は飲み込んだ後にっこりと笑顔を見せた。
タイ子さんが言うには喉越しを楽しんでいるそうだ。ビールと一緒なのだという。
「リン、リンリン!」
食事中だというのに、F氏は私の名前を連呼する。F氏にとって食事よりも私の名前を連呼する方が、優先度が高いらしい。
「駄目ですよ。黙って食べないと、むせますよ」
そう言った所でF氏は聞かない。私の忠告なんてまるで聞かずに、名前を連呼しながらごきゅごきゅと音を立てて嬉しそうに食べていた。
むせる様子もなくスムーズに全部食べていく。
ただそれだけだったのだ。
食事介助もすんなりと終わり、私は病室から出ていく。その後もF氏に変わった様子はなく、午後に二回程様子を見に行った時もいつも通り元気だった。
しかし、これがいけなかったのだろう。
その後二日程お休みを挟み、次に出勤した時にF氏の姿は病棟には無かった。どうやら私が食事介助を行った次の日に高熱を出したらしい。レントゲンを撮った所、肺が真っ白な状態で肺炎を引き起こしていたのである。
すぐさま酸素投与も行うが呼吸状態の改善には繋がらず、専門的な治療が行える病院へと運ばれていったのだという。
診断名は誤嚥性肺炎であった。
そして、それから二週間後に転院先の病院からがF氏死亡したと連絡が入ってきたのである。
恐らく誤嚥性肺炎が原因だ。
私が介助して食べて貰ったゼリー食。あれを誤嚥したに違いない。それならば、F氏が死亡したのは私のせいなのだろうか。
分からない。
じゃあ他に選択肢があったのだろうか。
マーゲンチューブによる直接胃に送る経管栄養をすれば誤嚥は起こらなかっただろう。けれど、ゼリーを食べる時にあんなに笑顔でいたF氏から取り除くのが、それが幸せなのだろうか。
私は誰に責められたわけでもない。しかし、私の心の奥底で罪悪感が生まれてしまった。
私は、自分自身を責めるしか出来る事が無かった。
年末年始は働き詰めであった。
看護師というのは人数に差はあるけれども病院に夜間や祝日問わず常に常在していなければならず、暦のカレンダーはあまり意味をなさない。年末年始も例外はなく誰かが出勤しなければならず、新しく入った私には正月休みが欲しいという要望すら聞かれずに全てにシフトが入っていて休みが取れたのは周りのみんなが働き始めてからであった。
休みの回数は変わりないのだけれども何処か落胆していた。毎年のように年末年始の時期は家でだらだらとテレビを観ながら過ごしていたからである。この時期の浮かれた番組は独特な雰囲気で、何が起きたわけでもないのにめでたい気分となるので好きなのである。それを少なからず幸せを感じていて、それを奪われた気分であった。後から祝日出勤の手当は出るのだけれども、それで落胆した気持ちは埋められなかった。
年末年始が終わり、やっと休みになるけれども私は気分が重いままにほとんど寝て過ごしてしまう事となってしまった。
そんな風に過ごしても気分が晴れるような事はなく、無駄に休日を消費した勿体なさが増しより重くなっていく。
そんな新年度の時期に、その患者は病棟にやってきた。
「リンリンリンリン!!」
昼間の明るい病棟に私の名前が響き渡っていた。その患者――F氏が私の名前を連呼しながら叫んでいるからだ。こうも名前を連呼されるのは私の意図する所ではなく、溜息をつきたい気分となる。
F氏は現在病室の中にいるというのに、声は関係無しに廊下どころか、病棟全体に響いていた。
「あの人、ずっとリンの名前叫んでいるね」
業務中に廊下でばったり会ったルゥが私を気にかけてくれて話掛けてくれる。
「そうなの、困ったわ」
どうやら完全に私の名前を覚えられてしまったみたいだ。
認知症との関わりの中でそんな事は一度としてなかった。名前だけではない。大抵は顔すら忘れられてしまう。数か月も入院して日々顔を合わせているような人でも数時間会わなかっただけで『初めまして』なのである。もっと酷い症状の人は数分離れただけで「あんた誰?」と言われてしまう。短期記憶の欠落。それが認知症という病気だ。
