魂の彩をみつめて

   二章



 人類が脳の構造を解明してもう十数年と経つ。脳というのは長い間、解明されていない部分が多かった。普段人間は脳を三十%しか使用しておらず、それ以外が未知の領域だった。
 しかし急激な医療進歩と共に脳の構造の解明が進み、ニューロン同士がシナプスでどのような伝達を行っているのか分かるようになる。そして脳のどの部位がどのような役割をしているかという構造も細かく位置が解明されるようになった。以前ならば、大まかな脳の機能部部分しか把握する事が出来なかったがそれが完全に把握出来るようになったのである。
 これによって脳・神経の障害や精神病のほとんどが何処の部位の障害によって発生しているのか分かるようになり、再生医療によって脳の損傷や欠損部分を再生させる事で治療出来るようになっていた。
 それだけではない。記憶や意識が脳のどこに収まっていて、どのような電気信号のやり取りをしているのか解明される事になる。これによって、人の記憶が取り出せるようになり専用の媒体を使用すれば、誰でもその記憶が閲覧出来るようになったのである。自分とは違う人の経験や体験をデータとして誰でも閲覧できるようになったのである。
 今や首筋の裏に人工物の接続端子が大抵の人には埋め込まれていた。プラグと呼ばれていてそれに接続する亊によって視覚や触覚を使用せずとも直接脳のデータのやり取りが行えるようになったのである。
 私が生まれた時にはすでに赤ちゃんにプラグを埋め込む手術が必須となっていて、早いうちに埋め込む事によって身体に異物を馴染ませると共に、意思疎通しづらい赤ちゃんの欲求を外部出力することによって簡単に分かるようになっていた。
 脳からの出力だけでなく、脳の中へのデータ入力する事も簡単に出来るようになった。私が生まれる以前は紙媒体に記憶したい事を何度も書き続けるといった事をやっていたらしいが、今はプラグから電子端末で直接脳に繋ぎ、覚えたいデータを送るだけである。そうする事で何も介入せずに脳の情報を送り込める為、物事を覚えるのが楽になった。昔の覚えたい単語を反復して眼と指で脳に情報を入力していくやり方は非効率的すぎた。
 このような医療の発達で脳の構造が全て網羅される。そして、それと同時に人間には魂というものが無いことも分かってしまった。所詮シナプスとニューロンの電気信号によるデータのやり取りでしかなく、決まった反応反射でしかない事を人類は知ってしまったのである。
 人それぞれで違う反応なのは事前にプログラミングされたDNAの情報と今まで生きてきた環境による入力の違いだけであり、同じ遺伝子で同じ環境下ならば、全く同じ思考の人間が出来上がることが分かってしまった。
 結局人間は虫と同じ。プログラミングに沿って動いているだけの事であり、意思なく動いているのと同じなのである。
 人類はそれを医療の発達と共に知ってしまったのである。
 それなのに人類は特に何か変わるようなことなく生きていた。魂というもの、意思というものが無いと解明されたのにも関わらず、個を尊重しようとする動きが見られたり、脳が無くなってしまえばそれまでというのに死後の世界を信仰しようとする動きは衰えるどころか盛んになっていた。
 虫のように、個の尊重を捨てて種だけを残すように機能化したのならば、どれ程楽だったのだろうか。
 人間は現実を突きつけられても誤魔化して生きていたのである。
 私はその誤魔化しを単なる現実否定で、ただ息苦しく思っていた。
 何をしても無駄なのに、何も無いのに、人間はどうしてこうも愚かなのだろうかと思ってしまう。


 私が次に就職した先は結局病院で看護師という職業から離れる事が出来なかった。
 看護師という仕事を続けた理由は、激務という事もあって給料が良いという事もあるが他の職種で上手く働けるような自信がなかったというのが大きい。学生の頃の進路選択に後悔し、何もかもやり直したかったけれどもう遅い。
 病院へと再就職したものの、もう偽善的な事はうんざりだった。だから私は世間から捨てられたような病院を選んでいた。
 主に脳の欠損による障害を治療する病院。だが今や再生医療で治せる時代なのにこの病院は保存的療法を推奨していた。つまり普段の生活を見守り、現状を維持していくという方針で治す治療を行わないのである。
 これには理由があって、脳の再生はまだ最先端医療で高額な治療費が掛かってしまうのである。保険を適用していても。莫大な金額となってしまう。その為ここではお金を用意出来ない人達が入院しているのである。
 また経済面だけでなく家族が治療を望まないというケースもあった。高額な治療費を掛けてまで治してあげたいと思われない人達だ。脳萎縮が原因による認知症の人達は家族とトラブルに至ったケースが多くある。物忘れや、時には突発的な行動をしてしまうのは病気のせいであるが、家族からしてみたらそんな亊は関係ない。一度トラブルに発展すると相手に嫌な感情を植え付けてしまい、治療をする価値が無いと思われてしまうのだろう。
 幻視・幻覚のために家族が振り回されてしまった場合もある。火事の幻視・幻覚を見てしまったが故に、消火器の中身を家中にばらまいてしまい、家族から野暮ったく思われてしまったケースもあった。また隣の家に自分にとっての敵がいるという妄想から、家に火を付けるという行為に至ってしまい、近隣住民に迷惑をかけ、家族からも見放された場合もある。
 そういった人達は家族から治療を望まれず、病院という隔離された場所に滞在する事を望まれる傾向がある。
 そんな方々が入院する病院。私が就職したのは、そんな捨てられた方が来る病院であった。
 しかし、そんな病院は今時珍しくなく何処にも溢れていた。新しい治療方法にまだ多くの病院や人々が付いていけなかったのである。
 病院が悪いのではなく、そういった時代なのだと私は思っている。


 朝、眠気が醒めないままに家を出る。ここから努め先の病院までは歩いて十五分くらい。その道のりをとぼとぼと歩く。
 天気は雲が少しあるくらいの晴れ。冴えない目にはその朝日がとても眩しくて刺激が強く、目を細めてしまう。
 また初夏には入っていないのだけれど日差しに強さを感じた。もうすぐ夏なのだろう。
 病院に辿りつくと自動ドアを潜って中に入った。そのままタイムレコーダーのある所へと向かい、機械に手をかざすと、指紋認証された電子音が聞こえてくる。画面から何か表示されたが確認しないでロッカーへと向かった。何が表示されているのかは、見なくても分かっているから見る必要は無い。