だから、名前を覚えられるなんて事はない。覚えられたというそれだけでも驚きだというのに、私の名前を大声で連呼し始めるようになるなんて。
私は他の患者の検温に回っている最中だったが、それを切り上げてF氏の部屋へと早歩きで向かう事にした。どうにかして名前を連呼されるのを止めさせなければ。業務に集中する事なんて出来ない。
止められなかったとしても、声量を抑えなければ。私はずっと恥ずかしい思いをする羽目になってしまう。
声出しを止めさせようとF氏の部屋へと向かっているが、どのように声掛けすれば止まるのか見当も付かなかった。認知症の方は新たに何かを覚える事が出来ない。だから注意を促した所で忘れてしまう為、意味がないのである。
それならば、どうして私の名前を覚えたのだろうか。考えがグルグルと頭の中を巡り、混乱して、答えが出てくる様子が無かった。
ちょっとでも手がかりになればと、私はF氏の部屋へと辿り着く前に、病態と入院までの経過を振り返る事にした。
F氏は六十歳代の男性。ドヤ街と呼ばれている日雇い労働者が泊まる為の簡易宿泊所が多く集まる所からの出身である。
F氏はいわゆる不良で学校をきちんと行っていなかった。中学校の頃から殆ど授業には出ず、サボっていた。何とか高校に進学したものの、一年足らずで暴力行為による問題を起こして退学になってしまう。
退学後はしばらく放浪していたが、親からのキツイ言いつけもありアルバイトを始めるもF氏は飽き性でどれも上手く嵌らずにすぐに辞めては新しいアルバイトを見つけるのを繰り返し、職を転々とした。
F氏は何処か楽観的であった。人生、生きていれば何とかなる。そんな思いがあったのか仲間同士と夜な夜な遊び回る日々が続いた。
そんなF氏にとって楽しい日々が続き二十歳代後半に差し掛かろうとしている頃、相変わらず定職にはついておらずそれでも浮かれている様子に両親の我慢の限界が来てしまい、勘当扱いとして家から追い出される事になる。
それでもF氏は能天気で楽観的であった。親から手切れ金としてまとまったお金を渡された為、安いアパートを借りて今までと同じような生活を続けた。
しかしアルバイトだけでは生計は立てられず、次第に親から貰った手切れ金が徐々に少なくなっていく。何とか節約して暮らしていたが三十代に差し掛かろうとする時にお金が底をつく事になる。
これを区切りにF氏はそろそろ真面な職に就こうと考えたが、学歴も無ければ、積んできた技術やノウハウも無い。他に選択肢はなく、結局アルバイトを続ける他なく、次第に家賃が払えなくなり、数カ月間滞納を続けた結果、住んでいたアパートを追い出されてF氏は住む家を失ってしまう事になる。
安寧の地を失い、放浪した末にF氏が辿り着いた場所がドヤ街だった。
ドヤ街とは簡易宿所が集中して集まっている地区の事を言う。その中の簡易宿所に住居を移し、案内に従って生活保護の申請を行い、F氏はそこで暮らすようになる。
似たような境遇の人たちが集まるドヤ街。ここは法があって無いような場所。まるで海外のスラム街のような暗い雰囲気を醸し出していた。
それに街全体を何とも言えない異臭に包まれていた。全員が清潔行為にかけるお金を渋っているか、それかそれを行うだけのお金を持ち合わせていない為、不潔なのが原因である。
しかし住んでしまうと、F氏にとって意外と住みやすい環境だった。住む場所は変わったが今までの生活が激変するわけでも無いし、誰かに気を使う必要もない。
それに自分と似たような境遇の人達が集まる為、話も気も合う人が居た。必要以上に慣れ合う事もなく、他愛もなく会話するだけの距離感が良かった。バイトで稼いだお金でお酒を持ち合わせて朝日が出るまで仲間と語り合うのも楽しかった。
しかしドヤ街での生活は楽しい事だけでは無かった。お金がなく、贅沢な事が出来ないのには変わらない。娯楽という娯楽もなく結局酒に逃げる事が多くなり、必然的に飲酒量も多くなる。周りの人達も同じでお互いに酔った勢いでのトラブルも多くなり、怪我が絶えなくなっていった。