 ロッカーでナース服に着替えると、階段に通じている扉を開けた。私の病棟は二階にあり、階段を使って昇る必要があった。エレベーターもあるのだけれど、よっぽどの事が無い限り職員の使用は禁じられていた。
 二階に到着すると、鉄で出来た重くて頑丈なドアが目の前に立ち塞がる。そのドアを配給されている鍵で開錠した。今時、精神科でも隔離された病棟は少ない。古い構造の建物だった。
 重く冷たいドアを引いて開けると、独特の臭いが私に襲ってきた。あまり清潔さが保たれていない体臭と便の臭いが混ざったもの。その臭いの原因は一週間に二回しかシャワー浴をしていない事と、この病棟の大半が認知症患者でその半数がオムツを着用している為、その臭いが漏れた事の二つ。初めてこの病棟に入った時にはこの臭いに耐えられなかったが、就職して一か月経過した今なら何とも思わなくなっていた。要するに慣れてしまったのである。嗅覚が人間の感覚で一番麻痺しやすく、狂いやすい部位だと何処かで聞いた事がある。私はその事に感謝した。
 病棟の中に入ると素早くドアを閉めて施錠し、念のため鍵が閉まっているかドアを押して確認した後、ナースステーションへと向かう。
 ナースステーションに向かう途中に大きい空間のある広場がある。太陽の光が良く入ってきて明るいその広場には幾つものテーブルと椅子が設けられていて、患者さんのほとんどが日中そこで過ごしている場所だ。
 丁度朝食が終わった時刻で、ある程度歩ける人や意識がハッキリとしている人はその広場――デイルームでテレビ鑑賞をしたり、自由に徘徊したりして過ごしていた。
 皆、静かでその場の時間がゆっくりと流れている。その様子に私は少し和んだけれど、ナースステーションのさらに奥にある病室からうっすらと叫び声が聞こえてきて、一気に和んだ気持ちが吹き飛んでしまった。
 そうだ、こんな落ち着いた病棟ではない。気持ちを入れ直す。デイルームに居る人達も今は静かだけれども、叫ぶ患者は大勢いる。きっと業務が始まる頃にはデイルームもうるさくなっている事だろう。入院患者には一応はプラグからデータを直接入力する治療を行っているが、認知症というのは新しい事を覚えられず、忘れてしまう病気なので、あまり意味は無かった。
 今の時間だけだ。そう自分に言い聞かせて私はナースステーションへと向かった。
 ナースステーションのドアにも鍵が掛けられていて開錠して中へと入る。中にはすでに先輩達が居て業務の準備を行っていた。
 邪魔にならない程度の声量で挨拶をすると、準備をしながらも挨拶を返してきてくれる。それに足を止める事なく、奥にある休憩室の入って持ってきた鞄を置くとすぐにステーションへと戻った。そして空いている電子端末に行き端末から伸びているコードを首筋の後ろにあるプラグに接続した。
 端末から本日の送りを受ける。一瞬で私の頭の中に一気に情報が流れ込んできた。まるで何十分も情報を受け取っていたような感覚になる。しかしコードを抜いて現実に帰ってくるとほんの数秒しか時間は経過していなかった。まるでタイムスリップしたような感覚になってしまう。
 目を瞑ってゆっくりと深呼吸を行い、送られてきた情報を整理する。どうやら今日の受け持ちは認知症患の方がメインらしい。私は安堵した。
 この病棟は大きくわけて二つに分けられる。認知症患者とそれ以外の人たちである。大勢が認知症の患者だけれど、脳や神経系が傷付き、何処かに障害を生じてしまった人達も入院していた。
 それらの患者は認知症の方と比べて行うケアが多い。まだ一か月しかこの病棟に努めていない私は認知症の患者しか受け持たせて貰えていなかったが、師長からそろそろ違う患者も受け持つ事になると伝えられていたので、送りを受けるまで不安だったが今日はまだ違うみたいだった。
 私も先輩達に続いて今日の準備をしなければならない。自分のワゴンを持ってきて中にある物品を確認した。体温計、血圧計、聴診器、パルスオキシメーター――。うん、全部入っている。
 確認を終えるとまだ業務開始時刻ではないけれど、もう検温に回る事にした。そうしないと後々業務に追われ、時間が押してしまうからである。
 ワゴンを持ったままステーションを出ると、デイルームに居る受け持ち患者の検温をして回った。声掛けした反応は患者によって様々だ。
 認知症と言ってもその中でも細かく分類がある。アルツハイマー型、脳血管性、レヴィー小体型、前頭葉側頭葉型――といったように、認知症と言うだけでもこれ程の種類がある。
 さらに病状に進み具合によってもそれぞれ違う。本当に軽い症状のアルツハイマー型認知症の患者は多少の物忘れがあるものの、それ以外は普通の人と変わりなかったりする。逆にかなり認知症が進行していると、声掛けしても反応が乏しい患者も居る。患者それぞれ違う為、それぞれの症状にあったアプローチが重要だった。また、その人の性格によっても反応が変わってくる。それらを見極める為、患者との関わりを作る為にも私は一人一人と丁寧に言葉を交わして検温を行っていった。
 素直に検温に協力してくれる人も居れば、声掛けしても無視したり、精神薬が効きすぎて抑制がかかり過鎮静で眠ってしまったり、開眼はしているものの、口から唾液を垂らしてしまっているような人がいる。それだけならば、まだ良い。患者によっては罵倒してきたり、暴力を振るってくる場合もある。そういう人が居るため注意は怠れなかった。
 また質問を投げかけてくる人も居る。質問の内容は大まかに二つ。此処が何処なのかというものと、ここから出るにはどうすればいいのかというもの。それに対して私は当たり障りのないように返答をしている。この病棟からはお医者さんからの許可が無いと出られないし、病院だと伝えても信じられないという顔をする人達ばかりなのである。
 正直に伝えてもその方が混乱するだけなので、そうしない。認知症の関わり方は真実を伝える事よりも、気持ちを落ち着かせて穏やかに過ごせるようにすることの方が重要だったりするのだ。
 医師にここから出たい旨を伝えておくと言うだけで、安心する人も居る。そんな様々な患者さん達と当たり障りのない会話を繰り返して、検温を順調に回っていった。
「リン!」
 後ろから声を掛けられたので、振り向くとそこにはルゥが立っていた。
 ルゥは柔らかい表情で私に近づく。白衣を完璧に着こなしていて私の中の白衣の天使のイメージそのものだ。何もかも優しく包み込んでくれそうな雰囲気が漂っていた。
 時計を確認するともうすぐ業務開始時刻となろうとしていた。先程ステーション内で見かけなかったので、今病棟にやって来たのだろう。業務時間以外は極力仕事をしない。時間内に全力で取り組み終わらせる。それがルゥだ。
 ルゥは私の親友である。高校の時からの友達で、ルゥが勧めてきたから私は看護の道へと進んだ。また、恩人でもある。看護学校時代に私が挫けて負けそうになっていた時に声を掛けて励ましてくれたのはルゥである。一か月前に前の職場を辞めた私の相談に乗ってくれてこの病院を紹介してくれたのもまた彼女だった。そのおかげで私はスムーズに再就職することが出来たのである。
 ルゥには感謝してもしきれない。かけがえのない、大切な友人。
 ルゥは病棟内というのに、構わず私の下の名前で遠慮なく呼ぶ。師長が聞いていたら怒られるだろう。接遇がなっていない。職員同士は苗字で『さん』付けで呼ぶようにと。しかしルゥが下の名前で呼ぶと、それだけで親しみが沸くから私にとってはありがたかった。だから私も下の名前で呼んでいる。
「おはよう、ルゥ」
 特に感情を込めずに返答する。ルゥはそれを気に留めた様子は無い。私の事を知っているからなのだろう。
「どう?リン。業務には慣れた?」
「うん、前の病院より楽。気を使わなく済むし」
 認知症の方はすぐに忘れてしまう為、関係性の築きは全くない。しかしそれは他者とのコミュニケーションが苦手な私にとって良い事だった。何もかもが再度会っても『初めまして』なので過去の失敗を気にする必要がない。気持ちが楽なのである。それがこの病院を選んだ理由の一つでもあった。
 私の本音に何それとルゥは笑った。
「なんか疲れていないかなって。そろそろ疲れが出る時期でしょ?リンは一人で抱え込んじゃうタイプだから心配で」
 傍から見たら疲れているように映ったのかもしれない。確かに今の私は疲れていた。しかしこの疲れは身体からくる疲れであり、精神からくるものではない。精神面も疲れていたが、すぐに休憩すれば治ってしまう程度だ。つまり、心配されるような疲れではないという事。まだ業務に慣れていない事によるものだろう。
 だから私は心配ないよとルゥに伝えた。
「今日は私も日勤だから何でも聞いて。まだ分からない事だらけだろうから」
「ありがと。でも大丈夫だよ」
 それ以上の言葉が出てこないけど、大丈夫なことには変わりない。少なくても前の職場より何倍もいい。こんな環境なのにと思われるだろうけど、私にとって働きやすい環境である。
「そうけど、無理しないで言ってね」
 ルゥの心遣いに感謝した。
 業務開始時刻となる為立ち話を続けているわけにもいかず、ルゥは準備の為にナースステーションへと向かったので私も検温周りを再開した。
 それから三十分くらいで受け持ち患者の検温を全て終わらせると、チームリーダーに報告する為、一度ステーションへと戻った。
 何か異常が無くても報告する事になっていた。けれどもこの報告は意味が無いと思う。何故ならば端末に繋いでデータ入力すれば、一瞬で終わる事だからだ。口頭で伝えると数十秒も要してしまう。要領が悪いけれど、以前の業務の名残が残ってしまっていた。
 今日のリーダーはタイ子さんだ。もう長年看護師をやっているベテランである。ステーション内に戻ると、タイ子さんはリーダー席に座っていて自分のボードをじっと見つめていた。
 医師への報告が終わっている様子だったので、一声かけて検温の異常が無かった事の報告を行う。
 タイ子さんは報告の最中、自分のボードを黙って見つめていたが、終わるとボードから顔を上げて、私の顔を見た。
「分かったわぁ。ありがとぉ。でもね、リンちゃん、貴女に言いたい事があるの」
 報告に不備があったのかと一瞬思ったが、間延びしたように台詞を伸ばし、私の事を下の名前で『ちゃん』付けで呼んだので違うのだろう。
 タイ子さんは元々細い目をさらに細めた。
「少し、報告が固いのよ。もう少しゆるーくでいいの」
「は、はぁ……」
 看護学校に居た時に報告は厳しく指導された。間違えてたり伝え忘れがあったら、それが患者の命に関わってしまうからである。だから細心の注意を払って順序良く報告しなければならないと教わった。その指導が間違えているとは思えなかったし、当然の事だと思えた。それなのにタイ子さんはもっとゆるく報告すればいいという。一体どっちを信じればいいのか分からなくなる。
 これはタイ子さんだけではない。他の先輩看護師達も同じで看護学校とは違う事を言われた事が何度とある。現場と看護学校とで言う事が違うのである。これが就職して一番混乱している事で未だに慣れない。私が看護学校で習ってきた事は一体何だったのだろうか。
「まぁいいわぁ。ありがと」
 よほど難しい表情をしていたのか、タイ子さんは話を切り上げ自分のボードとのにらめっこを再開させた。ちらりとボードを見ると、行わなければならないタスクが沢山表示されていた。
 リーダーは忙しそうだ。
 これ以上ここで立っていても迷惑にしかならないと思い、タイ子さんの元を離れる。
 空いている電子端末からプラグでカルテに接続すると、バイタルサイン値を入力していった。
 記録は瞬時に終わってしまう。
 プラグを外して時計を確認すると、入力に一秒も掛かっていない。タイ子さんの様子を見ると難しそうな表情でうーんとうなっていた。報告が邪魔したのではないだろうか。改めて、口頭での報告の必要性の無さを感じてしまった。

 受け持ち患者の中に点滴処置する人が居た為、それを行った後、軟膏類の処置に回る。
 認知症の患者――いわゆる老年期の方は皮膚が弱い為、入院している患者さんの大半が軟膏類の塗布処置はあった。認知症の患者を受け持ったら薬の内服の管理とオムツ交換に続いて、これがメインのケアと言っていい。
 ステーションから必要な軟膏類とプラスチック手袋が入った箱を自分のワゴンに乗せてデイルームへと向かう。思っていたよりも点滴施行に時間を取られてしまって時間がかなり押していた。軟膏処置を午前中に終わらせなければ、午後の業務に響いてしまうだろう。
 内心焦っていたが私は平常心を保つように努めた。慌てても仕方がないし焦っている感情が患者さんに伝わったら不信感や不快感から不穏になってしまう可能性がある。そうなるとその不穏を取り除く為に時間を取らなければならず悪循環陥ってしまう。だから慌てては駄目だった。大丈夫、まだ間に合う。自分にそう言い聞かせた。
 しかしデイルームに到着するやいなや、車椅子に乗った患者が私に近づいてきて私の顔を見上げ見つめてきたのである。嫌な予感がした。