それでもF氏はドヤ街に二十年近く住み続ける事なる。単純に他に行くところが無かったというのもあるが、F氏にとって過ごしやすい環境だったのだろう。
そんなドヤ街での生活に終止符を打つ出来事が起こってしまう。五十歳代後半になろうとしていた頃であった。左足を複雑骨折してしまったのである。喧嘩での外傷ではなく危険を伴うアルバイト中の事故に巻き込まれた事による怪我だった。
複雑骨折というのは骨が複雑に折れている状態ではない。骨が皮膚を突き抜けて外へと出てしまうことである。複雑なのは治療方法であり、骨折の具合ではない。
本来ならばすぐさま病院へと行かなければならない重症であるがF氏はそれを放置した。病院に行くのが面倒臭いという事もあったが、それ以前にお金が無かったのである。行きたくても行けない状態だった。
怪我を隠して生活を送っていたが早々に見つかってしまう事となる。時折、ドヤ街に市が要請して医師がボランティアで派遣される事がある。F氏だけでなく、日雇い労働者は病院という所が疎遠になってしまうからだ。その派遣の医師に発見されてしまったのであった。
当然病院に救急搬送される事になる。F氏は抵抗したが身柄を拘束されて、すぐに整形外科のある病院へと入院する事になった。
早々に手術日も決まり、無事に施行されて順調であったが、術後からF氏の様子が段々とおかしくなり始める。苛立つ様子が目立つようになっていったのである。だんだんと気に入らない事があると、職員に対して怒鳴るようになっていった。そして入院して三週間が経過した時、そしてとうとう職員に対して暴力行為を行ってしまう。
断酒からのアルコール離脱症状と診断され、骨折は完全に完治していなかったが、整形外科を追い出され、精神科に転院する事が決まる。
その事を知ったF氏は骨折して歩けないはずの足で病棟内を逃げ回った。骨折したとは思えない速さだったのだという。整形外科の病院に入院する時に拘束された事を思い出し、また縛られては堪らないと考えたのだろう。結局男性職員複数人に取り押さえられて、拘束される事となった。
F氏が搬送されたのは急性アルコール病棟。病院に運ばれて早々に隔離室へと入れられてしまう。隔離室とは頑丈な造りの部屋に必要最低限の物品しかない所である。カメラも設置されていて四六時中様子が観察出来るようになっており、この空間にプライバシーというものは存在しない。
この隔離室を使用する目的は二つ。極力刺激を少なくして落ち着かせる事。もう一つは強い興奮の時に他者や自分を傷つけないようにする事である。F氏はこの適用と判断されたのである。
何もない牢屋みたいな空間に入った事でF氏はより興奮して叫び暴れた。しかし隔離室に居たおかげでそれだけで済み、誰かを傷つけるような事は無かった。
併用して薬による治療も開始となる。薬剤治療を始めてから十日程すると、興奮や暴れ出すような事が無くなって落ち着き、隔離室から出て一般部屋へと移動する事になる。
しかし一般病棟に移動したF氏の行動はおかしくなっていた。まず、歩けない。薬の影響か、それとも長期間の隔離で動かなくなったので筋力が落ちたのか。どちらかは分からないが、ふらついてまともに歩ける状態では無かったのである。それと同時に排泄行為も自分で行えなくなり失禁失便が目立つようになる。その為オムツが着用となった。
そして、叫ぶ行動が再開する事となる。今までの何かを拒否する為に嫌がっての大声ではない。何の突拍子もなく言語にならない言葉を叫び始めたのであった。それはアルコール離脱症状だけだと一概には言えない行動であった。
頭部CT検査を施行した所、脳委縮を確認された為、長年アルコールを飲んだ亊による影響か、若年性の認知症が疑われる。
どちらにせよ、アルコール治療病院の適応ではないと判断されて、再び転院の運びとなり、この病院へとやってきたのであった。