「トイレ!トイレなんだッ!連れていってくれよ!」
 急に叫び出して、必死な表情で私の白衣を掴んで訴えてくる。この車椅子の患者は一人では排泄処理が行えず、介助しなければならない。最悪のタイミングだった。今この患者をトイレへと連れて行けば、確実に軟膏処置は午前中に終わらなくなる。一瞬迷ってしまった。それがいけなかった。
 車椅子の患者はさらに大きい声を発し始めた。
「トイレに行きたいんだよ!行かせてくれよ!」
 デイルームに居る周りの患者だけでなく、職員も注目し始めたのが分かった。
 この方は毎日トイレ欲求を繰り返している。行っても、五分後には忘れてしまい訴えを再開させる。膀胱内に尿が溜まっていなくても排尿したいという感覚に捕らわれているのである。だから訴えがあってトイレ誘導しても、排尿が見られない時もあるのだ。
 失禁もするため、常時オムツを着用していた。だからすぐに誘導する必要はない。それに、もしかしたらちょっと前に別の職員がトイレ誘導している可能性もあった。だから一瞬迷ってしまったのである。
 しかし、私には選択肢なんてそもそも無かった。私の受け持ち患者だし、業務が立て込んでいるなんて、この患者には全く意味のない事だからだ。
「分かりました、行きましょう」
 そう伝えると車椅子の患者は少し安心した表情になる。軟膏処置は行えそうにないな。私はすぐに戻ってくる旨を伝えると、急いでデイルームに戻って持ってきたワゴンを置いて来た。
「助かったよ」
 戻ってくると、まだトイレ介助を行ったわけではないのに、その方は感謝を伝えてくる。まるで報酬を先に渡して逃げられないようにしているようだった。
 トイレ介助と一言で言っても行う事は沢山ある。まず車椅子から患者に立って貰う。ズボンを下す。オムツのテープを外す。トイレへと座って頂く。この工程を行う必要があった。さらに排泄が終わった後、陰部周りを綺麗にして、の手順でオムツと衣類を元に戻すという介助が必要だ。
 この方はまだ足の筋力があった為、立ち上がるのには苦労しなかったけれど、後ろから支えて前の方にあるテープを外す時に時にバランスを保つのが難しかった。テープが上手く取れたらオムツを取って、ゆっくり支えながら便座に座って貰った。
 オムツ内のパットを確認するが、汚れている様子はない。間に合ったみたいだ。便座に座った患者はふんばり、うー、うー、とうなった。
「出ないなぁ」
 あまり踏ん張る時間を掛けず、悪びれる様子も無しに他人事のように言った。便器内を確認するも、排泄があった様子は無い。
「それではトイレから出ましょう」
 今、排泄が無いならば、幾ら待っても出ないだろう。便器に座った事で満足感を得たのか、私の提案に素直に応じてくれる。今度は患者を車椅子へと戻って貰わないといけない。
 陰部周りを綺麗にすると、再びオムツと衣類を整えて車椅子へと戻る。その一連の工程が終わると私は疲れ果てて、息が上がってしまった。
 そのままトイレから出るとデイルームへとお連れした。これでトイレ欲求は収まるだろう。トイレに行った事を忘れるまでは。
 遅れを取り戻そうと急いで軟膏類を塗布する処置に回る。私は効率が悪くて、上手く回る事が出来ない。この時刻になると部屋に戻っている患者さんも居て、デイルームと病室を行き来する事になってしまった。それによってより時間をより多く無駄にしてしまったのである。
 やっとの思いで軟膏処置が終わった時にはすでに昼時近くになっていて、配薬に回らなければならない時間になっていた。
 急いでナースステーションに戻り、薬カートを持って外に出ると先程トイレ介助した患者が私に近づいて来たのである。
「トイレに連れてってくれ。トイレに行きたいんだ。ずっと連れて行って貰えてない」
 先程と同じように焦燥感に包まれた表情をしている。ずっと連れて行って貰えていないわけがない。少し前に私が連れていったのだから。この人にももれなくプラグを使用して入力療法を行っているが、現状この通りなのである。
 私にはもう時間がない。昼食の時間になるまでに薬を全て渡して回らなければならない。食後では駄目なのだ。時間が決まっている。そして時間はもう迫っていた。
 申し訳ないけれど、トイレへと連れて行く事は出来ない。
「ごめんなさい。今は出来ないの。これが終わったら必ず行きますので……」
「ケチ!」
 私の言葉を遮って怒った表情をして大声で怒鳴ってくる。ここの場面だけ見たら私は職務怠慢に映るのだろうか。けれどトイレに連れて行っていないわけではない。
「必ず終わったら来ますから」
「もういい!あんたには二度と頼まない!どっかにいけ!」
 興奮しながら怒り始めたので私はそっと離れた。こうなってはどうこう言っても伝わらない。だから私はこれ以上言い訳をしない。
 そのままデイルームへと向かうと、配薬して回って行く。しばらくするとルゥが私の元へと駆けつけた。
「リン、大丈夫?」
 どうやら先程のやりとりを聞いていたみたいだ。
「うん、大丈夫だよ」
 大丈夫ではないけれど、そうルゥに返す。
「さっきの人なら、私がトイレに連れてったよ。結局出なかったけどね」
 ルゥは笑いながら言う。その事に対して申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、ありがとう。本当は私の仕事なのに」
「ううん、それは全然構わないんだけど、リンは真面目に対応しすぎなんだと思うよ」
 私は首を横に振った。
「そんな事ないよ。私の受け持ち患者だし」
 そう、私の受け持ち患者なのだ。私が頑張って看てあげないと、誰からも相手して貰えないかもしれない。今日はルゥが助けてくれたけれど、そうでなかったら、私がやるしかないのである。
「まぁ、無理しないで、頼ってね。私になら大丈夫だから」
 そう言うとルゥは離れていった。本当に感謝しかなかった。
 配薬を終えて、ナースステーションに戻る。そリーダーのタイ子さんに報告すると先程のやりとりを見ていたようだった。ステーションの近くで患者とやり取りした為、中にいた職員には聞こえていたらしい。
「ありがとぉ。リンちゃん。そんなに気を張っていたら、ここでは持たないわぁ。それに、きっと忘れてしまって覚えてないわぁ。忘れる事も利用する事も大切よ」
 タイ子さんのフォローの声掛けに何て返答しようか迷っていたら、別の方向から声が飛んできた。
「何を言っているんですか!提さん!」
 するどく、強い口調だ。声の方向を見てみると話を聞いていたのか、ニッカが近づいてきていた。
 ニッカ。私と同じ時期に看護師になったのだけれど、向上心があって、常日頃勉強しているのか、知識もあってかなり出来る人間だ。先輩の看護師とも対等に意見を言ったり、争ったりしている。
 気も強く、どうも私はニッカが苦手であった。
 ニッカは大きく一呼吸する。
「受け持ちなのだから、患者の要望に応えていくのが私達の仕事です。忘れる事なんて関係ないですから」
 ニッカはその場にいた全員に聞かせるように鋭い刀のような口調を浴びせた。それでも満足していないらしい。言葉を続ける。
「堤さん、適当な亊言わないで下さいな。それに丹葉さんも、もう一か月経つのだから分かっているでしょう。貴女がもっと仕事を効率よく出来ればいいのですよ」
 今度は私の事をキツイ眼差しでニッカは見てくる。表情的にまだ彼女は言い足りないみたいだった。
 言われなくても分かっている。ニッカの言う事が全てであり、正しい。私の業務がもう少し早く出来ればいいだけなのだ。だって他の人達が出来ているのだから。
 足りないのは私だ。努力はしているがまだ、足りない。だから、何を言われても仕方がない。
 私はその通りですと認めて、ニッカが何か言い出す前に頭を下げた。その場に居るのが苦痛になって、ナースステーションから出る。
 すると、また先程の患者が待っていた。もう、五分経過したのだろうか。
「トイレ!トイレに連れてってくれ!あんたしか頼めないんだ!お願いだ!」
 先程、二度と頼まないと叫んでいた記憶はもう無い。
 私はしゃがんで車椅子に座っている患者に目線を合わせた。
 この患者の言葉の重みは何もない。ルゥが連れて行った事すら忘れている。ニッカが怒った事すら意味がないような気がした。何の達成感もない。充実感もない。
 けれども、私は笑うように努めると、トイレ誘導の準備に取り掛かった。
 脳の再生が行えるようになった昨今でその治療が行えずに捨てられるように入院された患者。私と同じようにどこか脳が壊れているのだろう。そんな人達に少し、親近感が沸いた。

 お昼休憩が終わり、ナースステーションに戻ると、急いだ様子のルゥに呼び止められた。
「リン、ちょっと『あの人』のオムツ交換を行いたいから手伝って貰えないかな?」
 私は『あの人』と言っただけでどの患者を示しているのか分かった。ルゥの頼みを断る理由は何処にもない。すぐに頷きで返した。
 それ以上の会話をする余裕が無いようにルゥはそのまま患者さんの部屋へと戻って行こうとするので、私は後ろを付いて行った。
 部屋の中に入ると他にも応援で呼ばれた職員が数名待機していた。私が到着したことで、ようやく必要人数が揃ったらしく、動き始める。
 部屋の中心にはベッドがあり、そのベッドを職員が囲う。ベッドの上には患者――B氏が臥床していた。ただ臥床しているのではなく、お腹周りと両手両足を拘束帯で縛られていて動けない状態だった。それなのにB氏は叫びながらベッドが破損してしまうのではないかと思うくらいに暴れていた。
 突然、B氏と視線が合う。私は危険を察知して回避行動を取った。すると予想した通りに唾が飛んでくる。回避した為、運よく当たらずに済む。それを見ていた一人の男性職員がB氏の口をタオルで窒息しない程度の力で抑えた。当たり前だが、それに対して大きく抵抗して見せた。
 B氏はとても力が強く、一つの手足に一人または二人がかりで抑え込まないといけない。それで動きは抑制されたが、目的は動きを抑え込むことではなく、オムツ交換する事なのでここからが、大仕事だ。
 残った二人が、オムツ交換を始める。B氏の抵抗はさらに強くなる。私は左腕を抑えるのを担当したけれど、大きな力に振りほどかれそうになる。それを必死で抑えた。
 ただ力任せに抑えればいいというわけではない。抑えた力が強すぎるとその部分に内出血や神経麻痺を起こしてしまう可能性がある。それに抑える部位が適切でなければ、関節に圧が掛かってしまって、骨折してしまう事もある。だから適正の箇所と力で抑えるのが必要なのである。その微妙な手加減が難しく、何度もB氏に腕をほどかれそうになった。
 結局B氏はオムツ交換が終わるまで抵抗を続けて、かなりの時間が掛かってしまった。
 全ての工程が終わりB氏の部屋から出る。職員全員が疲労感に包まれていて互いに労いの言葉を掛け合い、ルゥからも労いの言葉を掛けられた。
 残っている体力を全て使い切った。帰りたい気分だったが、私の業務はまだ残っていた。
 げんなりとして、私は業務へと戻って行く。B氏がもう少し暴れなければ楽なのにと思ってしまう。けれど仕方がないのである。病状がそうさせてしまっているのである。


 B氏は五十歳代男性。若年性認知症と前頭葉側頭葉型認知症の合併である。若年性といっても若い人が発症するわけではなく、五十歳代くらいから発症する。認知症しては若い時期に発症する為、そう呼ばれている。
 B氏は認知症を発症するまで、ごく普通に暮らしていた。性格も物柔らかくて優しい。決して暴力を振るった事が無かった。仕事もごく普通の一般企業に勤め、欠勤や遅刻する事なく真面目に仕事に取り組んでいたのでそれなりの地位に就いていた。
 よきパートナーとも巡りあり、結婚して子供も二人授かるなど何処にでもあるけれど、かけがいのない小さな幸せの中で暮らしていた。
 そんな中、子供が二人とも大学へ進学した時期に若年性認知症の症状が出現し始める。始めに仕事に支障をきたした。失敗が目立つようになったのである。そして取返しの付かない過失をしてしまい、退職させられてしまう事となる。
 その話を聞いた時に妻は驚いたという。B氏が仕事を真面目に取り組んでいた事を知っていた為、そんな失敗する事があるのだろうかと思ったのである。
 そして次に徐々に落ち着きのない行動が出現し始めたのである。
 退職して数日経過した夕食の時であった。いつもは黙々と食事をしているB氏がその日は周りをきょろきょろと見まわしながら食べていたのである。気になった妻が注意を促すと何でもないと誤魔化すのみであった。
 何かがおかしかった。何かが現実的でないものが見えているような感じだったのだという。しかし注意を促すといつもの様子に戻ったので退職した事によるストレスだろうと妻は思った。
 それから徐々に落ち着きが見られなくなっていった。しかし注意すると収まるのでまだ妻の抑制が効く範囲であった。