部屋のドアを開けると勢いよく中へと入った。一礼するのも忘れそうになってしまう。その勢いのままF氏のベッドへと近づく。昼間に近い時刻だというのにベッド上に居るのは声出しが酷すぎてデイルームに行く事が出来ないからである。行くと他患者の迷惑となってしまう。でも午後には離床して貰わないといけないだろう。
囲っているカーテンの中へと入り、F氏が私の存在を認識すると、老人特有の歯が一切ない柔らかい口がにぃっと笑った。
「リンリンリン!」
そのまま、大きく口を開けると、私の名前を叫んだ。
「名前、叫ばないでください」
「リンリンリン!」
呼びかけに私の顔をじっと見たけれど、止まる気配はない。
「聞こえていますか?止めて下さい」
「リーンリンリンリン!」
「Fさん!声が外に響いているんですよ」
「リンリンリンリン!!」
「……駄目だ。止まらない」
頭を抱えたくなる。これ以上言っても無駄どころか返って刺激を与えているような気がする。
諦めて大きく溜息をつき肩を落としたが、その様子が面白かったみたいで、F氏は笑い始めた。笑った事で声出しは止まったけれど、一時的なものですぐに再開するだろう。何だか遊ばれている気がする。嫌な気分になった。
どうしてこんな風になってしまったのか私には分からない。思い返してみたら初めて出会った時から早々に私の名前の連呼は始まっていた。
初めて挨拶した時の事を思い出す。それはF氏がこの病棟に転院してきて受け持ち担当となった時であった。
「おはようございます、初めまして、丹葉リンといいます。今日の担当です。よろしくお願いします」
F氏に近づき、挨拶を済ませると私はペコリと頭を下げた。初めて会う患者にはきちんと自己紹介する事にしている。結局忘れられてしまうのだろうけれども関係ない。それで礼節さを失う必要はないのだから。
私の挨拶をF氏は歯の無い柔らかい口元を終始もぐもぐと動かしながら、ぎょろりとした大きな目が私の顔を捉えていた。
その視線が徐々に下がり始める。視線の下にはナース服に下げられていたネームプレートがあり、そこで飛び出しそうな眼玉が止まり、じっと見つめ始めた。
少し嫌な予感がしたけれど、放っておいた。ネームプレートには私の名前と顔写真が掲示されているけれど、それを知った所でどうしようもないと思ったからである。
「丹葉……リン?」
F氏は不安そうな様子で呟く。それに対して私は少し嬉しくなってしまって心が浮かれてしまう。患者にきちんと名前を呼ばれる事なんて少ない。大抵、『オイ』『お前』『あんた』とかだからだ。
「はい、そうです。丹葉リンです。覚えて下さいね。よろしくお願いします」
だから私は調子に乗って自分の名前を繰り返した。これが大きな間違いだった。
するとF氏はいきなり天井を見ると大きく口を開く。
「リン!リンリン!!」
急に大声で私の名前を連呼し始めたのである。突拍子もない行動にどうしたらいいのか分からず、唖然として思考が停止してしまった。
そんな私の様子が面白かったのか一度笑うとさらに大きい声で叫び始めた。その声はとても大きく、病棟中に響き渡る事になる。
流石に良くない方向に事態が進んでいる事を察して慌てて止めに入る。
「止めて下さい。大声を出さないで下さい」
静止させたが、強く名前の連呼するのは止めなかった。何処か楽観視していたのだろう。覚えられたのは一時的なもので、退室して数分もすれば忘れてしまう。名前を連呼されるのも今だけ。
そう思っていたのだが、私が退室した後もF氏は叫ぶのを止めず、その後ずっと続く事となる。
初めての挨拶から一週間経過しようとしていたが、叫ぶのが止まるのは夜に深く寝入った時だけであった。最初の頃は可愛く思えたけれど、こうも続くと鬱陶しくなってしまう。
今、現在も変わりなく大声出しは続いている。成す術がない。何を言っても止まる事なく私の名前を連呼している。
結局名前を連呼するのを止める事が出来ないでいた。
どうしたらいいのかまるで分からず、私は諦めると、部屋から退室して業務の続きを再開させた。
F氏の大声出しは止まらない。何処に居ても名前が響いてくる。私は段々恥ずかしくなってきていた。
ナースステーションに戻ると全てを察していたタイ子さんが待っていた。報告する為に近づくと私の顔を見て、大人気なく大声を出して笑い始めた。
「名前、完全に覚えられちゃったみたいだねぇ。患者さんに名前覚えて貰えるなんて、認知症患者じゃ珍しいよ。良かったねぇ」
タイ子さんは他人事だから楽しいのだ。私にとっては堪ったものではない。
「良くないですよ」
「ははは、でも私も好きよ。リンって響き。素敵よね、リンちゃん~」
ふざけていたタイ子さんを軽く睨む。それでも悪びれる様子無く笑い続けていた。
「でも、良かったじゃない。リンちゃんの名前を病棟中の人に覚えて貰うのにうってつけの機会よ」
「別に覚えられたくないです」
私はただ、誰にも迷惑を掛けずにひっそりと生きていきたいだけだ。名前なんて最低限の人以外に覚えられたくない。
「そおぉ?」
しかしタイ子さんは私の言い分が分からないと言いたげな様子であった。
「私もリンが羨ましいな」
近くで聞いていたルゥが会話の中に入ってくる。意外だった。ルゥも私と同じ意見だと思っていたのに。
「ルゥも覚えられたいの?」
ルゥは小さく頷くと可愛く笑った。
「うん。前にF氏に向かって『私は暴華ルウです』って連呼して覚えさせようとしたの。でもそのうちにそっぽを向かれて『リンリン!』って大声を出し始めたわ。目の前に私が居たのに。きっとリンの事が好きなんだわ」
「いいねぇ。今度あたしもやってみようかなぁ『提タイ子でぇす!』って連呼」
タイ子さんが調子よく言ったので、溜息をつきそうになる。
「ルゥ、何でそんなことしたの?」
「だって、名前忘れられるより、覚えられた方がいいもの」
ルゥは悪戯を誤魔化すように舌を出した。
ちょっと騒ぎすぎたのか、不機嫌そうなニッカが近づいてきたのが分かった。しまった。見つかってしまった。
「皆さん、不真面目ですよ。関係の無い話をしてないで、きちんと仕事をして下さい。おしゃべりならナースステーションではなく業務が終わった後、喫茶店でしてくださいな」
しまったと思ったのは私だけではなく、ニッカが言い終わったのと同時にそれぞれが業務に戻って散らばっていった。
本当はタイ子さんやルゥにF氏に私の名前を叫ばれないようにするにはどうすればいいのか相談したかったのだけれど、その前に二人に茶化されてしまったので、もう出来ない。
どうやらこの問題は私一人で解決しなければいけないらしい。
午前中の業務が終わり昼休憩から戻ると、私は再度F氏の部屋を訪れる事にした。解決策が思いつかないならば、患者の元へと行くしかない。今までもそうやって来たのである。F氏も例外ではない。
休憩から戻ってきた後もまだ叫び声は響いていて、ステーションからも声が聞こえていた。溜息をつきたい気分を抑えて、真っすぐF氏の居る部屋へと向かう。
着くや早々にF氏に静止するように伝えた。
「Fさん、私の名前を叫ばないでくれませんか?」
そう声掛けするもF氏は楽しそうに笑っただけで止めようとしない。このままでは先程と一緒だろう。
もっと強い刺激を与えて私の名前を忘れさせないと。私はF氏を離床し車椅子へと乗車してデイルームへと連れていく事に決めた。刺激が少ないと認知症が進んでしまうし、筋力の低下が起こるので、離床するつもりではあった。しかしデイルームには連れていくつもりは無かった。最近離床はしても、この部屋の中で過ごす事が大半だった。大声出しで他患者を刺激して興奮すると、不穏になってしまう可能性がある為、疎遠となっていた。
これを解決する方法がある。それはF氏に付きっ切りで側に誰かが居れば良いのである。もしも声出しが酷くなったり、誰かとトラブルになりそうになったら、すぐさま止めれば良いのだ。
F氏を離床して私が付きっ切りで一緒に居て、デイルームでより強い刺激与えて私の名前を忘れさせる。これが目的なのである。普段は一人の患者をずっと看る事なんて出来ない。だから今日は特別だった。