 だが、数カ月経過するととうとう抑制出来なくなっていく。室内でいきなり叫び始めたのである。妻が静止させようとしても止まらず、数分間にも及ぶ事になる。
 それと同時に暴力を振るうようになっていった。始めは室内にあるものを壊したが次第に妻へと振るうようになっていった。
 あまりの豹変ぶりに妻は驚き、信じられなかった。穏やかで暴力とは無縁だと思っていたB氏がここまで変わってしまうとは。まるで別人にでもなってしまったかのようだった。
 ここまでくれば異常なのは一目瞭然だったが、妻は病院に連れて行かずに自宅で匿ってしまう。B氏の行動が受け入れられなかった事、異常な行動はその場さえ凌げればまだ落ち着いている時間が多かった事、この異常に対して何処に相談すればいいのか分からなかった事が要因だった。
 もしもこの時に病院に連れて行くことが出来たなら、早い段階で症状を抑える事が出来たかも知れない。匿い、病院に連れていくのが遅くなった事が結果としてB氏の症状を悪化させる事になる。
 隠す為にB氏を外にもなるべく出さないようにした。こうしてしまった事で、より刺激が少なくなり症状が進んでいってしまう。
 段々とB氏は身の回りの事が行えなくなっていく。着替えはおろか、排泄行為も手伝って貰わないと出来なくなっていく。まるで赤子のようになったしまったと妻は思ったのだという。そう、赤子が泣き出して欲求を伝えようとするように、B氏も空腹感や排泄欲求が高まると叫んだり、暴れたりしていた。そしてその欲求が収まると静かになった。
 夜も次第に眠らなくなっていき、夜間に落ち着きなく家の中を歩き回るようになっていった。何処に行ってしまうのかも分からないので、妻は一晩中起きていなければならなくなってしまった。
 そうなると、妻への疲労が蓄積してく。二人の子供に協力を仰いだが限界があった。結局、家の中で大声を出しながら暴れした時に妻の抑えが効かなくなり、近所の人が警察へと通報し病院へと緊急搬送されて、そのまま医療保護の為入院となってしまったのである。
 入院の時のCT検査の結果、脳の前頭葉と側頭葉部分が著しく委縮していた。その部分は人間の行動を抑制する部分がある。B氏の声出しや暴力行為が出現したのはそれが原因と見られた。
 入院して安心というわけにはいかなかった。早々にB氏は職員を蹴って暴れてしまう。すぐさま職員総出でB氏を抑え込んで、安全確保と暴力抑制の目的で拘束の告知をされて、ベッドに拘束帯で縛りつけられてしまう事になる。
 そんな事になっているとは知らずに、診察室で入院の手続きや説明を終えて、遅れて病室にやってきた妻は縛られているB氏を見て、あまりの対応の酷さに泣いてしまったのだという。
 これが、カルテに記載されていたB氏の入院までの記録であった。


 その日のB氏との関わりはオムツ交換のみであった。幸いルゥの受け持ち患者だったので上手く出来たけれど、私だったら上手くB氏と関われる自信が無かった。
 しかし、数日後勤務にやってきて端末から送りを貰った時、私は驚く事になる。担当する患者の中にB氏がいたのである。今まで軽い認知症の方ばかり担当していたというのに急にこんなに大変な患者を受け持つ事になるなんて思いもしていなかった。
「ごめんねぇ、リンちゃん」
 声がした方向を振り向くと、リーダー席に座ったタイ子さんが私を見ながら両手を合わせてきた。
「リンちゃんならもう出来ると思って、Bさんを割り振っちゃった」
 謝っているが、悪いなんて微塵も思っていないのだろう。嫌に思う人もいるかもしれないけれど、この軽さがタイ子さんの良い所であると思った。
「そんな……」
 思わず呆然としてしまう。B氏の担当になったという事は少なからずとも一人前と認められたという事だし、仕事を任せられないというのは出来ていない部分を他の職員に押し付けているという事なので嫌なのだが、それでも彼の担当は荷が重すぎる気がした。
 コミュニケーションが苦手なのに、さらに疎通が取りづらいB氏と上手く行くはずがない。
「タイ子さん……私……」
 B氏の担当から外して欲しいと言いたいけれども、最後まで言葉が出てこない。そんな私の様子をタイ子さんはすぐに察して笑いかけてきた。
「何事も経験よぉ。大丈夫。それに言いたい事が分からないなら直接プラグで繋いで、確かめてみたら?」
「直接?」
「うん、やったこと無い?」
 タイ子さんはナースステーションの物品を探し漁り回ると、やがて見つけたのか私の所へと戻ってきた。
「はい、これ」
 タイ子さんから渡されたのは短めのコードの変換ケーブルだった。
「これで患者さんとプラグ通しで接続する事が出来るわぁ」
「そんなものがあったんですか?」
「うん、学生の頃とかにやった事ない?今の子らはやらないのかな?」
 確かに看護学校時代に説明された事があった気がした。プラグ同士を変換ケーブルで直接つなぐ方法を。
 けれどもこれは相当のリスクもある。相手の考えている事が分かるという事は自分の考えも相手に流れてしまうという事なのである。その為、授業の時に接続するように促されたけれども、周りに居た人達も結局やらなかった。自分の考えが相手に流れるなんて、とてもじゃないけれども嫌だったのである。
「プラグ接続は本来ならお互いの同意が必要だけれども、医療行為という事なら同意なしで行えるわぁ。まぁ、ほとんど分からないと思うけどね。そもそもプラグ接続で出力出来るのであれば、表に出して訴える事が出来るからねぇ。まぁ、参考程度に使ってみなよ」
「そんな……」
「出来ない事があったらフォローするからさ。リンちゃん頑張って!」
 そこまで言われてしまったら、引き受ける他ない。静かにゆっくりと頷くしかなく、タイ子さんはそんな私の様子を見て笑いながら肩を叩いて来た。
 そのやりとりを師長に聞かれてしまい、タイ子さんは下の名前で『ちゃん』付けで呼んでいた事を注意される。ごめんごめんと言いながら舌を出して身体を縮こませていたので、きっと反省はしていないのだろう。
 注意された所はその点だったので、師長も私がB氏を受け持つのは了承しているという事だろう。
 タイ子さんは無理をしなくていいと言ってくれたがそういうわけにもいかない。B氏の担当になるという事は今までとは違って忙しくなる。無理をしなければ、業務は回らないだろう。
 私は気合を入れ直した。
 まずはB氏オムツ交換だ。日勤始めは朝薬が効き始める頃合いの為、一人でも行える場合がある。それを予め確認する必要があった。
 業務開始時間前にB氏の部屋へと訪室する。落ち着いているようならば、このままオムツ交換を行ってしまおう。そう考えていたのだが失礼しますと言いながら部屋の中へと入り、頭を下げて上げると即座に目線があった。案の定、唾が容赦なく唾が飛んできたが予想出来て居た為、私は辛うじて避けられた。
 B氏が叫び始めたので、すぐに退室してドアを閉める。この状態で一人でのオムツ交換は無理だ。諦めて他の職員の応援を要請する事にした。
 業務開始前だったので、スムーズに職員を集める事に成功する。その中にルゥも居た。それだけで心強かった。
 受け持ち担当者は手足の抑えを行わずに、オムツ交換に専念するという事が暗黙の決まりとなっていた。オムツ内の皮膚状態を確認する意味も含まれているからである。
 他の職員がB氏の手足を抑えて貰っている最中に、私はルゥと一緒にオムツを洗浄していく。オムツを開けると不機嫌になっている理由がすぐに分かった。中に水様便が広がっていたのである。それで不快だったのだろう。
 陰部専用のタオルで素早くふき取り、汚れを取り除いていくがB氏が抵抗して動いてしまう為、綺麗に取り除く事が出来ずに焦ってしまう。抑えている職員から早く終わらせて欲しいという気持ちが伝わってきたような気がしてさらに気持ちに余裕がなくなっていく。結果としてかなりの時間が掛かってしまった。
 オムツ交換が終わり、衣類を整えると素早く退室する。何とか終わらせる事が出来たが、下手くそすぎた。誰も何も言ってこないが、こんなに時間が掛かったのは私のせいだろう。
 気が滅入るが、まだ今日の業務は始まったばかりだった。B氏以外にもオムツ交換をしなければならない受け持ち患者がいる。その人達のオムツ交換を急いで回った。
 オムツ交換が終わると次に検温だ。ナースステーションで手洗い、消毒を素早く済ませ、物品が乗ったワゴンを持ってデイルームへと向かう。
 まずはデイルームに居る人達の検温から行ってから、最後にB氏の所へと向かうつもりだ。順序の決まりはないけれど、最後に行った方が良い気がした。さっきのオムツ交換で興奮状態になっているから、落ち着かせる時間を設ける必要があった。
 デイルームに居る人達の検温を何事もなくスムーズに終わらせると、B氏の部屋へと訪室した。
 B氏はぐったりとして力なくベッドに沈んで臥床していた。先程のオムツ交換時に体力使い果たしたのだろう。おかげで唾が飛んでくるような事は無かった。
 ゆっくりと近づいていき、ナース服に仕込んでいた変換ケーブルを取り出す。今ならば、プラグ同士を繋げるチャンスだと思った。
 まずB氏のプラグから変換ケーブルを繋ぐ。後はこれに私のプラグを接続するのみだった。
 一瞬躊躇してしまう。今までしたことのない経験を前に恐れてしまった。B氏の感情が直接私に流れてくること、私の感情がB氏に伝わってしまう事。どちらも恐怖だった。
 しかし、このままだと埒が明かないのも明白だった。今の私ではここまでが精一杯なのである。
 私は覚悟を決めて、変換ケーブルにプラグを接続した。

 まず、最初に飛び込んできたのは衝動性であった。何もかも考えられず、衝動性だけがあった。その場で浮かんできた行動に、ただ、怒りと本能を任せるのみであった。
 ただただ行動する。
 しかし、その行動を起こしても衝動性は収まらない。スッキリしないどころかより苛立ちが募っていく。
 苛立ち、怒り。それらも次の衝動性に乗せて発散しようとするけれども、何もかも上手く行かない。 
 さらに苛立ちや怒りが募る。いや、今までもずっと募ってばかりなのである。沸点はとうに越していて、もうどうしようもない。
 衝動性に任せる他に出来る術はなく、解決方法すらわからない。だから衝動性に任せるしかないというジレンマ。渦巻いて、自分自身を苦しめた。
 そんな苦しみの中、奥深くの所に一瞬だけけれども奥さんの顔が浮かんできて小さな悲しみが生まれた。
 そんな小さな悲しみすら、無限に発生する衝動性の中へとすぐに飲み込まれてしまい、跡形も無くなってしまった。

 B氏と接続されている変換ケーブルからプラグを外した。苦しくなるのを感じて、呼吸をしていない事に気が付いてすぐに深呼吸した。
 B氏は接続された事に気が付いていないのか、同じくぐったりとして力なくベッドに沈んで臥床している状態だった。
 これが、B氏の脳内。彼の世界だというのだろうか。前頭葉側頭葉型認知症によって衝動性が抑えられないどうしようにも出来ないもどかしさ。それと常に戦っている世界だった。
 衝撃で動けなくなる。想像したことのない苦しみなのだろう。
 しかし、このままではいけない。私にはまだ業務が残っていた。この落ち着いている状態の時に検温を終わらせなければならない。無理くりにでも身体を動かした。
 まずは体温を測定していく。非接触型の機械を使用し額で測定を行った。接触はしない為、スムーズに行えた。
 次は血圧測定である。一応は声を掛けてみるも反応は見られない。そのまま、そっとB氏の腕に血圧計を巻いた。ボタンを押すと機械は音を立てて、ゆっくりと圧を掛けていく。それがいけなかった。B氏は目覚め大声を出して暴れ始めたのである。
 B氏から離れる。拘束帯をしている為、少しでも離れてしまえばこちらまで拳が飛んでくることはない。しかし動いてしまうと血圧は測定出来なかった。動きが落ち着き、近づいて血圧計の画面を確認したらエラーの表示がされていた。
 かかる圧が嫌なのだろう。圧は腕を抑えられたりするのを連想させる。血圧測定を嫌がる患者は少なからず居る。
 結局何度か繰り返して、奇跡的に出てきた数値を記録した。その数値が正確なものか分からないけれど、もう一度測定は行えないだろう。
 既往歴に高血圧がないから、血圧の値はそこまで重要ではないので大丈夫だろう。私はこれで良いことにしてB氏の部屋から退室した。部屋から出てきて、誰にも分からないように呼吸を整えた。
 今ならば、B氏がこうして暴れてしまうのも、理解出来てしまう気がした。

 検温を終わらせると、リーダーのタイ子さんに報告する。ナースステーションまでB氏の叫び声は聞こえているはずなのに、タイ子さんは私の顔を見て笑っただけで何も言ってこなかった。
 変換ケーブルを使用した事を気が付かれただろうか。しかし、タイ子さんは必要以上に言ってこなかったので、私もそれ以上聞かなかった。
 次に軟膏処置に回らなければならない。オムツ交換と検温でかなりの時間が押していた。急いで行わなければならない。これはB氏に軟膏処置が無かった為、スムーズに終わらせる事が出来た。しかし昼食の開始時間ギリギリとなってしまっていた。