F氏を車椅子へと乗車して頂く。これはスムーズに行えた。筋力がまだ残っていて、軽く支えるだけだったからである。車椅子へと乗ると彼は活発に動き始めた。危険を察知して両肩を抑えて車椅子から落ちないようにする。これで動きが収まらなければ、デイルームに連れていく所か離床すら難しい。以前F氏はこの動きの激しさから車椅子ごと転倒した事がある。だから時々F氏は離床させてもらえない時がある。
肩を軽く押さえてしばらくするとF氏の動きは収まり、静かとなった。大声出しも収まっている。声を出したら、またベッドに連れ戻されるとでも思っているのだろうか。とにかく好都合であった。車椅子のハンドルを握るとデイルームへと向かった。
デイルームは病室より広い空間で外の光が入りやすくて明るい。食後に病室に戻って昼寝している患者が多かった為、この時刻はデイルームに居る患者が少なかった。これなら他患迷惑になる可能性が低い。F氏がデイルームで過ごして頂くには丁度良い環境だ。デイルームにはテレビが二台あり、誰も観ていないテレビがあったのでそちらの方に向かう。丁度バラエティ番組の再放送がやっていて、時折笑い声が響いていた。
テレビは人に強烈な刺激を与える。肉眼で画面を見る旧型でもだ。本当はプラグを直接繋いでF氏の脳内に直接映像を送りたいが、この病院にそのような最新型はない。
テレビに近づくとF氏は画面に釘付けとなった。くるりとした眼球を目一杯開いて食い入るように見つめている。予想通りやはり効果的だ。
五分程度見ていたのだろうか。F氏が次第にテロップで出てきた女性タレントの名前を小さく連呼し始めた。やった!これで名前の上書きがされるだろう。そして今後はこの女性タレントの名前を連呼してくれるに違いない。
F氏の小さい声が次第に大きくなっていく。それに伴い動きも激しくなり、車椅子をガタガタと鳴らし始めた。
デイルームに来てからまだ十分も経過していない。けれども、この辺りが限界だろう。これ以上刺激を与えると興奮状態に陥る可能性がある。
「そろそろ戻りましょうか?」
あえてテレビを遮るようにF氏の前に立ち、顔を覗き込む。すると、くるりとした目が私の事を一度見たが、そのまますぐに下に向けられて名札をじっと見つめてきた。しまったと思った時には遅かった。F氏は口を大きく開けると、息を大きく吸い込んだ。
「リンリンリンリン!!」
今まで聞いた事のない大声でF氏は叫び出し、思わず耳を塞いでしまう。デイルームに居る患者さんが私達の方へと注目したのが分かった。それどころかナースステーション内の職員までも私達の事を見ている。
もう此処には居られない。本当はいけないのだろうけれど、F氏の口を手で塞ぐと車椅子を押して部屋へと急いだ。
ナースステーションから笑い声が聞こえてくる。恥ずかしい。口を塞いでいるというのに意味を成さず、F氏は大声を出していた。これ以上強く押さえると窒息させてしまう可能性がある為出来ない。解決策は急いで部屋に戻ってF氏をベッド入床するしかない。
困っているとさらなる追い打ちを掛けられる事になる。
口を押えていた手の平に生ぬるい感触があり、思わず手を放してしまう。見てみると濡れていた。どうやらF氏が私の手を舐めたらしい。
嫌悪感に包まれてF氏を睨むと私の反応が面白かったらしく、歯のない柔らかい口を歪めて、笑い始めた。まるで今までの私の努力をあざ笑うような表情だった。
こうなったら最終手段である。私はF氏の部屋に到着するとプラグ変換コードを取り出した。私がF氏と直接接続して忘れさせてしまおう。そう考えたのである。その考えがいかに危険であるのか、経験の浅い私には分からなかった。
口を無造作にもぐもぐと動かしているF氏を無視して変換ケーブルを用いてプラグ同士を接続する。瞬間に後悔する事となる。
頭の中に彼のものと思われる大声が遠慮なくに入ってきたのである。実際の耳で聞いていたならば、きっと鼓膜は破られていたであろう声量で。
すぐにプラグ同士を外した。一瞬だけだったのだろうけれども、私の精神は一気に疲弊する事となる。一方のF氏は接続前と変わらずにけろりとしていた。
F氏は心の奥底でも私の名前を大声で叫んでいたのである。それしかなく、それ以外に入り込む余地はまるで無かった。
これでは何をやっても無駄なはずだ。私の今日一日の努力は全て無意味な事だったのである。
誰にも気づかれないように小さく溜息をつくと、急いでF氏をベッドの中へと戻した。
どうやら、今日の夜も私の名前は響いてしまうようだ。
「リンちゃん、気に入られてしまったみたいだねぇ」
ナースステーションに戻るとタイ子さんはまだ大笑いしていた。私にとっては笑い事ではない。
「別に嬉しくないです」
「でも、認知症の患者に名前覚えて貰えるなんて、あんまりないのよぉ」
「F氏は認知症ではないですよね?」
もう一度カルテを確認してみたら、F氏はきちんとした認知症の診断は付いていなかったのである。『認知症疑い。検査する必要あり』と書かれているのみだ。きっと一時的なアルコール健忘で忘れてしまっていたに違いなく、認知症というよりアルコール依存症の方が近い。
だから私の名前を覚えてしまったし、名前の上書きもテレビの刺激で上書き出来ると考えたのである。
「あら、知っていたの?」
惚けたようにタイ子さんは言う。私をからかっているのだ。
「でもこのままっていうわけにも行かないよね。先生に報告しておくわぁ」
笑いながらも、タイ子さんは端末に繋がっているコードを手に持つ。
「何をお医者さんに報告するというのです?薬を増やしたり、変更したら私の名前を連呼するのが止まるのですか?」
私の問いにタイ子さんは苦笑する。
「じゃなくって、ずっと声出ししているのって体力消耗するでしょぉ?負担がかかっていると思うのよねぇ」
「あ……」
そうだ、内服で私の名前なんて忘れるわけがない。そんなものは存在しない。そんな亊は分かっている。
薬はそこまで万能ではない。
声出しは中核症状。薬で抑えられるのは周辺症状だ。だから、薬を調整したからといって声出しが消える事はない。しかしだからと言ってこのまま放っておくわけにはいかないのだろう。
タイ子さんの言う通り、声を出し続ける事によって身体に負荷がかかってしまうし、他の患者に影響を与える為、離床する機会が減ってしまう。このままだとF氏にとって不利益な事しかない。その事を言っているのだ。
タイ子さんは自分の首後ろにあるプラグにコードを接続すると目を瞑った。しかし一瞬の出来事ですぐに開眼すると、コートを取っていつも通りに笑い始める。
「精神薬と就寝前薬が追加になったみたい。少しレベルを落とすそうよぉ」
あの一瞬で医師とやりとりをして薬の指示を貰ったというのだろうか。いや、違う。きっと前から報告していたのだろう。私がF氏に名前を忘れさせる事に奮闘している最中に。
「それでいいのでしょうか?」
言い出したのは私なのだけれども、F氏の活動量を減らすのは違うような気がした。
「でも、今のF氏の状態だと他に行ける所なんてないのよぉ」
タイ子さんは間延びしたように答える。確かに今の状態では何処の施設も受け入れてくれないだろう。行先の無い患者はずっとこの病棟に居続ける事となる。それはその人にとっての停滞だろう。
「リンちゃん、すっごく難しい顔してるけど、最終的に判断するのはお医者様よぉ。私達じゃないわぁ」
タイ子さんの言葉ではっとして考えるのを止める。そうだ、看護師はあくまでも判断が行える立場でない。意見として言えるだけだ。だからこそ、患者に近い私達は的確に観察し意見として伝える必要がある。
今回の事で少し感情的になりすぎたのではないだろうか。最初は名前を覚えて貰えた嬉しさもあったけれど、今はうるささしか感じない。その感情の揺れ動きがF氏の薬の増量に繋がってしまったのではないだろうか。
最終的な判断は行わない。出来ない。だからこそ、決まった事を覆す事が出来ない。もう少し冷静に報告する必要があったのではないか。
そう問いかけてみたものの、何もかもが遅かった。もうすでに医師に報告して、薬が追加する事が決まったのだから。