 一息つく間もなく配薬をして、今度は食事介助の時間だ。
 私の受け持ちで食事介助を行う人は行わなければならない人はB氏だけであった。もしかしたら、タイ子さんがそのように受け持ちを割り振ってくれたのかもしれない。
 精一杯の今の私にはとてもありがたい事だった。
 自力摂取出来るデイルームの患者さんへの配膳を終えると、B氏の食器トレーを持って部屋へと向かった。
 一声失礼しますと声掛けしてから部屋の中へと入ったが、早々に唾が飛んできた。毎度の事で慣れたものだったから避けながらゆっくりとB氏に近づいていく。
 顔の所まで近づくと、副食の入った食器の蓋を開けて中身を見せた。するとB氏は唾を吐き出すといった攻撃的な行動収まり、大きく口を開き始める。
 B氏は空腹で今一番大きな欲求は食欲だ。衝動性に任せて何かを排除するよりも食べる事を優先したのだろう。こうなればB氏は穏やかである。声掛けをしながらベッドの頭部の高さを上げて、部屋の中にある椅子に座ると、縛られて動けない手の代わりに私が食事を口まで持っていって介助を行った。
 開口は良好。むしろ嬉しそうだった。口の中へ入れた食塊を美味しそうに咀嚼すると、嚥下し、再度口を開ける。この工程をその繰り返し行っていった。食事があるうちはこの状態だ。問題は無くなってしまった時だろう。
 何度も繰り返していくうちに、全ての物を食べ終わってしまう。けれど、足りなかったのかB氏は口を開け続けていた。
「もうありません、食事は終わりましたよ」
 その言葉を理解したのかどうか分からないけれど、次の食塊が口の中へと入ってこない事を認識すると、B氏は大きな口を開けたまま叫んだ。すぐに部屋から退室する。そうしなければ、次の瞬間に唾が飛んでくるからである。
 歯磨きといった口腔ケアを行っている余裕なんてない。試そうとした先輩がいたが、口の中に歯ブラシを入れた瞬間に思いっきり噛んだらしく使い物にならなくなったらしい。私には挑戦する勇気が無かった。けれど口腔内の清潔は大切なケアなので行わないわけにはいかない。後でルゥに頼んで二人がかりで行う必要があるだろう。
 B氏の部屋を退室し、私はナースステーションへと戻った。
 ここまでやって前半の業務が終わり、昼休憩へと入れる。やっと一息つけた。ここまで慣れない事をしていた為、長かったような気がした。まだ一日の業務の半分しか終わっていない事を思い出し、余計に疲れが押し寄せてきたような気がした。
「リン、どう?B氏の受け持ちは?」
 休憩室で食事を食べている所にルゥが近づいて来て声を掛けてくれた。私は笑って返したけれど、疲れすぎて上手く笑えている自信がない。
「全然駄目。上手く行かないよ。時間が掛かって他の人にも迷惑かけてるし」
 ルゥは首を横に振った。
「そんな事ないよ。リンは上手く出来ているよ。私が初めてB氏を受け持った時はもっと時間が掛かったよ。それにね、みんなB氏の受け持ちが大変だって知っているから迷惑になんて思ってないよ」
「そうかな?」
 私は自信がない。ルゥは優しいから、時々本当の事を言わずに庇っている時ある事を知っていた。だからルゥの言葉は素直に頷く事が出来なかった。でも気を使ってくれた事に感謝する。少しだけ元気を貰えた気がした。
 そんな風にルゥと他愛のない話をしていたら、すぐに休憩時間は終わってしまった。
 業務に戻りルゥと一緒にB氏の口腔ケアを行い、二度のオムツ交換を終えて、今までの記録を終えると夕暮れ時となってしまっていた。流石にくたくたになり、私はステーションから動けなくなってしまい、テーブルに座ると何もしないでぼうっとしてしまった。タイ子さんはそんな私の様子を見て見ぬふりをしてくれた。ありがたかったけれど、このままでいるわけにはいかない。
 私は少しの間座った後、受け持ち患者の様子を見まわる為ナースステーションから出る。業務終了時刻が近いからといって油断出来ない。認知症の方は夕方になると落ち着かなくなったり、気持ちが昂ったり、急に動き出したりする事があるのだ。夕暮れ症候群という言葉があるくらいである。だからこの時刻の見回りはとても大切だった。
 デイルームに居る患者達に会釈しながら全体を見回る。その後、部屋があるフロアに足を向けた。部屋があるエリアは恐ろしく静かだった。
 逆に不安になってしまう。
 こんなに静かだった事なんてない。その違和感の正体に気が付く。普段聞こえているB氏の叫び声が聞こえてこないのである。
 慌ててB氏の部屋へと走った。何か異常があったに違いない。窒息している可能性が頭をよぎった。全身拘束しているB氏は何か起こっても自ら取り除く事が出来ない。そのまま一大事に繋がってしまう。
 しかし杞憂に終わる。ドアの小窓からB氏の様子を確認すると、口周りを何かが遮っている様子もない。中に入って近づくとしっかりと呼吸が行えていて、拘束部位を確認したが異常は見当たらなかった。
 なら一体どうしたというのだろうか。B氏の顔を再度確認する。視線が合うも唾が飛んでくる事は無かった。すると顔を歪めて悲しそうな表情で泣き始めてしまったのである。
 私は驚き、中に入って彼に近づいた。B氏はまるで人が変わったかのように声を殺して、小さく嗚咽を出し、肩を揺らしながら涙を流していた。思わず手を伸ばして頬に触れる。すると摺り寄せてきたのである。
 変換ケーブルを使用してB氏と接続した時に感じた衝動性の奥深くにある悲しみを思い出す。奥さんの顔が一瞬浮かんでいた。
 奥さんに辛い思いをさせての悲しみか。それとも思い通りに動けず、奥さんと一緒に居られない事の悲しみか。
「何が、そんなに悲しいのでしょうか?」
 問いかけるも返事はなく、関係なく小さく嗚咽を漏らしているだけだ。きっと今、変換ケーブルを使用すれば分かる事なのだろう。けれども分からなくていいような気がした。
 この悲しみはきっとB氏だけのものだ。
 空いていた手でB氏の頭を撫でる。本当はいけない亊だろうけど、私はそれで少し微笑んでしまったし、彼も一瞬だけれど少し和らいだ表情をしていた。
 B氏の感情に少しだけだけれども、寄り添えた気がした。
 その後も何かを訴え続けているような気がして、結局定時になるまでB氏の傍に居て頭をなで続けた。B氏は表情が和らぐことがあったもの、結局私が離れるまでずっと泣き続けていた。
 ナースステーションに戻りながら、ポケットの中にしまっていた変換ケーブルを握る。私は患者に近づける術を見つけたような気がした。