その日の夕方からF氏の精神薬と不眠時薬が追加になる。しかし薬を増量したからと行って、狙ったように症状が消える事はなく数日経過しても、大声出しは止まらず相変わらず私の名前を連呼していた。
なんだ、何も変わらないじゃないか。薬の増量で悩んでいた私が馬鹿らしくなった。しかしそれは違っていたのだ。薬は精神面には効果が無かったが、身体にはしっかりと蓄積していたのである。
さらに数日経過した昼の事であった。その日の私の受け持ち患者の中にF氏が居て、食事介助をしなければならなかった。担当になるのは少し嫌だったのだけれど、選べるわけもなく仕事として受け入れるしかなかった。
受け持ちの中で食事介助は必要な患者はF氏だけであった。だから私は昼食の時間になると、デイルームにいる自力で摂取出来る患者さん達に食事トレーを運んだ後、彼の分を持って病室へと向かった。
一礼して病室の中に入る。部屋にはF氏しか居なかった。相変わらず、私の名前を連呼している。溜息を付きつつも、諦めていた。薬を増量しても止まらないのだから、何をしても止まらないだろう。
「はいはい、ご飯ですよ」
F氏は声掛けに振り向き、私を確認すると、口を歪ませて笑顔になり私の名前をさらに大きい声で連呼し始める。私は苦笑してしまう。名前を連呼されるのはとても嫌だけど、心の奥底でも私の名前しか呼ばないくらい夢中という事ならば、それはそれで悪い気がしなかった。
忘れさせようとしなければ、気合を入れなくて済むし、肩の力も自然と抜けた。心の奥底では名前を連呼されている事を受け入れてしまっているのだろう。
食事を見せる。嚥下力がかなり低下しているので普通の食事を摂る事が出来ず、栄養価の高いゼリー食だ。けれども、F氏は再度嬉嬉しそうな表情をした。
ベッドの頭部の高さを上げると、ゼリーをスプーンですくってF氏の口に近づける。何の抵抗もなく口を大きく開けたので、そのまま中に入れると、咀嚼もせずにすぐに飲み込んでしまった。
ごきゅりという音がF氏の喉奥から響いてくる。空気も一緒に飲み込んでしまっているだろう。
口の中に入れてすぐに飲み込んでしまう為、ゼリーの味はきっと分からない。けれどF氏は飲み込んだ後にっこりと笑顔を見せた。
タイ子さんが言うには喉越しを楽しんでいるそうだ。ビールと一緒なのだという。
「リン、リンリン!」
食事中だというのに、F氏は私の名前を連呼する。F氏にとって食事よりも私の名前を連呼する方が、優先度が高いらしい。
「駄目ですよ。黙って食べないと、むせますよ」
そう言った所でF氏は聞かない。私の忠告なんてまるで聞かずに、名前を連呼しながらごきゅごきゅと音を立てて嬉しそうに食べていた。
むせる様子もなくスムーズに全部食べていく。
ただそれだけだったのだ。
食事介助もすんなりと終わり、私は病室から出ていく。その後もF氏に変わった様子はなく、午後に二回程様子を見に行った時もいつも通り元気だった。
しかし、これがいけなかったのだろう。
その後二日程お休みを挟み、次に出勤した時にF氏の姿は病棟には無かった。どうやら私が食事介助を行った次の日に高熱を出したらしい。レントゲンを撮った所、肺が真っ白な状態で肺炎を引き起こしていたのである。
すぐさま酸素投与も行うが呼吸状態の改善には繋がらず、専門的な治療が行える病院へと運ばれていったのだという。
診断名は誤嚥性肺炎であった。
そして、それから二週間後に転院先の病院からがF氏死亡したと連絡が入ってきたのである。
恐らく誤嚥性肺炎が原因だ。
私が介助して食べて貰ったゼリー食。あれを誤嚥したに違いない。それならば、F氏が死亡したのは私のせいなのだろうか。
分からない。
じゃあ他に選択肢があったのだろうか。
マーゲンチューブによる直接胃に送る経管栄養をすれば誤嚥は起こらなかっただろう。けれど、ゼリーを食べる時にあんなに笑顔でいたF氏から取り除くのが、それが幸せなのだろうか。
私は誰に責められたわけでもない。しかし、私の心の奥底で罪悪感が生まれてしまった。
私は、自分自身を責めるしか出来る事が無かった。

